| アルジャーノンに線香を |
| 僕はまた夢をみていた。 最近よくみる夢だ。 はじめの頃こそ夢の内容に戸惑い、どうしてこんな夢をみるのだろうと疑問に思った。 よほど自分は欲求不満なのだろうか、と悩んだりもした。 僕はベッドに横たわったまま、夢の余韻から抜け出せずに天井を見上げていた。 ふと傍らの時計に目をやると、すでに1時限目の講義まであと15分と迫っていた。 やべっ。あの講義は代返が利かないんだった。 餌をねだるハムスターのアルジャーノンに、慌ててキャベツの切れ端を放り込むと、僕は着替えて学校へ向かった。 「それで? また例の夢見たのか?」 友人の藤田がニヤニヤと笑いながら話し掛けてくる。 「ああ、参ったよ。ここんとこ毎日だからな」 僕は大袈裟に肩をすくめてみせた。 「そんな事言って〜。本当は嬉しいんじゃないのか? なんたって、銭湯の番台に座ってる夢なんだろ?」 藤田は肘で僕を小突いてくる。 銭湯の番台に座っている夢を見るようになったのはいつ頃からなのか。僕自身もよく覚えていない。 古い、今時のスーパー銭湯などとは程遠い、昔からあるあの銭湯の番台だ。 最初の頃はよく分からなかったが、近頃では銭湯の内部も、細部にわたって思い出せるようになってきた。 入り口を入って、右が女湯、左が男湯だ。脱衣所には大きな鏡があり、それが男女の仕切りになっていた。鏡の反対側にはロッカーがあり、その横に体重計や脱衣かごが重ねられていた。 「夢とはいえ、かなりリアルなんだろ? 女湯のぞき放題じゃん」 と藤田は言うが、なぜか夢の銭湯の客は干からびた年寄りばかりだった。 しかも、番台に座っている自分まで、年寄りになっているのだ。夢の中で鏡を見ることがあり、本当に驚いてしまった。 「ま、あんまり続くようだったら俺が心理学の先生、紹介してやるからよ。なんか深層心理の部分を映してたりするのかもな。とりあえず吾郎は、その銭湯にピチピチのギャルが来るように祈ってろよ」 藤田は笑いながら次の講義に向かってしまった。 本当に何か意味のある夢なのだろうか? ただ番台に座っている夢。 本当に不思議でしょうがない。 そしてまた僕は夢を見た。 「吾郎さん、ちょっとお風呂開ける前に、来て欲しいんじゃけど」 わしが脱衣所の鏡を雑巾で拭いていると、町内会で一緒に役員をやっているサトさんがやってきた。 「どうしたんじゃ?」 サトさんに連れられて通りに出てみると、収集日でもないのにゴミが出されていた。 半透明の袋からは、分別されていないゴミがうっすらと伺える。 「多分、そこの遠藤さんとこじゃないかと思うんじゃよ。あそこ奥さんが先月亡くなったろ? 今までゴミ出しなんかやったことないから、分別の仕方も知らないんじゃないかねぇ」 わしは袋を開いて中身を探った。男の一人暮らしのゴミらしく、ほとんどが弁当の空き箱や飲み物の空き容器じゃった。その中から、年金の通知書を見つける。 「やっぱり、遠藤さんとこのゴミじゃ」 わしはすっくと立ち上がると、ゴミ袋を片手に遠藤さんとこに向かった。 「いや〜。さすが吾郎さんじゃよ。あの頑固頭の遠藤さんを黙らせることが出来るのは吾郎さんしかおらんよ」 サトさんが服を脱ぎながら感心したように言う。 わしは番台に座って、傍らのテレビを見ながら、 「わしは、道理に曲がったことが大っ嫌いなんじゃよ」 と鼻息を荒くして言った。 「やっぱり、吾郎さんに会長さんになってもらって良かった。これで町内も安心だわ」 サトさんはしわだらけの身体を隠しもしないで、風呂場へ向かった。 わしは入ってくる客から、入湯料をもらうとき以外はほとんどテレビを見て過ごしていた。 毎日毎日、番台に座る日々。 それに満足しているわけでもなく、かといって何か不満があるわけでもなかった。 「どうだ。ギャルは来たか?」 藤田は小脇に本を何冊か抱え、僕のところへやってきた。 僕は苦笑しながら答える。 「いや、来てない。毎日毎日、来る客は同じだし、何も代わり映えしないよ。知ってるか? 銭湯って所は来る客みんな、それぞれ時間が決まってるんだよ」 藤田はちょっと興味をそそられたように、身を乗り出してきた。 「開店直後に来る客は、毎日開店直後にくるし、閉店直前に来る客も決まってる。それだけじゃなくて、細かく時間割することも出来るくらい、みんな正確に来るんだよな」 それは、僕が毎日見ていた夢から得た情報だった。現実の銭湯に来る客が、本当にそうかどうかは定かではないが。 「ふぅん。もうすっかり慣れたもんだな」 藤田はちょっと感心したように言うと、脇に抱えていた本を僕のほうへよこした。 「なんだ? これ」 「これはな、夢占いの本だ」 藤田は図書館で借りてきたのだと言う。「ユングとかフロイトとか、お前も名前くらい聞いたことあるだろ? 心理学者が書いた、夢の内容で深層心理を探ってくれる、まぁ、辞典みたいなもんだ。少しは役に立つかも知んねぇぞ」 僕は自分の部屋に帰って、早速ページをめくってみた。 銭湯のページはなかったが、風呂のページがあったので、それを見てみる。 なんだか・・・難しいことが書いてあって、良く分からないと言うのが正直なところだ。 僕は心理学を専攻していないから、しょうがないのかもしれない。 明日藤田に聞いてみよう。 アルジャーノンのゲージに近づいてみると、小さく丸まって寝ているようだった。 もうハムスター用のドライフードが切れている。 ついうっかり買うのを忘れてしまい、2、3日前からキャベツや野菜の切れっ端しか与えていなかった。明日こそ買ってきてやらねば。 僕は、夢辞典の他のページにはどんな内容のことが書いてあるのか興味をそそられ、ページをめくっているうちに眠りについてしまったようだ。 「吾郎さん、みつば荘に新しい住人が入ったって聞いたかい?」 わしが縁側でお茶を飲んでいると、またサトさんがやってきた。 サトさんは何かと理由をつけては、風呂を開ける前に、隣接しているわしの自宅の方にやってくる。 もしかして、わしに気があるんじゃろうか。 そんなことを考えながらサトさんの話を聞く。 「いや、知らん」 「女の人じゃって。年のころは30の後半くらいじゃろうって桜井さんが言っとった。けど結構派手な服着てたから、もうちっと若く見えるかも知れん」 「下手したら、わしらの孫ぐらいの年じゃな。町内会には入るんじゃろうか」 「一応、入る気はあるらしいよ。吾郎さん、もし暇なら一緒にみつば荘に行ってみないかい?」 風呂を開けるまで、まだ2時間以上もある。 わしはサトさんに誘われて、一緒にみつば荘に向かった。 「おばあちゃん、こんな所で何してるの! 今日は整形外科に行く日でしょ」 みつば荘に向かう途中、サトさんところの嫁が、慌てた様子でサトさんを呼びに来た。 サトさんは少しむっとして、 「整形外科は水曜日じゃろ」 と言い返した。 前に桜井さんに聞いた話では、サトさんは嫁とあんまり上手く行っていないらしい。 「だから、今日がその水曜日なのよ」 サトさんの嫁は、ちょっと小馬鹿にしたようにサトさんを見ると、呆れて言った。 サトさんは顔を真っ赤にして何か言いかけたが、結局嫁に連れられて帰っていった。 わしは、一人でみつば荘に行ったものかどうしようか迷った挙げ句、結局行くことにした。 昼間でもひっそりとしたアパートのドアを叩く。 はい、と返事をして出てきた女は30そこそこに見えた。 わしは、自分は町内会の会長で、と名乗り、町内会に入る気があるのかと尋ねた。 わしの話は、ちょっと怒っていたように聞こえたかも知れん。 久しぶりに若い女と話をして、舞い上がっているのを無理に抑えようとしたからじゃろう。 そんなわしの態度に女は不愉快な表情一つ見せず、立ち話もなんですから、と部屋に招きいれた。 夢から覚めた僕は、ちょっと動揺していた。 新しい登場人物が現れたからだ。しかも、今まで年寄りばかりだったのに、若い女の人が登場してきたのだ。 「若いって言っても、40近いんだろ? 俺たちより20近くも年上だぞ?」 藤田は、おばさんだ、おばさんと言っていたが、いつも年寄りばかりを相手にしていた僕には、あの人は衝撃的だった。 苗字は忘れてしまったが、美沙という名前だった。 部屋に招き入れられた僕は、美沙さんの部屋でとんでもないものを見つけてしまった。 まだ引っ越してきたばかりの美沙さんの部屋は、ダンボールや衣類でいっぱいだった。 僕は、その雑然とした部屋の中で、小さな布切れを発見したのだ。 思わず手にし、まじまじと見つめた。 胸がとてもドキドキしたのを覚えている。 こんな小さな布切れで、あのお尻が包めるのだろうか。 僕は、お茶でも入れますね、と言って小さなキッチンに立つ美沙さんの腰のあたりを眺めていた。 そして、美沙さんがお茶を持って部屋に戻ってきたのと同時に、僕はズボンのポケットに小さな布切れ――彼女のパンティを押し込んだ。 「お前、現実でそれやったら犯罪だぞ」 藤田はゲラゲラと笑った。 誰がやるか。僕はそんなに女性に困ってないぞ。 「しかし、それでハッキリしたな」 藤田は、笑いすぎで目尻に浮かんだ涙を拭いながら言った。 「何が?」 「お前の夢は、欲求不満の現れだ。今晩由美子にお願いして、一発抜いてもらえよ」 相変わらず下品な物言いをする奴だ。 僕は苦笑しながら、それでも、藤田の話も案外と的を射ているかも知れないと思った。 僕はその日の授業が終わると、恋人の由美子を誘ってアパートに帰った。 「ご、吾郎、どうしたの?」 僕の身体の下で、由美子が息を弾ませながら言った。「なんか今日は、激しいね」 久しぶりに満足を得た僕は、腕枕をしながら例の夢の話を由美子に話して聞かせた。 「ふ〜ん。ちょっと面白いね、その夢」 と由美子は言った後、「それで? 私は欲求不満のはけ口ってわけ?」 と軽く僕を睨んだ。 「そんな事ないよ!」 僕は慌てて弁解した。「・・・ただ、ずっとしてないなっていうのはあって・・・」 やっぱり欲求不満だったのかな、と呟く僕に由美子は、 「じゃ、思う存分解消しなくっちゃね」 と言って布団に潜りこんだ。 由美子は僕の身体のどこが一番感じるか、知り尽くしてるんだよなぁ。 あ、そう言えば、今日もハムスターの餌を買うのを忘れてしまった・・・ 僕は、陶酔していく意識の中でそんなことを思った。 「こんばんは」 わしは半分寝ぼけて番台に座っていた。いつも9時を過ぎると、うつらうつらと船を漕ぎ出すことが多い。 しかし、聞きなれない若い女の声で驚いて目を覚ました。 この声はもしかして・・・ 「まだ開いてますかしら?」 先日みどり荘に越してきた女じゃ。確か美沙とかいう・・・ まさか、先日アパートに行ったときに失敬してきたものを取り返しに来たんじゃろうか? 「アパートの風呂がまが壊れてしまって、修理に結構日にちがかかるらしいんですのよ。それまでお邪魔させていただきますね」 どうやら、客としてきたようじゃ。 わしはほっと胸を撫で下ろした。ズボンのポケットにはまだ、女の下着が入っている。 女は100円玉を4つ番台に置くと、一番奥のロッカーへ向かった。 わしは気にも止めていない振りでテレビの画面を見つめていた。 女は器用にタオルで身体を隠しながら、洋服、下着と次々に脱いでいく。 そしてすっかり裸になってしまうと、そそくさと風呂場へ入っていった。 脱衣所と風呂場の仕切りの戸は湯気で曇っていて、中の様子は分からない。 わしは思わず汗ばんだ手を、ポケットに入っている女の下着で拭った。 それからも僕は毎日銭湯の夢を見つづけていた。 今までは怪訝に思っていた夢だったが、最近では見るのが楽しみになってきている。 もちろん、美沙さんが客として来てくれているからだ。 夢の中の僕は、美沙さんの裸を見たいくせに、いつも興味ない振りをしてテレビ画面ばかり見つめている。 だから夢から覚めたときには、美沙さんの背中くらいしか記憶に残っていない。 それでも、線の柔らかな女っぽい肩のあたりに、成熟した女性の色香を感じる。 そんな夢を毎日見ているうちに、どうしても美沙さんの裸が見たくなってきた。 「藤田、僕は本当に欲求不満になりそうだよ」 藤田に相談すると、心理学の先生を紹介してくれた。 やはり夢判断の辞典と同じように、専門家の話は僕には全部理解することが出来なかった。 ただ、ここだけは良く覚えていた。 「たまには思い切った行動を起こしてもいいんじゃないでしょうか?」 夢の中の僕は、美沙さんの裸を見たいくせに我慢をしている。 それは僕が、町内会長で、近所の人からも信頼があって、まして80近い年寄りだからだ。 夢の中の僕は、曲がったことが大嫌いだし、のぞきなどという犯罪行為など、論外だろう。 そんな夢の中の自分の行動を、自由にすることは出来るのだろうか。 でも、やってみる価値はありそうだ。 犯罪行為とは言っても、どうせ夢の中の出来事だ。 ここまできたら、何が何でも美沙さんの裸を見てみたい。 心理学の先生に話を聞いた後、僕は早速アパートに帰って寝る準備をした。 寝る直前に、アルジャーノンのゲージが横目に入る。最近小屋に閉じこもったまま姿を見せない。餌は相変わらず野菜の切れ端だけだ。それすらも忘れてしまう日が多い。 今の僕は、夢の中で美沙さんの裸をどうやって見てやろうか、そのことで頭がいっぱいになってしまい、ついついアルジャーノンの世話を忘れてしまいがちだった。 「アルジャーノン?」 僕はゲージを指で突付いて、アルジャーノンを呼んだ。 いつもだったら、小屋から出てくるか、出てこなくてもガサゴソと気配がするのに、今日はまったく気配がなかった。 「アルジャーノンっ!」 僕は慌ててゲージの中の小屋に手を突っ込んだ。 アルジャーノンは背中を丸めて、眠っているようだった。 眠っているように死んでいた。 手のひらに乗せたアルジャーノンは、とても小さく、とても冷たかった。 女の声にハッとする。ちょっとうたた寝でもしていたんじゃろうか。 「今夜はお客さんが少ないんですね」 女はお金を番台に置きながら、脱衣所を見渡して言う。 「そうかな。土曜日はいつもこんな感じじゃよ」 女がウチに来始めて、今日で5日がたつ。 今日のわしはちょっといつもと違うと、自分でも感じていた。 今夜、女湯に客が少ないのは、わしがちょっと細工をしておいたからじゃ。 銭湯の客は、大体来る時間と言うものがみんなそれぞれに決まっておる。 女が来る時間の前後の客には、前もって「その時間は、ボイラーの点検のために湯が出せないから、来るなら早い時間に来てくれ」と連絡しておいた。 おかげでこの時間入っているのは、常連客以外のほんの2、3人じゃ。 女はいつもどおり、器用に服を脱いでいく。 そして女が風呂場に入るのと入れ違いに、今まで入っていたババァが出てくる。 「いや〜、吾郎さんとこの風呂は気持ちがいいねぇ。今日はたまたま風呂の調子が悪くて来たけど、これからもちょくちょく来させてもらおうかのぅ」 としなびた胸をタオルで拭きながら言う。 「それはありがたいねぇ。今後ともどうぞよろしく」 このババァが、さっさと出て行け! 早くしないと女が上がってきちまうじゃろうが。 わしは笑顔の裏側で、しわだらけのババァに毒づいた。 やっとババァが出て行き、その後残っていた客も帰ったとき、女は洗い場で身体を洗っていた。 男湯にも今は客がいない。 わしは番台を降りて外に出ると、「ぬ」と書かれた板を入り口に下げた。 これは古くからやっている銭湯でたまに見かける「準備中」という意味の札じゃ。 板に「ぬ」と書かれておるから、「ぬいた」。つまりお湯を「抜いた」という事じゃ。 ちなみに営業中の札は「わ」と書かれておる。「わいた」お湯が沸いていると言う意味じゃ。 わしはそっと脱衣所に入ると、ガラス戸から中の様子を伺った。 女は髪を洗っていて、こちらにはまったく気づいていない。 わしは思い切って女湯のガラス戸を開けた。 「で、なんでそんなことをしたの? おじいちゃん」 わしは近所の交番にいた。 ステテコ姿でうなだれるわしに、30そこそこの警官が声をかける。 「わからん、わからんのじゃ・・・。なんでこんな事になってしまったのか・・・」 終わった。 これでわしの人生は終わった。 何を聞かれても、要領を得た答えを返すことが出来ないわしに、若い警官は肩をすくめると、傍らの受話器を取り上げ、どこかに電話をし始めた。 「・・・あ、もしもし。ええ、松の湯の吾郎さんが、はい、あのおじいちゃんです。なんか女風呂に入って、入浴客にいたずらをしようとしたんですよ」 警官の話し声に、改めて自分の犯した狂気じみた行為に頭をたれる。 「はい、後ろから抱き付いて、その女性の身体をちょっと・・・。ま、相手は80近い老人ですからね。その女性が自分で取り押さえたんですよ。吾郎さんですか?はい、自分のしたことは分かっているようです。ただ・・・」 と警官は声をひそめた。「ただ、これは夢で、自分は二十歳の大学生だ、と言って聞かないんですよ。なんでも、大学の心理学の先生にそそのかされてやった行為だとか何とか・・・」 警官は、気の毒そうにわしの方を振り返った。 「ええ、奥さんの由美子さんは5年前に亡くなっていまして、確かに女性に困っていたと言えばそうかもしれませんが・・・でも、もう80近いおじいちゃんなんですよ?」 警官は困ったように電話を続けた。 「とにかく、これは夢だ、を繰り返しているんで、一応そちらの方の病院にも回したほうがいいかと思いまして・・・はい、じゃ、よろしくお願いします」 警官は電話を切ると、わしの方を正面から見据え、 「おじいちゃん、分かるね?悪いことしちゃったの。これから警察署に行って、詳しい調書作らないといけないから・・・って言っても分かんないか。とにかく僕と一緒に来てくれる?」 とわしの耳元で大きな声でそう告げた。 これは夢だ。 わしの人生は終わった。 これは夢だ。僕はまだ夢から覚めていないだけなんだ。 わしの人生は終わった。町内会長も誰かに引き継いでもらわんと・・・ なんで今日の夢は覚めないんだ! あの心理学の先生に騙されただけなんだ! 吾郎の頭の中で、霧が一気に晴れた。 どちらが夢だったのか、今はっきりと分かったのだ。 吾郎はふっと笑みを漏らすと、若い警官に言った。 「・・・お願いがあるんじゃが・・・。最後にあの番台でちょっと、居眠りさせてもらえないじゃろうか?」 警官が怪訝な顔で振り向く。 「ちょっとでいいんじゃ。アルジャーノンに線香をあげたいだけなんじゃ」 夢の中の吾郎が、つい世話をおろそかにしてしまったせいで死んだ、夢の中で飼っていたアルジャーノン。 彼を弔うことが出来るのは、夢の中の、大学生の吾郎だけなのだ。 「わししか、アルジャーノンに線香をあげてやれるやつはいないんじゃよ・・・」 遠くからパトカーのサイレンの音が聞こえてきた。 |
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