チェリッシュxxx 第6章

E 同心円


「村上? どうした? 具合悪いなら保健室行けよ?」
5限目が始まっても机にうつ伏せていたら、先生が心配して声をかけてきた。
けど、あたしは先生の問いかけに返事もしないでそのまま机にうつ伏せていた。
なんで・・・ なんでこんなことになっちゃったの・・・・・・?
何がなんだか全然分かんない・・・
陸に、
「ペンダントどうした?」
って聞かれたとき、本当に焦ってしまった。
昨日、学校中を探したけど、陸があたしにくれたペンダントはどこにも見付からなかったから。
正直に話して謝る?
「落としちゃったの・・・ ゴメンね?」
って・・・?
そう言ったら、陸は絶対許してくれる気がする。
あんなにたくさん働いて買ってくれたものなのに、
「しょーがねーなぁ」
って笑って許してくれそうな気がする。
だから余計に言えなかった。
「何やってんだよ!? あれ、高かったんだぞっ?」
って責められた方がまだいい。
だからあたしは、陸にペンダントの事を聞かれても正直に話すことが出来なかった。
またウチに置いてきたって言ったら、陸怒るだろうな・・・と思いつつそう言ったとき、
「オレ、ペンダントがどこにあるか知ってるよ」
って陸が切り返してきたから、本当にビックリした。
「え・・・ えぇっ!?」
な、なんでなんでっ!?
ま・・・ まさかだけど・・・ 校内のどこかに落としてたのを・・・陸に拾われた?
うわ〜〜〜! 最悪だよ・・・ あたし・・・
自分で見つけられない上に、よりによって陸に拾われるなんて・・・
どうやって謝ろうと考えていたら、
「松浦ってのが持ってんだろ? 結衣に捨ててくれって頼まれたって」
また陸が予想外の事を言い出した。
な・・・ なにっ!?
ま、松浦くんて・・・ あの松浦くん?
しかも捨ててくれって・・・ えぇっ!?
「あ、あたし、そんなコト言ってないよっ!? って言うか・・・ え? ま、松浦くんて・・・なんで・・・」
なんで陸が、松浦くんのこと知ってるの?
・・・って、そんなコトは今はどうでもいいのよっ! 
それよりホントなの? 松浦くんがペンダント持ってるって・・・ え? どこで見つけたんだろ・・・?
・・・じゃなくてっ! 今話さなきゃいけないことは・・・
混乱する頭で必死に考えていたら、さらに陸は、
「あのキスマークもアイツなんだろっ?」
と畳み掛けてきた。
もうあたしの頭はパニック状態だった。
ペンダントなくしたことを陸は知ってて、それをなんでか松浦くんが持っていて、しかも捨ててくれってあたしが言ってたって陸は思ってる。
さらに、首筋のアザの事まで・・・
陸がヤキモチ焼かないようにって、確かにウソはついたけど・・・
陸、絶対違う方に勘違いしてるッ!!
「もう終わりかもな」
って・・・・・・ ウソでしょっ!?
言い訳するヒマなんかなかった。 追いかけたいのに足が震えてすぐに動けなかった。
あたしがいくら呼んでも、陸は振り返ってもくれなかった・・・・・
本当にあたしたち・・・・・・ もう、終わりなの?
「村上さん・・・ 大丈夫?」
5限目が終わったとき、泉さんとマリちゃんがやってきた。
「ん・・・」
あたしはちょっとだけ身体を起こして、顔を伏せたまま肯いた。
「元気出しなよ! 陸くん停学って言ったって3日間だけだし、学校じゃ会えないけど家に行けば会えるでしょ?」
「ん・・・」
違うんだよ・・・ 泉さん。
もう陸、どこでだって会ってくれないんだよ・・・
「もう終わり」
って・・・ あたし・・・
フラれちゃったんだよ・・・・・
涙が溜まってきて、目の前の視界がぼやける。
「・・・・・・次・・・ リスニングだよ?」
泉さんが遠慮がちに声をかける。「そろそろ視聴覚室行かないと・・・」
それでもあたしが俯いていたら、泉さんとマリちゃんは顔を見合わせて、
「・・・じゃ、あたしたち、先行ってるね?」
泉さんたちは振り返りながら教室を出て行った。
5限目、ずっと我慢していた涙が津波のように押し寄せてきた。
始めは、声を押し殺して泣いてたんだけど、気が付いたらあたしはしゃくり上げながら泣いていた。
誰もいない教室にあたしのしゃくり上げる泣き声だけが小さく響いていた。
全然似てないのに、
「ミッフィーちゃん、大丈夫?」
と言って援交おじさんから助けてくれた陸。
「オレと勝負しろ!」
って杉田先輩に勝負を挑んでくれた陸。
「結衣の最初で最後の男になる!」
って言って、あたしを優しく抱きしめてくれた陸・・・・・
あたしも、
「陸の最後の人になる!」
って言って・・・
あの、屋上で抱き合ってたのが昨日のことみたいに脳裏に蘇ってくる。
あのことが全部思い出になっちゃうの?
思い出になっていつか色褪せちゃうの?
そんなの・・・ 絶対、やだ・・・・・・ッ
「・・・視聴覚室、行かないの?」
あたしがいつまでも泣いていたら、誰もいないはずの教室に声が響いた。
顔を上げなくても声の主が分かった。
「今日、過去問やるって言ってたよ」
声が近づいてくる。 けれどあたしは顔を上げなかった。
リスニングの授業なんか、どうでもいい。
過去問なんか聞いたって、今のあたしにはなんの役にも立たない。
「今度は何?」
と言いながら、五十嵐くんがあたしの隣の席に座る気配がする。「・・・って聞いても、どうせ商業科のことなんだろうけど」
あたしは返事もしないで机にうつ伏せていた。
あたしがいつまでもそうしていたら、五十嵐くんが、
「・・・話せば?」
と投げやりな感じに言った。 うつ伏せたまま首を振る。
五十嵐くんは小さく溜息をついて、
「・・・この前、僕が言ったことなら取り消すから」
と謝ってきた。「って言うか、話して?」
あたしはまた首を振った。
五十嵐くんはちょっとだけ笑いながら、
「自分でも馬鹿だなって思うけど・・・ ほっとけばいいって思うけど・・・」
とあたしの頭に手をのせてきた。「・・・やっぱり、こうやって村上さんが泣いてると気になってしょうがない」
だから話して?と言いながら頭をなでる五十嵐くんの手が優しくて、余計に涙が溢れてきた。
しばらくそうして泣いたあと、あたしは口元をハンカチで押さえながらちょっとだけ顔を上げた。
五十嵐くんが笑いながらあたしの顔を覗きこむ。
「スゴイ顔になってるね?」
スゴ・・・・・ッ!?
「〜〜〜イジワルっ! やっぱり話さない!」
とあたしが頬を膨らませてそっぽを向いたら、ゴメンゴメンと謝りながら、でもやっぱり笑っている五十嵐くん。
・・・からかってるのかな・・・ それとも五十嵐くんなりに慰めてくれてるの?
五十嵐くんの表情を見ただけじゃ、どっちだか分からない。
でも・・・ ちょっとだけ涙 引っ込んだかも・・・・・・
「・・・あのね、なんか・・・ あたしも全然分かんないんだけど・・・」
あたしはポツポツと思いつくことから五十嵐くんに話して聞かせた。
自分でも、話が前後したりして分かりづらいな・・・と思うような説明だったんだけど、五十嵐くんは黙って聞いてくれていた。
「とにかくね、松浦くんがペンダント持ってることは確かみたいなの。 多分どこかで拾われたんだと思うけど・・・」
確かなのはそこだけだった。
どこで拾ったのか知らないけど、松浦くんはあたしのペンダントを持っている。 しかもそれを陸に見せて、
「捨ててくれって言われた」
なんてウソをついている。
なんでそんなウソつくんだろ・・・ 絶対許せないッ!
「〜〜〜あたし、2−A行ってくるッ!」
とあたしは立ち上がった。「なんでそんなウソついたのって! ペンダントも返してもらってくる!!」
「待って!」
五十嵐くんがあたしの手を取る。「・・・まだ授業中だよ?」
「あ・・・」
そっか・・・
あたしはまた席に座り込むしかなかった。
五十嵐くんはちょっと考え込んだあと、
「・・・多分さ。 ペンダント? ・・・拾ったんじゃないと思うよ」
「え? だって・・・」
「直接取られたんじゃないの? ・・・ホラ、この前、毛虫がどーとか言ってたときに・・・」
「―――・・・え?」
「じゃなかったら、落ちてるのみつけてそれが村上さんのだって分かるわけないと思うけど」
「・・・あっ!!」
・・・・・そ、そーだよねっ!? ・・・言われるまで気付かなかった・・・
〜〜〜もうッ!! ますます許せないっ! 松浦くんなんでそんな事したんだろッ!?
「もしかしたら、この前の・・・村上さんが屋上で商業科のヤツらを見つけたのも・・・」
「見つけたんじゃないの! 誰かに呼ばれて行っただけなのっ!」
「何か仕組まれてたのかも知れない」
「仕組まれてた・・・って? 松浦くんに?」
とあたしが五十嵐くんに聞こうとしたら、
「お前ら、何やってる? 授業中だろう!?」
と隣のクラスで授業をしていたらしい先生が教室に入ってきた!
あたしたちの話し声は、予想以上に隣の教室に響いていたみたいだった。
「すみません!」
慌てて謝り、リスニングの準備をして視聴覚室に向かう。
もう授業が始まって20分以上たっている。 普通科校舎の廊下は各教室から漏れてくる先生の声が聞こえるだけだった。
その静かな廊下を黙って五十嵐くんと歩いた。 
「・・・・村上さん?」
五十嵐くんがちょっとだけあたしの方を見る。
「・・・なに?」
「なんか・・・ 1人でアイツ・・・松浦に会おうとしない方がいいよ?」
あたしは黙って前を向いていた。
・・・・・本当に、なんて五十嵐くんはカンがいいんだろう・・・
「松浦の方が村上さんより何枚も上手だよ。 会ってもまたなんか利用されるだけだよ。 その前に僕が話を・・・」
「五十嵐くん!」
あたしは五十嵐くんを振り返って、「なんか、色々聞いてくれてありがとね! もう大丈夫だから!」
「・・・え?」
五十嵐くんに色々聞いてもらって、自分でも少し落ち着いてきた。 ちょっとだけだけど状況もなんとなく分かってきたし・・・
でも、これ以上五十嵐くんに頼るわけにはいかない。
五十嵐くんの気持ちを知ってるからこそ、頼っちゃいけない!
あたしはリスニングの授業が終わると同時に、視聴覚室を飛び出した。
早く行かないと、松浦くん帰っちゃうかもしれないッ!
2−Aの教室に向かい、近くにいた子に松浦くんを呼んでもらう。
「あれ? センパイ。 どうしたんすか?」
松浦くんはニコニコ笑っている。
「ちょっと来て。 話があるの」
とあたしが下から睨みつけたら、一瞬黙ったあと、
「オレ、掃除当番なんすよね〜」
と教室の方に顔を戻す。
「・・・じゃ、いいよ? ここで話しても。 みんなに聞かれて困るの、松浦くんの方だから!」
松浦くんがちょっとだけ目を細めてあたしを見下ろした。 あたしも負けずに睨み返す。
松浦くんは、そばにいた子に何か話しかけると、
「じゃ、行きますか?」
とあたしを促してきた。
松浦くんを連れて体育館裏に移動する。
「なんすか? こんなトコに連れてきて」
松浦くんはまた笑って、「なんか、逢引きみたい?」
とふざけている。
・・・あたし、なんでこの子のこと、陸に似てるなんて一瞬でも思ったんだろ・・・
全然似てないっ!
「ペンダント返してっ!」
あたしは松浦くんに手の平を突き出した。
「・・・なんのことすか?」
「とぼけないでっ! 持ってるの知ってるんだからねっ! あのとき・・・ここで毛虫がいたって言ったときに取ったんでしょっ!!」
「だから、なんのことか全然・・・」
「それで陸にウソまでついて・・・ッ! あたしが川北先生に呼ばれて屋上に行ったことだって、どうせ松浦くんが仕組んだことなんでしょっ!」
あたしが畳み掛けるようにそう言ったら、松浦くんはちょっとだけ眉を寄せて、
「・・・誰に入れ知恵されたの? センパイにしてはカンがいーじゃん」
と言ったあと、バカにしたようにあたしを見下ろした。
―――認めた・・・!
「なんでそんなことするのっ!? あたしなんかした?」
「なんも? なんもしてないからムカつくんだよ」
え・・・? なに?
言ってる意味、全然分かんないっ!
「センパイたちがちゃんとやってりゃ、オレだってこんなことしなくて済んだんだよッ!!」
松浦くんが怖い顔をしてあたしを睨む。「ちゃんとやってくれてれば・・・ あんな事故だって・・・」
「・・・事故?」
って・・・・・なんのこと?
あたしがそう聞き返したら、松浦くんはすぐに表情を崩して、
「・・・いいよ。 返してやるよ」
とあたしに微笑んだ。
「ホントッ!?」
松浦くんは笑顔のまま肯いて、そしてそのまま体育館の裏から校庭の方に向かって移動し始める。
体育館から校庭までの間には、部室やプール、テニスコートなんかが並んでいる。
「・・・ねぇ? どこ行くの? 早く返してよ!」
無言で先を歩いていた松浦くんが立ち止まる。 そのまま振り返って、あたしの目の前にペンダントをぶら下げた。
「あっ!」
・・・・・やっぱり・・・ ホントに持ってたんだ!
あたしが手を伸ばしかけたら、
「返してやるよっ! ホラッ!!」
と言って、松浦くんがそれを高く放り投げた。
「ッ!?」
陸がくれたペンダントが、きれいな弧を描いてプールに落ちる。
あたしは慌てて、プールの周りに張られている金網に駆け寄った。
12月の誰もいないプールの水面に、同心円がいくつも広がっている・・・
あたしは水面を凝視したまま、
「・・・・・なにするのよ・・・」
「ははっ! どうする?」
あたしはちょっとだけ松浦くんを睨んで、そのままプールの入り口に回った。 同じく金網で出来ている簡単な戸を開けて、ペンダントが落ちた辺りをプールサイドから覗き込む。
夏から放置されたままのプールは濁っていて、底の方は全く見えない状態になっている。
陸のペンダントが作った同心円が徐々に拡散されていく・・・
松浦くんがゆっくりとした歩調でプールサイドにやってきた。
「うっわ! 汚ッ!! このプールを放置しておく意味ってなんかあんのかね?防災? ・・・・・って、オイッ!?」
松浦くんの驚いた顔が視界の端に映った。
あたしは制服なのも構わずにプールに飛び込んでいた。
不思議と冷たくはなかった。
ただ足や手、水に直接触れている肌の部分が、刃物で切られるように痛かった。
・・・それもあとで気が付いたことだけど。
このときのあたしは、ただペンダントを探すことだけで頭がいっぱいだった。
「バッ、バカッ! 何考えてんだよッ! 12月だぞッ!?」
頭上で慌てたような松浦くんの声が聞こえる。
何回も息を吸い込んで底の方を手探りで探したけど、それらしいものは指先に触れてくれなかった。
「さっさと上がれよッ! 見付かるわけねーだろッ!!」
この辺に落ちたと思ったけど・・・ 違った?
もっとあっちの方だった? それともこっち・・・?
「早く上がれってッ!! 頭おかしいんじゃねーのかッ!?」
確かあの辺から投げたんだよね・・・?
さっき松浦くんがペンダントを放り投げた位置を確認する。
そんなに角度付いてなかったから、やっぱりこの辺に・・・
「上がれっつってんだろッ!」
「うるさいッ!! 黙っててよッ!!!」
再び息を大きく吸い込んで水面に潜ろうとしたとき、
「村上さんッ!」
と叫ぶような声が聞こえてきた。 振り返ったら、五十嵐くんが金網を乗り越えてくるところだった。
あたしはまた顔を戻してプールに潜った。 直後、強い力に引っ張られて、底を探る前に再び水面に顔を出した。
五十嵐くんが、やっぱり制服のままプールに飛び込んできて、あたしを強引にプールサイドに引っ張り上げた。
水中にいるときは肌が切られるように痛かったけど、水から上がったら痛みも寒さも何も感じなくなっていた。
「〜〜〜何やってんのっ!? こんな時期にプールなんか・・・」
と五十嵐くんも全身から雫を滴らせながら、「とにかく、保健室行こうっ!」
とあたしを連れて行こうとする。 あたしはその五十嵐くんの腕を振り解いて、
「待って! まだペンダントが・・・っ!!」
と再びプールサイドに駆け寄った。
「・・・ペンダント?」
五十嵐くんが眉間にしわを寄せて松浦くんを振り返る。
「見つかるワケないってのに、バカじゃねーの?」
「・・・プールに捨てたのか?」
五十嵐くんに睨まれても松浦くんは平気な顔をしている。
「センパイもさ、ペンダントみたいに商業科なんか捨てて、普通科のヤツと付き合えばいいじゃん! ねぇ?五十嵐センパイ?」
「オイッ!」
五十嵐くんが聞いたこともないような怖い声で松浦くんを怒鳴りつける。 あたしは水面を凝視したまま、
「・・・・・もう付き合ってない・・・」
「え・・・?」
五十嵐くんと松浦くんがあたしを振り返る。 あたしも振り返って松浦くんを睨んだ。
「もうフラれたッ! 松浦くんのせいでフラれたッ!!」
そのまま松浦くんに駆け寄って制服のシャツを引っ張った。「返してよッ!!」
松浦くんはちょっとひるんだように顔を引きつらせながら、
「・・・プールの水、抜くしかないだろ」
とあたしを見下ろした。
「ペンダントのことじゃないッ! 陸・・・ 陸のこと返してよッ! あたしに返してよッ!!」
力いっぱい松浦くんを揺さぶった。「あたし・・・ 陸がいなかったら、生きていけない・・・」
濡れた制服から滴ったのか、それともあたしの涙なのか、幾滴もあたしの足元に雫が零れて丸いシミを作った。 そのシミの上に跪く。
「返して・・・ 返してよ・・・」
「村上さん・・・ ホントに風邪引いちゃうよ。 保健室行こ?」
五十嵐くんがあたしの肩を支えるようにして、あたしを立ち上がらせた。
結局ペンダントを見つけることは出来ないまま、保健室に向かった。
「何考えてるのっ!? 12月にプールなんて・・・ それにあなたたち受験でしょっ!? こんな大事な時期に・・・」
五十嵐くんと2人で、保健の小池先生に怒られた。
「すみません・・・」
「それ飲んだら、あったかくして帰りなさいね」
「はい・・・」
両手でマグカップを包む。
さっき散々泣いたから、ちょっと落ち着いてきた・・・ って言っても、落ち込んでることには変わりない・・・
諦め? 悲観・・・? そんな感じ・・・
濡れた制服をカバンに詰め込んで、ジャージ姿で帰宅。
「なんか・・・ かなり恥ずかしい格好だよね」
「仕方ないでしょ? 自分のせいだし、我慢するしかない」
「はい・・・」
五十嵐くんに軽く睨まれて肩をすくめる。
2人とも予備校は休んだ。
「あれ? ねぇちゃん、運動部だっけ?」
ジャージ姿で家に帰ったら弟の祐樹が驚いた声を上げた。
「・・・なわけないでしょ」
「だよな。 ねぇちゃん運痴だし!」
「う、うるさいなぁ〜!」
と祐樹のことを叩こうとしたら、避けられたわけじゃないのに、あたしの右手が空を切った。
「ははっ! ホラ、やっぱり運痴じゃん! この距離で空振りする・・・・・・ ? ねぇちゃん?」
「なに・・・? もう、どいて・・・よ。 あたし今日疲れてて・・・」
玄関の所に立っている祐樹を押しのけて自分の部屋に向かおうとしたら、うっかり足を滑らせてしまった。 祐樹が慌てて支えてくれる。
「ねぇちゃん? なんか顔赤いぞ?」
と言って祐樹があたしのおでこに手を当てる。「うっわ!デコ熱ッ!! ねぇちゃん熱あるよッ!! 母さ―――ん!ねぇちゃん熱ある―――・・・」
祐樹がお母さんを呼ぶ声がものすごく遠くから聞こえた・・・


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