チェリッシュxxx 第7章

B 生で…!?


陸がパネルの前で、
「どれでもい?」
とちょっとだけ振り返る。 あたしは黙って肯いた。
「んじゃ…… 203」
陸は比較的他の部屋よりは普通っぽそうな部屋を選んでくれた。
あたしたちはいわゆる、その……
―――ラブホテルに来ていた。
だ、だって、終電出たからって駅を追い出されちゃったし!
近くにファミレスもファーストフードもないしっ!
寒さをしのげるところが他にどこもなかったからっ!!
陸なんか、あたしに自分のジャケットを貸してくれてるから、もっと寒いだろうし……
だから、陸がホテルの前で立ち止まって、
「こーゆーとこでもいい?」
って聞かれて…… 思わず肯いちゃったんだよね。
べ、別にそういうことが目的で入ったんじゃないけどっ、寒さをしのぐために入ったんだって分かってるけどっ!
でも、いつもは陸の部屋だから、こういうところは初めてで…… やっぱり緊張してしまう。
ドキドキしているあたしをよそに、陸はさっさとカウンターでチェックを行っている。
陸が番号をカウンターのおじさんに告げたら、おじさんはこっちを見もしないでカギを寄越した。それを受け取り、
「2階だって」
とエレベーターに向かう陸。
陸、慣れてる……
やっぱり、今まで付き合ってきた子とも、こーゆーとこ入ったことあったよね。
しかも陸、沢山の子と付き合ってたわけだから、1回や2回じゃないもんね……
―――と、落ち込みかけて、
でも、今はあたしだけなんだから全然気にすることないっ!
と思い直す。
それに、陸が慣れてたおかげで慌てなくて済んだんだから、逆に良かったじゃん!
「どーしよう… オレ、分かんないよ。 結衣決めて?」
なんて言われるより全然いい!!
そうだよっ! そうそうっ!
………って、頭では分かってるのに、どうしても心がモヤモヤする……
今はあたしだけだって分かってる。
なのに、過去にまで嫉妬している自分がいて…… すごくイヤだ。
「冷えてるだろうし、風呂にお湯張ったから入っちゃいな」
そう言いながら、陸がバスルームから出てくる。
「……陸は?」
「結衣、先に入っていいよ」
「………分かった」
制服を籠にたたんでバスルームに入った。 冷えた身体をバスタブに沈める。
徐々に身体は温まってくるけど、心はまだ冷えたままだ。
―――あたし、お母さんとあんなケンカしたの初めて……
「絶対許さないからっ!」
なんて怒鳴りつけて飛び出してきちゃったけど、お母さんどうしてるだろう……
心配してるよね、きっと……
―――ううんっ! 心配かけてたって全然関係ないっ!
だって、お母さんが悪いんだからっ!
勝手に人の部屋漁るし、陸のこと悪く言うし、挙句の果てには別れろなんて……
いくら家族だからって、部屋漁るとかありえないっ!
陸のことだってそうっ! 見た目で判断して……っ!
陸は髪がオレンジだからちょっと遊んでるように見えるかもしれないけど、すごく優しいし、年下なのに頼り甲斐だってあるんだからっ!
ちょっと…… エ、エッチだけど……
会うたびにキスしてきたり、
「最近してないし〜。 し〜た〜い〜〜〜っ!」
って…… すぐにエッチな方に話を持っていこうとしたりするけど……
とそこまで考えて、
―――今日、まだキスしてない……!
とハッとなる。
いやっ、急に呼びつけたり、帰れなくなったりで、それどころじゃないって分かってるけどっ!
メチャクチャ寒かったし、早くあったかいところに移動しなきゃって思ってたのはあたしも同じだったけど!
でも、今まで2人きりでキスしてこなかったときなんかあったっけ…?
それに、お風呂に入るって言ったときも、絶対、
「一緒に入ろ♪」
って言ってくると思ったのに……
やっ! 全然っ、期待してたとかじゃないけどっ!! そーゆーことじゃないけどっ!!
……でも、なんか今日の陸、いつもと違う感じがする。
よそよそしいっていうか……
距離を感じるっていうか……
急に不安になってきて、慌ててお風呂から上がった。
はじめ、ちゃんと制服を着ようとして……止め、上着やスカートは穿かずに、下着の上にシャツだけ着て部屋に向かった。
だって、ほらっ! 制服着たまま寝たらシワになっちゃうしっ!
……それに、どうせすぐ…… 脱いじゃうに決まってるし……
「……出たよ」
部屋に入ったら、陸はベッドの縁に座ってケータイをいじっていた。
「早かったね。 髪洗わなかったの?」
陸は一瞬だけあたしの方を見たあと、「……ここ圏外なんだね」
とまたケータイの方に視線を戻した。
えっ? それだけ……?
ちょ…… よく見て? あたし、こんな格好だよ??
いつもの陸だったら、
「結衣〜〜〜っ!!」
ってダイブしてくるよねっ!? なんでっ!?
「そっ、そーなんだ? 気が付かなかった」
そう言って陸の隣にわざと身体を寄せて座った。 なのに陸は、
「……じゃ、オレも風呂入ってくんねっ」
と立ち上がる。
えっ、お風呂っ!? お風呂行っちゃうの!?
あたしひとり置いて…… 行っちゃうのっ!?
っていうか……
―――やっぱり陸、いつもと違う……
バスルームに向かいかける陸の腕を慌てて掴んだ。
「もう遅いよっ! ……寝よ?」
陸は一瞬間を空けたあと、
「……そーだね」
と言ってあたしの方に戻ってきてくれた。
ジーンズとTシャツ1枚になって大きなベッドに入る陸。 そのとなりにあたしも潜り込んだ。
いつもは陸に押し倒されるような感じでベッドに入るから、こうやって改まって横になると……
―――なんだか気恥ずかしい。
「お、大きいから落ちる心配ないねっ」
恥ずかしさを紛らわすためにそんなことを言ったら、
「分かんないよ? 結衣の寝相じゃ」
と陸が笑う。
「もうっ!」
「いてっ」
そのまま陸の手を握った。
「冷たっ!」
触れた陸の手がものすごく冷たい。
ひとりでいるのがいやで、陸がお風呂に入るのを止めちゃったけど……
「ごめん、陸だってお風呂入りたかったよね……」
あたしがそう言ったら、陸はニッと笑って、
「や、別にいーよ。 結衣にあっためてもらうから♪」
とあたしを抱きしめてきた。
良かった…… やっぱり陸だ。
さっきは、
「なんかいつもと違う……」
ってちょっと不安になったけど、あたしの気のせいだったみたいだ。
陸の背中に腕を回して抱きついたら、陸もあたしの髪に顔を埋めてギュッと抱きしめ返してくれた。
こうやって陸に抱きしめられるのが、好き。
抱きつくと微かにするタバコの匂いも、あたしを抱いても まだ余ってそうな長い腕も、好き。
今日はこうやってずっと陸を感じていたい。
受験のことも、将来のことも、お母さんとケンカしたことも忘れて…… ずっと陸と一緒にいたい。
なんてことを考えていたら……
―――あれ?
「……陸…もしかして、寝ちゃった?」
陸は、はじめにあたしを抱きしめた格好のまま、何もしてこない。
授業の後に課外も受けて、さらに沢山の宿題までやってるみたいだし……もしかして、疲れて寝ちゃった?
と思って陸を見上げたら、
「ん? まだ起きてるけど……」
と陸もあたしを見つめ返した。
……よかった。 先に寝ちゃったのかと思った。
と安心しかけたら、陸は、
「早く寝ないとね」
えっ? 寝ちゃうのっ?
「明日、朝イチの電車で帰れば1限目間に合うよね。 起こして?」
と陸はすぐにでも寝ちゃいそうな勢い。
あたしは全然眠くないんだけど……
―――っていうか、寝ちゃやだっ!
「別に起きれなくてもいーもんっ!」
「え?」
「もうすぐ自由登校だし、少しぐらい休んだって平気!」
「や、でも…… おウチの人も心配するでしょ?」
陸がちょっと戸惑ったような声を出す。 あたしはそれを無視して、
「平気だって言ってるでしょっ!?」
「結衣……」
「今日は…… 今は、学校とか家のこととか考えたくないの! 今は……ッ」
陸のシャツを引っ張って、顔を近づけ、
「ゆ…… んッ!?」
あたしの方からキスした。
「……今は、陸だけを感じていたい」
そう言ったら、陸が驚いた顔をした。
そして、あたしを抱く腕に力が込められ…… と思った次の瞬間には、強く口付けられていた。
あっという間に着ているものを全部脱がされた。
何度もキスを繰り返したあと、その唇があたしの顎から首筋に移動していく。
陸の唇や指先があたしの身体中を這い、甘い痺れが背中を駆け上がる。
「……んっ」
胸の先に、生暖かくちょっとざらついた陸の舌を感じたときは、身体が震えた。
わざと音を立ててその行為を繰り返す陸。
段々あたしの鼓動が早くなっていく。
「んっ! あ…」
甘く歯を立てられて、思わず陸の頭を抱え込んだ。
もっと…… もっと、して欲しい。
もっと陸でいっぱいにして欲しい。
……そうすれば、つまんないことなんか考えなくてすむ。
なのに……
「結衣…… 結衣、大好きだよ」
「り、く… んっ」
身体はすごく感じているはずなのに、頭はやけに冷静で…… 全然集中できない。
唇をあたしの身体に這わせたまま、陸があたしを上目遣いに見上げる。 あたしも陸を見つめ返した。
すると陸は唇を胸からおへその辺りへ移し、そのままさらに下腹部に移動させようとする!
「や……ッ!」
何をされるのか分かって思わず抵抗しかけたら、陸がまたあたしの方を見た。 再び目が合う。
り、陸…… もしかして……あ、あれしようとしてる?
いつもだったら、恥ずかしすぎて絶対拒否するんだけど……
でも、今日は……
抵抗するのをやめて、目を閉じる。
と同時に、陸があたしの腿に手をかけてその足を大きく割った。 そしてすぐに陸の舌が…… そこに、触れて……
「あっ やっ 〜〜〜ん、あぁんっ!!」
一瞬で思考回路が止まってしまった。

「あ…… はぁ、はぁ…」
気が付いたらものすごく心臓がドキドキいってて、息も上がっていた。
全身がダルくて、すぐには身体を動かせなかった。
そのまま思考回路まで止まってくれていればいいのに、陸が唇を離したらまた意識だけ引き戻された。
―――受験のこととか、将来のこととか、お母さんのこととか……
陸は口元を拭いながら、ヘッドボードを探っている。
陸はいつだってちゃんと避妊してくれる。
一度、避妊しないでされそうになったことがあるんだけど、結局は、
「考えナシでごめんね。 結衣のこと傷つけたくないから、これからはちゃんとゴムつけるね。 将来、子供が出来てもいいカンケーになったら、生でしよ?」
って言ってくれて……
―――でも、もし今子供が出来たら……どうなるんだろう。
受験どころじゃないだろうから、勉強はしなくてすむよね。
陸とのことだって、子供まで出来ちゃったら お母さん反対出来ないだろうし……
陸だって、あたしのことを思って避妊してくれてるけど、本当はしない方が、き、気持ちいいに決まってるっ!
小さな袋を破ろうとしている陸からそれを取り上げた。
「え……? ゆ、結衣……?」
陸がちょっと潤んだ目をあたしに向ける。「な、なに?」
「……しなくていい」
「え?」
あたしは小さな袋を握り締めて、
「……避妊、しなくていい」
「……はっ!?」
陸が目を見開く。「え…? どーゆー意味?」
と聞き返されて焦ってしまった。
「だっ、だからぁっ! そのままでいいって言ってるのっ!」
「そのままって…… 生で…ってこと?」
陸が訝しげに問い返す。
「そっ、そうっ! その方が陸だって気持ちいいんでしょっ!? だから、いいよっ!」
恥ずかしさも手伝って、慌ててまくし立てるようにそう言った。
「気持ちいいって…… や、それはそーなんだけどさ……」
と陸は困ったように首の裏をかいて、「でも出来ちゃったらヤバイし、やっぱ……」
とあたしから視線をそらす。
「出来ちゃったら…… そのときはそのときで、いーもん!」
あたしがそう言ったら、また陸は驚いてあたしを見返した。
「え、結衣…… どーしたの?」
「……どーもしないよ。 ただ……今日は直接陸のこと感じたいなって……」
「結衣……」
「それに、あたし結構子供好きみたい! この前陸が翼くん連れてきてくれたとき、すっごく楽しかったし。 だから……」
「結衣」
陸があたしの話の途中で割り込んでくる。「……出来ないよ」
「え……?」
「出来ない」
―――まさか陸からそんな言葉を聞くなんて思わなかった。
陸から拒否されたことで、恥ずかしさと焦りが頂点に達する。
「なっ、なんでっ!? あたしが子供出来たっていいって言ってるんだよっ? それとも陸、あたしのこと好きじゃないんだっ!?」
「好きだよ。 だから出来ない」
「なにそれっ! 意味分かんないっ!!」
「だって、今子供が出来たら結衣の将来メチャクチャになっちゃうよ」
「ならないもんっ!」
「じゃ、大学どーすんの? せっかく勉強してんのに……行けなくなるよ?」
「別に構わないっ! ―――…あたしは、陸と一緒にいられれば、別に大学なんか……」
行けなくたって、構わない……
あたしがそう言ったら、陸も黙ってしまった。 そしてちょっとだけ睫毛を伏せる。
きっとまたあたしを取りなすようなセリフ考えてるんだ。
確かに、ちょっと勢いで言っちゃったところもあるけど、気持ちにウソはないもんっ!
―――ずっと陸と一緒にいたい。 受験も将来もウチのことも……全部捨ててでも陸と一緒にいたい!
陸がなんて言ったって、考えは変わらないよ!?
とあたしが身構えていたら、
「……じゃ、このまま2人で行こうか?」
と呟くように陸が言った。
「え…」
陸は前髪の隙間からあたしを見つめて、
「結衣がそこまで考えてるなら…オレもいーよ。 一緒に逃げよう」
「えっ!?」
に、逃げるって……
「電車が動いたら外房の方とか……とりあえず、下ろ。 バイク取りに帰りてーけど時間もったいないし……まぁいいや」
と陸は前髪をかき上げる。
「え……あ、あのっ」
陸の反応が予想外で、逆に驚いてしまった。
絶対、説得したり、取りなすようなこと言ってくると思ったのに……
「り、陸……? 行くって……今すぐ行くってこと?」
と確認したら、
「今すぐじゃないよ」
と陸が笑う。
「そ、そーだよね……」
ちょっと安心した。
受験も親のことも何もかも忘れて、ずっと陸と一緒にいたいって気持ちに変わりはないけど、今すぐとかは考えてもいなかったし!
陸だって学校とかあるし、何も言わないで行ったら陸のお母さんにだって心配かけちゃうしね……
とあたしが溜息をつきかけたら、
「電車が動いてからだって言ったじゃん!」
「きゃあっ」
陸がいきなりあたしを押し倒した。
「り、陸……?」
「それまではっ! ねっ♪」
「ね、って…… あ、あんっ!」
陸がまたあたしの身体に唇を寄せる。
「り、陸……っ する、の? ……んっ!」
驚いて問い掛けたら、陸はちょっとだけ目を細めて、
「うん! 始発までまだ時間あるし、もうゴムの数気にしなくていいから何回でも出来るしね」
と動きを止めない。
「何回でもって…… あぁんっ! や… ぁあっ!」
止めないどころか、さっきより激しい気が…… するっ!
「いーんでしょ? もうヒニンしなくて」
そっそーだけ……っどっ!
「や…っ ちょっ、と…そんな、急に…… あ、はぁっ!」
慌てて陸の胸を押し返したけど、全然敵わない。
陸はあたしの両手を絡め取って頭上に持っていき、あたしから自由を奪ってしまった!
「いや……っ 待っ… んっ! あんっ!」
慌てて身体を捩って抵抗する。
「何? イヤなの? だって、結衣がしたいって言ったんだろ? 生で」
そ、そーだけど……っ
「今さら抵抗すんなよ」
陸の額がうっすらと汗で滲んでいる。
呼吸も浅く短いものになっていて、目も潤んでいる……
いつも余裕のある陸が今日は全然違って見えて…… 急に怖くなってしまった。
「いやっ! ま、待って…… ね…あんっ」
あたしの抵抗を無視して、陸があたしの膝を持ち上げる。 そして、
「……挿れるよ?」
って…………
ほ、本当に避妊しないの?
中で…… だ、出しちゃうの?
確かに、あたしがそうしてって言ったんだけど…… でも……
急に不安になってしまった。
確かに、ずっと陸と一緒にいたいって気持ちにウソはない。
自分が意外にも子供好きだって分かったし、それが陸との子供だったらどんなに可愛いだろうって思う。
でも…… 今、このタイミングでそんなことしていいのかな……
気持ちにウソはないけど…… 色んな不安から……
受験のこととか…
将来のこととか…
お母さんに陸とのことを反対されてるとか……
そんなことから逃げ出したくて、あんなこと言っちゃった気がする。
陸のこと逃げ道にしちゃった気がする。
このまま避妊しないでエッチしちゃって…… それで、朝になったら陸と一緒に逃げちゃうって……
………そんなことしちゃって、いいのかな……
「ま…… 待って――――――ッ!!」
陸があたしの中に入ってくる直前、慌ててもがいた。
あたしなんかが全力でもがいても、陸の力に敵うはずない。
絶対逃げられないっ!!
……と思っていたら、意外にも陸はすぐにあたしを解放してくれた。 そのまま飛び起きて、座ったままベッドの端っこまで後ずさりする。
身体がガクガク震えて、思わず自分で自分の身体を抱きしめた。
自分からいいって言ったくせに、こんな土壇場で急に拒否するなんて……
「ご… ごめんなさい…… やっぱり、あたし……」
陸は黙ったままあたしを見下ろしている。
今度こそ、絶対陸怒ってる……
さっき自分が拒否されたときはキレて怒ったくせに、いざとなったら怖気づいて止めるなんて……
自分勝手にもほどがある……
でも、自分勝手だけど… 怒られるかもしれないけど…… やっぱり、今こんなふうにしちゃいけない気がする。
「……本当にごめんなさい」
申し訳なさ過ぎてもう一度謝る。
……何回謝ったって許してもらえるなんて思ってないけど。
そうやって俯いていたら、
「……な? やっぱり無理だったろ?」
「……え?」
陸が優しい目であたしの顔を覗き込んできた。
「結衣は今いっぱい不安なことがあるんでしょ?」
え…… なんで陸、怒んないの……?
「だから、今はちょっと気持ちが昂ぶってるだけだよ」
あたし、こんな土壇場で逃げたんだよ? 陸だってしたかったんじゃないの?
なのに、なんでそんな冷静なの?
っていうか…… やっぱりって……… 何?
――――――陸……?
「……試したんだ?」
「結衣……」
「陸、あたしのこと試したんだっ!? ヒドいッ!!」
「結衣、ちょ…… 聞いて?」
陸があたしを取りなそうと肩に手をかけてくる。 あたしはそれを払い落として、
「どうせ土壇場で逃げ出すって思ってたんだっ!? だからあんなこと…… 今から一緒に行こうなんてこと言えたんだっ!? ホントは全然そんなこと…一緒になんて思ってなかったんだっ!」
と陸に背中を向けた。
「結衣」
「陸は、全然…… 本気じゃなかったんだ……」
肩が震える。 寒いからじゃない。
そのあたしの身体を、陸が後ろから抱きしめてきた。
「本気だよ。 ……だから生じゃ出来ない。 もしそれで、結衣が後悔するようなことになったら…」
「陸と一緒にいられれば、あたし、後悔なんか、しな、いも…っ」
「うん」
陸はあたしを自分の方に向かせて、「でも、オレがヤなんだ」
とあたしの頬を指先で拭ってくれた。
「だから、オレがちゃんと責任取れるようになるまで……もうちょっと大人になるまで待って?」
とちょっと首を傾げて優しい笑顔を向ける陸……
……陸はちゃんと考えてくれてる。
いつでも、あたし以上にあたしのことを考えてくれてる。
こんな自分勝手な行動をしたあたしを受け入れて、そして許してくれる。
たまらなくなって陸の胸に抱きついた。
「ごめんねっ、陸っ! あたし、受験のこととか色々……いっぱいいっぱいになっちゃって、逃げ出したくなっちゃったのっ」
「うん」
「それで陸のこと振り回しちゃって…… ホントにごめんね? …ごめんなさい」
「大丈夫だよ」
陸はあたしの背中をなでて、「結衣は一生懸命やってるよ。 だから大丈夫! オレが保証する!」
と、やけに自信たっぷりに言う。
「あたしの成績がどれぐらいかなんて、陸知らないじゃん……」
「知らないけど…… でも、大丈夫だって!」
なんだろう……
陸にそう言われると、陸の笑顔を見ていると… 本当に大丈夫なような気になってくるよ。
「それに、もし万が一なんかあったとしても、オレは結衣の味方だから! 安心して失敗して!」
「失敗って…… 受験生にそういうこと言うっ!?」
「あははっ」
と陸は楽しそうに笑っている。
陸の笑顔に救われる……
陸が好き。 すごい好き。
―――陸なしの将来なんて、もう考えられない!
「うわっ! もう2時過ぎてるよっ!」
陸がケータイを確認して驚く。
「6時ごろには電車動いてるかな?」
「多分ね」
「じゃ、あんまり…寝る時間、ないね……」
安心したら、急に眠気が襲ってきた。
でも……
「陸…… えっと、その…… し、したい…よね?」
と陸の顔を覗き込んだ。
あたしさっき寸前で拒否しちゃったから、陸まだ………
あたしがそう言ったら陸は、
「そりゃしたいけど…… 結衣、大丈夫? 眠いんじゃない?」
「ん〜〜〜…・ 眠い、けど…… でも、陸が……」
と言いながらあくびをかみ殺す。 そんなあたしを見て陸がちょっと笑いながら、
「疲れたんじゃん? さっき結衣、3回もイッたから」
「えっ!?」
一瞬眠気が覚める。
さ、3回もっ!? そんなにっ!?
……っていうか、いつっ!?
あたし全然記憶にないんだけどっ??
「オレが結衣の――――…舐めたとき♪」
「ッ!!!!!!」
陸に耳打ちされて、恥ずかしさに全身が燃えるように熱くなる。
「そっ、そーゆーこと言わないでっっっ!!」
「いや、マジ結衣すごかったんだって! 声もいつもよりデカかったし、それに……って、イテッ!!」
陸の頭を思い切り叩く。
「もうっ! 陸なんか大っ嫌いっ!! 寝るっ!!」
そう言い捨てて陸に背中を向けた。 陸は慌てたようにして、
「え、あの…… やっぱ、ヤラせてくんないの?」
「知らないっ!」
「うわ〜ん! 結衣ちゃ〜ん!!」
結局、そのあと陸とはエッチしないで寝た。
陸がエッチなことを言ったからっていうよりも、本当にあたしの身体が疲れのピークに達してたから。
陸にはかわいそうなことをしちゃったけど……
でも……

―――あたしは、久しぶりに安心してぐっすり眠りにつくことが出来た。

「まだ薄暗いね」
「朝っつーか、まだ半分夜だよな。これ」
翌朝、6時前にホテルを出た。
「結衣、眠れた?」
「うん。 時間は短かったけど、普段よりぐっすり眠れたよ。 陸は?」
「オレはあんま眠れなかった」
と陸は額を押さえる。
「えっ!? なんで?」
「だって…」
と陸は恨めしそうにあたしを見て、「結衣がハダカで隣に寝てんのに、何も出来なかったから……」
「もうっ! すぐそーゆーこと言うんだからっ!」
あたしは陸を叩く……フリをして、そのまま陸の手を握った。
「―――迎えに来てくれて、ありがと」
「ん」
陸もあたしの手を握り返してくれる。
「陸…… 大好きだよ」
「オレも」
陸、本当にありがとう。
あたしのワガママを許してくれて… そして、救ってくれてありがとう。
あたし受験頑張るね。
これから先も陸と一緒に笑っていたいから…… だから、今頑張るね。
「あたしね、受験のこともそうなんだけど… 将来のこととか?そんなことも全然見えてなくて焦っちゃったんだ」
「……そっか」
「でもね、ちょっとだけ…コレ!って感じのものが見えてきた気がするんだ」
「え? ……なに?」
陸がちょっと驚いた顔であたしを見つめる。
「やっ、まだ、ちょっと思い付いただけっていうか、全然具体的じゃないのっ!」
本当に夕べ…っていうか、もう今朝方?安心して眠りにつく前のフワフワしたときに頭に浮かんだものだし……
これってやっぱり陸の……影響かな?
それとも、お父さんの影響?
―――そう言えば、小学校の文集にそんなようなこと書いてなかったっけ? あたし……
「えっと、やっぱりもうちょっとしてから話すねっ?」
「え〜〜〜!?」
そう考えたら、志望校だってちゃんと決めなおさないといけないし。
「合格してから話す!」
「なんだよ〜 教えろよ〜っ!!」
そんな話をしながら手を繋いで駅まで歩いた。
朝早すぎてまだ誰もいない駅に2人で入って行こうとしたら、
「結衣っ!!」
と名前を呼ばれた。
「えっ!?」
驚いて振り返ったら……
「お、お父さんっ!?」
駅前に止めた車から、お父さんが降りてくるところだった。 お母さんと……陸のお母さんまでいるっ!!
「何やってるんだっ! お前はっ!!」
お父さんは真っ赤な顔で怒りながら、あたしの腕を引っ張った。 その勢いで陸と繋いでいた手が離れる。
「お、お父さん、なんでここにいるのっ?」
お父さんはあたしの質問には答えずに、
「貴様かっ!?」
と陸を振り返った。「ウチの娘を連れ回したのはっ!!」
「ッ!!」
「お父さんっ!!」
お父さんがいきなり陸を殴った。 陸が2、3歩後ろによろける。 お父さんはさらに陸の胸倉を掴んで、
「よくも……っ」
と、また右のこぶしを振り上げようとする。 
「お父さん、止めてっ! 陸は全然悪くないのっ!! あたしが勝手に……っ」
慌ててお父さんの腕にしがみついた。

「うるさいっ! お前は黙ってろっ!」
「止めてってばっ!!」
「放せっ!」
「やだっ!」
放したらお父さん、絶対また陸のこと殴るもんっ!
お父さんは陸に向かって、
「お前の夜遊びにウチの娘を付き合せるなっ!」
「遊びじゃないっ! あたしたち真剣に付き合ってるもんっ!! 陸のこと悪く言わないでっ!!!」
「付き合うって……っ」
お父さんが絶句する。「結衣…… お前まさか、こんな男と何かあったんじゃないだろうな……?」
「な、何かって………」
思わず口ごもってしまった。
お父さんが言う、『何か』っていうのは…… エッチのことだ。
お父さんは、あたしたちが以前から付き合ってるんじゃなく、夕べ一晩だけ陸があたしを連れ回したとカン違いしている。
だから、
「何かあったんじゃないだろうなっ?」
っていうのは夕べのことだ。
確かに夕べは最後まではしてないけど、あんなの もうしちゃったのと同じだよね……
でも、そんなこと正直に話したら、もっと怒って、また陸のこと殴るに決まってる。
……ど、どうしよう…… なんて言う?
してないって言っちゃう?
陸だって、
「出来なかった〜」
って言ってたし、してないのと同じだよねっ!?
でも…… 夕べはしてなくたって、結局その前にあたしたち……してちゃってる……
「どーなんだっ!? 結衣っ!!」
ここで、
「お父さんが聞いたのは夕べの事だから、夕べはしてないもんねっ!」
って開き直っても、いつかはバレるに決まってる。
お母さんには陸と旅行に行ったことバレちゃってるし……そのお母さんの前で見え見えのウソつくのも……
でもでも、正直に話したら、また陸が殴られちゃう〜〜〜っ!!
「おいっ! 答えろ、結衣っ! ……それとも、答えられないようなやましいことしたのかっ!?」
頭が混乱する。 ……なんて答えていいのか分からない。
あたしがいつまでも俯いていたら、
「……しました」
と陸が。
「陸っ!?」
驚いて陸を振り返る。
「結衣のお父さんの言ってる意味がセックスのことなんだったら…… オレ、結衣のこと抱きました」
「貴様……っ!!」
お父さんの形相が、さらに恐ろしいものに変わった。 お父さんだけじゃなく、お母さんも陸のお母さんも驚いた顔になる。
「貴様、よくもぬけぬけと……っ!」
「お父さんっ、止めてっ!!」
お父さんがまた陸を殴った。 必死にお父さんにしがみつく。
陸は殴られた頬を押さえながら、
「……けど、オレ結衣とセックスはしたけど、やましいことなんかひとつもしてない!」
とお父さんを見返した。
「まだ言うのかっ!!」
「陸っ! いい加減にしなさいっ!!」
陸のお母さんが陸の腕を掴んで、「本当に申し訳ありません。 ウチのバカ息子が……」
とあたしのお父さんに頭を下げる。
「なんだよっ! オレ別に悪いことしてねーよっ!!」
「すみませんでした」
陸のお母さんが何度も頭を下げる。
なんで……?
なんでお父さんはそんなに怒るの?
なんで陸のお母さんは謝るの?
あたしたち何も悪いことしてないよ?
あたしは陸が大好きで、陸もあたしのこと好きって言ってくれて…… ただそれだけなんだよ?
「こんな大変なことを起こしといて…… 父親はどうした?」
お父さんがそう言ったら、陸のお母さんが、
「……この子の父親とは3年前に離婚して、今は私たち2人なんです」
と答えた。
「はぁ〜… 片親ですか」
お父さんは溜息をつきながら、「それじゃあ子供を野放しなのも仕方ないですな」
「お父さんッ!!」
お父さんは陸の頭から足の先まで眺めて、
「家庭の乱れが服装、頭髪の乱れに繋がっていくんですよ。 ……果ては、性の乱れにまでね」
「……本当に、申し訳ありません……」
陸のお母さんが頭を下げたまま、また謝る。
「ひどいっ、お父さんっ!! 陸と陸のお母さんに謝ってよっ!!」
「うるさいッ! 帰るぞっ!! …脱げっ!!」
お父さんはあたしが着ていた陸のジャケットを無理矢理脱がせて、それを陸の方に投げつけた。
「何するのっ!? やめてよっ!」
「もうこんな男とは付き合うなっ!」
そしてそのままあたしの腕を引っ張って行こうとする。
「陸のこと見た目で判断しないでよっ! 陸はあたしなんかよりずっとしっかりしてるんだから!!」
「さっさと乗らんかっ!」
車のドアの前でお父さんと揉み合っていたら、
「結衣っ!!」
と陸に呼ばれた。
「り…」
「気安く呼び捨てにするなっ!!」
返事をする前にお父さんに遮られ、そのまま車に押し込まれた。
そのドアが閉まる直前、
「オレ、絶対結衣とは別れませんっ!!」
と陸の声が飛んできた。 まだ車外にいたお父さんが、
「黙れっ!」
と怒鳴り、忌々しそうな顔をして運転席に乗り込んできた。 すぐにお母さんも助手席に乗ってくる。
お父さんはそのまま乱暴に車を発車させた。
あたしは窓に張り付いて陸を振り返った。
陸は、お父さんに殴られた頬を押さえながら、陸のお母さんの前でちょっと俯いていた。
陸……頬が真っ赤だった…… お父さんに2回も殴られて……
ひどいよ…… 陸、無抵抗だったのに、2回も殴るなんて……
「……泣くぐらいだったら、最初からあんな男とは付き合うな」
バックミラー越しにお父さんが目線を寄越した。
泣かせてるのはお父さんでしょっ!!
そう言ってやりたかったけど、喉の奥が痛すぎて声が出せなかった。 代わりに、嗚咽が漏れる。
―――結衣は一生懸命やってるよ。 だから大丈夫!
―――もしなんかあっても、オレは結衣の味方だよ……
そう言って優しく抱きしめてくれた陸……
そんな陸に…… 陸と陸のお母さんに、お父さんはなんてひどい事を言ったんだろう。
「今日はもう学校なんか行かなくていい。 ……どうせもうすぐ自由登校だろう」
前を見たままそう言い放つお父さん……

―――お父さんなんか、大嫌いっ!!!


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