Cube!   第4話  the DeputyC

翌朝は電話の音で目が覚めた。
傍らの時計を見ながら受話器に手を伸ばす。まだ6時だった。
「……はい」
『朝早くにすまない。まだ寝てたかな』
県警の村山警部だった。
俺はベッドに入ったままの格好で電話に出ていた。声で寝起きだとバレていただろうが、
「……はい、大丈夫です」
と形だけ答えた。
『7時から例の捜索をはじめようと思っているんだが、少しだけでも立ち会ってもらえんだろうか』
「……分かりました」
電話を切り身体を動かすと、全身に痛みが走った。筋肉痛だ。
苦痛に顔を歪めながらベッドを出ようとしたときになってはじめて、俺の隣に美紀が寝ていたことに気付く。
夕べはろくに話もしないで寝てしまった。
美紀のことだから、本当はいろいろ聞きたかったに違いない。
俺は美紀を起こさないようにそっとベッドを出てバスルームへ向かった。
浴槽にお湯が張ってあった。
保温に設定されていて、いつでも入れる状態になっていた。
きっと美紀が、俺が目覚めたときいつでも入れるようにしておいてくれたのだろう。
その心遣いが嬉しかった。
まだ寝ぼけていた頭が熱いお湯に入ったことで少しずつ覚醒していく……
警察はなんとしてでも犯人を挙げたいだろう。
それが無理だとしても、最悪身代金だけでも取り戻したいはずだ。
そうでないと、戦後初めて身代金目的の誘拐が成功したことになってしまう。
俺が濡れた頭をタオルで拭きながらバスルームから出ていくと、美紀も起き出していた。
「悪い。起こしたか?」
美紀は首を振りながらも俺の格好を見て、
「また事情聴取なの? こんなに朝早くから?」
と眉を寄せた。
「いや、今日は現場の捜索に立ち会うんだ。身代金が消えたままだからな」
俺はかいつまんで昨日のことを話した。
「じゃ、そのバッグを持ち去った男の言うことが本当なら、身代金はどこに消えちゃったわけ?」
美紀は眉間にしわを寄せて考え込んだ。
「警察側は、男が滑り下りてきたところを捕まえたんだから、途中のどこかに隠したんだろうって考えてるみたいだぜ」
「男の言うことは信じてないってわけね」
「嘘をついているようには見えないって警部は言ってたけど……やっぱり嘘だろ。じゃなきゃ魔法でも使わない限り、バッグの中から1億が勝手に消えたりしないからな」
魔法か……と言って美紀は考え込む顔をした。
時間が来たから、まだ考え込む顔つきの美紀を残して部屋を出た。
お湯に浸かったおかげで大分ラクにはなったが、まだ筋肉がギシギシいっている。
捜索がどれだけの範囲で行われるのか分からないが、こんな状態でまた山の中を滑って行くのか……
と心配していたのだが、幸い俺は小屋付近の捜索にしか立ち会わなくてすみ、しかも現場まではまたヘリを出してくれると言う。
「でも俺、身代金を見つけるのにはあんまりお役に立てないと思いますよ」
ヘリの中で村山警部に言った。「俺の目の前でバッグを奪って、そのまま滑り下りて行ったんで……どの辺で金を隠したとか全然見当つきませんし」
俺がそう言うと村山警部は大きな溜息をつき、
「君たちは永井さんが帰ってきたことで一件落着と思っているかもしれないが、警察としてはこれからが本番って感じなんでね」
と言った。
たしかにそうだろう。
このまま犯人も捕まえられず身代金も取り返せないとなったら、警察の面目丸潰れだ。
村山警部は、
「これが成功に終わったら、模倣犯が出てくるに決まってる……」
とか、
「オレのところで戦後初めて、なんて不名誉なこと避けなければ……」
とか、
「1億がどんだけ大金か、金持ちには分からんのか……」
とかブツブツ言っている。
最後の方は中谷さんへの不満らしかった。なにしろ中谷さんは、
「あの、和歌子も無事戻ってきたことだし、あんまり面倒くさいことしなくてもいいですよ。1億とられたのは悔しいですけど、まぁ、犬にでも噛まれたと思って諦めますから」
と村山警部に言ったのだ。
「何が、犬に噛まれた、だ! そんなんで1億もらえるんだったら、何百回でも噛まれてやるぞ、オレはっ!」
とこめかみをピクピクさせている。
現場に到着すると、村山警部は他の刑事や鑑識たちに、
「いいかっ! なにがなんでも1億捜し出すぞ!! それをあの金持ちにつき返してやるんだ! 分かったか―――!!」
と怒鳴った。
小屋の中や周りはざっと調べ、鑑識や刑事たちは他に移動していった。俺の証言から、犯人が小屋の中やその周辺に金を隠したとは思えなかったためだろう。
立ち会ってくれとは言われたが特にすることもなく、俺はぼんやりと壊れたドアを見ていた。俺が体当たりをして壊したドアだ。
あのときは夢中で気が付かなかったが、相当な勢いで壊したようだ。ドア上部の壁も歪み、その影響か屋根まで歪んでいた。
俺は、まさか損害賠償なんて話にならないだろうな、と少し心配してしまった。
「加納くん」
背後から村山警部に呼ばれた。
警部直々に捜索に加わっているようで、息を切らしながら上ってきた。
「お金、ありました?」
俺がそう聞くと村山警部は、
「そんなに簡単に見つかるわけないだろう」
とムッとした顔をした。「それよりキミに電話だ」
と村山警部は自分のケータイを俺に差し出した。俺のケータイは昨日滝壷に放り投げたままだった。
「手短かに頼むよ」
「すみません」
軽く頭を下げて電話に出る。
『あ、高弥? あたしだけど』
美紀だった。
「どうした?」
『あたし高弥の話を聞いて、もしかしてって場所、思いついちゃった』
「え? もしかして、金……っ」
俺は慌てて口元を手で隠すと警部に背を向けた。「まさか1億の隠し場所か?」
『そう』
「どこだよ?」
美紀はもったいぶった間を空けてから、
『どうせだったら、犯人も捕まえたくない?』
と言った。
俺は通話を切り、ケータイを村山警部に返しながら、
「あの……申し訳ないんですが、もうホテルに戻ってもいいですか?」
と聞いた。
警部は不機嫌な顔を隠しもせず、
「まぁ、構わんが……1人のためにヘリは呼べんから、自力で下りていってくれるか」
と小屋の壁に立て掛けてあったスキー板を指差した。多分、他の刑事が使ってきたものなのだろう。
俺が準備をしている間、警部は、
「まったく最近の若い男は彼女に呼ばれればすぐに飛んでいくときてる。自分たちの頃は……」
と聞こえよがしに愚痴っていた。もう慣れた。
村山警部に教えられたとおり滑っていくと、10分ほどでゲレンデに出た。
こんなに近かったのか……
昨日は散々移動させられていたせいか、もっと奥まった所だと思っていたが。
ホテルに着くと、美紀が従業員に何か聞いているところだった。
美紀は俺に気が付くと従業員に礼を言ってこちらにやって来た。
「何話してたんだ?」
「事情聴取」
美紀はすまして答えた。俺は、
「分かったのか、一億がどこにあるか」
と聞いた。
「まぁ、慌てないで。大体の見当はついてるんだけど、どうせだったらそれを犯人に取りに行かせない?」
「そのときに捕まえるってわけか」
美紀は肯きながら、
「それには村山警部たちにも協力してもらう必要があるんだけどね」
とウィンクして見せた。
「どういうことだよ?」
俺は詳しい話を美紀から聞き出した。

「本当にそんなことで、犯人と1億が挙がるのか」
俺の話(正確には、美紀から聞いた話を俺がしたのだが……)を聞いた警部は、明らかに怪訝そうな声を出した。
だが、現場でも大した手がかりが掴めていなかったのだろう。結局は俺たちの提案を試してみてくれることになった。

一旦現場の捜索を中止する形になり、ホテルに戻って来た村山警部は中谷さんに頭を下げることになった。
「……申し訳ありません。付近一帯を捜索したんですが、1億円は……まだ発見できていません。多分、他にも仲間がいて、途中で金を受け渡したと……思われます」
よっぽど中谷さんに頭を下げるのが悔しいのだろう。伏せた顔の下で、警部は般若のような表情をしていた。
なぜか俺も同席させられていた。中谷さんの隣りにはマネージャーの大石さんが座っている。
「そんなに気にしないで下さい。僕たちも警察の方たちも、いい勉強をさせてもらったと思って諦めましょう。ちょっと高い授業料ですが」
と言って中谷さんは笑った。
高い授業料……
警部がそう呟くのが聞こえた。地獄の底から響いてくるような、恐ろしい声だった。
警部は顔を上げると、
「本日の捜索は午前中で一時引き上げる事にしましたが、午後からは昨日捕まえた男を締め上げて、なんとしてでも仲間の名前を吐かせますんでっ!」
と俺の顔を睨んだ。目が血走っている。
「それから、明日その男を連れて実況見分をします」
「よろしくおねがいします」
と中谷さんは微笑んだ。とても1億をとられた顔とは思えない。
「それはそうと、今夜このホテルでクリスマスパーティが行われるんですよ。警部も仕事の合間にいかがですか?」
「仕事の合間、ですか……そんなものがあればいいんですけどね! はっはっは!!」
と村山警部は乾いた笑い声をロビーに響かせた。
中谷さんは警部の異様な態度には全く気付かないまま、それでは失礼、と言って大石さんとともに去って行った。
さすがに大石さんは警部の異様な様子に気が付いていて、不安そうな顔でこちらを振り返りながら中谷さんの後について行った。
2人の姿が見えなくなると、
「おいっ! 本当にこんな事で1億が出てくるんだろうな!?」
と警部は俺の胸倉をつかんだ。「犯人も分かるって言うからやったんだからな! もし出てこなかった時には……」
分かってるだろうな、と凄んで、俺をつかんでいた手を放した。
「……分かってますって」
と言いつつ俺も自信はなかった。全ては美紀の指示でやったことだからだ。
本当に大丈夫なんだろうな? なんだか心配になってきた。
もし1億が出てこなかったら、この警部に何をされるか分かったもんじゃない。
俺は美紀に言われた通りのことを警部に指示すると、そそくさと自分の部屋に戻った。
「どうだった?」
美紀はベッドに寝そべってテレビを見ていた。「やっぱり地方はチャンネルが少ないわね」
「おいおい、なにのん気なこと言ってるんだよ!? 本当にこれで大丈夫なんだろうな?」
美紀はリモコンでテレビを消すと、
「大丈夫よ。それよりあたしたちも準備しましょ。犯人逮捕の瞬間に立ち会いたいじゃない?」
とウキウキしながら言った。
時計は昼の12時になろうとしていた。
俺たちがスキーウェアを着込んでロビーに下りていくと、中谷さんや和歌子さん、それに洋子と安田もいた。
「あれ? 高弥たち滑ってくるの?」
と中谷さんが聞いてきた。
「あー……」
俺が言いよどんでいると、
「はい。明日にはもう東京に帰るんだし、もう少し楽しもうと思って!」
と美紀が代わりに答えた。
「美紀ったら、行く前はあんなに嫌がっていたのに、すっかりハマっちゃたみたいじゃない?」
とすっかり元気を取り戻した和歌子さんが微笑んだ。
和歌子さんは凍傷などを起こすこともなく、幸い軽い低体温になっただけですんだようだ。
「6時からパーティが始まるからね。それまでには戻っておいでよ」
「でも、よく体力が続くわね。昨日吹雪の中散々滑りまわったんでしょ?」
と洋子が俺の腕を叩いた。
筋肉に痛みが走ったが、顔には出さない。
「僕も一緒に滑ろうかな……」
と安田が言ったが、聞こえないふりをして美紀と2人でホテルを出た。
「その小屋までどれくらいかかるの?」
リフトに乗りながら美紀が尋ねてきた。
「上級者用のリフトに乗り換えて、降りたところから10分くらいかな」
美紀でもなんとか行けそうなところだ。
村山警部は俺たちより先に現場に向かっていた。
きっと今頃は俺たちが来るのをやきもきしながら待っているに違いない。
思ったとおり、現場に着くなり警部は、
「遅かったじゃないか。犯人が先に来てしまったらどうするんだ!」
と不満たらたらだった。「しかも、現場に女なんぞ連れてきて……」
こっちは遊びじゃないんだぞ、とブツクサ言っている。
この後、美紀の提案で1億と犯人が挙がったら、警部はどんな顔をするのか。
小屋には俺と美紀、村山警部と部下が2人だけ来ていた。
捜査本部の方針ではなく、警部独断のもとアングラで動いているから、この人数でも仕方がないのかもしれない。
俺たち5人は、それぞれ小屋から離れたところに身を潜め、時が来るのを待った。
1時間ほどたった頃、俺の背中に雪つぶてが当たった。
飛んできた方向に顔を向けると、村山警部が眉間にしわを寄せ口をパクパクやっている。
口の動きから、
(来ないじゃないかっ!)
と言っているようだった。
万が一、犯人がそばまで来ていることを考えて、大声は出さないのだろう。
俺も、
(もうちょっと待ってください)
と同じく口をパクパクさせた。
そんな状態をさらに1時間も続けた頃、とうとう我慢できなくなった村山警部がすっくと立ち上がった。
そして俺たちに向かって何か怒鳴ろうと息を吸い込んだ瞬間、一緒にいた部下が慌ててそれを遮った。部下に引っ張られた警部は尻もちをついた。
―――誰かが小屋に近づいていく所だった。
それに気付いた警部も、息を呑んで様子を窺いはじめた。
小屋に近づいてきたのは……なんとマネージャーの大石さんだった。手にスコップを持っている。
大石さんは辺りを見回し、さらに小屋の中も覗きこんでからドアの前辺りを掘りはじめた。
チラリと横を見ると、今にも飛び出して行きそうな警部を部下たちが押さえていた。
美紀も、
「決定的瞬間まで待っていた方がいいわ」
と呟いていた。
大石さんはしばらく掘ったあと、何か見つけ出したらしく雪の中からそれを引きずり出した。
グレーのスポーツバッグだった。
大石さんはバッグの前にしゃがみこむとファスナーを開け、中身を手に取った。
……札束だった。
「身柄を拘束しろ―――っ!」
と村山警部が立ち上がった。同時に刑事2人が飛び出す。
大石さんは突然の出来事に身動き1つ出来ず、驚きの表情を浮かべたまま刑事たちに取り押さえられた。

大石さん……いや、大石はあっさりと犯行を認めた。

「今朝、高弥が捜索に立ちあっている間考えてたのよ。1億を奪うチャンスはいつあったんだろうって」
と美紀が言った。
再び小屋の前は刑事や鑑識たちでごった返していた。
俺と美紀はそれを遠巻きに見ていた。
「高弥からバッグを奪っていった男の話が本当だったら、答えは1つしかないわ」
「……俺が雪に埋もれている間か?」
まさかとは思いながらもそう聞くと、うん、と美紀は肯いた。
「だって一瞬だぞ? それにヤツだって一緒に雪に埋まったんだ。そんな短時間で穴掘ってバッグを埋めて、なんてこと出来るわけないだろ!?」
「それが一瞬で出来るのよ。雪が落ちてきたのは偶然じゃなくて必然だったから」
「え?」
「バッグを奪った男はそんなカラクリ全く知らなかったでしょうけどね。全ては大石さんが仕組んだことだったから」
美紀の言うカラクリとはこうだった。
実は屋根の上に積もった雪の中に、金が入ったバッグと同じバッグが隠されていたというのだ。
そして、ちょっとした衝撃で雪が滑り落ちてくるように、屋根に細工が施されていた。俺たちがバッグを取り合って揉めている最中に、どちらかがちょっとでも小屋にぶつかれば、その衝撃で雪が滑り落ちてくるように。
もしかしたらあの男に、ある程度取り合ったらわざと小屋にぶつかるように……などの指示があったのかもしれない。
金が入った本物のバッグは大量に落ちてきた雪の下敷きになり、代わりに雪と一緒に落ちてきたダミーのバッグが目の前に現れる。
男はバッグがすり替わっていることには気付かずにそれを持ち去ったというわけだ。
俺も刑事たちも、まさかそんなトリックが仕組まれているとは思いもしなかった。だから、誰も大量の落雪の中を捜そうとはしていなかったのだ。
「昔読んだ本か何かに似たようなトリックあったのよね」
美紀は犯人が身近な人だろうとアタリを付けていたようだ。
和歌子さんと中谷さんが親しいことを知っていて、なおかつ中谷さんに1億もの大金が用意できることを知っている人物。
そして、中谷さんが泊まっている部屋も知っていて、さらにこの山の地理にも詳しい人物といったら……
そこまで考えたとき、もしや……と大石を怪しんだらしい。
さらに、俺たちがこっちに到着した日の夜、三村という男がレストランに乱入して来て、
「お前だってこのホテルには潰されたクチだろう」
と口走っていたのが気になり、ホテルの従業員に話を聞いたりしたというのだ。
従業員の話によると、もともと大石の家は代々続く宮司で、ゲレンデ中腹辺りに広大な土地と神社を持っていたのだが、近年は資金的に維持していくのが大変な状態になっていたという。
そんなとき麓の商店街から、町興しのために山をスキー場にしないかという話が持ち上がり、大石も不承不承土地の一部を売ることにした。その商店街会長が、あの日三村と一緒にいた気の弱そうな関口という男だった。
こうして着々と計画は進められていったのだが、途中で資金が足りないという事態に陥った。
そこで商店街会長の関口は、一緒にスキー場を作ってくれるスポンサーとして高級老舗ホテルの中谷ホテルに目を付け、その話に中谷ホテル側も快諾したという。
しかし、当初残す予定だった神社を、
「集客のため、もっとゲレンデを広くしたい」
という理由から、関口は大石には言わずに神社を取り壊すことに決めてしまった。
もちろん神社があったことなど、中谷ホテル側は知らなかった。
こうしてスキー場はオープンされた。
ところが関口たち地元の人間が予想しなかったことが起きた。
中谷ホテルは従来の高級ホテルではなく、比較的リーズナブルな若者向けのリゾートホテルを建てたのだ。
高級ホテルには泊まれない若者の集客を期待していたペンショ ンや旅館、ビジネスホテルは大打撃を受けた。
三村は長年この地で旅館を営んでいたのだが、中谷リゾートホテルが出来てからはすっかり客を取られ経営が傾いていたらしい。
しかも、ホテルの中には多数のショップやレストランが入っており、殆んどのスキー客はその中で金を落として行くことになったのだ。
神社をなくした大石は同時に職もなくし、多くの地元民がそうしたように、この中谷リゾートホテルで働くことにしたのだ。
いくら関口に騙されたとはいえ、代々守ってきた神社を自分の代で潰してしまったことに大石は心を痛めていた。そしていつかまたこの山に新しく神社を建てたいと考えていた。
ここまでは美紀がホテルの従業員たちから聞いて知ったことだった。
大石は現場を取り押さえられるとすぐに観念し、同じく中谷リゾートに逆恨みをしていた三村と関口にそそのかされ、一緒にこの誘拐事件を企てたということを白状し、事件は一気に解決した。


その日の夕方、村山警部がホテルに俺と美紀を訪ねてきた。
案の定、村山警部は手のひらを返したように満面の笑みで、
「いやいやいや〜。キミの彼女はすごいね、加納くん! おかげで一気に解決したよ。はっはっは!」
と俺と美紀の肩をバンバンと叩いた。
「良かったですね」
俺たちは、警部のバカ力に顔をしかめながら答えた。
「そのうち、警察庁から感謝状が……」
「いえ、そんなの―――」
警部が予想外のことを言い出したので慌てて遠慮しかけると、警部は、
「……と言いたいところなんだが、実はまだ君たちの活躍は上には報告しとらんのだ」
と頭を掻いた。
「は?」
警部は申し訳なさそうな顔をしながら、
「いや、もうすぐ査定の時期でね。下の娘も大学進学すると言っているし、何だかんだで金がかかるところで……」
この事件を自分の手柄にすれば、査定のとき有利に配点され、賞与にも響いてくるということらしかった。
俺たちは苦笑いするしかなかった。
最後に警部が、
「しかし、最近の高校生は……」
と言ったので、今度はどんな事を言われるのかと身構えていたら、「本職顔負けの推理をしたりするんだなぁ。いや〜、感心感心!」
と大笑いしながら去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、
「なんだかな」
と美紀に肩をすくめて見せると、
「ま、いいんじゃない。手柄が欲しくてやったんじゃないし、永井センパイも無事だったんだし!」
と美紀は笑った。
「だな」

警部が去って間もなく、ロビーに人が集まり始めた。6時から始まるパーティに招待された客達だ。
フロントマネージャーが逮捕された事は伏せて、パーティは行われることになったようだ。
ホテルとは全く関係なく一個人の犯行ということと、和歌子さんが大袈裟にしたくないということから、そのまま敢行することになったらしい。
パーティは最上階のパーティルームで行われた。
普段お目にかかれないようなご馳走が並び、プロの楽団の生演奏やオペラ歌手まで登場して、大いに盛り上がった。
パーティらしくビンゴゲームもあり、
「ビ、ビンゴです〜っ!!」
と安田が当てていた。
「良かったじゃないか。何が当たったんだ?」
景品をもらってきた安田に声をかけた。手のひらサイズの箱らしき包みを持っている。
安田は今回のスキーで良い事がなかったためか、ものすごく喜んでいた。
「うわ〜♪ なんでしょう?」
ガサガサと包みを開ける。
それを俺と美紀、洋子が覗き込む。出てきたものは……
「ちょっと! あんた絶っっっ対、あたしの前でそんなもの履かないでよっ!」
洋子は顔を真っ赤にして怒鳴り、俺と美紀は出てきたものに大ウケし笑い転げてしまった。
……安田がビンゴで当てたものは、中央に大きな蛇がプリントされているビキニパンツだった! 
俺たちが大騒ぎしていると、松葉杖をついた中谷さんに和歌子さんが付き添ってやってきた。
「どう? 楽しんでる?」
「はい! 料理も美味しいしステージも豪華で……ビンゴやゲームも楽しいです。招待してくれてありがとうございました!」
と俺たちがお礼を言うと、それは良かった、と中谷さんは笑った。それから急に俺の方を向き、真面目な顔をして、
「改めて…… 高弥、今回のことは本当に感謝してる。ありがとう」
と頭を下げてきた。
「そんな……止めてくださいよ」
俺は慌てて中谷さんに手の平を向けた。
「本当よ。加納くんのおかげで助かったわ。ありがとう」
と和歌子さんまで俺に頭を下げた。
俺はテレくさくなって頭を掻きながら美紀の顔を見た。美紀も微笑んでいる。
「あ、雪が降ってますよ!」
と安田が窓の外を見て声を上げた。
「雪国なんだから当たり前じゃない」
と洋子も窓辺に寄って、「でも、東京じゃ滅多にホワイトクリスマスにならないから、やっぱりなんだか嬉しいわね」
と微笑んだ。
窓の外に見えるゲレンデは、きれいにライトアップされていた。その光に、静かに降ってくる雪片がキラキラと反射し、幻想的な景色になっている。
そんな景色を見ながら、
「……なんか、明日帰るんだと思ったら急に滑りたくなってきちゃった」
と洋子が言った。「ナイトスキーしに行かない、安田くん?」
「えっ! な、なんで僕なんですかっ!?」
と安田がいきなりの指名にビクビクしている。
「だって女の子1人でこんな時間に滑ってたら危ないじゃない! なによ、それともあたしと滑るのが嫌なわけ?」
と洋子が眉を寄せる。安田は慌てて首を振った。
「い、いえっ! 別に、そうは言ってませんが……」
「じゃ、行くわよ」
「は、はい……」
洋子は情けない顔のままの安田を連れ出していった。
なんだかんだ揉めてばかりいた洋子と安田だったが、結局最後にはああやって2人で滑るところを見ると、お互い少しは気を許せるようになったのかもしれない。
俺は洋子たちの後ろ姿を見送りながら、
「俺たちも滑りに行くか?」
と美紀を振り返った。
「え〜〜〜… なんか言ったぁ?」
と、俺の声に振り返った美紀を見て驚いた。
美紀が赤い顔をしてフラフラしている!
「美紀っ!?」
俺は慌てて美紀を支えた。「どうしたっ?」
「え〜、どうもしてないわよぅ〜」
……いや、明らかにどうかしている。
よく見ると、美紀は手にグラスを持っていた。
「……何飲んだんだ?」
「え〜〜〜? ただのオレンジジュースよぅ」
ただのオレンジジュースでそんなふうになるわけないだろう。
俺は美紀のグラスに残っていたものを一口飲んだ。
「バカッ! これはスクリュードライバーだ! 酒だぞっ!?」
「うそぉ? さっきから飲んでたけどぉ。……うふふ、結構おいしかったわよ〜?」
さっきからって…… 全然気が付かなかった。
俺は中谷さんたちに挨拶をすると、フラフラしている美紀を連れて部屋に戻った。
美紀をベッドに座らせて、コップに水を汲んでやる。
「おい、大丈夫か?」
「うん、だいじょーぶぅ」
美紀は水を一口飲むと、そのままベッドに倒れた。
「気持ち悪くないか?」
「ぜーんぜん! 気持ち、いい、わよ……」
そう言いながらまぶたがゆっくりと閉じられていく。
俺は小さく笑うと、
「眠いんだろ?」
と聞いた。
「え〜…、眠く…ない、よ……」
と言いつつ今にも眠ってしまいそうだ。
俺はそんな美紀の頭をなでた。
「うそつけ。もう寝てるだろ」
「……起きて、るー……」
あと1分も持つだろうか?
そんなことを考えながら美紀の頭をなでていると、
「たか、や…」
と目を閉じたまま美紀が俺を呼んだ。
「ん?」
「……キス、して」
美紀が微かに顎を上げる。俺はその顎に指先を添えゆっくり唇を合わせた。優しく、何度も。
「……寝るなよ」
キスの合間に小さく呟いてみたが美紀からの返事はく、唇を離したときには美紀は完全に眠っていた。
「……美紀?」
と前髪を掻き上げてみたが、美紀はまったく起きなかった。

おいおい。本当に寝ちゃったのか?
初日は洋子に邪魔されて。
次の日は誘拐騒ぎでそれどころじゃなくて。
で、夕べは疲れた俺が先に寝ちゃって……
今夜は、二人でいられる最後の夜なんだぞ? なんで寝るんだよ。
そんな俺の思いはまったく知らない顔で、美紀は規則正しい寝息を立てている。

―――ま、いっか。

俺も隣りに横になり、美紀の髪をなでながらゆっくりと目を閉じた。

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