ひとつ屋根の下   第1話  最悪な同居人E

夜の繁華街をあてもなく歩き回った。
伊吹にムカついて勢いで飛び出してきちゃったけど・・・ 行くあてなんかない。
「オレんちくればいいよ」
って徹平は言ってくれたけど、そういうわけにもいかないし・・・
ていうか、パパ、帰ってきたら驚くだろうな・・・
パパは、あたしと伊吹が上手くいってないことを知らないから、まったく事情が分からないだろうし・・・ 法子さんも・・・・・
そういえば、さっき伊吹とやりあってるとき、まだ法子さん帰ってきてなかったみたいだけど・・・ どうしたんだろう?
いつもだったら、もうとっくに帰ってきて夕食作ってくれてる時間なのに・・・
と、そこまで思い出したところで・・・ 急にお腹がすいてきた。
時計を見たら8時になるところだった。 いつもだったらとっくに夕食を済ませている時間だ。
とりあえずファーストフードでも行こうかな・・・ 長時間いても平気だし・・・
そういえば、いくらくらい持ってたっけ? お金・・・・・
とお財布を確認して驚いた。 小銭で500円くらいしか入っていない!
・・・なんであたしっていつも所持金少ないんだろ。
前に伊吹のコーヒー代払った時だって、本当にギリギリだったし・・・・・
―――また伊吹のコーヒー代のことを思い出してしまった。
一瞬忘れていたさっきの怒りが、また沸々と蘇ってくる。
どうせ家を出てくるなら、最後にあいつから700円返してもらえばよかった!!
そんなことを考えていたら、カバンの中のケータイが鳴った。 表示を見たら、パパだった。
「・・・もしもし?」
『ナナ! 今どこにいるっ?』
パパの声がちょっと焦っている。 もしかして、あたしが家出したことをもう知ったのかもしれない。
「外・・・」
『いくら待ってもお前たちが来ないから心配してたら・・・ なんかケンカしたんだって? 伊吹くんと』
「え? 来ないって?」
ちょっと意味が分からなくてそう聞いたら、
『伊吹くんから聞いてないか? 駅で待ち合わせしてみんなで食事しようってさっき電話したんだけど・・・』
どうやらパパは仕事帰りにみんなで食事をしようと、駅で待っていたらしい。 法子さんも会社帰りにそのまま駅で合流したみたいだ。
急に決まったことでパパはあたしに連絡したんだけど、あたしはそのとき机でうたた寝しちゃってて着信に気が付かなかった。 だから伊吹に連絡したという。
・・・・・伊吹があたしの部屋にいた理由がようやく分かった。
「パパ! あたしもう伊吹と一緒に暮らせないよっ! パパは知らないかもしれないけど、あいつ酷いんだからっ! パパや法子さんの前ではイイ子ぶってるけど、すっごい二重人格なんだよっ!?」
今まで我慢していたものを、思い切ってパパに吐き出した。
初めて聞く話に、パパはちょっと戸惑いながら、
『・・・・・そんなことないと思うけどなぁ。 パパは伊吹くんが中学の頃から知ってるけど、素直な優しい子だよ?』
素直な優しい子? ・・・・・って、誰がっ!!
「パパ騙されてるっ!! あいつは全然優しくなんかないんだから! それにすっごいマザコンなんだよっ! いつも母さん母さんって、ホント凄いんだから! 火傷の時だってあたしが付き添ってあげたっていうのに、ロクにお礼も言わないで法子さんにベタベタしちゃってさ! あっ、あと、あたしは悪くないのに、法子さんのせいで伊吹に突き飛ばされたこともあるんだよっ!?」
パパがなかなか信用してくれないから、今まで内緒にしていたことを一気にバラしてやった。
「この前ミシン壊れたって言ったでしょ? あれあのときは言わなかったけど、壊したの法子さんなんだよね! なんか手ぇ滑らせたみたいで・・・ それで伊吹が飛んできて、あたしが無理矢理ミシン探させたって勘違いしてあたしのこと突き飛ばしたの! 酷いでしょっ!?」
『・・・・・』
電話の向こうでパパが沈黙する。
多分、あたしから聞いた話で伊吹の正体を知って驚いてるんだ。
パパはあたしが大切なんだから、あたしにそんな仕打ちをした伊吹に黙っているわけがない。
もしかしたら、本当に伊吹を追い出してくれるかもしれない。
とあたしが期待していたら、
『―――・・・ナナ、法子さんな・・・ 右腕の神経に傷がついてて、あんまり重いものは持ち上げられないんだ』
「・・・・・え?」
右腕の神経に傷って・・・
法子さんが?
思いもかけない話に言葉を失った。
『普通に生活してる分には何も問題ないんだけど、あんまり力が入れられないから重いもの持ち上げたり、高い所の物を無理に取ろうとすると危ないんだよ』
「・・・・・そんなこと、あたし知らなかった・・・」
『ナナには言ってなかったからな。仕方ないさ。 だから、伊吹くんがお母さんを必要以上に心配するのはそのせいなんだよ?』
「そ・・・ そーなんだ・・・」
・・・・・マザコンとかじゃなかったんだ・・・
そんなこと知らなかったから・・・
ううん、知らなかったせいとはいえ・・・ 伊吹に酷いことを言ってしまった。
「・・・どうしよう、パパ・・・ あたしそんなこと知らなかったから、さっき伊吹にあんなこと言っちゃって・・・」
『あんなこと?』
パパが聞き返す。 どうやらパパは伊吹から、あたしたちが揉めたということを聞いただけでその内容・・・あたしが法子さんを悪く言ったことは聞いていないみたいだった。
好きな人の悪口を娘に言われたと知ったら、パパだって傷付くに決まっている。
認めたくないけど・・・ 伊吹が気を利かせてくれたことは確かだ。
あたしがトーンダウンしているのが伝わったのか、パパは、
『とにかく駅まで出てきなさい。 パパと法子さんお腹ペコペコだよ!』
とわざと明るい調子の声を出した。
「・・・あたしも」
『じゃあ、待ってるぞ。 ・・・それから、法子さんは2人がケンカしたこと知らないから、そのつもりでヨロシクな』
集合する前に仲直りしておけってことらしい。
「―――はい・・・」
仕方がないから肯いた。 ケータイを折りたたんでカバンにしまう。
一緒に生活するようになって1ヶ月以上にもなるのに、あたし全然法子さんの身体のこと気が付かなかった・・・
あたしと同じで、少しおっちょこちょいなだけかと思ってた。
だからあたし、伊吹にあんなこと・・・・・
伊吹が怒るのも無理はない。
っていうか、なんであのとき伊吹はそう言って反撃してこなかったんだろう。
「オレはマザコンなんかじゃない! 母さんは身体が不自由なんだよっ!」
って言えば済んだことなのに・・・
そうすればあたしだってあんなに酷いこと言わなかったのに・・・・・
・・・結局言っちゃったんだから、今さら後悔しても遅い。
まだ、なんであたしにだけ態度悪いのかとか色々不満はあるけど、とにかく法子さんのことだけは謝っておかなくちゃ!
駅で法子さんたちに合流する前に謝っといた方がいいよね。 あいつまだ家にいるかな・・・
と来た道を戻ろうとしたら、
「おいっ! ナナッ!」
と背後からあたしを呼ぶ声がした。
驚いて振り返ったら、知らない男の子が2人立っている。
「・・・え?」
だ、誰・・・・・? 全然知らない人だけど・・・
もしかして人違い? ―――でも、ナナって・・・
あたしが戸惑っていたら、
「・・・だったよな? 確か」
と1人があたしの腕をつかんだ。 その力強さに慌てて腕を振り払う。
「ちょ・・・っ 放してよ!」
「ヤダね。 やっと見つけたんだ。 今度は逃がさねー」
今度はって? なにっ!?
やっぱり、絶対誰かと間違えてるっ!!
男の子たちはあたしの腕をつかんだまま、人通りの少ない横道に入っていく。
な、何する気ッ!?
「助け―――・・・ んっ!」
大声で助けを呼ぼうとしたら、その口を塞がれた。
「都合のいいときだけ被害者ぶってんじゃねーよ!」
あたしの口を塞いでいた手に力が込められ、顎や頬に痛みが走った。
「ッ! んっ、ん―――ッ!!」
あたしが苦痛にもがいていたら、もう1人の男の子が、
「待て。 あんまりシメすぎて気でも失われたらつまんねーよ。 どうせなら、意識あった方が楽しめるだろ? イロイロ」
と、あたしを押さえつけている男の子の肩をつかんだ。
・・・・・イロイロ・・・楽しむって・・・・・ なに?
考えたくないのに、どうしても最悪なことを考えてしまう。
そうしている間に、男の子がどこかに電話を始める。
「あ、テルヤ? オレ。 ・・・うん。 ちょっと出て来いよ。 例の女見つけたから」
違うっ! あんたたち人違いしてるっ!!
あたし、例の女なんかじゃないっ!
そう言いたかったけど口を塞がれていて無理だった。
男の子はケータイをたたむと、
「んじゃ、そこの公園辺り行く?」
とちょっと先にある人気のない公園を指差す。
「公園? マジで?」
「だって金ねーし。 複数でラブホ入ったら逆に怪しまれんだろ?」
「そーだな。 ・・・ま、突っ込めればどこでもいーか」
男の子たちの会話に、恐怖が全身を駆け上がる。
やだ・・・・・ やだやだ・・・・・
誰か・・・ 誰か助けてッ!!!
震えるあたしを、男の子たちが引きずるようにして公園に連れて行く。
「オラッ! ちゃんとテメーで歩くんだよっ!」
腿の辺りに激痛が走る。 ・・・・・蹴られた。
思わず目に涙が溜まったけど・・・ 痛みのせいじゃない。
あたし・・・ このままこの子たちに犯されちゃうのかな・・・
薄暗い公園で・・・
電話で誰か呼んでたし、複数に・・・
避妊だってしてもらえるかどうか分からない。
まさか、初めてがこんなだとは思わなかった・・・・・
パパ・・・・・
また悲しませちゃって・・・ ごめんね・・・・・
とあたしが諦めかけたとき、
「おまわりさーん、早く! こっちです!」
と誰かの大きな声が聞こえた。 その声に男の子たちが弾かれたように振り返る。
「確かに女の子の悲鳴が聞こえたんですよっ! こっちこっち!!」
声は段々近づいてくる。
どうやら誰かがこのことに気付いて、警察を呼んでくれたみたいだ。
男の子たちが顔を見合わせる。
「・・・ヤベーよ。 どーする?」
男の子たちは舌打ちしながら突き飛ばすようにあたしを解放して、
「・・・余計なこと言うんじゃねーぞ!? テメーが悪いんだからなっ!」
と怒鳴りながら、声とは反対の方に走っていってしまった。
・・・・・・・・・・た、助かった・・・
一気に全身の力が抜けて、そのまま地面に座り込んだ。
あのまま助けが来なかったら・・・ あたし絶対犯されてた。
でも・・・ なんで?
なんでこんなことになっちゃったのっ?
あの人たち、絶対あたしを誰かと勘違いしてた!
・・・でも、ナナって・・・あたしの名前も知ってたし・・・・・ どうなってるの・・・?
とあたしが考えていたら、
「・・・バーカ! 自業自得なんだよ!」
誰かがあたしの傍に歩み寄ってきた。
暗闇に目を凝らしてみたら・・・・・
「・・・・・あ・・・」
「ホント、バカな女だよな?お前。 逆に1回くらい襲われた方がよかったかもしんねーな?」
伊吹だった。
どうやら、さっきの声は伊吹のものだったらしい。
「・・・・・警察は?」
「は?」
「さっきおまわりさんって言ってた・・・」
あたしがそう言ったら、伊吹は肩をすくめて、
「嘘に決まってんだろ? あんな古典的な手に引っかかるのは、バカなあいつらとお前だけ!」
とあたしを見下ろした。
その言い方にカチンときて、お礼を言う前に憎まれ口が先に出てしまった。
「・・・どうせ腕力であいつらに勝つ自信がなかったから、ああ言って追っ払っただけでしょ?」
あたしがそう言ったら、伊吹はさらに、
「なんでオレが自分の身を挺してお前なんか助けなくちゃなんねーの? つか、結果助かってんだから文句ねーだろ? ムカつく女だな」
助けてもらったのは本当だったから、仕方なくお礼を言う。
「・・・・・助けてくれてありがとうございました! どうもお世話になりましたっ!!」
言い終わるのと同時にプイッと顔を背けてやる。 伊吹はあたしを睨みながら、
「これに懲りたら、もう食い逃げとかやめろよなッ!」
と吐き捨てるように言った。
「食い逃げ・・・? って、なんのことよっ! そんな人聞きの悪いことしてないんだけどっ!?」
あたしがそう反論したら、伊吹は、
「バックれてんじゃねーよ! お前カラオケで食い逃げしたろ? もう1人の女と一緒に!」
「え・・・?」
一瞬、伊吹がなんのことを言っているのか分からなかった。
カラオケ・・・・・?
「もう忘れたのかよっ!? 4月にミスドの隣のカラオケ屋で! 精算前に逃げ出したの知ってんだぞっ!?」
4月のカラオケって・・・・・・
と頭の中でカレンダーを思い浮かべて、
「―――・・・あッ!!!」
唐突に思い出した。
あの、里香と一緒に行ったカラオケだ!
ナンパされた男の子たちと一緒にカラオケに行って、精算前に里香に連れ出されて逃げ出した・・・・・
思わず口に手を当てて絶句する。 そのあたしを見て、
「思い出したか」
伊吹が眉間のしわを深くする。
・・・・・思い出した。
じゃ、さっきの男の子たちは、あのときの子たちだったんだ! だから、
「テメーが悪いんだからな!」
って言ってたんだ・・・・・
「・・・・・な、なんでそんなこと知ってんのよ」
誤魔化すのも言い訳するのも忘れて、思わずそう言ってしまった。
「見てたんだよ」
「どこでよっ!」
「カラオケ屋。 あそこでバイトしてんだよ!」
「嘘ッ!?」
全然気が付かなかった・・・・
「お前ら全然こっちなんか見てなかったし、慌てて出て行ったからな。 はじめはただ、急いでんのか?くらいにしか思わなかったけど、そのあとあいつらが出てきてメチャクチャ怒ってたから分かったんだよ。 お前らが食い逃げしたってな!」
伊吹がまた、汚いものを見るような目つきであたしを見下ろす。 その視線を遮るように、慌てて伊吹の前に手のひらを向けた。
「ちょ、ちょっと待って! 確かに結果逃げちゃったんだけど・・・ でも、あたしははじめから騙す気なんてなかったんだからっ!」
「言い訳はいいよ」
「言い訳じゃないもん! 本当のことだもんっ! 里香に誘われてついて行ったらすぐナンパされて・・・ あたしお金ないからカラオケとか行けないって言ったんだけど、大丈夫って言われたからそのままついて行ったら、途中で急に帰ろうって言われて・・・・・」
「・・・そんで一緒に食い逃げしたのか」
「それだって、お店から出てきて大分経ってから気付いたのっ! ・・・本当はちゃんと戻って謝らなきゃいけないって分かってたけど、あたしお金持ってなかったし・・・ それに、1回怒らせちゃってるから何されるか分からなくて怖かったし・・・」
思わず語尾が小さくなる。
「今までもやってたのか?」
「あたしはあのときが初めてだよっ! っていうか、本当に知らなかったし・・・ あんなことするって知ってたら絶対ついてかなかったよっ!!」
必死になって言い訳するあたしを、伊吹が腕を組んで見下ろす。
「本当だよっ! 誓ってもいいっ!!」
「・・・・・」
「信じて!?」
あたしが必死になって手を合わせたら、伊吹は深く息を吐き出して、
「―――・・・ もう二度とすんなよ? 友達にもそう言っとけ!」
と、やっと許してくれた!
「・・・・・はい。 もうしません」
あたしも大人しく肯いた。
「・・・立てるか? なんもされてねーよな? まだ」
座り込んでいるあたしに伊吹が手を差し出してくれる。
「うん。 ありがと」
あたしも素直にお礼を言って伊吹の手をとった。
「ほら。 カバン」
さらに、傍に落ちていたカバンまで拾ってくれる伊吹。
「・・・・・なんか、初めてちゃんと扱ってもらった気がする。 あんたに」
「ちゃんと人を見てんだって言ったろ? ・・・騙して食い逃げするような奴とまともな口きく気なかったし」
え・・・・・!?
「もしかして・・・ それで今まであたしに冷たかったの?」
「犯罪者と家族になんのかと思って焦ったよ」
伊吹がそう言って・・・・・・ 笑った!
初めてあたしにちゃんと笑いかけてくれた!
今まで悪態つかれるとか、睨まれるとか、そんな感じだったから、なんか・・・・・
―――ホント、単純に、嬉しいっ!!
どちらからともなく駅に向かって歩き出した。
2人並んで商店街を歩く。
偶然・・・かもしれないけど、伊吹が車道側を歩いてくれる。
「あの、あたし・・・ さっき、あんなこと言っちゃってごめんね?」
思い切って伊吹に謝った。
「あ?」
「法子さんのこと。 ・・・その、知らなくて・・・・・ あたし酷いこと言っちゃったよね。 ごめんなさい」
「もしかして、父親に聞いたのか?」
黙って肯いた。
「どこまで聞いた?」
「右腕の神経に傷がついてるって。 だから重いものとか持てないんだって」
「・・・それだけ?」
「うん。 ・・・他になんかあるの?」
不思議に思ってそう聞いたら、伊吹は黙ってしまった。
・・・・・もしかして、聞いちゃいけないことだったのかな?
とあたしが心配していたら、
「母さんの腕があーなったの・・・ オレのせいなんだ」
「え?」
「中学1年のとき、オレを庇ったせいであーなったんだ」
「・・・事故か何かで?」
あたしがそう聞いたら、また伊吹は黙ってしまった。 けれどすぐ、
「・・・・・まぁ、そんなもん」
と小さく肯いた。
伊吹のせいって・・・なんだろう? 交通事故とかそんなことかな?
それとも瓦礫とかが落ちてきたところを、法子さんが間一髪で助けたとか?
・・・・・なんて、そんな映画みたいなことあるわけないか。
どっちにしても、伊吹はあんまりこの話をしたくなさそうだったから話題を変えることにした。
「そーいえばさ、なんであんなところにいたの?」
あたしが襲われかけていた公園は、商店街から道を1本奥に入ったところで、先には大きな工場しかなく滅多に人が通らない。
伊吹があんなところに来るなんて、偶然にしては説明がつかない。
疑問に思ったからそう尋ねたら、
「・・・・・駅に行く途中だったんだよ」
と伊吹はそっけなく答えた。
「駅って・・・ パパたちと待ち合わせしてるから? じゃあ、偶然ってこと?」
「そーだよ」
・・・でも、駅に行く道はこっちじゃない。
「・・・もしかして、あたしのこと心配して探しに来てくれたとか?」
ふと思いついたことを言ってから、
―――なんて、そんなことあるわけないか・・・
と自分に突っ込みを入れる。
だってあの時はまだ、伊吹にとってあたしは「食い逃げ犯」だったし、その前に酷い言い争いしちゃってたし・・・ 伊吹があたしを探しに来てくれる理由なんかひとっつもない。
うっかり、
「探しに来てくれたとか?」
なんて聞いちゃったけど、絶対笑われるな・・・ それともまたバカにされる?
と思っていたら、
「んなわけあるかっ! 偶然だって言ったろっ!」
意外にも伊吹はムキになって否定してきた。
え・・・? 何その反応・・・
心なしか、顔も赤い気がする・・・・・
え? え? まさか、だよね?
「え? なに? もしかして、本当に探しててくれたの?」
「だから、そんなんじゃねっつってんだろっ!」
さらにあたしがそう聞いたら、伊吹がさらにムキになる。
―――やっぱり! 探しててくれたんだっ!!
なんだか嬉しくなって、
「今まで冷たかったくせに・・・ あ!もしかして、あたしが泣いちゃったから焦ったとか?」
と伊吹の顔を覗き込んでやった。
「ばっ!? バカ言ってんじゃねーよっ! オレはただ・・・っ!」
「ただ? ただ、なーに? 他にあたしを探しにくる理由なんかないよね?」
伊吹が顔を背ける。
・・・やっぱり、あたしを心配して探しに来たんじゃない。
そう思ったら、胸の奥がじんわりとあったかくなってきた。
あんなに冷たかった伊吹が自分を心配してくれた。
なんで冷たかったのかその理由も分かったし、誤解も解けた。
今までの、伊吹があたしを見るときのあの刺さるような視線もなくなった!
さっきまで本当に憎たらしかった伊吹が、今は全くの別人に見える!!
「もう〜! 正直に言えばいいのにっ! 心配してくれたんでしょっ!?」
とあたしが伊吹の腕を突付いたら、
「だから違うっつーの!」
と伊吹はまだ認めない。
「何が違うのよ。 じゃあ、なんで探しに来たのよ?」
あたしがそう言ったら、伊吹は一瞬黙ったあと、
「・・・・・オレはお前に言いたい事があって追いかけてきただけ」
「言いたい事って?」
伊吹はまたちょっと考え込んだあと、
「―――お前はドレイだぞって、そう言いたかったんだよ!」
と言った。
「・・・・・・はっ?」
聞きなれない単語に、思わず聞き返す。「今、なんて言ったの?」
「お前はオレのドレイだって言いに来たんだよ! 明日からな!」
・・・・・もしかして、ドレイって言ったの? 今。
ドレイって・・・ あの奴隷ってことっ!?
あたしが言葉の意味を理解する間に、すっかり余裕を取り戻したらしい伊吹は、
「この前の勝負。 オレの奴隷になることで許してやる」
なんて、偉そうに自分の胸の辺りを親指で指している。
「勝負って・・・ 模試の?」
あの、負けた方が家を出て行くっていう・・・
伊吹は肯きながら、
「本当は出て行くって事だけど、どうせお前出ていっても行くとこなんかないだろうし・・・ だから、奴隷になることで許してやるっつってんの! 言ってみればオレの優しい配慮だよ!」
なんて、とんでもないことを言う。
「はあ? 冗談でしょ? どこが優しい配慮だって言うのよ!? 奴隷なんて・・・」
「んじゃ、本当に出てくの?家。 オレはそれでも構わないけど」
「そ、それは・・・」
さっきは勢いで出て行くなんて言ったけど・・・ 本当に出て行けるわけない!
「・・・家は出て行かない。 パパだって心配するしっ! けど奴隷は絶対いやっ!!」
勝負はあたしから仕掛けたことだけど、家を出て行くとか奴隷になるとか・・・
そんなのどっちも言うことなんか聞けない。
あたしがいつまでも拒否していたら、
「・・・あっそ。 んじゃ、あのことお前の父親にバラしちゃお!」
と伊吹が。
「・・・なによ? あのことって・・・」
「お前がカラオケで食い逃げしたこと」
はぁっ!?
「だから、それは知らなかったからだって言ったでしょっ!?」
さっきそれで伊吹も納得してくれたじゃん!!
あたしがそう言っても伊吹は、
「あーあ。 お前の父親、お前のことスゲー信用してるだろうから、これ知ったらメチャクチャショックだろーなぁ・・・」
とあたしを流し見る。 口元には不敵な笑み・・・・・
「ッ! お、脅す気っ!? そんなのズルいじゃんっ!」
いくら知らずに誘われたこととはいえ、パパにそんなことをしたって知られたら、悲しませるに決まってる!
出来れば心配させたくないし、パパのあたしに対する信用も落としたくないっ!
だから、絶対伊吹にそんなことを言ってもらっちゃ困る!
「脅すなんて・・・人聞き悪いなぁ。 先に勝負を仕掛けてきたのはお前だろ? それも一方的に。 なのに負けたらバックレなんて酷くね? ズルイのはお前の方だろ」
「・・・・・ッ!」
そ、それはそうなんだけど・・・・・
「で、でも、奴隷って・・・ あたしに、な、何する気なの?」
奴隷って、ご主人様の言うことなんでも聞かなきゃならないんでしょ?
な、なに命令する気なのっ!?
なんか買って来いとか・・・ そんなパシリ程度だったらまだいいけど・・・
伊吹の代わりに宿題やれとか・・・?
そんなの絶対無理! 特進クラスの宿題なんか出来っこないし。
それに、そんなことで伊吹が満足するとは思えない・・・
一体どんなことを・・・?
と考えかけて―――・・・
・・・・・ま、まさかっ
「頭わりーから宿題もさせられねーじゃねーか!」
「ご、ごめんなさいっ!」
「仕方ねーな・・・ んじゃ、別なことで満足させてもらうか」
「べ、別なことで満足って・・・」
「頭の悪い奴隷でも、少しはオレを満足させられんだろ? 女なんだから。 ・・・その身体で!」
とかとか―――っ!!!???
大慌てで伊吹の前に手のひらを突きつける。
「やっ! 絶対無理っ!! 奴隷とか・・・そんなエロいこと、絶対無理っ!!」
「・・・・・は?」
「大体あたし、あんたを満足させられるような身体してないし、逆にガッカリさせるだけだしっ!」
とあたしが自分の想像に慌てていたら、
「・・・・・お前、何考えてんの?」
と伊吹が呆れた顔であたしを見返した。
「え・・・?」
「何考えてんのか知んねーけど・・・ お前に性的な命令しなきゃなんねーほど女に困ってねーから安心しろ」
「え・・・ だって・・・」
奴隷って・・・ そういうこともさせられるんじゃないの?
「つーかお前の中で、奴隷の位置づけってそんなエロいやつなの? チョーウケんだけど!?」
伊吹はそう言って吹き出している!
あたしの暴走した想像を見透かされて、途端に顔に血が上った。
「〜〜〜〜〜〜なっ、なによっ!!」
でも、他に何も言い返す言葉が思い付かない・・・
―――恥ずかしすぎて、焼死しそう・・・
伊吹はひとしきり笑ったあと、
「とりあえず表向きは家族って事で、テキトーに仲良くやってるフリしといて・・・ オレの命令には絶対逆らわないこと! 分かったな!」
と早速あたしに命令してきた!
「何言ってんのよっ! バカじゃないのっ!? 絶対やだっ!!」
「んじゃ、カラオケ!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ!!!」

一緒に暮らすことになった学内イチのアイドルは、顔は可愛くて頭もいいし、とってもお母さん思いだけど・・・・・
あたしを脅して無理やり奴隷なんかにさせる、やっぱりサイテーな男だった!




一体これからどうなるんだろう・・・・・

第1話 おわり

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