パーフェ☆ラ 第5章

C 涙の嵐山


「とりあえず、渡月橋バックに撮っとく?」
ミドリたちがあたしに笑顔を向ける。
「あ〜・・・ はいはい。 じゃ、いくよ〜?」
あたしの掛け声でみんなが顔を寄せ合って思い思いのポーズをとる。それにカメラを向けるあたし。
修学旅行4日目。
あたしたちは班別行動で嵐山を回っているところだった。
気持ちがいいほどの秋晴れで、動き回っていると軽く汗ばむぐらいのこの陽気は、まさに修学旅行日和。
って・・・・・天気はいいのに、あたしの気持ちはブルーなまま・・・
「計画書通りに回んないとダメなのかな〜? あたしお寺よりお土産屋さんとか見たい〜」
チハルがはしゃいだ声を上げる。
行く前は、
「はぁ・・・ 千葉くんや涼と一緒になれないなんて・・・ 最悪〜」
「だよな〜・・・」
って落ち込んでいたチハルやミドリも、修旅が始まったらそれなりに楽しんでいるみたいだった。
って、あたしもメグと班が分かれたぐらいだったら、こんな風にいつまでも落ち込んでないけど・・・
「あとでレポートみたいなの書かされんじゃん? そんときバレっかもよ?」
「んじゃ、一応寺系回っとく〜?」
「あ! あそこでレンタサイクルやってるみてーじゃん?」
「そんなの借りてんのが見つかったら怒られるよ」
はぁ・・・
メグ、まだ怒ってるのかなぁ〜・・・
「・・・ってゆーか、真由? 聞いてる?」
「えっ? き、聞いてるよっ!?」
ボーっとメグのことを考えていたら、急にチハルに肩を叩かれた。
「駄目だ〜。 こいつ千葉と一緒の班になれなかったから、半分死んでるよ」
「えっ!?」
ミドリのセリフに同じ班の男子たちが反応する。
「ちょ、ちょっとっ! ミドリっ!?」
ミドリやチハルは知ってるけど、男子たちは知らないかもしれないんだからさっ!
とあたしがミドリのセリフに慌てていたら、
「なんだよ〜! やっぱ付き合ってんの? お前ら?」
と男子が!
「え? 中野たちも知ってたの?」
男子の反応にミドリとチハルが食い付く。
中野っていうのは今回同じ班になった男子で(ちなみにバーベキューのときも一緒だった)、あたしたちの班の班長。
っていうか、なんで中野が知ってんのっ!?
「知ってたっつうか、平井に聞いた。 市川は千葉の女だって」
「あ〜! あの、カラオケのときの問題発言だろっ!? あたしたちもその場にいたんだけどさ〜! ちょっと、マジ信じらんねーんだよな〜」
「だって、今まで全く接触なかったじゃん? 2人」
「だよね? だよね?」
あたしを除いた5人が盛り上がる。
「ちょ、ちょっと・・・」
「千葉はなんつってる? あたしたちが聞いてもしらばっくれてて話してくんないんだよな」
「そうそう!真由は付き合ってるって言うけど、千葉くんはハッキリ言わないし・・・」
「もっ、もういいじゃんっ! その話はっ! ほ、ほらっ!早く次のところ回らないと時間なくなるよっ!」
あたしが地図を片手に先を促しても、
「いや、それがさ〜・・・ オレらも聞いたのよ。付き合ってんの?って。 したら、お前らには関係ないだろとか言われてさ」
「なぁ? いらん想像したらブッ殺す・・・まで言われたよなぁ?」
と、あたしのセリフは簡単にスルーされた。
「いらん想像・・・」
中野たちのセリフにミドリが腕を組んで考え込む。「いらん想像・・・ 余計な想像・・・ 迷惑な想像・・・ってことで、真由と付き合ってると思われるのは迷惑だ、と」
め、迷惑っ!? ウソでしょっ!?
「いや、オレら的には、千葉が市川とくっついてくれんのはどっちかっつうと嬉しいけど」
「えっ!?」
男子たちの意外なセリフに思わず飛びつくあたし。 けれど、ミドリとチハルは、
「なんで?」
とあからさまに嫌そうな顔をする。
2人とも、あたしに彼氏がいるってだけで面白くないのに、それがメグだっていうのが余計に気に入らないみたいだ。
普段は気の合う友達同士なのに、男が絡むと女の友情ってのはこんなもんなのかな・・・
「だって、千葉が市川とくっついてくれれば、他の女子がオレらにも回ってくんじゃん」
「・・・いや、それはないな。 千葉とあんたたちとじゃ違い過ぎる」
「おいっ!」
あたし抜きで、勝手に盛り上がるミドリたち・・・
でも、これでなんとなくだけど、あたしたちのことがどういう風にクラスに伝わっているのか分かった。
どうやら男子の方にも、あの場にいた平井から噂が広まっているみたいだった。
けれど、その男子たちに聞かれたメグがちゃんと答えないから、みんなイマイチ信じられないでいる。
女子の方でも、
「付き合ってるの?」
って、ミドリたち以外にも聞かれることがあるから、ある程度噂は広まっている。
あたしもはじめは、メグがちゃんと付き合ってるって言ってくれているもんだと思ってたから、聞かれた女子には、
「うん。付き合ってるよ」
って答えちゃってたんだけど・・・
けれど、実際にはメグがちゃんと答えてくれてなかったから、
「真由は付き合ってるって言うけど・・・ ホントはどうなの?」
って、こっちもやっぱり信じられないでいるみたいだった。
なんでかな・・・
涼と恭子のときは、あっという間に噂が広がって、すぐにそれが事実だって知れ渡って、それで冷やかされながらもみんなから祝福されて・・・
なんであたしとメグは、涼と恭子みたいになれないのかな・・・・・
って、原因はあたしだよね。
メグがハッキリ答えられないのも、みんながイマイチ信じられないのも、あたしがメグにつり合ってないからなんだよね・・・
イイ女計画も進めてるけど、一体いつになったら効果出るんだろ?
そんなすぐには出ないだろうけど・・・
せめて卒業前とか? 在学中にみんなに祝福されたいよね・・・ メグとの事・・・
なんてことを考えていたら、
「あ―――ッ!! 涼!!」
とミドリが声を上げた。
「お〜〜〜! 何、お前らも常寂光寺行くの?」
と涼たちの班がやってきた。 涼の後ろにはメグ。
「ううん。 あたしたちは今回ってきたところ〜。 これから二尊院行くんだ〜」
涼の前でミドリが大変身。 いつものことながら驚く。
「二尊院か。 オレたちもこのあと行くんだよな?」
と涼がメグを振り返る。
「・・・あぁ」
メグはそう言ったあとチラリとあたしを見て、すぐに視線をそらした。
―――あたしたちは、あの班決めのときに揉めたまま、ずっと気まずい状態が続いていた。
もう2週間ぐらい、まともに口も利いていない・・・
さっさと謝りたかったけど、それには詳しいことを話さなくちゃならない。
平井はメグのことを嫌っている。
その理由はすごく理不尽なものだったけど、それでもやっぱりメグ本人にそんな話はしたくない。
それに、あたしのせいでメグと平井は修旅で同じ班になってしまっている。
あたしがメグに平井の気持ちを話すことで、班内がギクシャクしたら班長のメグに迷惑がかかるかもしれないし・・・
とりあえず修旅の間は黙ってた方がいい。
本当は、班が別になっちゃったから、今夜の自由行動メグと一緒にしたかったけど・・・
それもこのままじゃ無理だし・・・ 諦めるしかないのかな・・・
そんなことを考えていたら、
「んじゃ、オレらも混ざっていい? 二尊院!」
と平井が。
チハルと一緒の班になれなかった平井は、ここぞとばかりに合流案を出してきた。
「えっ!? ウソッ!いいの〜?」
と、涼やメグと一緒になれることに喜ぶミドリとチハルに対して、
「え〜〜〜〜〜〜!?」
とメグの班の女子たちが、あからさまに迷惑そうな顔をした。
ミドリが涼と一緒になったら絶対に涼を独占してしまうから、その反応も当然といえば当然なんだけど・・・
でも・・・ あたしもメグと一緒に回れるのは嬉しい。
詳しいことはまだ話せないけど、一緒に回ってる間にそれとなく仲直りできたら嬉しいし。
そしたら、今夜の自由行動一緒に回れるかもしれないし。
「いーじゃん! どうせ同じとこ回るんだからさ〜」
「だって、ミドリが〜・・・」
「あたしがなんだよ?」
そんな感じでメグの班の女子たちと、ミドリが揉めそうになったとき、
「いや、オレたちは予定通り常寂光寺に行く」
とメグが地図に目を落とした。
「え〜・・・ ちょっとぐらいいいじゃん」
メグのセリフに平井が口を尖らせる。
「駄目だ。そのあとの行動が狂う。 ・・・ホラ、涼も!行くぞ!!」
メグは平井のセリフを無視して先を促す。
「だよね〜〜〜? 千葉くんの言うとおり♪」
メグと同じ班の子が、チラリとあたしの方を見ながらメグの腕に手をかける。
ちょ、ちょっと――――――ッ!!
あたしのメグになに触ってんの―――ッ!!
・・・・・って言えないヘタレのあたし。
・・・だって、まだ自分に自信ないし。 イイ女計画の途中だし・・・
メグたちの班と別れてから、中野が、
「・・・なんか、千葉普通だったな?」
「だよね?」
「せっかく平井が合流しようって言ってんのに・・・ 市川と付き合ってんだったら、喜んでそれにのるよな?」
「普通な」
「・・・・・ということは・・・」
みんながあたしを振り返る。
「な、なによっ」
何が言いたいのよっ!?
ミドリがあたしの肩を抱いて、
「真由・・・ 夢は寝てるときに見ような?」
心底気の毒そうにあたしを見る。
「夢って・・・ あのね?」
「市川・・・ 大丈夫だよ。男は千葉以外にもいるって。つか、お前最近可愛くなってきたし、オレとかどうよ?」
同じ班の男子が肩を組んでくる。
「・・・いや、同情とかいらないから」
「よしっ! こうなったらチャチャッと寺回っちゃって、真由の失恋の痛手をみんなで癒してやろう。抹茶で!」
「ちょっと、失恋って・・・」
もうっ、勝手に決め付けないでよね―――ッ!!

「ちょっとあたし、トイレ行ってくる」
「じゃ、その間に失恋ぜんざい頼んどくね!」
「失恋抹茶のおかわりも頼んどくな!」
「あ〜・・・ はいはい」
チハルとミドリの声を背中に、あたしは洗面所に向かった。
あのあと二尊院や滝口寺なんかを回って、3人で嵐山駅近くの甘味処に入った。
男子たちは甘い物には興味がなかったみたいで、しばし別行動。
それにしても――――――・・・ 疲れた。
歩き回って疲れたっていうのもあったけど、事あるごとにメグとのことを聞かれるのがホントに疲れる・・・
みんなもっと別の話しようよ―――!
それでなくても、今はメグと気まずくて、どうやって仲直りしようとか考えてるところなのに〜・・・
落ち込みながら個室を出ようとしたら、外から聞き覚えのある声が。
「っていうか、やっぱガセだったのかな? 付き合ってるって」
ん・・・? この声は・・・
メグと同じ班になった女子・・・ だよね?
ガセ・・・ってなんだろう?
なんとなく出て行くタイミングを逃して、あたしはそのまま個室に入っていた。
「だよね? あたしさっき真由の前で千葉くんの腕さり気に触ったんだけど、千葉くん別に普通だったし」
え・・・ ガセって・・・
あたしとメグが付き合ってるっていう話のコト―――ッ!?
アセって聞き耳を立てる。
「それにさ、2人が一緒のとこ見たことないじゃん?お互いのことも名字で呼び合ってるし・・・ 大体2人に聞いてもちゃんと答えないじゃん」
「あれ? 真由は付き合ってるって言ってなかったっけ?」
「だからぁ! それも真由の勘違いなんじゃないかってこと! ・・・ホラ、千葉くん女子みんなに優しいじゃん。それで真由が勘違いしたのを可哀想に思って、千葉くん否定出来ないとか・・・」
「・・・・・ありえそう」
「でしょ? 大体、真由と千葉くんってなんか違和感あるもん! 真由は明るいし悪い子じゃないけどさ・・・ なんか、似合わない」
「ひど〜・・・ 真由が聞いたら泣くよ」
「違うよっ! だって悪口じゃないじゃん! あたしだって真由のことは好きだよ? でも、千葉くんとは合わない!」
「って、それはあんたが千葉くんのこと好きだからでしょ?」
「ち、ちがうよっ!」
「バレバレなんですけど〜〜〜?」
「・・・絶対言わないでよ?」
そんな会話をしながら、女子たちがトイレを出て行く。
・・・・・・っていうか。
いいもん!
そんなこと知ってたことだもんねっ!
あたしがメグにつり合わないことくらい?
メグが女子に人気あることくらい?
そんなこと、ずーっとず―――っと前から、中学の頃から知ってたもんねっ!!
だから、今さらそんな話聞いたって、あたし泣かないよ?
それに、あたし頑張ってるもん。
メグにつり合うイイ女になれるように、改造中だもん!
改造終了後、あたしがイイ女になって、メグの隣に並んで、
「オレの彼女」
ってメグが言ったとき、驚かないでよね―――だ!!
「真由・・・? 腹でも壊してんのか?」
あたしがいつまでも個室の中に閉じこもっていたら、ミドリがトイレにやってきた。

「あれ、真由? 広間行かないの?」
夕食の時間になっても部屋でゴロゴロしていたあたしに、チハルが心配して声を掛けてきた。
「ん〜〜〜・・・ 行くよ?」
「さっさと行かないと、食事のときだけは班カンケーなく好きな場所に座れるんだからさ!」
涼のそばに座りたいミドリは必死だ。
っていうか、今は そこまでオープンに涼にアプローチ出来るミドリがちょっと羨ましい・・・
「え、と。 先行っててくれる?」
「はっ!? なんで? ・・・もしかして、まだ腹痛いのか?」
「うん・・・ ちょっとトイレ寄ってから行く」
ホントはお腹なんか痛くなかったけど、ミドリのカン違いをそのまま利用させてもらう。
だって、このままミドリやチハルと一緒に広間に行ったら、涼と一緒にいるメグと席近くなっちゃうし・・・
メグのそばに座りたいのはやまやまだけど、他の女子からどう見られてるのか・・・
さっきの女子に、あたしがメグのそばに座ってるところを見られて、
「また真由はカン違いしてる〜」
とか思われたら・・・
・・・・・あたし、今度はみんなの前で泣くかもしれない。
「さっきのトイレでも涙出るほど腹痛かったみたいだし・・・ 失恋抹茶の飲みすぎか?」
ミドリが笑いながらあたしの顔を覗き込む。
「はは・・・ かもね」
あたしが顔をそらしてそう答えたら、ミドリがちょっとだけ眉を寄せた。
「・・・・・ホントに先行っちゃうぞ?」
「・・・いいよ」
「涼や千葉の近くなんか競争率激しいから、一緒に行かないと・・・真由の席取っとくなんてこと出来ないぞ?」
「・・・いいよ」
何回も聞かなくていいよ・・・
あたしメグとは離れた席に座るんだからさ・・・・・
っていうか、食欲もないから別に夕食なんか食べたくないし・・・
「ま〜ゆ?」
チハルがあたしの肩に手をかける。 けど、あたしは返事をしなかった。
「・・・いいよ、行こ。 真由は腹が痛いから遅れて来るって!」
「え?」
ミドリがチハルの腕を取って部屋を出て行く。
2人が出て行ったあと、大分時間を空けてからあたしも広間に向かった。
今夜は最後の夜で、旅館の大広間でみんなで夕食をとることになっている。
食欲なんか全然ないけど、ひとつだけ空席があったら、
「誰だ、来てないのは? え? 市川? 何やってんだ、あいつはっ!?」
なんて担任が呼びに来ちゃうかもしれない。
そんなことして変に目立ったら、また女子に、
「ホラ、真由は〜・・・」
なんて思われるかもしれない。
ノロノロと廊下を歩いていたら、
「真由!」
と後ろから可愛い声が飛んできた。 恭子だ。
「まだ行ってなかったの? って、あたしもこれからなんだけど」
と言う恭子は、ちょっと嬉しそう。
「・・・なんか恭子、楽しそうだね?」
あたしがそう言ったら、
「えっ!? あ・・・ うん」
と恭子はちょっと恥ずかしそうに、「夕食後は自由行動でしょ? ・・・涼と回る約束してるんだ」
と顔の前で両の手のひらを合わせた。
そんな仕草も乙女っぽくて・・・ 女のあたしから見てもスゴク可愛い・・・
―――いいな、恭子は。
勉強も運動も出来るし、可愛くて乙女だし・・・ 涼とお似合いだって言われてるし・・・
「真由も千葉くんと回るんでしょ?」
恭子は、あたしとメグのことを知っても、そのことを微塵も疑わなかったただ1人の親友。
やっぱり驚かれはしたんだけど、
「そーなんだ・・・ でも、良かったね!」
って祝福してくれて。
「えと、なんかあったら相談してね? あたしも相談したいし」
なんて言ってくれて・・・・・
でも、
「なんかあたしたち、お似合いじゃないみたいなんだよね〜」
なんて話、情けなさすぎて出来ない・・・
「・・・いいな、恭子は。 涼とお似合いで」
「え? 真由?」
「なんかあたし、自信なくなってきちゃった・・・」
「え? 何の話?」
恭子が眉を寄せる。
いや・・・ メグはあたしには分不相応だったって話なんだよ、恭子・・・
「あれ? 市川さん、まだ広間行ってなかっ・・・ あっ! 稲毛さん!!」
そこへカメラを抱えた津田沼が通りかかった。 恭子に気が付き真っ赤になって緊張している。
津田沼・・・ あんたも分不相応な想いに苦しんでるんだよね?
「はぁ・・・ あたしも身分をわきまえて、津田沼あたりと付き合ってればこんな苦労しないですんだのかな・・・」
「え? 真由?」
「は? 市川さん?」
2人が同時に顔を見合わせる。
「・・・・・ゴメン。 ちょっと忘れ物した」
「え? ちょっと・・・ 真由?」
戸惑った顔をする恭子と津田沼を置いて、あたしは再び部屋の方に足を向けた。
食欲なんか、とっくになくなってる・・・

どうしよう・・・
イイ女になるとか意気込んでみたけど、それまでメグの彼女でいていいのかな?
メグだって、パーフェクトになるまであたしとは距離を置いてたくらいなんだし・・・
やっぱりイイ女になれるまで距離置くべき?
でも、その間にメグが他の子と付き合っちゃったりしたらヤだし〜〜〜・・・
なんてことを考えながら廊下を歩いていたら、
「マジでムカつくよ、あいつ!」
と階段の踊り場あたりから話し声が。
「真面目ぶりやがって・・・ 今日だってオレがちょっとチハルちゃんの班に混ざろうとしたら、団体行動乱すな!とかワケ分かんねーこと言いやがって」
この声は・・・・・ 平井だ!
思わず物陰に身を潜めて話を伺う。
「う〜ん・・・ でも、その真面目なところが女ウケしてんだろ? 優しいとか」
青筋立てながら怒っている平井の前で、困ったように腕を組んでいる中野・・・
「それが余計ムカつくんだよっ! なんで千葉ばっか・・・ッ!!」
どうやら平井がメグのことを中野にグチっているみたいだった。
メグは平井たちの班の班長。
確かにメグは真面目だ。
成績は学年2位だし、バスケ部では部長も任されているし、先生からの信頼も厚い。
それに対して、平井はちゃらんぽらんな男・・・ エロバカ男子だ。
真面目なメグが、エロバカ男子の行動をコントロールするのは当然だ。 班長だし。
けど平井はヘタレ男子でもあるから、直接メグには文句を言えなくて、こんなところでコソコソと中野にグチるしか出来ない・・・・・
本当にヘタレ!!
あたしが呆れながら平井の話を聞いていたら、
「・・・・・そーだ。 ちょっと困らせてやっかな」
と平井が。
え? 何よ・・・ 困らせるって?
「は?」
中野も戸惑った声を上げる。「千葉を?」
平井が肯きながら、
「このあと自由行動あんじゃん。 外に出ちゃえば完全に自由だけどさ、出るときと帰ってくるときだけは班の全員がそろってないとダメだろ?」
と口の端を上げるようにして笑う。
このあとの自由行動は、一応班単位ということになっている。
でもそれは建前で、本当のところは誰と回っても先生にはバレないし、だから恭子もクラスが違うのに涼と回ることが出来る。
でも、旅館を出るときと戻ってきたときに先生がそのメンバーを確認するから、その出入りだけは班単位でしなければならない。
だからみんな、旅館の近くで待ち合わせをして帰ってくることにしている。
「そんとき、わざと遅れてやろうかな、オレ」
えぇっ!?
「千葉班長だし、全員そろってないと怒られんのあいつだし・・・」
「や・・・ それは止めといた方がいんじゃねーかなぁ・・・」
「なんで? おもしれーじゃん! いつもスカしたあいつが慌てるとこ、見たくね?」
平井は理不尽な逆恨みで、この後の自由行動でわざと遅れて、メグを困らせようとしている!
そんなの絶対許せないっ!!
「ちょっとっ!!」
あたしは我慢できなくなって階段を駆け上がって行った。
「い、市川っ!?」
踊り場にいた平井と中野が驚いてあたしを見下ろす。
「今の話ぜ〜んぶ聞いたからねっ! そんなの絶対許さないっ!」
「う、うるせーよっ! 女が男の話にクチ出してくんじゃねーよっ!!」
そう言って平井は、あたしから逃げるように階段を駆け上がって行った。
「あっ! ちょっと待ちなよっ!!」
慌てて平井のあとを追う。 平井はそのまま部屋に逃げ込んでしまった。
そのままあたしも部屋の中に飛び込んだ。
「女のくせに男部屋入って来てんじゃねーよっ!!」
平井が部屋の中央で仁王立ちになってあたしを睨みつける。
「あんたこそ男のくせに、陰険なことしようとしてんじゃんっ! そんなことでメグのこと困らせたら、あたしが許さないからねっ!!」
あたしも負けずに平井を睨みつけた。
「うるせぇんだよっ! 元はと言えば、お前が大ボラ吹くから悪いんだろーがっ!」
「なんでもかんでもヒトのせいにしないでよっ! チハルが好きなら、自分でなんとかすればいーじゃん!それをコソコソ裏で手を回そうとしたりして・・・ ホント男らしくないっ!」
「ッんだと!?」
「大体、チハルがあんたの相手をしないのはメグのせいじゃないじゃんっ!」
「うるせぇっ! 黙れっ!!」
「そんな陰険なんじゃ、チハルだってあんたじゃなくてメグのこと選ぶに決まってるよ!」
「うるせぇっつってんだろっ!」
平井が大声を出す。「・・・つーか、千葉だって最悪だろ?」
「はぁ? あんた何言ってんのよ?」
ワケの分からない平井の反撃に戸惑う。
メグがヘタレのあんたに、最悪、なんて言われるとこないんだけどっ!?
「だって、そーだろ? お前と付き合ってんだったらちゃんとそー言えよっ!? なんでハッキリ答えねーんだよっ!?」
「そ、それは・・・」
あたしがメグにつり合うイイ女じゃないからで・・・
とあたしが口ごもったら、平井は薄ら笑いを浮かべながら、
「それはやっぱ、あれだろ? お前と付き合ってることは隠しといて、今まで通り他の女からもチヤホヤされたいっつー考えだろ? やっぱあいつはサイテーな男だな・・・・・って、いてぇっ!」
平井の顔をグーで殴ってやった。
〜〜〜メグがそんなこと考えるわけないじゃんッ!!
「テメッ、何すんだよっ!」
平井が口を押さえてあたしを睨みつける。
あたしのパンチは唇に当たったみたいだ。 平井がその手を確認して、
「血が出たじゃねーかっ!!」
とその手をあたしに突きつけてきた。
「あたしのことは何言ったっていい。 けど、メグのこと悪く言ったら、あたしが許さないからねっ!」
「やんのかよっ!?」
「いーよっ!? やっても!!」
「テメ・・・・・ッ!!」
と平井が拳を固めたとき、
「ちょっ、平井止めろって! 市川もっ!!」
と中野が入ってきた。
「うるさいっ! 中野はあっち行っててよっ!」
「そーだよっ! これは男と女の戦いなんだよっ!!」
「そのまんまじゃんっ! あったま悪っ! その上インケンなんて最悪だねっ!!」
「うるせーよっ! バカ女っ!!」
「オイオイッ! マジで止めろってっ!!」
中野が間に入ったけど、あたしは止める気はなかった。
メグのこと侮辱したら、許さないんだからねっ!!
そうやって3人で揉めていたら、
「おい・・・? 何の騒ぎだ?」
と先生が部屋に入ってきた―――・・・

「で? 先に手を出したのは市川だと?」
「はい」
先生の前で、急に殊勝な態度を取る平井。
「理由は?」
先生があたしを見る。
あたしが、何から話し始めようか一瞬考え込んだ隙に、平井が、
「なんか・・・ 市川さんがボクの話を立ち聞きしてて・・・ それでちょっとカン違いしたみたいなんです。それで怒っちゃって・・・」
「ちょっとっ! あんたが班長のメグを困らせてやるって、この後の自由行動で・・・」
「や、だからそれがカン違いなんですよ。ボクそんなこと言ってません」
「ちょっと平井っ!!」
「市川っ!」
頭にきて平井の腕をつかもうとしたら、先生にまた怒られた。
「・・・・・とにかく、先に手を出した・・・って言うか、手を出したのは市川だけか」
先生が平井の顔を確認する。 平井は唇の端にバンドエイドを貼られていた。
そのバンドエイドを押さえながら、また平井が、
「女の子殴るなんて、出来ませんよ」
「あんたねぇっ!」
「市川っ!!」
先生は溜息をつきながら、「・・・とにかく、手を出したのは市川、お前だ」
「でも、先生ッ」
「しかも男部屋まで乗り込んで行って・・・ それだけで十分指導の対象だぞ?」
「だけど・・・」
「とりあえず市川は、このあとの自由行動はなしだ」
「えっ!?」
「部屋で謹慎! ・・・いいな?」
有無を言わせない先生の強い口調に、一言も反論できなかった。
手を出したのがあたしだというのが本当なだけに、どんな言い訳をしても聞いてもらえそうになかった・・・
結局、平井と一緒に15分ほどお説教をされてから、やっと解放された。

・・・・・楽しみにしていた修学旅行。
メグと一緒の班になれたらって。
おそろいのお守り買って、一緒にぜんざい食べて、いっぱい2人の写真撮って・・・
中学のときは全然一緒に回れなかったから・・・
絶交してて、話すことも出来なかったから・・・
だから今回の修旅、すごく楽しみにしてたのに・・・・・・
なのに、班は別になっちゃうし、メグとは気まずいままだし、女子には似合ってないとか言われるし・・・
唯一、メグと一緒に回れたかもしれない自由行動も、あたしのバカな行動のせいでなくなってしまった・・・・・
ホントにあたし、こんなとこまで来て・・・ 何やってんだろ・・・・・
なんだか何もかも・・・自分の全てが情けなく思えてきた。
急に喉の奥が痛くなって、目の前の視界がぼやけてきた。 思わずその場にしゃがみ込む。
「・・・・・なんだよ?」
平井が真上から不機嫌そうな声を落としてくる。
なんであたしだけが謹慎なのよっ!?
あんたが悪いって言うのにっ!!
そう平井に怒鳴ってやりたかったけど、喉が痛すぎて声が出なかった。
っていうか・・・ 今、顔上げらんない・・・・・
「・・・今さら泣いて、女をアピールしてんじゃねーよ!」
〜〜〜うるさいっ! あんたなんかに女の何をアピールするって言うのよっ!!
そう突っ込んでもやりたかったけど、やっぱり声が出なかった。
平井はちょっとの間あたしを見下ろしていたけど、プイッとあたしを置いて部屋の方に戻って行ってしまった。

・・・・・平井のバカ――――――ッ!!


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