パーフェ☆ラ 第5章

D 清水寺へ


「え? 真由が?」
「うん・・・ なんか、このあとの自由行動もなしにされたって・・・」
周りの奴らがザワザワとそんなことを話しながら食事を進める・・・・・
―――オレは、突然の話に驚いて声が出なかった。

なんだよ・・・?
今度は何やってんだよ? お前はっ!?


結局真由とは、班決めの日に揉めたままになっていた。
「修旅に行ったら、メグと一緒に回りたいところチェックしてるんだ!」
と、オレと回ることを楽しみにしてくれていた真由とは、一緒に回るどころか殆ど口も利いていない。
・・・オレのつまらない焼きもちのせいだということは分かっていた。
何がきっかけなのかは知らないけど、真由が急に可愛くなりだして、オレがそれに戸惑っている間に、前にも真由に迫っていた平井がまた近づいてきて・・・
「平井と何話してたんだよ?」
って聞いても、
「なんでもないよ」
と誤魔化す真由に、オレが頭にきたという・・・
本当のところは、平井と真由の間にどういう話があったのかは分からない。
けど、その後の2人を見ていて、それが色恋に関することじゃないらしいってことはすぐに分かった。
色恋どころか、平井は真由に悪態をついているし、真由は真由で平井から売られたケンカを買っている感じだ。
一体どうなってるんだ?
平井は修旅の班決めで、なぜか真由と同じ班になりたいと言っていた。
前に迫られたこともあったし、それは真由に気があるからだろうと思っていた。
さすがにいくら鈍感な真由だって、
「一緒の班になりたい」
と言われたら、平井が自分に気があるってことくらい気付くだろう。
だからオレが、
「何話してた?」
って聞いたときも、しらばっくれてたんだろうと思っていたのに・・・
なのに、あの 2人の険悪な態度・・・・・
違ったのか?
平井が真由に気があると思ったのは、オレのカン違いだったのか?
そんなことも確認できないまま、結局京都まで来てしまった。
真由とは班が分かれてしまったから、話す機会がない。
それに早坂の目も気になるし、クラスの男共の目も気になる。
大体・・・ なんて話しかける?
オレの方から平井とのことを疑って始めたケンカだ。
いや、元々ケンカですらない。
不機嫌なのはオレの方だけだ。真由は最初からオレに対してなんの不満も持っていない。
だから余計に話しかけづらかった。
この、余計なプライドが邪魔をして、なかなか素直になれないでいた。
修旅中、真由とは何回か目が合った。 オレのことを気にしているのも分かってた。
・・・・・やっぱり、ちゃんと真由と話をしよう。
ちゃんと修旅中に話をして、仲直りして、それで真由が行きたいと言っていたところに一緒に行ってやりたい。
班は別になってしまったけど、最終日の夜は自由行動がある。そのときにでも・・・
そう思って何度かチャンスを見て声を掛けようとしたけど、オレは班長でなかなか思うように行動が自由にならなかった。
まず、同じ班になった平井が非協力的で余計な手間を何度もかけさせる。
とにかく班行動をわざと乱そうとしているとしか思えないことばかりする。
今日の嵐山なんか、平井のせいで大幅に予定時間が狂い、最後のナントカ寺なんか・・・慌てて回って名前もよく覚えていない。
そんな中、たまたま真由たちの班と二尊院の近くで会い、真由たちの班の成田が涼に声をかけた。
成田は涼のことを気に入っているから、ここでしばらく立ち話だな・・・
オレも真由と話がしたかったから、ちょうど良かった。
でも・・・ なんて話しかける?
みんなもいるし、あんま2人でこそこそ話していられないし・・・
とオレが真由に声を掛けるタイミングを計っていたら、
「え? お前らも二尊院行くの? んじゃ、混ざっていい?」
と、平井が真由の班と合流したいと言い出した。
確かにオレたちの行動予定に二尊院も入っている。
順番的にはちょっと狂うけど、ここで真由たちの班と一緒に回ったってなんの問題もない。
けど・・・・・
おい、平井ッ!!
お前、まさかまだ真由のこと狙ってんのかっ!?
修旅前、平井と真由が罵り合っているところを何回か見てたから、平井が真由に気があると思っていたのは、オレの気のせいだったか・・・とか思ってたけど・・・・・
―――絶対、平井と真由を一緒に行動させるわけにはいかない。
真由と話す機会がなくなるのは残念だけど、平井が真由と一緒に行動するよりはずっとマシだ。
オレは班長の権限で、平井の提案を許さなかった。
仕方ない。
こうなったら、夕食のときにさり気に話すしかない。
ゴチャゴチャ話してる余裕なんかないから、
「ゴメン」
って一言だけ謝って、それから自由行動の待ち合わせだけして・・・ 詳しい話は自由行動のときにすればいい。
そう思っていた。
夕食は全員が大広間に集まって取ることになっている。 クラス別に座ることが決められているだけで、個人の席までは特定されていない。
多分、涼のそばに成田が座るはずだから、必然的にオレと真由も近い席になる。
そんなことを考えながら席に着いていたら、別な女子が真由たちより先にやってきて、
「やった♪ ここ空いてるよね?」
とオレたちの席の前に陣取った。
「おお〜」
それに涼がいつもと変わらない愛想の良さで対応する。
え・・・? 真由や成田たちはどうした?
と思って広間の中を見渡したけど・・・ まだ来ていないみたいだった。
間もなく成田と佐倉だけがやってきた。 けど、真由の姿がない。
成田たちはオレたちの前の席が埋まっていることを確認すると、肩をすくめて別な席に落ち着いた。
なんだよ・・・ 真由はどうしたんだよ?
しばらくして教師がやってきた。
「なんだ? 4組はいくつか席が空いてるな・・・」
教師は眉間にしわを寄せてオレたちのテーブルの方に目を向けた。
・・・真由はまだ来ていない。 一体何をやっているんだ?
成田たちに聞きたかったけど、席が離れているし・・・
と視線を走らせていたら―――・・・ 平井の姿もないことに気が付いた。
―――まさか・・・ッ!?
「とりあえず、そろってるのだけで・・・ はい、いただきます!」
教師はそう声を掛けると、広間を出て行った。
「この後の自由行動だけど、オレ恭子と回るから、待ち合わせだけ決めとこーぜ?」
食事が始まると、涼がそう耳打ちしてきた。
「あぁ・・・」
それに生返事しか返せないオレ。
なんで真由は広間に来ないんだ?
平井も、確かにさっきまで座ってたのにいつの間にかいなくなってるし・・・
まさか、また2人一緒に? いや・・・ まさかだろ!?
「平井はね、ただのエロバカ男子なの! 青島や窪田と一緒!!」
真由は前にもそう言っていたし、真由が平井に気がないことは明からだ。
けど・・・ 平井の方はどうなんだ?
班決めのとき、真由と一緒になりたいと言っていた平井。
けれど、そのあと真由とは険悪だった平井。
かと思えば、今日は真由の班と合流したがった平井・・・・・
―――マジでワケ分かんねぇっ!!
一応出された懐石もどきに口をつけたけど、味なんか良く分からなかった。
オレが悶々としながら味のない食事を続けていたときだった。
「ちょっとっ! 真由が大変っ!!」
とクラスの女子が広間に飛び込んできた。
「え?」
みんなが箸を止めて振り返る。
「なになに・・・? どうしたの?」
「今、先生たちの部屋の前通ったときに聞いちゃったんだけど、なんか真由が平井を殴ったって」
「ええっ!?」
広間がざわつく。
え・・・・・・ 真由が平井を殴った・・・・って・・・
「なんでなんで? って、そう言えば、真由も平井も食事に来てなかったけど・・・」
・・・・・もしかして、平井・・・ また真由にちょっかい出そうとしてたんじゃねーか?
それで怒った真由が、
「いい加減にしてよっ!」
って平井を殴ったとか・・・
オレがそんなことを想像していたら、
「なんかね、男部屋に真由が乗り込んで行ったらしいよ?」
と、また新たな事実が。
「はぁっ!?」
「なにそれ? んじゃ、市川が平井のこと襲いに行ったワケ?」
「その辺はよく分かんないけど・・・ とにかくこのあとの自由行動も真由だけ謹慎でダメだって」
広間は、あっという間に真由と平井の話で埋め尽くされた。
え・・・ 何がどーなってんだよ?
平井が真由に迫ったんじゃないのか?
真由の方が男部屋に・・・ 平井のこと襲いに行ったって・・・
どういうことなんだよ・・・・・
オレが驚くのを通り越して呆然としていたら、
「なんか・・・ 真由ってどーなの?」
と近くに座っている女子が声を掛けてきた。
「え?」
「や・・・ 噂で聞いたんだけどぉ・・・ その・・・真由と千葉くんが付き合ってるって」
真由と平井の騒ぎで、声を掛けてきたこの女子以外にも何人かがオレの方をチラチラと窺っている。
「なんか真由って悪い子じゃないんだけど・・・ 落ち着きがないって言うか、子供っぽいって言うか・・・今回みたいに、ときどき予想外の騒ぎ起こしたりするでしょ?」
「・・・は?」
思わず顔を見返す。
声を掛けてきた女子は、普段 特に真由と仲が悪いと言うわけじゃない。 なのに声を潜めて、
「真由ってケッコー妄想とか激しいし、千葉くんみんなに優しいからカン違いしちゃったとか・・・ 真由のこと悪く言うつもりはないんだけど、千葉くんには合わないと思う」
って・・・
それが悪口じゃなくてどれを悪口って言うんだよっ?
「付き合うの、考えた方がいいと思うよ? マイナスになることはあっても、プラスになることはないと思う・・・って言うか、本当に付き合ってるの?」
と女子が眉をひそめる。
―――・・・お前に真由の何が分かる?
オレはイエスともノーとも答えず、これ以上ないくらいの笑顔を作って、
「忠告、ありがとう」
と礼を言った。
その女子が顔を輝かせ、さらに何か続けようとする。 けれどオレはそれを遮って、
「お礼にいい事教えてあげるよ」
「え?」
「キミさ、今の自分の顔 鏡で映して見るといいよ? ・・・ヒトの悪口を言うときの顔って思った以上に凄いから!」
言い終わるのと同時に席を立った。 言われた女子が驚いて目を見開く。
「千葉ッ!」
今のやり取りを聞いていたらしい涼が、すぐに追いかけてきた。
「なんだよ? いつものお前らしくないじゃん」
「いつものオレ?」
いつものオレってどんなんだ?
いつものオレは、あんなこと・・・真由のことあんな風に言われて平気だったのか?
「あんなコト言ったら、女子人気下がるぞ? ・・・ヤダ〜千葉クン〜ショック〜・・・これだよ」
「別にいーよ。 そんなもん下がったって」
「そう尖るなって。 ・・・つか、お前真由とどうなってんだよ?」
「あ?」
「お前真由と最近上手く行ってないだろ?修旅の前辺りから」
その通りだったから何も反論できなくて、そのまま黙る。
・・・涼の観察眼が意外と鋭いということを忘れていた。
「お前は人のことは世話焼くくせに、自分のことになると途端にダメダメだからな〜」
「・・・うるせーよ」
そんな話をしながら部屋に戻ったら、平井がふて腐れた顔をしてオレたちを待っていた。
「・・・おせーよ」
夕食が終わったやつから、班ごとに外出していい事になっている。
平井は早く外出したくてオレたちのことを待っていたみたいだ。
口の端にバンドエイドを貼っている平井・・・
やっぱり、真由が平井を殴ったっていうのは本当だったのか・・・・・
オレが平井を睨みつけたら、平井もオレを睨み返してきた。
「うわ〜〜〜・・・ オレこれから恭子と約束あるし、オレらまで謹慎食らったらシャレんなんねーし」
と涼がオレの肩を抱く。「はいはい。 我慢しよーな?」
女子グループを待って6人で旅館を出る。 出た途端に平井はさっさとどこかに行ってしまった。
「涼たちはどこ回るの〜?」
女子が声を掛けてくる。 涼はいつもの愛想良さで、
「お座敷遊び♪」
「えっ!?」
涼の一言に女子が固まる。 涼は笑いながら、
「っつーのは冗談で、ちょっと男だけで回りたいから、女子は女子で回ってよ。 な!?」
とオレの肩を組んできた。
「そーなの〜・・・」
女子たちは名残惜しそうに、それでもワイワイと新京極の方に消えて行った。
「・・・なんだよ? お前、恭子と回るんじゃなかったのかよ?」
女子の姿が見えなくなってから、涼を振り返る。
「回るよ。せっかくの自由行動、なんで男と2人きりで過ごさなきゃなんないの?」
「はぁ?」
思わず眉を寄せる。
「や。なんかいつものお前らしくないし。色々テンパってそーだし。こんなときまで女の相手してらんねーだろーと思って?」
涼がこのあと恭子と行ってしまったら、オレが1人で同じ班の女子3人の相手をしなければならない。
・・・涼なりに気を使ってくれたらしい。
「あ〜・・・ サンキューな」
「自由行動なくなっちゃったワケだし、お土産とか? 買ってやれば?真由に」
「同じとこ来てんのに? 意味ねーじゃん」
「いつまでも意地張ってんなって! 平井とのことはなんか理由あったかも知んねーし」
「理由、ねぇ・・・」
そんな話をしていたら、恭子がやってきた。
涼たちと別れて、1人でテキトーに土産物屋を覗く。
ベタなものから流行に乗ったものまで、様々な土産物が並んでいる。
「真由になんか買ってやれば? 平井とのことはなんか理由があったかも知んねーし・・・」
涼はそう言ってたけど・・・ どんな理由があったっていうんだ?
わざわざ男部屋まで乗り込んで行って。
平井に怪我までさせて。
晩飯も食いに来ねーでそんなことしてたら、そのあとの自由行動がなくなるかもしれないって、なんで考えらんねーんだよ?
せっかく、こっちが折れてやろうと思ってたのに・・・・・
最後の夜くらい一緒に回ってやろうと思ってたのに・・・・・
そう思ってたのはオレだけなのか?
イライラしながら店を流していたら、
「・・・・・千葉?」
と誰か声を掛けてきた。 返事をしないで顔だけを声の方に向けたら、中野と平井が立っていた。
一瞬だけ平井を睨みつけて、
「・・・何?」
と中野に返事をする。 中野は、
「いや、こいつがさ・・・」
と中野の後ろでふて腐れたように立っている平井を振り返って、「ホラ・・・ 謝っとけよ」
「や・・・ けどよ・・・」
となにやらブツブツやっている。
―――なんだ?
オレが訝りながら2人の様子を眺めていたら、平井が思い切ったようにオレの前に来て、
「その・・・ 悪かったな」
と明後日の方向を向きながら謝ってきた。
「は?・・・・・何が?」
平井に謝ってもらうようなことは・・・・・・ 山ほどある。
修旅中、何度行動を狂わせられたか。 何度ムカつかされたか。
それを謝りたいってのか?
あんなに注意しても、ふて腐れるかうんざりしたような顔しかしなかった平井が? 今さら?
信じられない・・・・・
平井が小さい声でモソモソと、
「いや、チハルちゃんで2度目だし、オレも腹立っちゃって・・・」
「は?」
「お前のせいじゃないって分かってるけど・・・そう簡単に割り切れるもんじゃねーっつーか」
「・・・オレのせい?」
「つか、千葉だってわりーんだからな!? 市川と付き合ってるならハッキリそー言えよっ! 他の女子に期待させてーのかって思うじゃん!? だからオレも市川にあんなこと言っちゃって・・・」
「ちょ、ちょっと待て!? ・・・・・何の話だよ?」
平井が何を言っているのか、全く分からない。
「え? ・・・市川から聞いてねぇ?」
オレの反応に平井が眉を寄せた。


「すみませんっ、清水寺までお願いします!」
慌てて大通りに出てタクシーを拾った。
自由時間はあと2時間近くある。
清水寺まで歩けない距離じゃなかったみたいだけど、少しでも早くホテルに帰りたかったからタクシーを使った。
窓の外を観光客と思われるたくさんの人間が歩いている。 制服を着ているのも少なくない。
オレたちと同じ修学旅行生だ。
みんな笑顔で、数人の友達同士 修旅の夜を楽しんでいる。

――― 一緒に行きたいお店とかチェックしてたんだ・・・
―――おそろいのお守りとか欲しいし・・・
―――同じ班になれるといいなぁ・・・・・・

班決めの前に、真由とベランダで交わした会話が蘇る。
真由は修学旅行を楽しみにしていた。
オレと一緒に旅行が出来ると、ものすごく楽しみにしていた。
なのに、班が分かれただけじゃなく、オレのカン違いのせいでろくに話すら出来なかった。
さらには、オレのために平井と揉めて、自由行動までなくなって・・・・・
「え? ・・・市川から聞いてねぇ?」
「聞くって、何を?」
平井のセリフにオレがそう返したら、平井は、
「や・・・ あの・・・」
と口ごもってしまった。
「なんだよ? さっさと話せよ」
オレがイライラしながら先を促したら、
「いや、こいつさ〜・・・ 千葉のこと嫌ってたんだよ」
と中野が。「好きな女が、お前のこと好きだったからって・・・」
「あぁっ?」
・・・それが真由か?
オレが平井を睨みつけたら、平井は慌てて、
「や! カン違いすんなよっ!? 市川じゃねーって!」
「・・・んじゃ、誰だよ?」
イライラするぐらい躊躇ったあと、しぶしぶといった感じで平井が話し始めた。
―――平井が好きなのは佐倉だった。
けど、その佐倉はどうやらオレのことが好きだったらしい。
しかも、平井が1年のときに好きだった女にも、
「あたし千葉くんが好きだから」
とフラれたと言う。
だから、オレのことを目の敵にしていたと・・・・・
分からなくもないが、納得は出来ない。
「・・・じゃあ、なんで同じ班になったんだよ?」
「いや〜、だってそれは、市川が佐倉と同じ班になりたいなら、船橋と同じ班に入れって言うから・・・」
佐倉はいつも成田や真由とつるんでいる。だから修旅の班も一緒だ。
成田は涼と同じ班になりたがるし、バーベキューのときの班決めのときの前例があるから、佐倉と同じ班になるには涼と同じ班にいる必要がある。
真由はそう平井にアドバイスしたらしい。
だから平井は嫌いなオレと(その理由も納得いかないが)同じ班にならざるを得なかった。
けれど、実際にはオレたちの班は佐倉の班とは一緒にならなかった。
それで平井は真由のことを責めていたらしい。 修旅前に平井と真由が罵り合っていたのはこの辺だった。
修旅中は修旅中で、オレに行動を制限されるし、せっかく佐倉と一緒に行動出来そうだった二尊院も、
「予定表通りに回るぞ」
とオレに阻止されて相当頭に来ていたようだ。
・・・・・そんなの知ったことじゃないが。
でも、それでどうして平井が謝ってくるんだろう?
「それでオレ、頭にきて・・・・・ お前のこと嵌めてやろうって・・・」
「はぁ? ・・・嵌める?」
「自由行動の集合時間にわざと遅れたら、お前班長だからセンコーに怒られんじゃん」
自由行動は出て行くときと帰ってくるときは、同じ班の人間がそろってないとならない。
1人でも欠けていたら班責任・・・班長が教師に責められることになる。
平井は今までの鬱憤をそれで晴らそうとしていたらしい。
「それを市川に聞かれて、千葉にそんなことしたら許さないって揉めて・・・ そんでイロイロあって・・・・・ オレがお前の悪口連発したら、市川が怒って殴ってきたんだよ」
「てめぇ・・・ッ!」
「わ―――っ! 待てって! ここで揉めたらヤベーだろっ!?」
オレが平井の胸倉を掴み上げたら、中野が慌てて止めに入った。 仕方なく手を放す。
平井は咳き込みながら、
「それで市川泣いちゃって・・・・・」
「えっ!?」
「オレとやりあったときも、センコーに怒られてるときも全然泣かなかったのに、部屋に戻る途中、急にしゃがみ込んで・・・」
だんだん平井の声が小さくなる。「そんときはそのまま置いてきちゃったんだけどさ、さすがにオレも気になって・・・ でも、女部屋まで行けねーし、代わりにお前に謝っとこうかと・・・」
〜〜〜それを先に言えよっ!!
「平井」
もう一度平井の胸倉を掴み上げた。
「ッ!!」
「おいっ、千葉っ!!」
平井が首をすくめ、中野が慌てる。
「・・・・・ホントはぶん殴ってやりてーとこだけど、正直に話したから許してやる。 あとでちゃんとあいつに謝れよな!」
そう言って、掴んでいた手を乱暴に放した。
そのまま慌てて旅館に戻ろうとしたら、
「おいっ! 千葉っ!!」
とまた誰かに呼び止められた。
誰だよっ!? 急いでんのに・・・・・ッ!!
と思いながら振り返ったら成田だった。
「・・・・・お前がハッキリしないせいで、真由がウソつき呼ばわりされてるぞ?」
「え?」
成田がオレを睨むようにして見上げる。
「どーゆーつもりであのときオレの女なんて言ったのか知んねーけど、真由は他の女子からお前と付き合ってんのかって聞かれたとき、うんって言っちゃってんだ。 なのにお前がハッキリ言わないから・・・・・」
成田の話に驚いた。
そんなこと言われてたのか?
真由はオレに何も言ってこなかった・・・・・
「みんなから、夢だろ?とか、妄想じゃね?って言われて・・・まぁ、あたしが1番言ってたかもなんだけど・・・ 真由はあーゆー性格だから平気そうに見えるけど、もしかしたら1人で泣いてたかも知んねーぞ?」
あぁ・・・・ オレは―――・・・ッ!!
自分で自分を殴りたくなった。
「・・・・・付き合ってんだよな?」
成田が睨んだまま、そう確認してくる。
即座に肯いた。
「オレは真由が好きだ。 小学校の頃から・・・いや、生まれたときからずっと!」
「だったらいいけど・・・って・・・ え? 生まれたときからって・・・ どーゆー・・・?」
「成田。サンキューな!」
驚いた顔をする成田を残して再び旅館に向かう。
途中の土産物屋の店先に、キーホルダーのようなお守りがぶら下がっているのが見えた。

―――おそろいのお守りとか欲しいなぁ・・・


タクシーはあっという間に清水坂の下まで来た。
「こっから下り一通やし、歩かはった方が早いですよ。五条坂も他府県ナンバーで混んでるさかい・・・」
「じゃ、ここで降ります」
7時をとっくに過ぎているのにすごい人混みだ。 その人混みを縫うように清水坂を駆け上がる。
中学のときの記憶を頼りに、本堂には向かわずその奥の地主神社へ向かった。
旅館に戻る前に、自由行動がなくなってしまった真由に何か買って行きたいと思った。
はじめ、土産物屋の店先にぶら下がっていたお守りを買おうとして、やめた。
―――地主神社ってね、縁結びの神様なんだよ? そこでメグとおそろいのお守り買いたいんだ・・・
どうせ買うなら、真由が欲しがっていた地主神社のお守りを買ってやりたい。
それを渡して、真由に謝って、仲直りして・・・ それで、抱きしめて・・・
夏休み中はあんなに抱き合ってたのに、オレたちはもう3週間近くキスもしていなかった。
あ〜〜〜っ!! 早く真由に会いたいっ!!
はやる気持ちを抑えながら階段を駆け上がろうとして・・・・・・ 愕然とした。
――――――閉まってる。
参拝時間が終わってしまったみたいだ。
明日はもう清水寺に寄る時間なんかない。 地主神社のお守りは、もう無理だ。
ウソだろ・・・・・
それ以外に、真由が欲しがってたものってなんだった?
必死に思い出そうとしたけど・・・・・
・・・・・駄目だ、全然思い出せない。
いや、思い出せたとしても、店の場所も分からないし時間もない。
どうする・・・・・?
そう諦めて、清水寺をあとにしようとしたら、
「本当にご利益あるんだってよ〜」
「あたしも買おうかな」
「買いなよ! 普通のお守りなんかより使い道あるし・・・」
そんな会話をしている数人の女性客が、小さな朱色の物を持っているのに気が付いた。
「クミもこれ持ってたらカレシ出来たって」
「地主神社のお守りも買ったけど・・・ あたしもそれ買っちゃお!」
どうやら恋愛成就のご利益がある何かみたいだ。
でも、お守りじゃないって・・・・・ なんだろう?
「あの・・・・・」
思い切って声を掛けた。

時計は8時を指している。
清水坂を駆け下りて大通りに出た。
行きのタクシーの道順を覚えていたから、そのまま走って旅館に戻ってもよかったんだけど、ちょうど目の前にタクシーが走ってきたからそれに乗った。
旅館名を告げてシートに寄りかかり、紙袋から買ってきた朱色の物を取り出した。
―――こんなもので真由は喜んでくれるだろうか・・・
一応効き目はあるらしいけど、真由が欲しがっていたのはお守りだ。
しかも、オレがおそろいで持つようなものでもない。
・・・・・なんて、考えても仕方ないか。
そう思ってそれを紙袋にしまおうとしたら、
「修学旅行ですか?」
と運転手に声をかけられた。
「あ、はい」
「それ・・・ もしかして、随求堂の?」
運転手がバックミラー越しにオレの持っていた紙袋に視線を投げかける。
「え? ・・・ええ」
オレがそう答えたら、運転手は優しそうな目を細めて、
「それ、ホンマにご利益ありますよ。ウチの娘もそれ持ってたおかげで、この前縁談が決まったし」
「そーなんですか」
運転手の話に相槌を打つ。
オレはもともと縁起担ぎとかしない方だけど、そういう話を聞くとちょっと嬉しくなる。
地主神社のお守りは買えなかったけど、今の話をしながら真由にこれを渡したら、笑顔で受け取ってくれるかも・・・
もしかしていいもの買えたのかも・・・ なんて思う。
タクシーが大きな橋を渡り、旅館に近づいて来た。
オレは財布を出しながら、
「本当は地主神社でお守りも買いたかったんですけど、参拝時間終わっちゃってたんです」
「そうですか〜・・・ それは残念でしたね。 そやけど、またおいで下さい」
「はい。 今回は運がなかったと思って諦めます」
と運転手に千円札を渡した。
「いや、そうでもないですよ?」
「え?」
運転手の言葉に戸惑う。そんなオレに運転手はお釣りを渡しながら、
「降りはったら、このタクシーよお見て下さい。 はい!」
と、笑顔と一緒に名刺ぐらいの大きさのカードを渡してきた。
「え・・・? これ・・・」
「ありがとうございました」
優しい笑顔と一緒に走り去るタクシーを見送りながら・・・ 真由が欲しがっていたものを唐突に思い出した。


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