パーフェ☆ラ 第6章

B メグの苦悩


「ファーストブレイクで2回以上パス出すな。 ディフェンスが戻ってくんの待ってんのかよ?」
「すみません・・・」
「それからフォワードがディナイされたままじゃパス出せないだろ。 もっと動け」
「はい」
「じゃ、5分休憩」
ざわざわと輪が崩れる。 オレもタオルを持って外に出ようとしたら、
「千葉くん!」
とマネージャーの早坂に呼ばれた。
「何?」
「招待試合の日だけど。 あたしクラスの方があるのでスコアキーパー出来ません!」
「え?」
「悪いけど、1年生の中からテキトーに探してくれる?」
早坂はそれだけ言うと体育館を出て行こうとする。
「ちょっと待って!?」
慌てて早坂を引き止めた。「・・・そんな、急にスコアなんかつけられるわけないだろ?」
「まだ日にちあるし、千葉くんが教えたら?」
オレだって細かいつけ方なんか分からない。
でも、早坂は、
「じゃ、よろしく」
と言って、さっさと体育館を出て行ってしまった。
「どうした?」
今のやり取りを見ていたらしい涼が声を掛けてきた。
「いや・・・ 招待試合のスコアつけ、出来ねぇって」
「なんでまた急に・・・」
と涼は言いかけて、「・・・嫌がらせか」
とニヤリと笑った。
修学旅行以来、オレと真由が付き合っているのがみんなにバレてしまった。
いや、バレてしまった・・・というのは間違っている。
みんなに知られてもいい、とオレがバラしたようなもんなんだから。
真由と気持ちが通じ合って付き合いだしてからも、しばらくは内緒にするような関係が続いていた。
オレの不注意から一部の人間にバレてはいたんだけど、それでもオレはテキトーに流してしらばっくれていた。
けれど、そのせいで真由は辛い思いをしていたようだ。
真由はオレにそんなこと言ってこなかったけど、真由の友達の成田から、
「お前がハッキリしないせいで、真由がウソつき呼ばわりされてるぞ?」
と教えてもらった。
オレがみんなに、
「市川さんと付き合ってるの?」
と聞かれてもハッキリ答えなかった理由のひとつが、マネージャーの早坂だ。
早坂には春休みに告白されていた。
ちゃんと断ったんだけど、なぜか早坂はまだオレに引っ付いていた。
その早坂と真由は前に揉めたことがあり、それ以来犬猿の仲だった。
「千葉くん・・・ 市川さんと付き合ってるなんて、ウソでしょ? あたし、あの子だけは絶対許せない!!」
なんて言われたこともある。
まぁ、真由は黙ってやられるタイプじゃないけど、過去に揉めたとき早坂に泣かされてるし、出来れば二人がまた揉めるのは避けたかったから、曖昧に誤魔化したりしていた。
オレは曖昧に誤魔化していたんだけど、真由の方はみんなから、
「千葉くんと付き合ってるの?」
と聞かれたとき、肯いていたようだ。
そのせいで、
「千葉くんは否定してるし・・・ 真由のカン違いなんじゃないの?」
とか、
「真由って妄想激しいから」
とか言われていたらしい。
・・・・・・全然気が付かなかった。
だから成田から、
「真由はあーゆー性格だから平気そうに見えるけど、もしかしたら1人で泣いてたかも知んねーぞ!?」
と聞かされたときは、自分を殴りたくなるぐらい後悔した。
真由と早坂が揉めたら嫌だから・・・なんて曖昧に誤魔化していたのが、余計に真由を傷つけることになっていたなんて・・・
それから真由とのことはオープンにしている。
―――すぐに早坂にもバレた。
「付き合ってないって言ったのに・・・ 千葉くんのウソつきっ!!」
それ以来、早坂の機嫌が悪い。
はじめのうちはなんとかなだめていたけど、それも最近面倒になってきた・・・
オレは溜息をつきながら、
「まぁ、時間あるし・・・ 仕方ないから誰か1年に・・・オレが教えるしかないか」
「これもモテ男の宿命だと思って諦めろ」
涼が笑いながらオレの肩に手をかける。 
「モテ男はお前だろっ! ったく、なんでオレばっか・・・」
涼は学内1のモテ男だ。 しかも彼女までいるのに、その人気は変わらない。
涼が恭子と付き合い始めたとき、話題性としてはものすごく注目されたけど、それほど揉め事は起きていなかったようだ。
・・・多分涼は、オレと違って要領がいいんだろう。
恭子と付き合いながら、他の女子もテキトーにあしらって・・・ それで男からも別に反感を買ったりしない。
それに比べてオレはどうだ。
真由と付き合っているのをコソコソ隠してたせいで当の真由を傷つけるし、それをオープンにしたら早坂から責められるし、挙句の果てに平井からは見当違いな反感を買うし・・・
まぁ、それも今となっては小さいことだけど。
最近、真由との仲はすこぶるが付くほど順調だ。
修旅で関係をオープンにして以来、真由は意地を張ることがまた減ってきた。
まだ関係をオープンにする前は、オレが女子と話をしていたりすると、
「はいはい! 女子人気があっていいですねっ!」
なんてことを言っていたのに、この頃は、
「メグはモテるんだよ。 もっと自覚してくれないと、心配だよ・・・」
とか、
「もうっ! なんで他の女子には優しいのっ!?」
とか、しまいには、
「・・・みんな、メグがあたしの彼氏だって知ってるのに・・・ もっと遠慮して欲しいよ・・・」
なんて呟いていたり・・・
そんな可愛いことを言ったりするから、ついついからかいたくなってしまう。
真由とはいい感じだし、成績もまあまあだし、部の方も(早坂のことは置いといて・・・)そこそこまとまってるし・・・
オレは毎日を順調に過ごしていた。

そんな中、文化祭の準備が始まった。
文化祭はクラス単位で参加するものと、部の方で参加するものとがある。
文化部は色々参加の方法があるけど、運動部は参加しないのが殆どだ。
けれどウチのバスケ部は、毎年他校を招いて試合をすることになっている。
と言っても、公式戦のように勝敗にこだわったゲームじゃなく、バスケそのものをみんなに楽しんでもらえれば・・・というお祭り的なものだった。
その招待校を決めるのは、毎年1年の役割だった。 オレたちも去年は同じことをした。
大体レベル的に同じくらいのところで、そこそこ交流のあるところを探す。
「この前の地区予選では準決勝まで行ってますし・・・ あと、結構交流もあって頼みやすかったんで、桜台にしました」
1年が探してきた学校は・・・
・・・・・よりによって、矢嶋の高校だった。
矢嶋は、オレや真由の小学校のときのクラスメイトで・・・ 真由に気がある。
真由とは順調に付き合ってるし、そんな心配しなくていいんだけど・・・やっぱり、出来れば真由と矢嶋を会わせたくない。
けれど。
真由はオレがバスケをしているところを見たことがない。 そのせいで、
「この前の地区予選も見に行けなかったし・・・ 今度は絶対応援に行くね!」
なんてことを言っている。
真由に試合を見てもらうのは嬉しいけど、そうすると必然的に矢嶋と顔を合わせることになる。
どうしたものか・・・・・
「おいっ!千葉! ちゃんと参加しろよっ!!」
どうやって真由と矢嶋を会わせないようにするか考えていたら、いきなり怒鳴られた。
「・・・え?」
「チラシ係は少ないんだからさぁ、ちゃんとやれよ!?」
成田が眉間にしわを寄せている。
―――今はLHRの時間を使って、文化祭準備をしているところだった。
・・・忘れてた。
文化祭準備は3班に分かれている。
衣装班と大道具班とオレたちチラシ作り班だ。
「一応3種類くらい作ろうかって言ってんだけど、どうよ?」
「ん。 いーんじゃないの?」
「で、文字だけじゃつまんねーから、イラストでも載せようかって・・・ 千葉、絵描ける?」
「描けねぇよ。 オレ選択音楽だし」
「なんだよ。 んじゃ、千葉はアオリ考えて」
「アオリ?」
「セールスポイントっつうか、キャッチコピーっつうか・・・ とにかくチラシ見た客が興味持つようなセリフ? そんなん」
「ああ・・・」
絵を描くのは苦手だけど、そっちだったら出来そうだ。
文化祭当日は部の方で忙しいから、クラスの方には殆ど出られない。
だからせめて準備だけは・・・と、出来るだけの協力をしている。
しかし・・・ メイド喫茶ってどうなんだよ・・・ オレたちのクラスは・・・・・
その案を平井が提案したとき反対してやろうと思ったら、男だけじゃなく、意外にも女子からも賛成の声が出て反対するタイミングを失ってしまった。
当然だけど、真由にそんな格好はさせられない。 それじゃなくても、当日オレはクラスの方に参加できないから、目が届かない。
だから、
「お前は裏方専門な! じゃなかったら参加させねぇ」
とクギを刺しておいた。
真由はちょっとだけ不満そうな顔をしていたけど(まさか、メイド服着たかったのか・・・?)すぐに肯いた。
・・・・・これで安心して部の方に出られる。
しかし・・・ 楽しいはずの文化祭、なんでこんな心配ばっかしてんだよ、オレ・・・
真由のメイド服は阻止できたけど、矢嶋との試合を真由が見に来るのはどうしようもないし・・・
あ、そうだ。
その試合のスコアをつけるやつがいないんだった・・・
それも探さないと・・・

「・・・また見てる」
成田がククッと声を殺して笑っている。
「あ? なんだよ?」
「真由」
成田はちょっとだけ顎を動かして、「また千葉のこと見てるぞ?」
そう言われて真由を振り返ってみたら、涼と一緒になにやら作りながらこっちを見ていた。
オレと目が合ったら、ちょっと驚いた顔をしたあとニッと笑って、涼の作業の補助を始めた。
・・・オレのこと見てたのか。
なんだか嬉しくなりながら顔を戻したら、ニヤニヤしている成田と目が合った。
「・・・・・なんだよ」
「や。別に。 ・・・代わるか? 真由と」
「ん?」
成田は笑ったまま、
「千葉が他の女子と話してると、チョ―――心配そうな顔してんの、真由。 おもしれーくらいに。 だから、真由と代わってやろうかって言ってんの」
・・・そういうことか。
「いーよ、別に。 もうチラシ班のリーダーは成田って感じだし、それを真由が代われるとは思わねーし。 それに・・・」
それに、そうやって真由に妬かれるのはキライじゃない。
つか・・・ もっと妬いて?
オレがそんなことを考えていたら、
「なんか・・・ 千葉って案外、Sだよな?」
と成田が。
「え?」
「特に真由には・・・ つか、真由にだけ?」
・・・考えを読まれたらしい。
成田とは真由のことがきっかけで、修旅以来よく話すようになっていた。
成田は一応女だけどサバサバしていて話しやすい。 裏もないし・・・平井なんかより話も合う。
女というより、男同士みたいなもんだった。
だから、他の女子に使うような気を使わなくてすむ。
「まぁ、真由ってすぐムキになったり、意地張ったり・・・ そのくせ考えること単純だったりでいじりたくなる気持ち分かるけどな。 あたしもよくいじるし!」
そう言ってまた笑う成田。
・・・成田が女でよかった。 これが男だったら、穏やかじゃいられない・・・
「あんまいじんなよ?」
「真由をいじんのはオレの特権・・・って?」
「・・・うるせーよ、お前」
そんな話をしていたら、当の真由がこっちにやってきた。
「メ、メグっ!」
真由がちょっと難しい顔をして、そうオレを呼んだ。
―――驚いた。
真由は滅多に学校でオレのことを名前で呼んでこない。
2人きりのときは別だけど、他に誰かいるときは何か用事があって声をかけるときでも、
「ねぇ?」
とか、
「あのさぁ・・・」
なんて話しかけてくる。
もしかして初めてじゃないか? 人前で、『メグ』って呼ばれるの・・・
真由は絵の具の缶を取りに、倉庫に行きたかったようだ。
絵の具の缶は倉庫の棚の上の方にある。 背の高いヤツが一緒に行った方が早い。
オレが肯きながら席を立とうとしたら、目の前で成田が肩を震わせている。
大方、オレが、
「メグ」
なんて呼ばれてることを知って笑っているか、
「ほら。 とうとう我慢できなくて真由の方から千葉んとこ来たぞ?」
とか思っているに違いない。
ムカついたから頭を叩いてやった。
「いってーなぁ!」
「うるせーよっ!」
成田にそう言い捨てて真由と2人で倉庫に向かう。 向かう間中、真由は、
「な、なんかチラシ作り班・・・楽しそうだねっ!?」
とか、
「どんな話・・・ じゃなくて、チラシになりそうなの?」
とか、しきりにオレがしている作業のことを聞いてきた。
やっぱり成田が言うように、オレのことを見ていたらしい。
正直・・・・・ かなり嬉しい。
職員室で鍵を借り、校舎の端にある倉庫に入った。
薄暗く、ちょっと黴臭い倉庫に真由と2人きり・・・
そう思ったら、なんだか無性に・・・身体の奥がむず痒くなってきた。
・・・・・・キスしたい。
そう思ったけど、教室では絵の具が来るのを待ってるだろうし、あんま時間かかってたら戻ったときまた成田に何言われるか・・・
頭をもたげそうな欲情を押さえて、言われた色の缶を棚から探す。
その間に・・・ 真由の視線を感じた。
オレの首筋や顎、それから唇に・・・
絵の具の缶を取って真由を見下ろしたら、潤んだ真由の瞳とぶつかった。
また腹の奥が疼く―――・・・
「キ・・・ キスしたいっ!」
――― 一瞬耳を疑った。
今まで真由からそんなことを言われたことはない。
オレも驚いたけど、言った真由も相当驚いているみたいだ。
真由は必死に、
「い、今のなしっ!」
とか、
「なんか、間違っちゃったっ!!」
とか訂正していたけど・・・
そんな慌てる様子もオレを煽る材料にしかならなくて。
貪るように真由の唇を追った。
繋がっているのが唇だけなのがもどかしい。
もっと、もっと真由に触れたい。
持っていた絵の具の缶を、手近な棚の上に置く。
その、カタン、という音も、オレたちが作った水音に掻き消された・・・

「メグ・・・ 今日、待ってても・・・いい?」
授業が終わって体育館に向かおうとしたら、真由がやってきた。
最近、真由がこうやってオレの帰りを待とうとすることが増えてきた。
と言っても、オレの部活が終わるのは8時近くだ。
日が落ちるのも早くなってきているし、8時どころか6時前に外は真っ暗だ。
文化祭準備で他にも残ってるヤツがいれば別だけど、そんな時間まで1人で待たせるわけにはいかない。
一度成田が、
「んじゃ、あたしが一緒に残ってやろうか?」
って言ってくれたんだけど、なぜか真由は、
「いい。 1人で待ってる!」
と頑なだ。
オレと2人でいたいと言う。
そう言ってくれるのは嬉しいことだけど・・・・・ 一体どうしたっていうんだ?
確かに最近真由と2人きりで話す時間が減ってきている。
成績も(少しだけど)安定してきたからカテキョはテスト前だけだし、文化祭準備でそれぞれやることもある。 帰ってもお互いの親がいるから、ベランダ越しに少し話をするのがせいぜいだし・・・
何より、オレも部活の方が忙しかった。
いくらお祭り的な招待試合とはいっても、やるからには負けたくない。
しかも、相手はあの矢嶋の高校だ。
真由も見に来るに決まっている。
そんな試合で負けることなんか出来ない。 ・・・いや、許されない。
それに、1年にもスコアのつけ方を教えないとならないし・・・
そんな感じだから真由との時間がなかなか持てないでいた。
だから真由が、
「帰るの待ってる」
とか、
「ノート持って行くの手伝って? 週番なんだ」
とか、今までになく学校でもコンタクトを取ってきたりするのを、多少戸惑いはしながらもオレは嬉しく思っていた。
でも、やっぱり1人で8時まで残らせるわけにはいかない。
「危ないから先帰れ。 なるべく早く帰るから、そしたらベランダで話そ?」
そう言ったら真由は、
「・・・じゃ、体育館で待ってる。 メグが練習してるとこも見たいし・・・ だったらいいでしょ?」
って・・・・・
それはそれで、相当困る。
真由が気になって練習しづらいし、1年へのしめしもつかない。
何より、早坂の機嫌がもっと悪くなり、活動がスムーズにいかなくなる・・・
だから、悪いけど断った。
でも・・・ 本当に真由はどうしたんだろう?
オレたちの仲がオープンになったから、遠慮がなくなっただけなのか?
それとも、他になんかあるのか?
ときどき不安そうな顔をしているときがあるけど、目が合うといつもみたいに笑ってるし・・・
やっぱオレの気のせいかな・・・・・
多少気にはなったけど、招待試合に向けて色々忙しかったオレは、ちゃんと真由と向き合う時間を持とうとしなかった。

そんなある日だった。

早坂の機嫌がちょっとだけ良く、
「今日の放課後、千葉くんも一緒だったら1年生にスコアのつけ方教えてあげてもいいよ」
と言ってくれた。
早くしないと、また早坂の気が変わってしまうかもしれない。
授業が終わってからソッコーで体育館に向かおうとしたら、また真由に引き止められた。
何か話があるという。
「え? 今? ・・・ちょっとオレ急いでて・・・ 帰ってからじゃダメか?」
オレがそう言っても真由は、
「今! 今話したいの!」
と譲らない。
メチャクチャ急いでいたけど、真由の真剣な表情を見ていたらすぐに断るのは躊躇われて、仕方なく足を止めた。
真由と向き合い聞く体勢をとる。
・・・・・なのに、なかなか真由が話し出さない。
「何? 話って」
そう促しても、真由は視線を落としたまま、
「え・・・っと・・・ あの、ね・・・」
とモジモジしている。
どんな話なのか知らないけど、これ以上待てない。
「早く・・・」
と言いかけて、「つか、もう行くわ」
促すのももどかしかったから、そのまま真由を置いて体育館に行こうとした。
「ま、待って!」
「・・・・・なんだよ」
また真由に引き止められ、うんざりしながら振り返る。
なんだよ。 話があんならさっさとしてくれよ。
オレ、急いでるって言ったよな?
「あたし・・・」
真由が戸惑いながら、やっと口を開く。
「・・・あたし、どんどん欲張りになってる気がする」
「・・・は?」
けど、その口から発せられた言葉は、オレには理解不能なものだった。
「え・・・ 何?」
「最近ね、どんどんイヤな女になってるの。 分かるんだ、自分でも・・・」
真由が何を言いたいのか、どんな話がしたいのか、全く見当がつかない。
とりあえず、
「誰もそんなこと言ってないだろ?」
と真由をなだめる。 なだめようとしたのに、逆に真由は、
「言ってなくてもみんなそう思ってるもんっ! メグだって!!」
と興奮している。
「そんなこと思ってねーよ・・・」
「ホントのこと言っていいよ!? あたしだって自分で分かるもん! ウザい女だなって・・・」
「―――・・・ッ!!」
こうなると、真由の言っていることが言いがかりとしか思えなくなってくる。
こっちが思ってもいないことを、憶測で思っていると決め付けられ責められる・・・
思わず溜息が出てしまった。
「あ! 今、ウザッ!って思ってる!」
「だからぁ・・・ 思ってねーってっ!!」
「だって今、溜息ついた!」
そんな小さなことまで拾い上げてくる真由に、だんだんイライラしてきた。
「なんだよ・・・ 結局何が言いたいわけ? オレはどーすればいいんだよっ!?」
オレが切れてそう怒鳴ったら、真由は俯いてしまった。
オレ、急いでるって言ったよな?
なのにお前が引き止めるから話聞いてやろうとしたら、なかなか話し出さないし・・・
やっと話し出したと思ったら、ワケの分からない言いがかりつけられて・・・
ちょっと・・・ マジで付き合ってらんねぇ・・・
そう思って今度こそ体育館に向かおうとしたら、
「・・・・・しい・・・」
と真由が小さく何か呟いた。
「え?」
よく聞こえなくて聞き返す。
「・・・・・苦しい」
今度は、小さかったけどハッキリとそう聞こえた。
え・・・ 何? ―――苦しい・・・?
真由、どっか具合悪かったのか・・・?
とオレが心配しかけたら、今度は、
「・・・メグの彼女でいるの・・・・・ つらい・・・」
「・・・・・え」

―――・・・一瞬で思考回路が停止した。


そのあとも真由は何か言っていたみたいだけど、何を言っているのか・・・全然耳に届かなかった。
ただ、辛そうな顔をして俯き加減に何か話している真由がオレの網膜に映っているだけだった。
・・・・・メグノ カノジョデイルノ ツライ・・・
とっくに意味を理解しているはずの脳が、このセリフは何か別な意味があるんじゃないかと検索をかけている。
けれど・・・
いくら検索してみても、他に意味なんか見つからなくて・・・・・
「・・・分かった。 じゃ、別れよう」
気が付いたらそんなことを言っていた。
真由が驚いた顔でオレを見上げる。
オレの心臓が助走を始める。
・・・・・何・・・言ってんだ? オレ・・・
――――――今すぐ取り消せっ!!
「ゴメンッ! ウソだからッ!!」
って謝れっ!!
頭ではそう思っているのに、
「オレだって、そんなこと言われて・・・ それでも強引に付き合っていこうなんて思ってない」
思いもしない言葉ばかりが口をついて出てくる。
「メ、メグ・・・」
「別れよう」
何言ってんだよ、オレっ!
早く、早く取り消・・・・・・
―――・・・つか・・・
喉の奥が痛くて・・・ 上手く声が出せない・・・・・
これ以上真由の前に立っていたら・・・・・ ヤバい・・・・・
「・・・話ってそれだけ? じゃ、オレ部活行くから」
振り絞るようにそれだけ言って、真由と目を合わせないまま体育館に向かった。
でも、自分がどうして体育館に向かっているのか・・・
そんなことも思い出せないほど動揺していた。
さっき助走を始めた心臓は、もう爆発しそうな勢いで早鐘を打っている。
その心臓の音がうるさすぎて・・・ 耳が、痛い・・・
オレが体育館に入っていったら、1年が声を掛けてきた。
「あっ! 先輩っ!! 遅いっすよ〜・・・ マネージャーまた機嫌悪く・・・」
そこまで言って、1年がオレの顔を覗き込む。「あの・・・ 大丈夫っすか?」
「・・・・・は。 なにが」
「いや、メチャクチャ顔色悪いっすよ?」
「・・・や、大丈夫。 フットワークは終わってるのか?」
「・・・はい?」
「セットから始めるから、1年はディフェンス入って」
「あの・・・」
「なに」
「スコアシートの書き方・・・ やるんですよね?」
「スコアシート・・・?」
1年は肯きながら、
「マネージャーと・・・」
と体育館の隅の方を振り返った。 体育館のステージの縁にマネージャーの早坂が足をブラブラさせながら座っている。
・・・・・思い出した。
機嫌の悪い早坂と、それにビクビクしている1年と、3人でスコアシートを広げる。
細かそうではあるけれど、思ったより複雑ではないスコアシートのつけ方を聞いているうちに、ちょっと冷静さを取り戻してきた。
さっきの真由は、ちょっとおかしかった。
いや、さっきだけじゃなくて、思い返してみるとここのところの真由は確かにおかしかった。
もしかして・・・
オレが、
「少しくらい妬かれた方がいい」
なんて、S気出したのが悪かったのか?
それとも、体育館で帰りを待ちたいって言われたとき、
「気が散るから」
って帰したのがショックだったとか・・・
だから真由が、
「つらい」
なんて言ったのも、気が動転していただけかもしれない。
オレも勢いで、別れようなんて言ったけど、当然本心じゃないし・・・
そう思ったら、少し落ち着いてきた。
真由もオレも、ちょっと冷静になった方がいい。
いつもそのときの感情や勢いで揉めて、気まずくなる感じだしな。
帰って真由が声を掛けてきたら、今度はちゃんと話を聞いてやろう。
「さっきはゴメン。 オレちょっと急いでて、気が立ってたんだ」
「あたしも変なこと言っちゃってゴメンね」
って、こんな感じか・・・
そんなことをシュミレーションしながらウチに帰っても、真由からの呼びかけはなかった。
もしかして、怒ってる?
そう思って、オレの方から声をかけようとして、
・・・でも、あのときキレたのはオレの方だし、別れようまで言ったのもオレだし・・・
そんなオレの方から声をかけるのは・・・ ちょっとカッコ悪くないか?
・・・・・とりあえず、今夜は声をかけるのはやめとくか・・・
明日、休み時間とか隙をみて話しかけるとか・・・
そう思ったけど、実際翌日になっても声をかけることができなかった。
かけづらいっていうのもあったけど、真由が・・・ オレを避けてる・・・ような気がする。
なんだよ・・・ せっかくこっちが声かけてやろうとしてんのに・・・
つーか。
確かにあのときキレたのはオレの方だけど、そうさせたのはお前だろ?
・・・でも、ま、いいか。
いつもこうやって気まずい状態が何日か続いたりするけど、結局なんだかんだいって最後には、
「メグ〜〜〜! ごめんね〜〜〜!!」
「ホント、バカだな」
なんて感じで元通りになるし・・・
結局真由はオレのことが好きなんだし、オレだって真由しか見てないし、いつだって仲直りできる・・・
そんな根拠のない自信のせいで・・・
――――――取り返しのつかないことになってしまった。

オレはもっと早く、『いつものケンカ』じゃないことに気が付かなければならなかった。
いつものケンカで、
「別れよう」
なんて・・・
1度も言ったことはなかったということに、早く気が付かなければならなかった・・・

それに気付いていれば、あんなことにはならなかったのに・・・・・


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