パーフェ☆ラ 第6章

D 新しい彼氏


ヤジマは時間を見つけてあたしと会おうとしてくれる。
「学校違ってなかなか会えねーし、部活ない日は一緒帰ろ? 駅で待ってて?」
「え? 部活って毎日あるもんじゃないの?」
「ウチの学校バレー部も強いから、体育館使える曜日が限られてんの。 半々」
「そーなんだ」
「真由は? 文化祭準備とかあんの? つか、何やんの?」
「え・・・ メイド喫茶・・・」
ヤジマに、真由・・・って呼ばれるの・・・ なんか、慣れない・・・・・
「メイド喫茶っ!? マジでっ!?」
ヤジマは大袈裟に驚いたあと、「ちょ・・・ 絶対行くわ!!」
「あたし裏方だよ?」
「は?」
「メイド服とか? 着ないから」
「えぇ〜〜〜・・・!? なんで〜・・・?」
なんでって・・・
―――お前は裏方専門な! じゃなきゃ参加させねぇっ!!
余計なことを思い出しそうになって慌てた。
「―――・・・ な、なんでもっ! っていうか、似合わないし、別に着たくないからいーのっ!」
「なんで? 似合うよ。 真由かわいーし」
「かわっ・・・」
そんなこと・・・ 面と向かって言われたの、初めてだ・・・
「あ♪ 照れてる照れてる!」
ヤジマはこーやってすぐからかってくる。 でも、
「照れてないっ!」
ってあたしが怒ったりすると、
「あ、真由ちゃん! 怒んないで? ゴメン!謝るからっ!」
って笑いながら謝ってくる。
こんな調子だから、ケンカとかなりようがない。
ヤジマって怒ることあるのかな?
それとも、あたしに気を使ってるだけかな・・・・・?
そんな話をしながら歩いていたら、もうすぐウチってところまで来てしまった。
学校帰りに会うとはいっても、帰りにちょっとお茶して帰るとか、本屋さんによるとか、そんな程度しかしてないあたしたち。 だから、会っている時間も短い。
「ちょっとでも長く一緒にいたいし」
と言って、ヤジマはいつも遠回りをして送ってくれる。
けど、ウチの前までは送らない。
「ここまでの方が・・・ いいよな?」
「え・・・」
ヤジマの言ってる意味が分かって、俯く。
ヤジマはあたしに気を使ってくれている。 本当はウチの前まで送りたいのに・・・
なのにそれをしないのは、いつメグと会うか分からないから。
あたしが、ヤジマと一緒にいるところをメグに見られたくないって知ってるから・・・・・
ヤジマはすごく気を使う人だ。
今まで全然気付かなかったけど、一緒にいてそれがよく分かった。
しかも、それがさりげないっていうか、こっちが気付かないうちに先回りしていることが殆どだから、相手に気を使わせることがない・・・
そんなヤジマの好意に甘えているあたし・・・・・
「・・・んな顔すんな」
いつまでも俯いているあたしの顔を、両頬を挟むようにしてヤジマが上に向かせる。
「真由の気持ち知ってて、それでも付き合いたいってオレが望んだんだから」
「ヤジマ・・・」
―――ごめん・・・
「だから、祐介だって!」
「いひゃっ!」
挟んでいた頬を引っ張られた。
「あはははっ! 大福みてぇっ!」
「大っ!? ・・・〜〜〜っも―――っ!! 信じらんないっ!!」
大福って、大福って・・・・・
・・・・・どうせ、下膨れだよ・・・
あたしが頬を隠すようにしてヤジマを睨みつけたら、笑ったままのヤジマの顔が近づいてきて、
「・・・ウチ着いたら、電話する」
と、おでこに・・・ キスされたっ!
「ちょっ!? な、なにもしないって言ったじゃんっ!!」
あたしが焦ってそう言ったら、
「こんなの、なんかしたうちに入んねーよっ! じゃーなっ!」
とヤジマは笑いながら自宅の方に走って行ってしまった。
・・・・・なんか、すっかりヤジマのペースに巻き込まれてるあたし・・・
でも・・・ イヤじゃ、ない。
全然気を使わなくてすむし、話だって合う。
ヤジマが気を使ってくれてるっていうのもあるんだろうけど・・・ ヤジマといるのは楽しい。
メグといるときは、
「何考えてるんだろう」
とか、
「あたしのこと、どれくらい好きなんだろう」
とかいつも心配してた。
ヤジマには・・・ 全然そんな心配しなくていい。
このままヤジマと付き合っていく方がいいのかもしれない。
きっと、そのうち・・・
―――メグのことなんか、忘れちゃうに決まってる・・・

そんな日を過ごしていたある日。
『真由? 今日は動きやすい格好で来て?』
と、朝ヤジマから電話がかかってきた。
その日は日曜日で、どこかに出かけようと誘われてはいたんだけど、どこに行くかまでは決めていなかった。
動きやすい格好って・・・ どこ行くんだろ?
「え・・・ 体育館?」
待ち合わせして向かった先は、市営の体育館だった。
「今日はバスケに開放された日なんだよね」
どうやらここの体育館は、曜日や日で、種目ごとに(例えば卓球とか、バドミントンとか・・・)自由に使える日があるらしい。
で、今日はバスケットゴールが開放される日・・・
「来週試合だからシュート練習くらい?しとこーかと思って。 付き合って?」
と言いながらヤジマが手や足をブラブラさせている。
試合・・・
そっか。 招待試合で総武に来るんだっけ・・・
来週、メグと・・・・・
「つまんねーこと考えんなよ?」
「え・・・? うわっ!?」
急にボールが飛んできた。「あっ、危ないじゃんっ!!」
ヤジマは笑いながら、
「テキトーにパス出して」
「は? ・・・あたし、学校の授業でしかやったことないよ? バスケ・・・」
「それでいーよ。 投げて」
言われるままに投げたら、方向は合ってるんだけど、全然距離が届かなかった。
「ははっ。 やっぱ女だな」
なんかバカにされた感じがした。
「慣れてないから、感覚が分かんなかっただけ! ちょ、もう一回貸して!」
「お!」
ヤジマがバウンドさせてあたしにボールを寄こす。
「行くよ」
「おー」
思いっきり投げてやったら、今度は距離は出たんだけど方向が・・・
「あ、ゴメンッ!」
とんでもない方向にボールは飛んでいこうとしている。
でも、それにヤジマが飛びついてキャッチし、一度だけボールを弾ませるとそのままバスケットに放り込んでしまった。
「ちょ・・・ すごいね。 ケッコー離れてたのに」
ヤジマは落ちてきたボールを拾ってそれを弾ませながら、
「もっと遠くからでも入るよ」
と言って、3ポイントラインの外からボールを投げた。 また吸い寄せられるようにボールがバスケットに入る。
「すごいよ! なんで入んのっ!?」
「真由もやる?」
「やる!」
「んじゃ、こっち来て」
・・・・・・って、めちゃくちゃゴールに近いところまで連れてこられた。
「素人さんは、まずここから」
「バカにして」
「んじゃ投げてみ」
届くよ! これくらい!
ゴールを狙って思い切り投げたら・・・
「ッ!? うわッ!」
投げたボールがまともにリングに当たって、そのままの勢いで落ちてきた。 それが頭に当たる前にヤジマがボールを受けてくれた。
「直でリング狙っても入んねーよ。 あのライン狙ってみ?」
ヤジマがバックボードに描かれた線を指差す。「あそこに当たれば入るから」
ホント?
とりあえず言われたとおりにラインを狙って投げてみる。 すると・・・
「は・・・入った!」
ボールはバックボードに当たって、それからリングに当たって・・・ そのまま内側に落ちてくれた。
落ちてきたボールを拾ってもう一回やったら、今度は外れた。
「ん〜〜〜? ・・・もっかいやる!」
「ははは。 やれやれ!」
ときどきヤジマが短くアドバイスしてくれたりして、そのうち3回に1回は入るくらいにまでなった。
「すごいっ! あたし体育んときも全っ然入んなかったんだよ!?」
「入ると気持ちいいだろ?」
「うんっ! バスケって楽しいね!」
やってる子たちが夢中になるの分かる気がするよ。
「んじゃ、今度オレの番な。 真由はテキトーにディフェンスして?」
「入れさせないよ?」
「止められたら、昼は真由の好きなものなんでもゴチしてやる」
「うそっ! マジでっ!?」
とあたしが喜んだら、ヤジマはニヤッと笑って、
「でも、止められなかったらキス!」
えっ!? キ・・・ キスっ!?
「ちょ、そんなのズル・・・ あっ、ちょっとっ!」
あたしが抗議する間もなく、ヤジマはボールを弾ませ始めた。 慌ててヤジマを追う。
あたしがヤジマに追いつくわけなんかないんだから、絶対不利だ。
でも、ヤジマはすぐにはゴールを狙わないで、リズミカルにボールを弾ませたまま、
「ほらほら〜? 抜いちゃうぞ〜?」
なんて笑っている。
あたしなんかに止められないっていう、余裕めいた顔。
―――・・・絶対止めてやる!
・・・と、思ったけど。
「ダブルクラッチ〜♪」
・・・・・やっぱり簡単に抜かれてしまった。
「・・・なに、今の。 ズルじゃないの」
「フェイクだよ、フェイク!」
ヤジマはやっぱり笑いながら、「んじゃ、報酬を♪」
とボールを弾ませながらあたしの方に近づいてきた。
「だ、だってっ! ズルだもんっ! だから今のなしっ!!」
「おいおい、ズルはそっちだろ!」
「だって・・・ だって・・・ あっ!」
そうだ! まだ1ヶ月経ってないじゃんっ!
って抗議しようとしたら、ヤジマが弾ませているボールとは違うタイミングで、同じ音が聞こえてきた。
今日はバスケ開放日だから、他にも誰か来たんだ。
そう思って何気なく入り口の方を振り返って・・・ 心臓が凍り付いてしまった。
――――――・・・な、なんで・・・
「お〜! 千葉もシュート練習?」
・・・・・メグが体育館にやってきた。
メグはヤジマの問いかけに返事もしないで、逆サイドのゴールでシュート練習を始めた。
ヤジマはメグに無視されたことなんか気にも留めていないって感じで、
「んじゃ、今のはノーカウントでやり直す? 条件はさっきと同じ」
とまたあたしに笑いかけた。
けど、それに笑い返すことも、返事をすることも出来ない。
―――まさかメグが来るなんて。
心臓が助走を始める。
身体中の血管が大きく脈打つ。
深呼吸してこの動悸を治めたいのに、上手く息が吸えない。
耳元に心臓が移動してきたみたいに、うるさい―――・・・


「な〜んか、疲れたな。 そろそろ上がろ!」
返事も出来ないで突っ立っているあたしの肩にヤジマが手をかける。
「じゃーな、千葉! 先上がるわ。 来週ヨロシクなっ!」
やっぱり返事なんかしないメグ・・・・・
あたしはヤジマにぐいぐい肩を押されるようにして体育館を出た。
どうしよう・・・
ヤジマと一緒にいるところを見られた。
やっぱり付き合ってるって・・・ 思ったよね・・・・・ 絶対・・・・・
メグ・・・ 怒ってる? 呆れた?
―――それとも・・・ なんとも思わなかった・・・?
かも知れない。
いつまでも気にしてるのはあたしだけで・・・ メグの方は、もうあたしなんかに興味ないのかもしれない。
だって、あたしがヤジマと一緒にいたっていうのに・・・
―――メグ、一度もこっち見なかった・・・
「―――・・・って、真由、聞いてる?」
「・・・え?」
目の前でヤジマがちょっとだけ難しい顔をしている。
「だから、オーダー! 決まった?」
「え・・・ オーダー?」
気が付いたらファミレスでヤジマと向かい合って座っていた。 ヤジマはメニューに目を落として、
「オレ、チキングリルのランチセット。 真由は?」
「え・・・と」
慌ててメニューをめくり、「・・・オムライス」
目に付いたものをテキトーにオーダーした。
「このあと、どーする?」
ヤジマが上目遣いにあたしを見る。
「・・・どーでもいいよ。 ヤジマに任せる・・・」
「ん〜〜〜〜〜〜・・・」
とヤジマは唸ったあと、「じゃ、帰ろ」
「・・・え?」
「な〜んか疲れたし? ・・・実はちょっとカゼ気味なんだよね」
と軽く咳き込むヤジマ。
「えっ!? そーなのっ?」
だって、さっきまでなんともなかったじゃん。
バスケだって普通にしてたし・・・・・
「・・・あ!」
まさか・・・?
「ん?」
「・・・なんでもない・・・」
あたしがそう言って誤魔化したら、
「なんだよ〜? 気になんじゃん!」
と長い腕を伸ばして、あたしのおでこを突いてきた。「教えろよ」
「なんでもない。 ・・・・・・サラダ頼むの忘れちゃっただけ」
テキトーにそう言ったら、
「ははっ! 頼めばいーじゃん。 オレも食いたいし!」
とまたヤジマは笑った。
・・・・・どうしてヤジマはいつも笑っていられるんだろう。
ヤジマが、
「じゃ、帰ろ」
って言ったのは、あたしのせいだ。
さっき体育館で偶然メグと会っちゃって、それであたしが動揺しちゃったから・・・
きっとこのあとヤジマと一緒にいても余計にメグのことが気になるだけで、あたしが落ち着かないのが分かったから・・・
でも、あたしに気を使わせないために、
「なんかカゼ気味なんだよね」
って自分のせいにして・・・・・
―――もしかしたらヤジマは、笑顔の裏でいっぱい傷ついていたかもしれない。


「うわっ! 寒っ!」
ファミレスを出た途端、ヤジマが身体を震わせる。
「・・・あんた薄着しすぎだよ。なんで家出るときに気付かないわけ? カゼ、引いてんだよね?」
あたしがそう言って見上げたら、
「え?」
ヤジマは一瞬なんのことだか分からなかったみたいだ。
「カゼ。 引いてるって、さっき言ったよ」
「・・・ あ、うん!」
・・・・・やっと思い出したみたいだ。
「・・・ヤジマって、バカだよね」
「はぁ? なんだよいきなり! シツレーなヤツだな、おいっ!」
ヤジマは笑いながらそう怒鳴って、あたしの手を握ってきた。「帰ろ。 送ってく」
黙って肯いた。
色々考えたらその日はなかなか眠れなかった。
ヤジマはノリもいいし、話も合う。
一緒にいて楽しいし・・・・・・ なにより優しい。
好きか嫌いかって聞かれたら、多分好きだ。
でもそれは、メグに対するものとは全然違っていて・・・
きっとこの気持ちはこの先も変わらない。
ヤジマは優しいから・・・ もしかしたらこんな気持ちのままでも、これからも付き合っていけるのかもしれない。
けれど、そんなことをしたらいつか必ずヤジマを傷つけることになる。
・・・・・ううん。
もう、今の時点でいっぱい傷つけてる。
だから早く別れた方がいい。
ヤジマのためにもそうしなきゃならない。

―――今度会ったとき、ちゃんと話そう。


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