パーフェ☆ラ 第7章

C ワナ@


「なんかご機嫌っすね、先輩」
「え? そ、そーかな?」
週明け、例の1年生から返してもらったカメラを部室に戻しに行った。
たまたまそこにいたトキワくんがあたしを見て、
「なんかイイコトでもあったんすか?」
と声をかけてきた。
イイコト…… とあたしは週末の出来事を思い出した。
「いいか? 素人が直接リング狙っても絶対入らねぇ。 ボードを使え。 ボードに当てて入れろ!」
週末、約束していたシュート練をメグにみてもらった。
「ドリブルしながらシュートするときはボールに勢いをつけるな。 こう……ボールをリングに置いてくる感じにふわっと行け」
カテキョのときと同じく、メグの教え方はスパルタだった。
「えー! 難しい!」
「難しくない! コレが一番簡単なシュートなんだよ」
「ホント〜〜〜?」
「ホントだよ。 速攻でコレ外したら、味方から超ヒンシュク買うくらい簡単なシュートだっつーの」
と言いながら何度もレイアップ?(シュートの種類らしい)の練習をさせられた。
しかも…… やっぱりあたしが想像した通りの「お仕置き」付きで!
土曜の午前中。 市営の体育館にはあたしたち以外誰もいなかった。
「ちょっ、メグっ! 誰か来たら……っ!」
「来ない」
「で、でもっ…… んっ!」
「お前の覚えが悪いせい。 だから……身体に覚えさせないと」
って、それ意味違うでしょ―――っ!!
こんなお仕置きで…… キスで身体がシュート覚えるわけないじゃんっ!!
「も、もうっ!」
メグから逃げるように身体を離す。「練習より息上がっちゃうじゃんっ! は…激しすぎだよっ!!」
そう言ってメグを軽く睨む。 メグは、
「だから、それもお前の覚えが激しく悪いせいだよ」
と笑った。
「うそっ! ちょっとは入るようになったでしょっ!?」
あたしがそう言い返したら、
「自分で分かるんだ?」
とメグはますます楽しそうに笑う。
それくらいあたしだって分かるよっ!
はじめは全然入らなかったけど……1時間以上も続けてたら、さすがのあたしでも3本に1本くらいは入るようになったし!
これってあたしにしたらすごい上達じゃない?
メグだってそれ分かってるくせに…… なのにお仕置きとか……
―――絶対楽しんでる!
「っていうか! お仕置きばっかじゃつまんない!」
「ん?」
「シュート入ったら…… そうだ! 本番でシュート入ったらご褒美ちょうだい!」
「ご褒美って? ……んじゃ、キスとか?」
とまたメグが笑う。
「それじゃお仕置きと同じじゃん! そんなんじゃやだ!」
あたしがそう言ったらメグはちょっとだけ目を細めて、
「同じじゃないよ? その先まであるキスとか……どう?」
とあたしを流し見た。
「えっ!?」
そ、その先まであるキスって…… どういう意味っ!?
あたしが「その先」に焦っていたら、メグがあたしを指差して、
「まーた想像してる!」
「しっ、してないってばっ!! いじわるっ!」
とそっぽを向いたあたしを見て、またメグが楽しそうに笑う。
そうやってひとしきり笑ったあと、
「……夏休み、どっか行こうか」
と言いながらメグがリングに向かってボールを放つ。
「え?」
メグが放ったボールはキレイな弧を描いてリングに吸い込まれた。
バックスピンがかかっていたのかボールはメグのところに戻ってきた。 そのボールを弄びながらメグは小さい声で、
「今年は受験でお互い時間も合わないかもしれないし…… クラスも別れちゃったしさ」
と呟くように言った。
「え?」
「や……なんでもない」
……今、クラスも別れちゃったしって言った?
言ったよね? 確かに!
「会おうと思えばいつでも会えるじゃん」
なんてメグ言ってたし、クラスが別れて寂しい思いをしてるのはずっとあたしだけだと思ってたけど……
少しはメグも寂しいって思ってくれてたってこと?
だからそんなこと言ったんだよねっ!?
……なんだか胸がじんわりとあったかくなてきた。
よーし!
本番では絶対シュート決めてみせるからねっ!!
それで、夏休みは楽しい思い出作ろうね! メグっ!!
……なんて、週末のメグとのやり取りを思い出したら、また顔がニヤけてしまった。
「イイコトっていうか〜… うん、ちょっとね」
トキワくんの質問に曖昧に答える。
だってトキワくんあたしに気があるみたいだし。 あんまりメグとラブなところ見せつけてショック与えちゃっても……ねえ?
写真部辞められても困っちゃうし。
なんて感じに濁していたら、
「彼氏とイイコトあったんでしょ?」
とトキワくんが探るような視線を向けてきた。
「か、彼氏って…」
いきなり核心をつかれて驚いた。
「この前のあの人……バスケ部の千葉先輩でしょ? 市川先輩の彼氏の」
「そー、だけど……」
「あの人カッコいいよね。 バスケ上手いし学年主席だし……なんつーの? パーフェクトだよね?」
そこまで調べてるんだ…… あたしと付き合ってるメグのこと……
バスケ部の体験のときも偵察に行ってたみたいだし、もしかして、
「年上の女の人への憧れ」
以上の感情持たれちゃった? あたし……
これは……もうハッキリ言っといた方がいいよね?
「うん…… 実はそうなんだ。 今度の球技大会であたしがシュート決められたら、ご褒美くれる約束してくれたの。 だから……」
と諦めさせるために本当のことを言ったら、トキワくんはちょっと視線を落として、
「……なんか妬けるな」
……って。
もうっ! あたしって罪作りな女―――っ!!
でも、ホントゴメンね? あたしにはメグしか考えられないから!!
メグには愛されちゃってるし、シュートも上手くなってきたし、年下くんには好かれちゃってるし……
やっぱりあたし、前よりイイ女になってるっていうか、イケてるよねっ!?
……なんて日々を過ごしていたら、あっという間に球技大会の前日になった。
球技大会の準備で今日は体育館が使えないからって、久しぶりにメグと一緒に帰ることに。
待ち合わせをしていた昇降口に行ったら、メグはすでに来ていて靴箱にもたれかかるようにしてあたしのことを待っていた。
メグは足元に視線を落としていて、すぐにあたしには気が付かなかった。
昇降口の扉から入ってくる陽光がメグの顔に陰影をつけ、いつもは黒いサラサラなメグの髪が微かに茶味がかって見える。
メグ…… カッコいい……
こんなにカッコいい人があたしの彼氏でいいのかな……
間もなくメグもあたしに気が付いて、
「帰るか」
とソフトに笑いかけてきた。
あたしたちが並んで昇降口を出ようとしたら、何人かの女子がチラリとあたしたちを見た。
ゴメンね、この人あたしの彼氏だから!
ちょっと優越感に浸りながらメグの肘の辺りに軽く触れる。 するとメグは、あたしが腕をかけやすいようにちょっとだけ隙間を空けてくれて……
あ―――、もう全てが絶好調すぎて怖いくらい!
そのままメグの腕に自分のそれを絡ませようとしたら、
「校内でイチャイチャしやがって……っ」
と聞こえよがしに愚痴っているのが後ろから聞こえた。
「はぁっ?」
メグが振り返るより先に、あたしがマッハのスピードで振り返った。
誰よっ!? あたしたちの幸せに水を挿すようなこと言うヤツはっ!!
振り返った先に立っていたのは…… 妖怪アニメの主人公みたいな男だった。
「なんでこんなヤツがウチのクラス代表なんかね〜」
と言いながら妖怪があたしたちに近づいてくる。
「学年主席もどうせマグレだろ? それか隠れてアホみてーに勉強してるとか? どこの予備校通ってんだよ? それとも家庭教師か? あ?」
妖怪は醜い顔をさらに歪ませて、「それとも…… カンニングでもしてんじゃねーのか?」
と気味悪く笑った。
「ちょっとっ!!」
妖怪が何者なのか、何を言ってるのかよく分からなかったけど、
「クラス代表」
とか、
「学年主席」
とか、メグのことを言っているのだけは分かった。
それも悪意を持って!
「なによ、あんた! いきなりっ!!」
あたしが文句を言ってやろうとしたら、
「いい。 帰るぞ」
とメグはあたしの腕を取って昇降口を出ようとする。
「え? なんで?」
「いいから!」
まさかメグがこんなことを言われっ放しで帰るなんて思わなくて驚いた。 それを聞く前に、
「なにカッコつけてんだよ! 女の前では本性隠してんだ? あ?」
とまた妖怪が吠えた。
「はあっ!? 何言ってんのよ!!」
「行くぞっ!」
メグが半ば強引にあたしの腕を引っ張る。 あたしはその腕を振り払って、
「ちょっとっ! あんたあたしのメグになんか文句あるわけっ!? あるならあたしが聞くけどっ!!」
とメグと妖怪の間に仁王立ちになった。
「な、なにっ」
妖怪がちょっと怯んだようにあたしを見返す。
「メグの何をひがんでんのか知らないけど、あんたじゃメグの足元にも及ばないんだからねっ!」
あたしがそう言ってやったら、妖怪はどもりながら、
「お、お前こそ知らないだけだろ! そいつはな、ズルくて最低な男なんだよ! この前もお前以外の女からタオルや手紙なんか貰って……」
と言い返してきた。 あたしはそれに被せるように、
「あんたの言うことなんか何も信じない! メグのことはあたしが1番良く分かってるの!」
「聞けよっ! 人の話を…」
「メグはあんたと違ってカッコいいからモテるの当たり前なの! ひがまないでっ!!」
「なにをっ! オレはひがんでなんかっ」
「メグがクラス代表になったのはあんたより人望があったから! 学年主席になれたのだってあんたより頭いいからなのっ!!」
「おれよりって…っ」
「それだってメグがちゃんと努力してるからだから! ひがむ前に人望と成績上げる努力したら?」
あたしは一気にまくし立てると、「……って言っても、顔だけはどんなに努力してもメグみたいにはなれないだろうけど! あんたの顔、きたろうそっくりだし!!」
と妖怪に舌を出してみせた。
妖怪が顔を真っ赤にしてあたしを睨みつけた。 怒りからか握ったこぶしが微かに震えている。
「行こっ!」
あっけに取られるメグの腕を引っ張ってさっさと学校を出た。
なんなの、あいつっ! あたしのメグに向かって!!
ただのひがみからくる言いがかりだって分かってるけど、ホントにムカツクっ!!
あたしがプリプリ怒りながらメグの手を引いて歩いていたら、
「おい!」
と逆にメグに腕を引っ張られた。「……どこ行くんだよ。 駅はあっち」
「え…?」
そう言われてやっと気が付いた。 曲がる道間違えてる……
怒りで我を忘れるってこういうことなのかな。
しかもこんなとこまでメグのこと引っ張ってきて……
「ごめん…… 気が付かなかった」
あたしがそう謝ったら、今まで何も言わずについてきたメグが、
「ぶはっ!」
と吹き出した。
「え」
メグは少し顔を赤くするくらいの勢いで笑って、
「いーわ、やっぱお前最高だよ!」
とあたしの頭を抱きかかえた。
「ちょ、ちょっと、メグ!?」
まだこんなに早い時間、しかも公道でメグがこんなことしてくるなんて初めてで焦ってしまった。
慌てて離れようとしたけど、メグの力の方が強くてかなわなかった。 大人しくメグの胸に顔を埋めたままにする。
「……あれ誰?」
メグの笑いが治まってから改めてメグに聞く。
「きたろう」
そう言ってまたメグは軽く笑う。
「もしかしてあいつ、3年になってからずっとあんなことメグに言ってたの?」
「あー… まあな」
メグの話によると、あの妖怪の名前は森下とかいうらしかった。
キャラ的にもルックス的にも目立たないから、今まで全然知らなかったけど……
メグが学年TOPになるまでずっとTOPで、1、2年のときはクラス代表もやっていたという。
でも、3年になってそれを全部メグに取られてしまい逆恨みしているみたいだ。
「平井にも似たようなことで恨まれてたことあるしな。 はは。 オレって案外男に嫌われるタイプなのかも」
と言ってメグはちょっとだけ笑った。
その笑顔が弱々しくて…… こっちが切なくなってしまう。
あのパーフェクトなメグにこんな顔させるなんて…… あの妖怪めっ!!!
「明日1組に文句言いに行くから!」
あたしが鼻息も荒くそう言ったら、
「よせって!」
とメグが眉間にしわを寄せる。
「なんでっ!? だって見当違いな言いがかりとか……ムカツクじゃん!!」
「いや、まともに相手にするより流してる方がラクだから」
「じゃなくてっ! あたしがムカツクのっ!! あたしのメグに文句とか…… ホント許せないっ!!」
メグが大人しくしてるからって言いたい放題言って……
メグが相手にするのが面倒だって言うなら、あたしがやってやってもいいし!
あんな妖怪、軽くやっつけてやるし!!
とあたしがこぶしを握っていたら、
「いいね。 もう1回言って?」
とメグがちょっとだけ笑ってあたしを見下ろした。
「でしょっ? ホントムカツク!! 明日1組に行ってもう1回言ってやらないと……っ」
気が治まらない、と言おうとしたら、
「じゃなくて」
とメグが割って入ってくる。「あたしのメグって。 もう1回言ってよ」
「……へ?」
「ねえ、オレの真由……」
そう言いながらメグの唇があたしのそれを塞いだ。
その瞬間、妖怪のことも、ここが公道だってことも、全部忘れてしまった……

「キャー! これで決勝進出っ!!」
試合終了のブザーが鳴った瞬間、チームメイトと一緒に飛び上がる。
球技大会当日、あたしたち3年7組の女子バスケチームは順調に勝ち上がり、とうとう午後の決勝戦にまで進めることになった。
「みっちゃん、ナイッシューだったよ!」
「やー、中村さんのパスが良かったから」
「谷さんもレイアップ決まってたね! 決勝もこの調子で行こ―――!!」
おー、とあたしもみんなと一緒にこぶしを振り上げたんだけど……
……どうしよう。 あたしだけまだ1本もシュート決まってない……
あんなにメグとシュート練習したのに…… なんで入んないんだろ?
何回かシュートチャンスあったのに、全部ボードやリングに当たっただけで外れちゃった……
トボトボと体育館の出口に向かう。
体育館の出入り口には各種目のトーナメント表が貼られている。
大体の競技が準決勝の半分くらいまで終わっていて、午後は準決勝の残りと決勝戦のみになっている。
男子バレーのところを見てみると、メグがいる3年1組も決勝まで勝ち進んでいた。
やっぱりメグはすごい。
バスケだけじゃなくてバレーもこなせちゃうんだから…… しかも決勝まで進んじゃうんだから。
さっきチラッとメグの試合見たけど、ホントにすごかった。
なんであんなに高く飛べるんだろう? ネットから顔出てたよね?
あたしもあれくらい……ううん、あの半分でもいい、高く飛べたらシュートだって決まってたかもしれないのに……
午後の決勝ではせめて1本くらい決めたいよね……
同じ未経験者の子たちが決めてるんだからあたしだって決められるはず。
何より、このまま終わったらシュート練習に付き合ってくれたメグに申し訳ない!
「落ち着いて、ボードの枠を狙うんだったよね……」
とおでこの前辺りに両手で三角を作ってイメージトレーニングしてみるけど…… なんか自信ない……
溜息をつきながら腕を下ろそうとしたら、
「力み過ぎもダメ」
と、その三角を大きな手に包まれた。「ふわっと、な」
驚いて振り返ったらメグが立っていた。 メグは笑いながら、
「すごいじゃん。 決勝進出!」
とあたしのおでこを突付いてきた。
「メグこそ。 1組で決勝まで残ってるの男子バレーだけでしょ? すごいよ」
毎年、3年1組が決勝まで残ることは殆どない。
やっぱり1番の進学クラスだからか、勉強は出来るけど運動は……って子が多い。
そんなクラスが決勝まで残っちゃうって……
確かにメグ1人だけの活躍で決勝まで残ったとは言えないかもしれない。
けど、メグがいなかったらこんなとこまでこれなかったのは確実だ。
やっぱりメグってすごい!
それに比べてあたしは……
……なんか、久しぶりに自分とメグの違いを思い知って落ち込んじゃったよ。
「あの千葉くんの彼女なんだから、1本くらいシュート決めないとみんな納得しないかもよ?」
とか言われたけど、こんなんじゃ誰も納得しないよね……
「メグ〜… シュート入んないよ〜〜〜」
唸るようにメグに訴えた。
「ん?」
「まだ1本も決まんないの。 あんなに教えてもらったのに…… ごめん」
「入ったらご褒美なのに?」
「うー…」
それはあたしだってすごく楽しみにしてたけど…… やっぱ無理かも……
とあたしが落ち込んでいたら、
「じゃ、とっておきのコツ教えてやる。 こっちおいで」
「え?」
とメグはあたしを体育館裏に連れて行った。
「ボール持ってこなくていいの?」
っていうか、ゴールもないのにシュートのコツとか教われるのかな?
フォームだけ直すとか? なのかな?
よく分かんないけど……
なんてことを考えていたら、
「ボールはいらない」
といきなりメグの腕があたしの頭を抱えた。
「は? え……っ んっ」
そしてそのまま唇を塞がれる。
ちょ……っ!? メグっ!?
な、なに急にっ!
コツ教えてくれるんじゃなかったのっ!?
「メ、メグ……っ んっ!」
なんの前触れもなしに急だったから驚いて離れようとしたら、余計にメグが強く唇を合わせてきた。
すぐにメグの舌がスルリと滑り込んできて、あっという間にあたしのそれは絡め取られ……
途端に気が遠くなる。
なんでメグのキスってこんなに気持ちいいんだろ……
メグに捕まったら、あたしなんか砂糖菓子も同然だ。
すぐにその舌で溶かされてしまう……
「……どう? コツつかんだ?」
形がなくなるくらい溶かされたあと、やっとメグが解放してくれた。
気が付くとあたしはメグのジャージにしがみついていて、そんなあたしをメグが支えてくれている。
「コ、コツって……」
さっき言ってた、シュートのコツのこと?
え? だって…… キスしただけだよね?
メグはあたしを見下ろして、
「力み過ぎるなって言ったろ? コレくらい力抜いてちょうどいい」
とソフトに笑った。
「力抜くって……」
それであんなキスしたの?
っていうか、力抜くっていうより、完全に溶けちゃったじゃん!
こんなんじゃまともなシュート打てないよっ!!
と抗議しようとしたら、
「なんならもう少し抜いとく?」
とメグが再びあたしを抱き寄せた。 あたしは慌てて、
「いっ、いいっ!! これ以上こんなことしたら……」
「我慢出来なくなっちゃうか」
「バカッ!」
メグの胸を叩いた。
「真ー由ー?」
体育館の裏でそんなことをしていたら、ミドリがあたしを探しにやってきた。「チハルのソフト始まるぞ〜?」
そうだ!
あたしの準決勝が終わったら、一緒にチハルのソフトボールを見に行く約束をしてたんだった!
すっかり忘れてた!
「ごめんメグ、あたし行くね? バレーの決勝絶対応援しに行くから!」
ミドリの方に向かいかけるあたしに、メグが声をかけてきた。
「優勝したらご褒美くれよ?」
「え?」
メグはあたしを流し見ながら、
「さっきのコツの続き」
「え…… ぇえっ!?」
コ、コツの続きって……ッ

「真由たちの決勝って何時から?」
焼きそばパンを頬張りながらミドリがあたしに聞いてきた。
「えーとね、確か3時」
「男子バレーの決勝のあとか…… じゃ、そのまま応援出来るな」
「え? そのままって?」
あたしがそう聞いたら、
「は? 男バレも決勝まで進んでんじゃん、うちらのクラス」
とミドリは呆れた顔をする。「ま、涼がいるから当然といえば当然だけどな! ……っつーか、知んなかったのかよ?」
「今知った」
シュートが入んないことでいっぱいいっぱいだったから、自分のクラスの他の競技がどこまで勝ち進んでるかとか、全然見てなかった。
「千葉のことばっか見てねーで自分のクラスも応援しろよ?」
「わ、分かってるよ!」
ミドリは眉間にしわを寄せて、
「ったく、あんなとこでイチャこきやがって…… 校内でベロチューとかしてんなよ」
「ええっ!?」
ベ… ベロチューって……
まさか、見てたのっ!?
「意外とエロいんだよな、あいつ。 見かけによらず。 むっつりタイプな」
「エロいってっ」
「真由、普段かなりスゴいことされてんだろ?」
「!!!???」
確かにメグは、あたしの前ではかなりオレ様で、そして迫ってくるときもかなり強引だ。
でもそれはあたしの前でだけで、学校ではみんなに優しい王子様って思われてるんだけど……
なんでミドリがそんなことまで知ってんのっ!?
ずっと前にメグが、
「成田は男だ。 平井なんかよりずっと付き合いやすい」
って言ってたけど…… まさかメグ、ミドリにそんな話までしてるっ!? まさかでしょっ!?
とあたしが焦ったとき、
「ん? 真由のケータイじゃね? 鳴ってんの」
「え?」
ミドリに言われて慌ててカバンの中を探ってみたら、バイブにしてあったケータイにメールの着信があった。
メグからだった。
『ちょっと相談がある。 旧体育倉庫に来てくれ』
「メール? ……まーた千葉か」
ミドリが2つ目のパンの袋を開けながら目で探ってくる。
「ち、違うよっ!」
と言いながらそそくさとケータイをしまう。
しまいながら…… メグ、どうしたんだろ? と心配になる。
相談ってなんだろ?
さっきはなんにも言ってなかったよね? それらしい素振りも何もなかったし……
それとも、シュートが入らないことであたしがあんまり落ち込んでたから、自分のこと話せなかったとか……
もうっ! なんでそういうとこに気付いてあげられないかなっ、あたしっ!!
いつもフォローしてもらうばっかりでそんなとこにも気付かないなんて…… 彼女としてどうよっ!?
……っていうか、メグがあたしに相談してくるなんて初めてじゃない?
あのパーフェクトなメグがあたしに相談なんて…… よっぽどのことかもしれない。
「ごめん、ミドリ。 あたしちょっと用事できたっ」
慌てて食べかけのお弁当にふたをした。
「あ? どこ行くんだよ?」
今度はカレーパンを頬張りながらミドリがあたしを見上げる。
まさか、あんな風に冷やかされたあと、メグに会いに行くなんて言えない。
「えーと…… ちょっと写真部の用事で…」
とテキトーに誤魔化して教室を出た。
旧体育倉庫は校舎を挟んだ校庭の反対側にある。
校庭から離れていて、本当に体育で使う用具をしまっておくには不便だし、今では文化祭なんかで使う資材やなんかがしまわれている場所。
めったに人も近づかないそんなところに呼び出すなんて…… よっぽど人に聞かれたくない話なのかな?
……はっ!
もしかして、あの「きたろう」のことかな? 昨日メグにイチャモンつけてた……
あいつにまたなんか言われたとか?
やっぱり今日、朝のうちに1組行って文句言ってやればよかった!
足早に旧体育倉庫に向かうと、いつもは施錠されている倉庫の扉が開いていた。
「……メグ?」
と中を窺ってみると…… まだメグの姿はなかった。
あたしの方が早く着いちゃったのかな。
ま、いっか……と、テキトーなダンボール箱の上に座る。 待たせるより待つ方がいいもんね。
それより、あのきたろう、またあたしのメグを悩ませるようなこと……何してきたんだろ?
メグには、
「あいつに絡むとメンドーだから、放っとけよ」
って言われたけど、そういうわけにはいかないよ!
1回シメてやらなくちゃ……
なんてことを考えていたら、建物の外で足音がした。
「メグ?」
と座っていた箱から立ち上がりかけたら、
「市川先輩?」
と…… そこにいたのはトキワくんだった。
「え……トキワくん? どうしたの?」
メグだと思っていただけにちょっと驚いた。
「や、先輩がこっちの方歩いてくるの見かけて、それで……」
どうやらあたしを追いかけてきたらしい。
……この子、あたしに気があるんだよね。 それで追いかけてきたのかも……
気持ちは嬉しいんだけど、あたしちょっと今時間ないんだよね。
っていうか、早くしないとメグ来ちゃうし、こんなところにトキワくんと2人でいるところを見つかったら、また何言われるか……
「どうかした? あたしになんか用事?」
はやる気持ちを押さえながら、なるべく優しくそう聞いたら、
「ちょっと、先輩に話があって……」
とトキワくん。
「え? ……それって今じゃないとダメかな? あたしこれからちょっと用事あって……」
と断ろうとしたら、トキワくんは、
「今! ……今話したいんだ」
と切羽詰ったような顔で懇願してきた。「大事な話なんだ。 時間は取らせないから……」
そのトキワくんの顔があんまり真剣だったから断り切れなくて、仕方なく肯いた。
……どうしよう。
やっぱ、告白されちゃうのかな? あたし。
「千葉先輩がいることは分かってます! でも、もう気持ち抑えられないんですっ!」
とか……
なんて心配をしていたら、
「先輩…… 別れてくれませんか」
とトキワくんが呟いた。
「え……? 別れるって……」
あたしがそう聞き返したら、トキワくんはいきなり、
「頼むからっ! 千葉先輩と別れてくれよっ!!」
とあたしの腕をつかんできた。
……や、やっぱり―――っ!!
どうしてもあたしに彼氏がいる事が我慢出来ないんだ。
だからそんなお願いを…… そんな切なそうな顔で……ッ
そんな顔されたらこっちが切なくなっちゃうよっ!!
でも、ここはちゃんと断らないと!
あたしにはメグがいるんだって!
メグしか好きになれないんだって!
「……ごめん、悪いけどそれは出来ない」
トキワくんが切なそうな顔のままあたしを見返す。 その視線に耐えられなくて目を逸らしたくなる。
「あたしはメグが好きなの。 メグしか好きになれないの」
「そんなの分かってるよっ!」
「だったら……」
諦めてよ、と言おうとしたら、急に大きな音がした。 驚いて振り返ったら、さっきまで開いたままだった建物の扉が閉まっている。
「え……? な、なに?」
ここの扉は引き戸タイプで、風で閉まったとかは考えられない。
なんで急に閉まるわけ……?
トキワくんも変に思ったみたいで、2人で顔を見合わせた。
とりあえず開けようと思って扉に近づいたら、その扉の外からガチャガチャと音が聞こえる。
えっ!? まさか…… カギかけられてるっ!?
「ちょ、ちょっと待って!! まだ中に人いるからっ!! 閉めないでっ!!」
慌てて内側から扉を叩いた。
まだそばにカギをかけた人がいるはずだし、すぐに開けてもらえる……と思っていたら、全然カギを開けてくれる様子がない。
え? なんで? まだそこに人いるよね? 微かだけど気配もするし……
と首を捻っていたら、
「いい気味だな。 オレをバカにした罰だ」
とどっかで聞いたことのある声が。
この声は…… きたろうっ!?
「ちょっとあんた! 何してんのよっ! さっさとここ開けなさいよっ!!」
あたしが扉を叩きながらきたろうを怒鳴りつけたら、
「そんな偉そうな口きいていいのかな〜?」
とどこか楽しそうな…でも気味の悪い声が聞こえてきた。
扉の隙間から外を覗いてみたら……
「ひゃっ!!」
向こうもこっちを覗いていて、超至近距離で目が合ってしまった。 驚いて扉から飛びのく。
心臓が止まるかと思った……
声も気持ち悪いけど、眼球はもっと気持ち悪い。
「な、なんでこんな事するのよっ! あたしになんか恨みでもあるわけっ!?」
「恨み?」
きたろうがあたしのセリフを繰り返す。「恨みなんかじゃねーよ。 言ったろ? 罰だって」
―――罰?
「罰ってのはな、罪を犯したものに科せられるものなんだよ?」
「だから、あたしが何したっていうのよ!」
「お前昨日、オレをバカにしたろ? しかも、間違ったお前の思い込みで!」
「え……?」
あたし、昨日こいつのことなんかバカにしてないよね?
こいつがメグのこと悪く言ったから言い返しただけで……
っていうか、メグが学年主席なのはカンニングしてるからだろうとか、勝手な思い込みでバカにしたのはそっちでしょっ!?
「本当は千葉と一緒に罰してやりたかったんだけど…… あいつ性格悪くて疑い深いからヒトの誘いに乗りやしねえ」
……やっと気が付いた。
あたしをここに呼び出したのはメグじゃなくてこいつだったんだ。
どうやってか(って、どうせメグが目を離した隙に勝手にいじったんだろうけど)メグのケータイからあたしにメールを送ったんだ。
メグの方にはどうやって呼び出しをかけたのか知らないけど……とにかくそれはメグには信じてもらえなかったみたいだ。
良かった…… まだメグだけでも無事で。 3年1組のバレーの決勝にメグが出なかったら話にならないもんね。
こんなとこでこんなバカに捕まってるどころじゃない。
なんてことを考えていたら、
「……でも、逆に千葉が来なくて良かったかもな」
ときたろうが含み笑いをもらした。
「……どういう意味よ」
きたろうの笑いの意味が分からなくてそう聞いたら、
「おい、そこの1年! お前、その女のこと好きなんだろ?」
ときたろうはトキワくんに声をかけた。「物好きだなぁ、お前」
……物好き!?
「うるさいっ! あんたにそんなことカンケーないでしょっ!? 自分は妖怪のくせにっ!!」
きたろうはあたしの切り返しには無反応で、
「お前さぁ…… その女ヤッちゃえよ。 どうせこんなとこ誰も来ねーし、ヤリ放題だぞ?」
なんてことを言っている!
ヤッちゃえって…… は、はあっ!?
「な、なに言ってんのよっ!?」
「マジで千葉が来なくて良かったわ。 これでお前と千葉と同時に痛めつけてやれるからな」
ときたろうは笑いながら、「自分が呼び出しに応じなかったせいで、女が他の男にヤラれたって知ったら…… あいつどうなるかな?」
「ちょっとっ! バカなこと言ってないでここ開けなさいよっ!」
あたしは思い切り扉を叩いた。「開けないと許さないからねっ!!」
「まだ分かってないな〜、お前は。 頭悪いね? 許すとか許さないとか…それを決めるのはこっちなんだよ」
ときたろうが言い終るのと同時に、頭上でカシャンと物音が聞こえた。
え? なに?
今、屋根の上になんか落ちたみたいな音がしたけど……
「……カギかな」
隣りでトキワくんが呟く。
か…… カギっ!?
まさかここのカギを屋根の上に投げたっていうのっ!?
「ちょっとっ!! あんた……っ」
「じゃーなー。 1年上手くやれよ〜?」
あたしが抗議する前にきたろうの声が遠ざかっていく。
「ちょ……っ! 待ちなさいよっ!!」
というあたしの叫びも虚しく、きたろうはどこかに行ってしまった。
……うそでしょ……
改めて建物の中を見回してみる。
プレハブっぽい作りだけど、扉は意外としっかりしてるし体当たりやなんかで簡単に開きそうな感じじゃない。
普通の窓はなくて、明り取りのためか天井近くに横長の窓がついてるだけ。 しかも羽目殺しの窓だから開かないし……
どうしよう…… こんなとこに閉じ込められちゃって……
と焦っていたら、
「……先輩、ケータイ持ってないの?」
とトキワくんが。
「あっ!」
そうだよ! それで連絡すれば……!!
と慌ててポケットを探ってみたけど…… 小さめのハンドタオルが入ってるだけで肝心のケータイがないっ!
え? なんでっ?
さっきメグからのメール(って、ホントはきたろうが騙して送ってきたやつだけど)を読んだあとどうしたっけ?
あたしあのときかなり慌ててたけど…… と記憶をたどる。
……まさか、お弁当と一緒にしまっちゃったっ!? それとも机の上に置きっ放しとか?
いずれにしても、今手元にないのだけは確実だ。
「ごめん、今ケータイ持ってない。 ……トキワくんので連絡してもらえないかな」
それで誰かに助けに来てもらうしかない。
カギはスペアがあればいいけど、なかったら……どうにかして屋根に投げられたやつを取ってもらうしかないよね。
ちょっと時間はかかるかもしれないけど、午後のメグの試合までに間に合えばいーや。
一時はどうなることかと思ったけど、なんとかそれで出られそう。
と、ホッと胸を撫で下ろしたら、
「……オレも持ってない」
「は?」
「オレ、さっきまでサッカーで校庭にいたから…… ケータイ持って来てない」
「ええっ!?」
そんなっ!
こんな誰も来ないような旧体育倉庫に閉じ込められて、そのカギは屋根の上に投げられちゃって…… しかもケータイもないから連絡つかないって…… どうすんのよっ!?
「こんなんじゃバレーの時間に間に合わないよ……」
っていうか、あたしもそのあとバスケの決勝が残ってるんだった!
どうしよう……
もしあたしが出られなかったら、補欠の子が出てくれるだろうけど……
でも、決勝では絶対シュート決めるとこメグに見てもらいたいし、教わったこと無駄にしたくない!
やっぱり、絶対ここから脱出しないと……!
でもどうやって?
とあたしが頭の中で堂々巡りを繰り返していたら、トキワくんが、
「……先輩、バレーに出んの?」
「え? あ、違う違う。 あたしはバスケだから。 バレーはメグが出るからその応援に……」
と、そこまで言って口をつぐむ。
メグの応援に行くなんて、トキワくん聞きたくないに決まってる。
案の定トキワくんは、
「……千葉先輩の応援に行くんだ?」
と整った顔を微かに歪ませた。
思わず顔を背ける。
あたしってば……
うっかりとはいえ、あたしに気があるって子の前で彼氏の応援に行くとかショック与えるようなこと……
「……行かせたくないな」
ああ、ほらっ!
トキワくんがゆっくりとあたしに近づいてくる。
「ねえ、先輩? さっきの話の続きだけどさ…… やっぱり千葉先輩と別れる気ない?」
「……な、ないよっ」
あたしは後ずさりしながら、「絶対ない!」
「そうだよね。 オレだったら絶対別れないし」
とトキワくんは呟くように言って、「そんなこと最初から分かってたんだ」
「だったら諦めてよっ!」
「……こうなったら、あいつの誘いに乗ってみようかな」
「あいつの誘いって……」
と聞き返しながら嫌な予感が胸をよぎった。 ……直後、
「ここで、あんたのこと犯しちゃうって話!」
といきなり腕をつかまれた。


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