be mad for Love  #2


雨の中をずぶ濡れになりながら走っていても、オレはちっとも辛くなかった。
辛いどころか、左手に捕まえているものを確認するたび、嬉しくてしょうがなかった。
「市川? だいじょぶか?」
ときどき振り返って市川の様子を確認する。 けどさっきから市川は返事をしない。
嬉しくて叫びだしそうなオレとは反対に、どこか生気が抜けたような、虚ろな顔をした市川。
ただオレに引っ張られるまま、あとをついて走ってきているだけみたいだ。
きっとオレが手を離したら、またさっきみたいにその場に立ち尽くしてしまうだろう。
一体、何があったんだろう・・・
市川は泣いていた。
いつも輪の真ん中にいる市川。 明るくて人に好かれてて・・・
オレが知ってる限りでは、市川は滅多に涙なんか流さない。
負けて悔しいとか、感動したとか、そういうのは時々見かけたことあったけど。
こんな風に、魂が抜けてしまったように、悲しみいっぱいの涙を見たのは初めてだった。
市川がなんで泣いていたのか知りたい。
けど、どう聞いていいのか分からないまま、市川んちの近くまで着いてしまった。
「もうすぐ市川んちだぞ。 急げっ!」
オレがそう言ったら、急に市川が足を止めた。
「・・・市川?」
市川を振り返ったら、眉間にしわを寄せて微かに首を振っている。 オレが戸惑いながら、
「・・・市川? どうした?」
と再び顔を覗き込んだら、やっぱり市川はただ首を振ったまま、返事をしようとしない。
そうしている間にも雨粒は強さを増し、近づいてきた雷鳴がすぐ近くで聞こえる。
既に住宅地で、雨宿りできるような店も場所もない。
辺りを見回し、
「〜〜〜こっち来いッ!」
ととりあえず市川んちの目の前にある児童公園に走った。
児童公園には滑り台や遊具が付いている築山があって、その下方に築山の向こう側に抜けられるようなトンネルというか土管というか・・・ そんな空間が空いていた。
ひとまずそこに2人で飛び込む。
「スゲー雨な。 ・・・つか、狭い」
土管の中から外の様子を窺い、自分たちがいる空間を振り返り・・・溜息をつく。
小さい子供だったら余裕で通れるんだろうけど・・・
この1メートル2、30くらいしか直径がなさそうな空間に180以上のオレが入るのは・・・ かなり辛い。
当然だけど立っていられないから、汚れるのも構わずに座り込む。 って、どうせ服なんかとっくにびしょ濡れだけど・・・
濡れたシャツが肌に張り付いて、急に寒気を覚える。
そこでハッと気付き、
「・・・市川、大丈・・・」
と市川を振り返って息を飲んだ。
やっぱり、オレと同じように頭からつま先までずぶ濡れの市川。
すっかりびしょ濡れになったシャツが、市川の思ったより大きな胸のラインをくっきりと浮かび上がらせている。
濡れて首筋に絡みついた髪が、まるで生き物みたいだ。
そのシャツやデニムのスカートから伸びている腕や足がやけに眩しくて・・・・・ 直視できなかった。
慌てて目をそらそうとしたとき、市川が微かに震えているのに気がついた。
オレは、
「ちょ、ちょっと待ってな?」
と言ってスポーツバッグからTシャツを取り出した。 大きめのそれを市川に羽織らせる。
「部活で着てたヤツだから汗くせーかもだけど・・・ 寒いよりマシだろ」
本当は濡れたシャツを脱いで着替えた方がいいんだけど、さすがにオレから、
「脱げ」
なんて言えない・・・
「・・・・・ありがと・・・」
と言ってオレのシャツをちょっとだけ握る。
そのまましばらく沈黙。
どこに視線を置いたらいいのか分からなくて、キョロキョロとあたりを見回すオレ。
見るな見るなと思うほど、視線は市川の胸や足の辺りに行ってしまって・・・
思わず唾を飲み込んだ その音の大きさに、自分で驚く。
「・・・・なっ、なんつーか、アレだなッ!」
いっぱいいっぱいになったオレが何も考えずにそう話しだしたら、
「・・・アレって、なに?」
と切り返された。
「いや・・・」
今までダンマリだったくせに、急にそう突っ込むあたり 市川らしいというかなんというか・・・
「・・・ちゃんと先考えてから、話始めなさいよね」
市川が呆れたような目線をオレに向けてくる。
「わ、悪かったなっ! 何も考えてなくてっ!!」
見抜かれた恥ずかしさから、ちょっと怒ったようにそう言ったら、市川はフッと笑って、
「・・・って、気ぃ使ってくれてるんだよね。 ゴメン」
立てた膝の上に頭を乗せるようにしてオレを見上げた。
「え・・・」
「なんかさ、前から思ってたけど、矢嶋って意外と気ぃ使いだよね。 なにげに」
気ぃ使い? オレが?
「あたしが泣いてたの知ってたくせに、何も聞いてこないし・・・」
イヤ・・・ それは聞きたくてしょうがなかったけど・・・ ただ聞き方が分からなかっただけで・・・
「ケッコー女心とか? 研究してんでしょ!?」
「あ〜、いいね! ちょうど夏休みだしな。 自由研究とかにしちゃう?」
「してして! そんでそのレポートあたしにもちょーだい!」
オレがまたいつものようにふざけたら、市川が楽しそうに笑ってくれた。
市川がなんで泣いていたのか気になったけど・・・ そんなことどーでもいいや。
市川が隣にいて、そんでオレが言ったくだらないことに市川が笑ってくれたら、そんだけでいい。
ひとしきり笑ったあと、
「矢嶋っていいヤツだよね。 モテるでしょ?」
「・・・・・モテねーよ」
好きな女から、
「いいヤツ」
なんて言われても、ちっとも嬉しくねぇ・・・ まして、
「モテるでしょ?」
なんて・・・ 全然ガンチューないのが分かって、逆に落ち込むだけだ。
「オレ、全然いいヤツなんかじゃねーよ・・・」
ちょっとムッとしてそう言ったら、市川はそれ以上何も言わなかった。
またしばらく沈黙。
そのまま地面を叩きつける雨の音を聞いていたら、
「いいヤツだよ・・・ だって、浮気したりしないじゃん?」
「へ・・・」
一瞬市川が何を言っているのか分からなくて、間抜けな声を出してしまった。
「あ! ・・・もしかして、したことあんの?」
市川がいたずらっぽい視線を投げかけてくる。
「や! ねぇねぇねぇッ!! つか、そんなモテねーし!オレ!!」
慌てて首を振る。
浮気じゃねーけど・・・
夏希と付き合ってるときに、そのことをすっかり忘れて、市川に、
「付き合うか!?」
って言ったことは内緒だ・・・
「慌てるところが怪しいね? やっぱしたことある?」
「ねぇってッ!!」
「別に隠さなくていいよ? てか、どーゆー気分なの? 浮気って?」
「だから、したことねぇってッ!!」
「やっぱアレ? いつもは和食だけどたまには洋食も食べてみたいって・・・そんな感じ?」
「してねぇって言ってんだろッ!?」
あんまり市川がしつこく言うから、市川の腕を取ってちょっとだけ身体を引き寄せた。
市川が驚いたように目を見開く。 オレは小さく深呼吸して、
「・・・あのさ。 オレが市川に告ったの・・・忘れた?」
市川がちょっとだけ目を伏せる。
「あんまそんなこと言われると、腹立つの通り越して、悲しくなってくんだけど?」
「・・・・・ゴメン」
そのまままた市川は黙り込んでしまった。
せっかくちょっと元気でてきたっぽかったのに、また沈み込ませてしまった。
何やってんだ、オレ・・・
いや、でも今のは、市川がしつこかったせいだし、オレ悪くないよな?
っていうか・・・
・・・市川。 そんな落ち込んだ顔するなよ・・・
確かにオレは自分の気持ちに気付いて、すぐに夏希とは別れたからなんも問題ないけど、お前は千葉と付き合ってんだろ?
―――叩きつけるような雨の音。
まるで世界から切り離されたような、狭いこの空間。
2人ともびしょ濡れで。
で、目の前でそんな肩を落とされたら・・・
オレ、千葉のこと忘れそうだよ・・・・・・
狭い空間の中が、夏の熱気だけじゃない、なにか息苦しさで満たされる。
胸を掻きむしりたくなるような感情が溢れてきた。
思わず、掴んでいた市川の腕をグイと引き寄せる。 市川がちょっと体勢を崩したようにして、オレの胸に倒れ掛かってきた。
そのまま市川を抱きしめる。
・・・・・お前が悪い。
オレがお前のコト好きだって知ってて・・・ それでもオレの前でそんな顔してた、お前が悪い。
市川の髪に鼻先を埋めた。 微かに柑橘系の匂いがする。
それがオレの鼻腔を刺激し・・・・・・下半身まで刺激した。
「市川・・・」
掠れた自分の声に、余計気持ちが昂ぶってくる。
「・・・・・あたし・・・」
オレに抱かれたまま市川が呟く。「あたし・・・ メグが好き。 メグだけが好き」
―――・・・
知ってたことだけど、そう改めて言われると・・・
しかもこの状況で言われるのはかなり辛いものがあるよ? 真由チャン?
・・・やっぱりお前は夏希とは違うよ。
夏希だったらこんな状況で、絶対に他の男のことなんか持ち出したりしない。 きっと相手をキズつけないように、やんわりと断ってくるだろう。
後先考えてない、なんでも思った事をすぐに行動に移す市川。 それだけ気持ちが真っ直ぐな市川。
そんな計算のない、いや、計算できない市川の行動が、危なっかしくて、目が離せなくて・・・・・憧れた。
オレはいつも人の考えていることを先回りして読もうとする。
そのせいで、
「矢嶋っていいヤツだよね」
とか、
「矢嶋ってやさしいよね」
って言われることがよくある。
けどそれは優しさなんかじゃなくて、人に嫌われるのが怖いから、いつも先回りして布石を打っているだけにすぎなかった。
ノリがいいって言われるのだって、そうした方がウケがいいことを知っているから。
軽いノリでいた方が、その分キズつかなくてすむから。
・・・・・けど、市川。
オレ、今かなりマジだったから、ちょっとこれは相当なダメージ受けるよ・・・
オレが小さく溜息をついて、そのまま身体を離そうとしたら、
「・・・けど、もしかしたら、メグはあたしだけじゃないかもしれない・・・」
「・・・え?」
思いがけないセリフに、ちょっと身体を離して市川を見下ろす。 市川もオレを見上げて、
「メグ・・・ あたし以外の人と、キスしてた」
「ウソだろッ!?」
思わずそう言っていた。
あの千葉が・・・?
クソが付くくらい真面目で完璧な千葉が・・・?
信じらんねぇ・・・
「ホントだよッ!! あたしこの目で見たんだからッ! メグんちのドアのとこでメグがバカマネと・・・ッ!!」
「バカマネ?」
聞きなれない単語に、思わず聞き返す。
「そのままメグんちに入ってった・・・ 今日メグのお母さんたちがいないのいいことに・・・ ホントは今頃メグんちにいるのはあたしのはずだったのに・・・」
そう言いながらまた市川が俯く。 ちょっと躊躇ったあと、オレは再び市川の頭を胸に抱え込んだ。
最後の一言がオレを相当落ち込ませたけど、市川は全然そんなことに気付かない。
なんつーか・・・
いや、そりゃ付き合ってんだから、そーゆーこともするだろうけど・・・ オレだって夏希としてたし。
でも、市川と千葉の間に、身体の関係が出来てると知らされるのは・・・ かなりショックだ。
ショックを隠しながら市川を抱きしめていたら、オレのシャツが暖かいものでじんわりと濡れてきたのが分かった。
「・・・市川?」
顔を覗き込もうとしたら、市川はオレのシャツに顔を押し付けるようにしてそれを阻んだ。
「もうやだ・・・ なんでメグって、あたし以外の女の子にはすっごく優しいんだろ? あたしにはバカとかアホとかすごい暴言吐くくせに」
「うん」
オレの胸で、他の男のことで泣いている女の頭を優しくなでる。
「メグと付き合う前、メグの気持ちが分からなくてすっごく不安だったけど、付き合ったらもっと不安で・・・」
「・・・うん」
「不安すぎて息できない・・・」
「・・・・・ん」
「・・・・・メグのこと考えると苦しい・・・」
市川がオレのシャツを強く握り締める。 まるで意識ごと掴み取られたようで・・・
少しだけ身体を離して市川を見つめる。 市川が潤んだ瞳でオレを見上げていた。
「・・・矢嶋?」
また胸をかきむしられるような感覚が襲ってきて・・・ それがなんなのか理解する前に、勝手に身体が動いた。
重なる体温。
重なる吐息。
重なる唇・・・・・
腕の中の小さな身体が一瞬で強張ったのが分かる。 けど、そんなの構ってる余裕なんかなかった。
市川が誰を好きだとか。
誰と付き合ってるとか。
そんなことオレの頭も、身体も・・・・考える余裕なんかなかった。
―――オレはもう、市川のことを我慢することが出来ない。
何度も唇を食んだあと、ちょっとだけ顔を離して市川を見つめた。 市川も軽く息を弾ませながらオレを見上げている。
「や・・・矢嶋? なん、で・・・?」
「なんで? ・・・って聞く?」
オレはちょっとだけ目を細めて、「前にも言ったろ? お前のこと好きだって」
雨で濡れて、そのラインがくっきりと現れた市川の胸が大きく上下するのが分かった。
驚きに目を見開いている市川に再び唇を寄せる。
「好きだ・・・ 好き・・・ スゲー好き」
市川は冗談だと思ってたかもしれないけど、オレはいつだってホントのことしか市川に言ってないよ。
冗談ぽく、軽いノリに聞こえたかもしれないけど、オレはいつだって本気だったよ・・・
ちょっと押し付けるように口付けて、チュッと音を立てて離れる。
「好き」
市川を見つめて、再びそう言ったら、
「もう・・・ 何回も聞いた。 から、もういい」
と市川は顔をそらした。 その市川の頬を両手で包み込んで、再びオレの方に向かせる。
「何回でも言ってやるけど? 市川が好き。 好き好き好き!」
「・・・・・でも・・・ あたしはメ・・・ンッ!」
市川の口を手で押さえた。
市川が何を言おうとしたのかなんて、すぐ分かった。 けど・・・
「・・・でもってゆーな」
口を押さえていた手を顎に滑らせ、その親指で市川の唇をそっとなぞった。
微かに揺れる瞳で、市川がオレの瞳の奥を探るように見つめ返してきた。
その視線のせいで、身体に熱がこもる。 オレの意思を無視して下半身が勝手に反応する。
そのままもう一度口付けた。
市川が軽くオレの胸を押し返す。 けど、その手を握り返したらしばらくして市川も抵抗するのをやめた。
市川の唇を舐め、食んで、吸った。
唇を割って舌を差し入れる。 戸惑う市川のそれを絡めとって味わいつくす。
「ん・・・んッ」
お互いの喉の奥から呻くような声が漏れ、激しい息遣いが雨音の中に溶けていく。
「・・・・・好き。 市川が、好き」
唇を離して市川の顔を見つめた。 息を弾ませる市川の唇が、お互いのだ液で濡れて妖しいほどに艶めいている。
「・・・さっきも聞いた」
市川はほんのり上気させた顔で軽くオレを睨んだ。 オレはちょっとだけ笑って、
「でもってゆーなよ?」
そう言い終わらないうちに、またキスを送る。
何度も角度を変えて口付けたあと、唇を首筋に移動させた。
「・・・んっ はぁ・・・」
解放された唇から、吐息が漏れる。 熱い吐息がオレの耳元にかかる。
・・・・・この声が・・・・・ ずっとこの声が聞きたかった。
オレの唇の動きに合わせて漏れる市川の官能的な声が、余計に下半身を刺激する。
「やっ・・・んっ!」
耳の付け根辺りを舌先でくすぐりながら、市川を抱いていた腕を腰の辺りに滑らせる。 シャツの裾からそのまま右手を滑り込ませた。
「ッ! ・・・やっ、やだッ」
市川が慌てたようにしてオレの手を押さえた。
「・・・なにが」
「そ、それは・・・ ダメ・・・」
・・・って言われても、こんなとこでやめらんねーよ・・・
市川の抗議を無視して、そのまま手を差し入れる。
「やっ! だ、ダメだってッ!!」
軽く汗ばんだ肌がオレの手にしっとりと吸いついてくる。 そのまま背筋を指先でなぞり上げ、指先に触れたホックを寄せるようにして外した。
左手で市川を抱き寄せ、右手はそのまま前の方へ・・・・・・
「アッ! いや・・・ んっ!!」
「・・・市川って、おっぱいおっきいよな・・・ 5年のときから思ってたけど」
包み込むように手の平に収めた市川の胸を、優しく揉んでみる。
「ん、もうッ! やめ、て・・・ あぁんっ!」
すぐに胸の先が硬く立ち上がってきた。 それを指の間に挟みこんで円を描くようにさらに揉み上げる。
「ずっとこうしたかった・・・」
「やっ、あ・・・ はぁっ・・・やめ・・・ あんッ!」
硬く主張しているそれを指先で弾く。 市川の身体が震え、オレの脳も震えた。
弾いて、摘んで・・・ 執拗にそこを攻める。 可愛い声で鳴く市川。
「ずっと触りたかったよ? 市川のカラダ・・・」
「も・・・ や、だぁ・・・ んッ!!」
オレは市川の耳元に唇を寄せて、
「・・・つか、喰ってもいい?」
と下着ごと市川のシャツを捲り上げた。
「えっ!?」
市川の日に焼けてない白い肌が・・・ いつも市川を夢想するときに思い描いていた胸が、現実にオレの目の前に現れる。
「やっ、やだやだッ!!」
慌てて暴れる市川の両腕を片手で絡め取り、そのまま身体ごと背後の壁に押さえつけた。
白く丸いふくらみが、浅い呼吸に合わせて微かに上下する。 その上で、桃色に色付き震える小さな蕾がオレを見上げていた。
怖いくらいに官能的な空気が辺りにたちこめる。
早まる鼓動。 微かな目眩。
やけに喉が渇いて、何度も唾を飲み込んだ。 下半身がこれ以上ないくらい昂ぶっている。
「ひゃ・・・ッ! いや、あぁッ!!」
襲ってくる衝動のままそこに吸い付いた・・・


To be continued・・・