チェリッシュxxx 第4章

D 陸の賭け・結衣の決意


窓の外の建物に、明かりが灯りはじめていた。
まだ5時前なんだから、時間的には十分明るいはずなのに、梅雨空のせいで薄暗くなり始めている。
オレはドアにもたれて、眼下を見下ろしていた。
結衣が藤沢たちに狙われていると知ったオレは、テスト前日に結衣に別れを切り出していた。
結衣は納得できていなかったみたいで、駅でオレのことを待っていたけど、オレはわざわざ遠い改札を利用したりして、結衣に会うのを避けていた。
だって・・・ 会ってどうする?
オレと一緒にいると、結衣が余計危険な目に遭うんだぞ?
オレはテスト初日の朝、藤沢たちに結衣と別れたことを告げた。
「ホントかな〜? ってか、オレたち誤魔化すために別れただけだろ? まだ好きなんだろ?」
「好きじゃねーよ。あんなガキっぽいの。ってか、今までと違ったものが食ってみたくなっただけ? でも、なかなかヤラせてくんねーから、メンドくさくなって別れた」
「やっぱサイテーだな、お前は。じゃ、いいんだな? オレたちがあの子ヤッちゃっても?」
「・・・いいよ?」
これはもう賭けだった。
オレが本当に結衣に興味をなくしていたら、藤沢たちだって危険を冒してまで、結衣を狙ったりしないはずだ。
テスト3日目までは無事に過ぎた。
普通科の方が先に終わるから、放課後 結衣がまっすぐ家に帰っていれば、下校時にやつらに狙われる事はない。
3日目の4限目。オレたち2年は、電卓片手にPL表を作成している所だった。
テストも中盤に差しかかった頃、オレの胸ポケットのケータイが音もなく光った。
テスト監督をしている教師は、教壇の前に置いてある椅子に座って居眠りをしていた。
そっと液晶パネルを確認すると、結衣の名前を表示している。
オレはそのまま電源を切ろうとして思い直し、通話ボタンを押した。
スピーカーから聞こえてきた声は、結衣のものじゃなかった。
テコンドーが慌てたようにして、結衣のケータイからオレに電話をかけてきた。
オレはケータイを放り投げると、急いで席を立ち教室を出て行こうとした。
「―――ッ!? ん? 今野? どこ行く? まだテスト中だぞっ!?」
背後に教師の怒鳴り声を聞きながら、オレは廊下を走り出した。
3段飛ばしで階段を駆け下りる。1階と2階にある3年の教室を1つずつ覗いて行った。
クソ・・・ 藤沢たちが何組なのか、ジュンに聞いてくりゃよかった・・・
全部のクラスを覗いたけど、結衣や藤沢たちの姿はなかった。
オレは今下りてきた階段を、今度は上に向かって駆け上がった。3階の一部と4階が1年の教室になっている。
3階はオレのクラスがある階だ。3階じゃない。
4階に急ぐ。
1年も今日は3限で終わっていて、教室はガランとしていた。
誰もいないとは思ったけど、念のため全部の教室を見て回る。
やっぱりいない・・・
どこだ? 校内じゃないのか?
それとも、テコンドーの勘違いで、結衣は家に帰ったんじゃないのか?
そのとき、廊下のどこかから人の声が聞こえた。
耳を澄ませる。
多分、階下から聞こえたものじゃ、ない。
とすると・・・ 便所か?
オレが便所のドアを開けようとすると、鍵がかかっていて入れなかった。
? なんで鍵かかってんだ? ここじゃないのか・・・
オレがノブから手を放そうとした瞬間、
「ただ今、清掃中で〜す!」
と男の声がした。
この声は―――・・・ 関口だ!
さらに耳を澄ませたら、押し殺したような呻き声が聞こえた。
次の瞬間、オレは便所のドアの窓を素手で叩き割っていた。中に手を突っ込んで内鍵を開ける。
ドアを開け、転がり込むように中に入り、目に映ったものに愕然となる。
最初は驚いた顔で振り返る藤沢しか見えなかった。
でも、その下に、下着が見えるぐらいまでスカートがはだけた、細い白い足を見た瞬間、オレの脳が沸騰した。
その後のことは・・・ よく覚えていない。
気が付いたら、川北に職員室で説教をされていた。
「お前、テストはどうした?」
事情が事情なだけに、川北もオレを頭ごなしに怒鳴る事はしなかった。
けれど、オレは藤沢と関口を病院送りにしている。
ただでは済まないぞ? と川北は、以外にもちょっと心配したような口調でオレの頭を叩いた。
「あの子は、風紀委員でな。真面目にやってくれている子なんだよ」
川北も、結衣のことを心配しているようだった。
結衣は、とりあえず、無事だったようだ。便所の床に押し倒されたときに、ちょっとだけ肘を擦りむいていただけだった。
―――オレは生まれて初めて、神に感謝したい気持ちになった。
オレも頬と腕を怪我していて、保健室で処置されたあと、やっと解放された。
とは言っても停学決定だから、明日から自宅謹慎しなくちゃならない。
明日はテスト最終日で、まだ3つほど残っていたけど・・・ それは、追試決定になった。
電車の窓に、水滴が斜めに筋を作った。雨が降り出したみたいだ。
また降ってきたのか。
オレはそこで、明日が自分の誕生日であるコトに気が付いた。
誕生日に結衣をもらう・・・ なんて言ってたけど、無理だな。
ってか、あんなコトがあった後じゃ、結衣は怯えてそれどころじゃないに決まってる。
結衣は、
「あたし、まだ陸と終わったなんて思ってないよ?」
って言ってくれてたけど・・・
―――絶対、セックスなしに決まってるよな・・・
こんなときまで、そんな事を考えている自分に笑いが込み上げてきた。
男って、どーしよーもねー生き物だよな・・・

マンションに帰りつく頃には、雨が本降りになっていた。
靴下までびしょ濡れだ。
脱いだ靴下を洗濯機に放り込んで、タオルで頭を拭いているとき、ケータイが鳴った。
表示を見たら、結衣だった。
・・・まさか、またテコンドーなんてことは、ないよな?
無言で出ると、
『あ! 陸? ゴメン、今、朝日ヶ丘の駅出たところなんだけど、陸んちってどっち?』
今度こそ結衣だった。
朝日ヶ丘は、オレんちの最寄駅だ。
「・・・え? 何? どうした?」
テコンドーと帰ったんじゃなかったのか?
『ねぇ、セブンイレブン側でいいの? あたし、カサ持ってなくて・・・ 早く教えて?』
戸惑いながらも、オレんちまでの道のりを教える。
分かった!と言いながら復唱する道順は、オレが説明したものとは全く違っていた。
・・・そう言えば、エンコーオヤジに絡まれてた時も、こいつ道に迷ってたんだっけ・・・
オレはケータイ片手に説明しながら外に出た。駅に向かって歩き出す。
初めは歩いていたんだけど、気がついたら走り出していた。
ちょうど半分ぐらい来たところで、結衣もやっぱりケータイを耳に当てながら、こっちに向かって歩いて来るのが見えた。
「結衣っ!!」
オレが怒鳴ると、結衣はあたりをキョロキョロと見回した。すぐにオレを見つけて走り寄ってくる。
「陸!? 迎えに来てくれたの? あの説明で、行けたのに・・・」
来れないだろ?
オレは笑いを噛み殺しながら、
「違う。早く結衣に会いたかったから!」
と結衣の肩を抱いた。
オレたちはびしょ濡れになりながら、でもなんだか楽しい気分で雨の中を歩いて帰った。
「迎えに来るのに、普通カサ持って来ない?」
結衣が軽くオレを睨む。
「ゴメンゴメン。全然気が付かなかった」
と言いながら、オレは結衣にタオルを渡した。結衣が、ありがとう、と言って髪を拭く。
濡れたシャツが気持ち悪かったから、オレはそれを脱いで洗濯機に放り込んだ。そこで、ハッと気が付き、
「結衣も―――・・・」
と言って結衣を振り返ったんだけど、その続きが出てこなかった。
玄関の上がり口の所に結衣が立っている。
シャツもスカートも、ハイソックスまでもびしょ濡れで、黙ってオレを見上げている。
タオルで拭きはしたけど、まだ濡れている髪が 何か別な生き物のように見えた。
濡れたシャツが肌に張り付き、その下につけている下着までもがクッキリと浮かび上がっていた。
・・・なんてエロい光景なんだよ・・・
オレは慌てて目を逸らした。俄かに心臓が激しく早鐘を打ち始める。
「あ〜・・・結衣。そのままじゃ風邪引くよな。オレのシャツ貸してやるから、着替えな?」
とオレが慌てて自分の部屋にシャツを取りに行こうとすると、
「あ、あの・・・」
と結衣が遠慮がちに声をかけてきた。
「ん?」
「―――シャ、シャワー・・・ 借りても、いい?」
「―――ッ!!」
オレは上ずる声で、いいよ、と答えると、今度こそシャツを取りに部屋に戻った。
ちょっと待て? 落ち着け?
別に結衣は、深い意味で言ったんじゃねーよ。
濡れたままじゃ、風邪引くしな? 身体だって冷えてるだろーし? 熱いシャワー浴びたいだけだよ。
そーだよ・・・・・・な?
何回か深呼吸をして洗面所に戻ると、結衣がケータイでどこかに電話をしていた。
「―――うん。・・・そう、麻美んち。ちょっと分からない所があって・・・ うん、そう。明日の。・・・いい? うん、言っとく。・・・はい、じゃ」
どこにかけてんだろ?
オレが結衣にシャツを渡そうとすると、結衣はもう1件どこかに電話をし始めた。
「―――あ、麻美? あたし・・・。・・・うん。―――あのね、ちょっとお願いがあるんだけど・・・、今日 麻美んちに行った事にしておいてくれない?」
・・・えっ!?
「―――うん、そのときはまた電話するけど・・・。いい? ありがとう! うん、じゃ、また明日」
通話を切り、結衣がオレを振り返る。
「結衣・・・」
「・・・麻美んちに行ったことにしてもらった」
結衣は赤い顔をしていた。「・・・シャワー、借りても、いいよね?」















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