チェリッシュxxx 第6章

F 挑発


「もういい・・・ やっぱ、帰って」
「はぁっ!?」
女が思い切り眉をひそめる。 オレはそれを無視して立ち上がって、
「ワリーんだけど・・・ 今日、ちっと無理っぽそーだわ」
「何それ? 勃たないっていうの?」
女が声を立てて笑いながら、「じゃ、勃たせてあげる♪」
とオレの下半身に手を伸ばしてきた。
「オイッ! 止めろって!」
女の額を押すようにして身体を離したら、女がものすごい形相でオレを睨んできた。
「何よッ! 陸から誘ってきたんじゃないッ!」
それは本当のことだから、何も言い返せない。 オレは黙って顔をそらした。
「〜〜〜バカにしないでよねッ! もう帰るッ!!」
女はカバンをつかむと、荒々しくドアを開けて、「役立たずっ! もう2度と誘わないでよねッ!!」
と捨てゼリフを吐いて、足音も荒く玄関を出て行った。
オレはバイク通学がバレて、停学処分を受けていた。 今日が最終日の3日目。
何やってんだ・・・ オレは・・・
一昨日の朝、結衣と別れた。
結衣が他の男と・・・と疑念を持ってオレから別れを切り出した。
オレから切り出したはずなのに・・・
この3日間、オレはずっと結衣のことばかり考えている。
未練がましい自分に嫌気がさして、
「女を忘れるには女だろ」
と昔のセフレを誘ってみたんだけど・・・・・
セフレの言動をイチイチ結衣と比較してしまって・・・・・ 余計にタチが悪い。
オイオイ・・・ なんだよ、その爪・・・ ピアス付いてんじゃねーか・・・
まさかその爪で、オレのモノ握るのかよ・・・ 怖ぇーよ・・・
「なんかね、伸ばしすぎるとすぐ折れちゃうの。 マニキュアとか?ホントはしたいんだけど、短くて似合わないんだよね」
と言いながら自分の爪を眺めていた結衣。
1本ちょうだい、と勝手にオレのタバコを吸う女。 自分も吸ってるタバコなのに、それがキスした女の口から匂ってくると、吐きそうなほど気持ち悪くなる。
「え? なんか味した? ・・・じゃ、グロスじゃない? バニラ味なの・・・って、ちょっと、陸っ!? あ、ンッ!!」
って、何回でも味わいたくなる結衣の甘くて柔らかい唇・・・
・・・・・ダメだ。
結局オレは、代わりの女を探してるんじゃなくて、結衣を探してしまっている。
溜息をつきながら、半分開いたままだったドアを閉めようとしたら、
「ちょっと!? 停学中に女連れ込むなんていい度胸してんじゃない!」
母親が廊下に立っていた。
「うるせーなぁ。 オレの勝手だろッ! ・・・いってぇ!」
母親がオレの頭を叩いてきた。
「勝手じゃないっ! ・・・・・あんた、結衣ちゃんはどうしたのよ?」
母親は結衣のことを気に入っている。
オレは顔をそらして、
「・・・別れた」
「は?」
「別れたんだよっ! あっち行けよっ!!」
とオレがドアを閉めようとしたら、素早くその隙間に母親が足を挟んできた。
―――新聞屋かよ・・・
その素早さに軽く驚く。
「結衣ちゃんと別れて・・・ それで、陸。 あんたまさか、今のキャバ嬢みたいなのと付き合い始めたんじゃ・・・」
「付き合ってねーよ! つーか、覗いてたのかよ!!」
「覗いてないわよ! 人聞き悪いわねぇ」
母親はいつまでもオレの部屋に居座っている。
「あ〜〜〜! これだから男はイヤなのよね。まるで女を消耗品扱いして、とっかえひっかえ・・・ 陸、あんた間違いなくあの男の息子だわ」
オレの両親は離婚している。 原因は父親の浮気だった。
「そんなんじゃ、結衣ちゃんにも逃げられちゃうわよね〜! 愛想つかされたのよ。フラれて当然よ!」
「フラれてねーよ!」
41歳バツイチ女の恋愛講釈を中断させてやる。「オレがフってやったんだから」
「バカッ!」
また頭を叩かれた。「あの子は逃がしちゃダメって言ったでしょ!? あんないい子が陸の相手してくれてるだけでも・・・」
「いい子じゃねーよっ! 大体浮気してたのは結衣の方なんだから!」
「・・・え?」
母親が絶句する。「何それ・・・ ウソでしょ?」
「ウソじゃねーよ! 証拠が揃ってんだから・・・」
「何よ? 証拠って」
オレはうんざりしながら、
「・・・なぁ? いつまでいんの?」
「納得出来る話が聞けるまで!」
オレを勉強机の椅子に座らせ、自分はオレのベッドの縁に腰掛ける。
「っていうか、陸? あんたちゃんと結衣ちゃんに話させたんでしょうね?」
オレは顔をそらして、
「・・・・・・させたよ?」
「ウソつくなッ!」
三度頭を叩かれる。「あんたウソつくとき、必ず右下に視線泳がすのよね。小さい頃からっ!」
マジかよッ!? オレそんな癖あんの?
慌てて目元を手で隠す。
―――そういうことは、もっと早めに教えといてくれよ・・・
「はぁ・・・」
と母親が大げさに溜息をつく。 オレもそのまま黙っていた。
「・・・陸の気持ちはどうなわけ?」
「・・・あ? 気持ちもなにも・・・ 結衣が他の男に行ったんだから終わりだろ」
「そうじゃなくてっ! それであんたの気持ちまで冷めちゃったのかって聞いてんの!」
「そんなん、冷めたに決まって・・・」
―――そこまで言って言葉に詰まる。
冷めて・・・・・・・・・ない。
明らかに他の男の物と分かる痕を見つけても、結衣を忘れる事は出来ない。
いくら代わりを探そうとしても、結衣の代わりになんか誰もなれない。
「陸!? 違うんだよ! あたしの話聞いて?」
と瞳に涙をいっぱいためいてた結衣。
あのときの結衣の瞳は、絶対ウソなんかついてなかった。
やっぱり何か事情があったのかも知れない・・・
あのときは感情が先に立ってしまって、引き止める結衣を振り切るように別れてしまったけど・・・
あとで冷静になって思い返してみるとよく分かる。
なんであのときちゃんと話聞いてやんなかったのか・・・・・
後悔ばかりが押し寄せる。
だったら・・・ まだ結衣のことが忘れられないんだったら、連絡を取ればいい。
「ゴメン、怒鳴ったりして。 ちゃんと話聞くから」
ってそれだけでいい。
なのに、変なプライドのようなものが・・・
オレから別れを切り出したのに、3日もしないうちにまたオレの方から連絡を取るのは・・・
―――カッコ悪いとか考えている、バカなオレ・・・・・
それに、結衣の方から全然連絡が入らないのも気になっていた。
確かにあのときの結衣はオレを引き止めてはいたけど、その後何の連絡も寄越さないっていうのは・・・
意外といつまでも気にしているのはオレだけで、結衣の方は、
「・・・仕方ない。 陸のことは忘れよ!」
って、さっさと踏ん切りついてるとか・・・・・?
オレがいつまでも黙っていたら、母親が珍しく神妙な顔をして、
「陸・・・ あたしは、究極の愛っていうのは、相手を全て受け入れて許すことだと思ってる」
「あん?」
「結局、どんな酷い事されても、それが大好きな人だったら最終的には相手のこと許しちゃうのよね。 ・・・例えあなたが世界中を敵に回しても、あたしだけは味方でいてあげるわよ・・・そんな感じ?」
「・・・バカじゃね」
「変なプライドや意地に縛り付けられて大切なもの手放す方が、よっぽど大バカだと思うけど?」
母親が立ち上がる。 やっと部屋から出て行ってくれるようだ。
「あたしに、バカな息子を産んだ・・・って、後悔させないでよね」
軽くオレの頭を叩いて部屋を出て行った。
いちいち頭叩くのやめてくんねーかな・・・ これ以上バカになったらどうすんだよ。
でも・・・・・なんつーか・・・
・・・・・ケッコー考えさせられたかも、な・・・
さすが41年も生きてきて、亭主に浮気され、離婚も経験しただけのことはある。
・・・・・同じ人生は送りたくねーけど。
ケータイを手に取り・・・・・・やめる。
―――やっぱり、直接顔を見て話がしたい・・・

「え? 休み?」
謹慎明け。朝一番で結衣のクラスに行ったら、結衣の姿がなかった。
「うん。 なんかね、風邪引いちゃって熱がすごいらしいよ?」
風邪で熱が?
・・・だから電話もメールもなかったのか・・・
さっさとオレに踏ん切りをつけた・・・ってわけじゃなかったのか。
・・・ホッと胸をなでおろす。
「そーなんだ・・・ サンキュー、イズミさん」
と商業科校舎に戻ろうとしたら、
「あ! 陸くん!」
と女に声をかけられた。「もしかして、村上さんとケンカしてない?」
「・・・・・なんで?」
ケンカどころか・・・・・・ 別れ話までしたけど・・・
「いや、この前・・・村上さんが休み始める前日なんだけど、村上さん授業中ずっと机にうつ伏せて・・・泣いてたみたいなんだよね」
「え・・・?」
「最近クラスでも色々言われてるし・・・」
「色々って?」
とオレが聞き返したら、女はちょっと言いにくそうにして、
「うん・・・ 最近ね、凄いの。 みんな 商業科なんか、って敵対視しちゃって。 陸くんたちの方ではそんなことない?」
「あ〜〜〜・・・ まぁね」
最近、オレたち商業科と普通科のヤツらが険悪なのは知っている。
もともと仲が良かったわけじゃないけど、最近の風紀の取り締まり方や、言われなき中傷のせいでオレたち商業科は普通科を目の敵にし、普通科は普通科で 商業科のいい加減な態度(喫煙や万引きや各種校則違反だ)に頭にきていたらしい。
「村上さん陸くんと付き合ってるでしょ? 商業科なんかとは別れろ、とか、受験生に恋愛はいらない、みたいなこと言われてて・・・ しかも村上さん風紀委員だから、商業科をちゃんと取り締まれっても言われてるし。 もしかしてそれが原因で、何かケンカとかしてるのかなって。 泣いてたし」
・・・・・そんなこと言われてたのか? そんなことになってたなんて、一言も聞いてないぞ?
きっとそんな状況になってるなんて言ったら、オレが気にするとでも思ったんだろう。
ますます3日前の出来事が悔やまれる。
女に礼を言い、商業科校舎に戻る。
今日・・・ 学校が終わったら結衣んち行ってみるか・・・
でも、いつも家の前までしか行ったことないからな・・・ 家族もいるだろうし・・・
結衣の父親とか? ・・・いたら怖いしな・・・
絶対睨まれるよ、オレ・・・ 頭オレンジだし・・・
・・・そう言えば、結衣の父親って何やってる人なんだろう・・・?
そんなことを考えながら普通科と商業科を繋ぐ渡り廊下を歩いていたら、
「・・・お前、いい加減にしろよ?」
と聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「は? 何のことすか?」
中庭から聞こえる。
上靴のまま中庭に下りて、声がする方を窺う。
「センパイだって商業科なんかなくなった方が都合いいでしょ? イロイロと?」
「ふざけるなッ!」
テコンドーがオレに背を向ける格好で立っている。 その前には・・・
この前、オレのバイク乗り入れを摘発した・・・ オレが結衣にあげたペンダントを持っていた男がいた。
確か松浦とかいう・・・
「騙したり陥れるような真似をして取り締まるのは止めろ!」
どうやらテコンドーと松浦とで揉めているらしかった。
騙したり陥れたり・・・って、なんだ?
「何のことすか?」
松浦が笑いながら肩をすくめる。
「とぼけるなッ!! ・・・お前が彼女のことを利用して、商業科から大勢停学者を出させたことは分かってるんだよ!」
―――・・・それ、もしかして・・・
「ヒカルちゃんが川北呼んできたんだよ。 それでヒデ停学」
ってジュンが言ってた・・・ あのことかッ!?
「・・・・・さすがセンパイ。 頭いっすね? すぐバレちゃいました?」
悪びれる様子もなく肯く松浦。
「アレのせいでどれだけ彼女が苦しんだと思ってるんだ!?」
「さぁ? つか、あの中に今野がいなかったのが残念っすよね〜! そうすりゃ最高のシチュエーションだったのに! 恋人に摘発されて停学〜!みたいな!?」
まるでテコンドーを挑発するかのような態度で、松浦はふざけている。
「ま、でもバイクの件で引っ掛けられたからいっか。 村上センパイ、校内で平気でバイクの話してたから、あとつけてったら一発だったよ」
・・・・・・やっぱり、ヒデたちのタバコの一件も、オレのバイクが隠してある場所で張られてたのも、結衣は全然カンケーなかったんだ・・・
っつうことは、ペンダントのことだってコイツがなんか仕組んだに決まってる・・・
クソッ・・・ なんでオレ ちゃんと結衣の話聞かなかったんだよ・・・
―――今さら後悔しても遅い。
「な〜んか、村上センパイって単純っすよね? つか天然? 今野は村上センパイのどこ気に入ったんすかね?」
松浦が腕を組んで考える。「顔子供っぽいし・・・ やっぱ、カラダかな」
「・・・黙れ」
「見かけによらず、すっげテクとか持ってたり。 フェラとか? チョー上手そう!」
「黙れってッ!!」
「顔はロリ系だしマジでいいかもな。 あの顔で咥えられたら、ソッコーでイケる・・・ッ!?」
テコンドーが構えるより、オレが飛び出して行く方が早かった。
勢いが付いていたせいで、松浦が2メートルほど後ろに飛ばされる。 松浦は、中庭に植えられている桜の木に背中から勢い良くぶつかった。
「テメェ〜・・・ッ!」
さらに松浦の胸倉をつかみ上げ、何発か殴ってやった。
松浦は口でこそ虚勢を張っていたが、腕の方はまるっきりだったらしく、一発も殴り返してこなかった。
けれど、オレに殴られているにもかかわらず、薄ら笑いを浮かべているのが気に入らなくて、さらに数発プラスしてやった。
「・・・・・ッ!! 止めろッ!!」
テコンドーがハッとしたような顔をしてオレを止めにかかった。
「なんだよっ!? 放せよっ! もっとぶん殴ってやるッ!!」
「バカッ! 止めろって!」
オレがテコンドーを振り払って、再び松浦に殴りかかろうとしたときだった。
「コラッ!! 今野――――――ッ!!」
と頭上から声が降ってきた。「何やってんだ、お前は―――ッ!!」
驚いて声の方を見上げたら、普通科校舎の3階の窓が開いて、そこから川北が顔を覗かせていた。
「今すぐ下りていくからそこで待ってろっ!!」
川北は3階の窓からオレに怒鳴りつけたあと、窓を閉めて中に引っ込んだ。
「〜〜〜は、はははっ! これでお前もクビだな!」
急に松浦が笑い出した。「無抵抗の人間を殴ったんだから、当然停学・・・しかも3回目だ!!」
「・・・・・・てめぇ・・・ッ!」
松浦を睨みつける。「オレがいるの知っててわざと言ってやがったなッ!!」
「引っかかるお前がバカなんだよ! 所詮商業科だな!?」
「ッ!!」
「オイッ! 止めろってッ!!」
オレが再度松浦を殴ってやろうとしたら、またテコンドーに止められた。
松浦が口の端を拭いながら立ち上がる。
「・・・これで、生ゴミがひとつ減るよ!」
オレの顔を覗き込むようにして、薄ら笑いを浮かべている松浦。「オレ顔洗ってくるんで、五十嵐センパイ、ちゃんと捕まえてて下さいね」
「オイッ、待てっ!!」
水道の方に移動しかける松浦に声をかけた。 松浦が振り返る。
「・・・オレがゴミなら、テメーはそのゴミに湧くウジ虫だ!」
松浦が片方の眉を上げる。
「・・・上手いこと言うね? 商業科のクセ・・・にっ!」
と言い終わるのと同時に、腹を蹴り上げられた。
油断していたせいで、まともに腹に入った。 思わずうずくまる。
「オイッ! よせッ!!」
「もしかして、ケンカ弱いと思った?」
「止めろってッ!!」
テコンドーの言うことなんか全然聞かない松浦は、笑いながら 再びオレの腹に蹴りを入れてきた。
「ホントはお返しに、顔ぶん殴ってやりたいんだけど、痕が残ったらオレが黙って殴られたの無駄になっちゃうからな」
「松浦っ! 大丈夫か、お前ッ!」
川北が竹刀を持って飛んできた。 松浦は頬を手で押さえながら、
「や、口の中をちょっと・・・ あと、思いっきり殴られたんでそこの木に背中を強打しまして・・・」
「そうか! じゃ、すぐに保健室行ってこい!」
川北は松浦の肩に手をかけてそう言ったあと、「今野ッ! お前は生徒指導室に来いッ!」
「あの、先生・・・」
テコンドーが川北に声をかける。
「おお、五十嵐。 お前もSHR始まるし、教室戻っていいぞ?」
「いや、彼のことなんですけど、ちょっと事情がありまして・・・」
「なんだ?事情って? オレは上から見てたが、松浦は完全に無抵抗だったぞ?」
と言いながら川北がオレの腕を引っ張る。「ったく、謹慎明けたばっかだろうが! お前はッ!」
「イヤッ、先生本当に・・・ッ!!」
「いいから五十嵐は戻れ。 なんか理由があるって言うなら、今野と松浦両方の話を聞くから!」
そのまま生徒指導室に連れて行かれて・・・
―――オレは3回目の停学処分を受ける事になった。


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