チェリッシュxxx 第7章

@ 悲しい受験生


「また間違ってる〜…」
答え合わせの途中で、思わず溜息が漏れてしまった。
この問題って、さっきやった例題と殆ど同じだよね? なのに、なんで間違うかな……
集中力がなくなってきているのかもしれない。 目もショボショボしてきたし……
ちょっと休もうかな……、と時間を確認したら、もう2時過ぎなのに驚いた。
ウソでしょ…… まだ予定の半分もこなしてないのに……
明日は日曜日だけど、朝から予備校があるから寝坊できないし、そろそろ寝なくちゃ……
勉強は全然はかどらないのに、時間だけが驚くほど早く進んでいるようで焦ってしまう。
―――こんなんで行ける大学なんかあるのかな……
参考書を前に落ち込んでいるあたしの名前は、村上結衣。 平凡な高校3年。
そして、……悲しい受験生でもある。
あたしたちが通う県立桜台高校は、普通科の殆どの生徒が大学や専門学校に行くっていう、まぁどっちかと言うと進学校。
今ごろ殆どの子が、来週行われるセンター試験のために必死になって単語や公式を詰め込んでいるところ。
あたしも漏れなくその一員なんだけど……
全然はかどってない。
ちょっとやっては、
「今は数学じゃなくて、英語をやるべき?」
とか、
「文法より単語覚えた方がいい?」
とか、あっちこっちに気が行っちゃって、結局どれも身になっていない感じ。
普通 センター1週間前って、もうちょっと余裕持って復習的なものになるんじゃないのかな?
今ごろ焦ってこんなことやってるの、あたしぐらいだよね。 きっと。
みんながちゃんとやってた年末年始、あたし殆どやってなかったからな……
と、溜息をつきかけて、
こんなこと言い訳にしちゃいけないっ!
と慌てて首を振る。
あたしが今こんな状況なのと、陸のこととは全然関係ない!
ただ、あたしが要領悪いだけなんだから……
陸っていうのは同じ高校の商業科に通う、1コ年下のあたしの彼氏。
陸は平凡なあたしと違って、背は高いし、カッコいいし、運動神経は抜群だし……ですごく女の子に人気がある。
ちょっと……じゃなくてかなり、エ、エッチだけどっ、いつも元気で明るくて、あたしにとってなくてはならない太陽みたいな存在。
そんな元気な陸が、ついこの前まで入院していた。
あたしを庇ったせいで、信じられないくらいの大怪我をしてしまったから。
一時は、集中治療室にも入っていて、お医者さんから、
「このまま意識が戻らなかったら…… 覚悟してください」
って言われるくらいだった。
あたしは寝ても覚めても陸のことばっかり考えていて、授業時間以外は殆どを陸の病室で過ごしていた。
意識を取り戻してからもやっぱり心配で、あたしは受験勉強もそこそこに毎日陸の病室に通っていた。
「受験生なのに、毎日出歩いて……」
とお母さんには散々渋い顔をされたけど、あたしを庇ったせいで負った怪我だし、なにより陸が心配だったから、勉強を後回しにしてでも陸のそばから離れなかった。
―――そのツケが、今こんな形で出てしまっている。
来週のセンターや、その先の試験のことを考えると、ときどき叫びたくなるくらい不安になるけど、表には出せなかった。
陸には、
「ごめんね、オレのせいで……」
って気を使わせちゃうから言えないのは当然だし、お母さんにだって、
「だから言ったじゃない! 受験生が勉強もしないで毎日出歩いてるからっ!」
って言われるに決まってる。 この前も、
「結衣ももう子供じゃないから、お母さんうるさく言いたくないけど…… 自分が受験生なんだってことをちゃんと考えなさいよ? 恋愛なんかいつでも出来るでしょ!?」
と、暗に、陸と会うのは控えなさい的なことを言われてしまった。
一応肯いておいたけど、そんなこと言われなくても、陸とは最近全然会ってない。
あたしが受験で忙しいからっていうのもそうだけど、陸も課外で忙しかったから。
陸はかっこよくて運動も出来て優しいんだけど…… タバコを吸ったり、ケンカをしたり、禁止されているバイク通学が見つかったりしたせいで今までに2回も停学処分を受けている。
それ以外にも、
「昨日バイトがキツくてさ〜… 朝起きれなかった〜」
って、結構学校を休むことがあって……
入院する前から、
「出席日数ヤバいんだよね」
って聞いてたんだけど、それがこの前の入院で 確実に足りなくなってしまったみたいだ。
学校側としても出来れば留年者なんか出したくないから、なんとか進級させようと 出席日数が足りない子には、課外授業でそれを補う形を取らせている。
陸も半ば強制的にそれに参加させられているから、放課後は毎日遅くまで課外を受けている。
あたしはあたしで、授業が終わったら急いで予備校に向かわないといけないし……
前は、陸があたしの予備校が終わるのを待っていてくれたりしたけど、それも今は断っている。
怪我が治ったばっかりなのに寒い中あたしを待っていて、それで風邪でも引かれたらイヤだし……
そんなこんなで、もう陸とは一週間以上会えてない。
―――はぁ。 陸に会いたいな……
よく陸は、長い間…その……エ、エッチ出来なかったりすると、
「あんま長いこと溜めてると、ビョーキになっちゃうよっ!」
なんてことを言うけど、ちょっとだけその気持ちが分かったかも……
って、エッチな意味じゃなくてっ!
なんていうか…… 陸に会えないと元気が出ないっていうか、何もやる気が起きないんだよね。
付き合い始めは、こんなんじゃなかった。
はじめの頃は、陸の勢いに流されてズルズル付き合い始めちゃったような感じだった。
そんな始まりだったから、いつまでも陸の気持ちを疑ったり、あたしはあたしで前に付き合っていた杉田センパイのことを忘れられなかったりしていた。
それが今じゃ、陸なしの生活なんて考えられないくらい、あたしの中で陸の存在が大きくなってる。
―――あたし…… いつの間に、こんなに陸のこと好きになっちゃったんだろう……

「えっ? 休講!?」
「そう。 なんかインフルエンザらしいよ?」
翌日の日曜日。 その日最後の講義が急に休講になった。
どうやら先生がインフルエンザにかかってしまったみたいだ。
「いつもはあたしたちに、『体調管理が出来ないヤツは、受験でも失敗するぞ!』なんてこと散々言ってるくせにさぁ。自分が管理できてないんじゃんねぇ?」
「どうする? 自習室開いてるし、やってかない?」
「あ、やってくー。 ウチだと集中できないんだよね」
予備校には自習室っていうのがあって、講義の合間や終わったあとに自由に利用できるようになっている。
日曜日は講義自体は3時ごろに終わっちゃうんだけど、自習室は6時まで開いている。
急になくなった講義の時間を、みんなはその自習室で勉強していくみたいだ。
「センター前なのに、ありえないんですけど!」
「ホントだよね!」
って、みんなは怒ってるけど……
どうしよう…… こんなチャンスないよね?
陸に連絡して、ちょっとだけでも会っちゃおうかな……
最近はお母さんが目を光らせているから、予備校が終わってもまっすぐ帰らなきゃならなかったけど。
お母さんは今日の休講のこと知らないし、この時間利用して陸に会ってもバレないよね?
そう考えたときには、もうすでにケータイを握り締めていた。
陸に連絡をしたらちょうど近くにいたみたいで、思ったよりずっと早く待ち合わせ場所に来てくれた。
来てくれたんだけど……
「……ごめんね? せっかく久しぶりに会えたのに……」
と陸は申し訳なさそうな顔をしている。
「ううん、時間が空いたからって急に呼び出したのはあたしだから……」
とあたしは顔の前で手を振ってから、「って言うか…… 誰? この子…」
と陸の右手にしがみついている子に視線を落した。 陸も自分の右側に目を向けて、
「いや……」
と一瞬言いよどんだあと、「……オレの弟、なんだよね」
「え……?」
お、弟っ!? 陸に弟なんかいたの―――っ!?

「お前何にする? オレンジジュースでいーだろ?」
とりあえず手近なファーストフードに入ったあたしたち。 オーダーをしようとしたら、
「ちぇーく。こちょっ!」
「は?」
男の子の言葉に眉を寄せる陸。「なんつった?」
「ちぇーくぅっ!」
「分かんねぇって! オレンジジュースでいーだろ!?」
陸がそう言ったら、男の子は焦れたようにして、
「こちょっ! こちょのちぇーくっ!」
「……シェイクって言ったんじゃないかな? 多分、チョコ味の。 そうだよね?」
とあたしが男の子と視線を合わせたら、
「こちょっ!」
と男の子も笑顔になった。
オーダーを終えて、3人でカウンター席に並んで座る。
「……オレんちの両親が離婚したことは、知ってるよね?」
「うん」
「こちょっ、おいちーねぇ」
「うん、おいしいねぇ」
陸と男の子の話、両方に相槌を打つ。
「親父の浮気が原因だって、それも話したよね?」
「うん。 確か、異母兄弟が出来ちゃったって……」
とそこまで言って、ハッとなった。「……もしかして……?」
あたしの想像したことが陸にも伝わったみたいで、
「うん」
と陸が肯く。
じゃあ…… この子がその異母兄弟なのッ!?
陸の両親は、陸が中学生のときに離婚している。 お父さんの浮気が原因で、しかも相手の人との間に子供まで出来ちゃったから。
だから陸は、今までずっとお母さんと2人で暮らしていた。
離婚のあと、陸はずっとお父さんに会っていなかったみたいなんだけど、この前の事故がきっかけで、その後ときどき会っているという。
「今日さ、ちょっと用事があって親父に会いに行ってたんだけど、親父がこいつ…翼ってゆーんだけど…連れてきててさ……」
陸とあたしの間で、必死になってシェイクを吸っている男の子の名前は、翼くんっていうらしい。
「なんか、ありえねーんだけど…… 2人目が出来たみたいなんだよね」
「え? そーなのっ!?」
陸は眉を寄せて肯いて、
「もう45だっつうのに、何やってんだよ、あのオヤジは……」
と事情を話してくれた。
どうやら陸に、さらに異母兄弟が出来るみたいだった。
でも、相手の人の悪阻がひどいみたいで、休日は陸のお父さんが翼くんを連れ出しているらしかった。
今日もそうやって翼くんを連れてきていたみたいなんだけど……
「急に仕事の電話が入ったとか言ってさ、コイツ押し付けてったんだよ。 ありえねーよなっ!?」
……だそうだ。
「陸のお父さんって、お仕事なにしてるの?」
「設計士」
「へぇ……」
「現場に子供連れて行ったら邪魔だからっつって。 ホントごめん」
「んっ、いーよいーよ! 気にしないで! 急に呼び出したのはあたしの方だし……」
……って、本当は久しぶりに2人っきりで会いたかったんだけど、しょうがないよね。
陸にだって都合があるんだし…… 逆に、兄弟水入らずのところにあたしが邪魔しちゃってるくらいだし……
なんてことを考えていたら、
「ゲホゲホッ」
シェイクを吸っていた翼くんが急に咳き込んだ。
「だ、大丈夫っ!?」
口に入っていたシェイクがダラダラと洋服に垂れる。 それを手で拭おうとしたせいで、手もベタベタになってしまった。
「あ〜あ〜… 何やってんだよ。ベタベタじゃねーか」
「ハンカチあるよっ! これで……」
とあたしがハンカチを差し出したら、陸は、
「いや、ベタベタになるからこれでいーよ」
とペーパーナプキンで翼くんの手をゴシゴシと拭く。
「いたい〜〜〜っ!」
「自分のせいなんだから我慢しろ」
「やぁだあ〜」
「やだじゃねぇ!」
「陸、洗ってきた方が早いよ。口の周りも汚れてるし…… 翼くん、おいで」
2人のやり取りが気の毒になって、翼くんを洗面所に連れて行った。
でも、翼くんの背じゃ洗面台で手を洗うことが出来なくて、結局ハンカチを濡らしてそれで顔や手をきれいにするしかなかった。
洋服は大体しか拭けなかったけど…… しょうがないっか。
「ベタベタしてない? 大丈夫?」
「じょっぶっぶ! んっ!」
と、笑顔で手の平をあたしに見せてくれる翼くん。
「きぇー」
「?」
……キレイって言ったのかな?
っていうか、その前の、
「じょっぶっぶ!」
って…… もしかして、大丈夫、って事?
幼児語がかわいくて思わず笑顔が零れてしまう。
「行こっか」
「ん。 てぇー」
と翼くんが手を差し出してくる。
か…… かわい――――――ッ!!
この子、すっごくカワイイよね?
陸はどっちかと言うとお母さん似かなって思ってたけど、やっぱりお父さんにも似てるのかな? 翼くんもどことなく陸に似てるし……
アーモンド形の目とか、顔の輪郭なんかが似てるみたい。
その可愛らしい手を繋いで、席まで戻った。
「結衣、服汚れてねぇ? ……お前もう、こっち座れ!」
陸があたしの服を気にしたあと、翼くんを自分の反対隣りに座らせようとする。
「やぁだ〜! ここがいー!!」
「いーからこっち来いっ!」
「陸、あたしなら平気だからいいよ? このままで」
途端に笑顔になる翼くん。 陸はちょっとだけ眉を寄せて翼くんを見下ろしてから、
「なんか、チョー久しぶりだよね? 会うの」
とあたしに笑顔を向けた。
あ、やっぱり翼くんと似てる……
「うん。新学期始まった日にちょっと会っただけだから、もう1週間以上会ってなかったよね」
あたしがそう言ったら、陸は片手でおでこを押さえて、
「もうさ、ずっと会えなかったから、ビョーキになりそうだったよ!」
とあたしを流し見た。
あ、やっぱり言った。
夕べ、陸ならそういうこと言いそうって思ったことを本当に言ったから、おかしくなってしまった。
あたしがちょっとだけ笑ったら、陸は不思議そうな顔をして、
「なに?」
と首をかしげた。
「ん、なんでもない」
あたしは首を振って、「あたしもおんなじように思ってたよ。 ずっと会いたかったし」
本当に陸に会えないと調子上がんなかったもんね。
あたしがそう言ったら、
「えぇっ!?」
陸が驚いたようにして目を見開く。「マ、マジでっ!?」
「え?」
「まさか結衣がそんなこと……」
と呟いたあと、「んじゃ、今からオレんち行こっ♪」
と、まだカップの中に飲み物が残っているのに、陸はさっさと席を立とうとする。
今から陸んちって……
えっ!? 陸、もしかしてカン違いしてないっ!?
「ちょ、ちょっと待って!?」
あたしは慌てて陸に手の平を突きつけて、「そーゆー意味じゃなくてっ! ただあたしも会いたかったってゆー…」
「ダメっ! もう取り消しきかないよ!」
や……待って待って―――っ!!
とあたしが慌てていたら、すぐ下から、
「おちっこぉ〜」
と可愛らしい声が。
「え……?」
驚いて見下ろしたら、翼くんがモジモジとしながら、
「でちゃう〜〜〜っ!!」
え? 出ちゃうって…… もしかして、トイレ?
「おちっこ〜〜〜っ!」
たった今まで嬉しそうな顔をしていた陸が、途端に不機嫌そうになる。
「〜〜〜チッ! 来いっ!」
陸が舌打ちをして翼くんをトイレに連れて行こうとしたら、
「やだぁっ! おねーちゃんがいいっ!」
と翼くんがあたしの服を掴んでいる。
「いーから来いっつーのっ! 放せっ、おらっ!!」
「やぁだあっ! おにーちゃんちゅぐおこるもん! おねーちゃんがいいっ!」
「テメーが怒らせてんだろーがっ!」
「いいよ、陸。 あたし連れてってあげるよ」
とあたしが翼くんを連れて行こうとしたら、
「いや、結衣には無理。 つか、ダメ!」
と陸に止められた。
「え? なんで? 小さい子なんだから女子トイレ入っても大丈夫だよ」
「そーじゃなくて、コイツまだ自分で出来ねーから」
「え?」
「つまんでやんねーと」
「つまむ……?」
って…… え? ……も、もしかして……?
「いくらガキでも、結衣にオレ以外の触らせたくないし。 来いっ!」
「あぁ〜んっ!」
グズりながらも、結局は陸の後についていく翼くん。
そ、そーなんだ…… それじゃ、あたし上手く出来るか自信ないし……陸にお願いするしかないよね。
そんな感じで翼くんに振り回されていたら、あっという間に時間が経ってしまった。
でも、翼くんが意外にもあたしに懐いてくれて、すっごく可愛くて、時間を忘れて楽しんでしまった。
それに、陸の意外な一面とかも見れたから、それも嬉しかったし。
陸は口では、
「いい加減にしろ!」
とか、
「これだからガキは……」
なんてことを言ってたけど、結局は、
「しょうがねぇなあ」
って言いながらちゃんと翼くんの面倒を見てあげていた。
小さい子の相手が出来る男の子って、なんか いい。
やっぱり、お兄ちゃんなんだなぁ〜…
「ごめんね、送っていけなくて」
陸は腕の中の翼くんを見下ろして、「くそっ、コイツさえいなきゃ……」
陸はこれから翼くんを家まで送っていかなきゃならないみたいだった。
駅に着くなり陸に抱っこをせがんだ翼くんは、疲れてしまったのかすぐに眠り込んでしまった。
陸の腕の中で、小さな寝息を立てている翼くん。 寝顔も可愛い。
「いーよ、気にしないで。 ……それより、翼くん預かって大変なときに呼び出しちゃって…ホントにごめんね?」
「や、オレの方は全然いーけどさ…… 結衣、大丈夫?」
「え?」
陸はあたしの顔を覗き込んで、
「ベンキョー大変なのかもしんねーけど、あんま根詰めすぎんなよ?」
「え…… なんで?」
「さっき会ったとき、結衣スゲー顔してたよ? ここんとこにしわ寄ってたし!」
と、陸は自分の眉間を指差す。
「えっ!? うそっ!」
慌てて眉間を隠す。「……あたし、そんなヒドイ顔してた?」
陸は、うん、と肯いて、
「今はもう大丈夫だけど」
「ホント? しわ寄ってない?」
「うん」
ヤバ…… 全然受験勉強がはかどってなくて、いっぱいいっぱいなのが顔に出ちゃってるのかな……
寝不足も続いてるし……
なんてことを考えていたら、
「ん?」
急に目の前に影が落ちた。 不思議に思って見上げてみたら……陸の顔がすぐ目の前にあるっ!
「な、なにっ!?」
慌てて一歩あとずさる。
「だって、結局オレんち行けなかったし」
「だっ、だからぁ! それはカン違いだって……ッ」
陸はあたしの話なんか全然聞かないで、さらに一歩近づくと、
「だからチュー♪」
と唇を寄せてくる。
「えっ!? ちょっ…… んっ!」
驚くのと同時に唇を塞がれた。
ちょ…っ ここ、ホーム……っ!!
みんな見てるし恥ずかしいからすぐ止めて欲しいんだけど、陸絶対止めてくれないに決まってる―――ッ!!
と焦っていたら、軽く唇を合わせただけで陸はすぐにあたしから離れた。
「もっとしたかったけど…… 残念。電車来ちゃった」
「え…」
ホームに設置されているスピーカーが、次の電車が入ってくることを告げる。 あたしが乗る電車だ。
翼くんを送っていく陸は、反対方向の電車。
―――電車… 来るの早いよ……
「今夜は早く寝なね?」
陸が首を傾げてあたしに笑いかける。
寝不足なのもバレてるんだ……
「……受験生だもん」
「そんな根詰めるほど勉強しなくたって、結衣なら大丈夫だって!」
と陸はテキトーなことを言う。
「あたしの成績がどれくらいかなんて、知らないくせに……」
あたしが唇を尖らせたら、陸は、
「それに、良い大学行ったって、そーじゃないトコ行ったって、将来的に就職先は同じなんだからさ」
「え?」
陸は自分の胸を指差して、
「お嫁さん♪」
ええ――――――っ!!
な、なんか、テレる……
「あ、結衣テレてるっ! 可愛いっ!」
「テレてませんっ!」
「顔真っ赤だよ?」
「〜〜〜イジワルっ!!」
そんなことをしている間にホームに電車が入ってきた。 あたしが電車に乗り込んだら、陸は手を振りながら、
「バイバイ。 勉強頑張ってね」
「……うん」
頑張ってはいるんだけど…… なかなか結果が……
陸と会っている間は忘れていられた受験のことを、また思い出してしまった。
陸と別れて、1人で帰りの電車に揺られる。
『結衣なら大丈夫!』
『良い大学行ったって、そーじゃないトコ行ったって、将来的には同じなんだからさ』
……陸みたいに考えられたら、どんなに楽だろう。
あたしはどうしても、
「将来的なことを考えたら、そこそこの大学に行っとかないと……」
とそんな風に考えてしまう。
それは、お父さんの影響が大きいかもしれない。
あたしのお父さんは私立高校の先生をやっている。
だからなのかな…… すごく真面目でストイックなところがある。
「学生の本分は勉強だ!」
とか、
「遊ぶなとは言わないが、やることやってからだ!」
とか、
「他人に迷惑をかけるな!」
とか、あたしも弟の祐樹も小さい頃からよく言われていた。 
それプラス、高校生になってからは、
「異性との付き合いは、自分で責任が取れる程度にしろ!」
っていうのが付け足された。
自分で責任が取れる程度って…… どの程度のことなんだろう?
陸と付き合っていることは、お父さんには話してない。
別に内緒にしてるわけじゃないんだけど、あんまりそういう話お父さんとしたことないし、話すタイミングみたいなものもなかったし、それに、
「まだ早い!」
なんてこと言われたりしそうで……
……って、これってやっぱり、知られたくないから内緒にしてるって事なのかな?
お母さんにはなんとなくバレちゃってるけど、お父さんには内緒にしてくれてるみたいだった。
だから、お父さんは陸のことに全然気が付いていない。
お母さんがお父さんに陸のことを話さない理由って……
やっぱり、賛成してないからなのかな? あたしたちのこと……
なんとなくそんな感じはしてたけど……
なんかやだな、そういうの。
好きで付き合ってる彼のことを、家族に賛成してもらえないとかって……
どうする? やっぱり、ちゃんと紹介した方がいいのかな?
でも、何言われるか…… 怖い。
だって陸、髪はオレンジだし、大抵の人に遊んでそうに見られるし(実際、あたしと付き合う前はそうだったけど…)、それにエッチだし……
って、これは言わなきゃ分かんないから大丈夫か。
っていうか……
「ところで、お前たちはどーゆー付き合いをしてるんだ?」
とか聞かれたら…… なんて言うっ!?
あたしと陸の付き合いって、よくお父さんが言う、
「異性との付き合いは、責任が取れる程度にしろ!」
の程度に収まって……………… ない気がする。
きっとお父さんは明言しなかっただけで、本当は……彼氏が出来てもエッチはまだするな! って言ってるような気がする。
それを、まだお父さんにも紹介する前に…… あたしたち…… しちゃったし……
……やっぱり、陸を紹介するのはもうちょっとあとでもいーかな……
そう。 せめて受験が終わってからじゃないと、紹介しづらい。
陸とはこれからもずっと付き合っていきたいと思ってるし、そうするつもりだし、紹介するチャンスなんかいつでもあるよね?
何も、今じゃなくたって……
そんなことを考えながらウチまで帰ってきた。
「ただいま〜…」
「……こんな時間まで、何してたの?」
ウチに着いて玄関を開けたら、お母さんが怖い顔をして待ち構えていた。
「え…… あ、あの、予備校……だけど……」
お母さんの形相に驚いて、受け答えがしどろもどろになってしまった。
え……? なんか、お母さん……怒ってる?
お母さんは仁王立ちのままあたしを見下ろした。
「とっくに終わってる時間でしょ? 何してたのっ?」
玄関の靴箱の上にある時計をチラ見して、いつもより帰宅が1時間以上遅いことに気が付く。
ヤバ……
休講になった時間分だけ会うつもりが、つい楽しくてオーバーしてしまった。
急に問いただされたせいで、何も言い訳が思いつかない。
「もしかして、あの子に会ってたの?」
「……あの子って?」
陸のことだって分かってて、あたしがそう聞き返したら、
「とぼけるのは止めなさい! 付き合ってる人がいるんでしょ? お母さん知ってるんだからねっ!?」
あたしは黙って俯いた。 お母さんはその勢いのまま、
「どういう子なの? もう、センターまで1週間しかないっていうのに…… 非常識な子ね! 結衣を呼び出すなんて! 去年の暮れに出歩いてたのだって、その子のせいでしょっ!?」
「違うもんっ! 今日はあたしが陸に会いたくて、あたしが陸のこと呼び出したのっ! それに、年末のことはあたしのせいだからっ! あたしを庇って陸が大怪我しちゃったから、だからお見舞いに行ってただけだもんっ!」
あたしがそう反論したら、お母さんは眉をひそめた。
「何やってるの?結衣…… 今が一番大事な時期なの分かるでしょ?」
「………」
分かってるけど……
でも、どうしても陸に会いたいんだから、しょうがないじゃん……
今は勉強が大事だって分かってるけど、でも、陸に会えないとその勉強すら手につかなくなっちゃうんだもん。 しょうがないじゃん……
あたしが黙り込んだら、お母さんは溜息をついてちょっとだけトーンを落した。 小さい子に諭すように、
「相手の子にだって迷惑でしょ? お互い受験が終わってから……」
「陸は受験じゃないもん」
「え?」
「まだ2年生だし……」
それに商業科だし、というところは言わないでおいた。 なんか、それでまた色々言われたらイヤだったから。
お母さんの眉間のしわが、ますます深くなる。
……もしかして、年下だっていうのも……マズかった?
やっぱりなんか言われる……?
と縮こまっていたら、
「……とにかく、自分の立場をよく考えなさい」
とお母さんは溜息をついて、「……手洗って、うがいして。もうすぐ晩ご飯出来るわよ」
とリビングに戻っていってしまった。
あたしも溜息をついて自分の部屋に戻る。
せっかく今日、久しぶりに陸に会えて気分転換出来たと思ったのに、お母さんに注意されたことで逆に気分が落ち込んでしまった。
もうやだっ!
なんでこんなに上手く行かないんだろ……
なかなか勉強がはかどらなくてイライラしたりとか、陸と会えないこととか、その陸とのことをお母さんにうるさく言われたりとか……
どれもこれも、受験が終わったら解放されるのかな。
あたしも学校推薦枠とかで、早めに進学決めとけば良かった……
特に、
「絶対ここに行きたいっ!」
って大学が決まってるわけじゃないし。
一応今は数校に絞ってはいるけど、それだってあたしの学力から狙えそうなところにしただけの話だし。
もう、どこでもいいから早く決まって欲しい。
あ〜あ。 早く受験なんか終わらないかなぁ……


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