チェリッシュxxx 夏休みの章

B 海でヤキモチ 編(前編)


「結衣、通路側と窓側、どっちがい?」
陸が荷物を棚にのせながら、「って、窓側がいっか。外見たいでしょ?」
とあたしに笑いかける。
夏休み最後の週末。石垣島へ直行する機内は満席状態だった。
「なんか子供扱いしてない? いいよ? あたしが通路側でも。多分寝ると思うし…」
と言いつつも、陸に促されて窓側の席に座るあたし。
「寝ちゃうんだ?」
陸に顔を覗き込まれる。「…あ? もしかして、昨日眠れなかった? 結衣って、遠足の前とか、コーフンして眠れないタイプでしょ?」
うっ… 図星…
「そ、そんなことないよっ? ちゃんと眠れました〜っ!! ぐっすりと!!」
ちょっとムキになってそう言い返したら、
「ふ〜ん… じゃ、平気だ?」
と陸があたしを流し見る。
「? なにが?」
陸はあたしの耳元に唇を寄せて、
「今晩、寝なくても」
「…え? ―――ええッ!?」
ビックリして陸の顔を見返したら、陸は楽しそうに笑っている。
―――もう…
今日から2泊3日で、陸と沖縄旅行。
時期的に、台風が来たらどうしようって心配をしていたんだけど、幸い天気にも恵まれて陸は上機嫌みたいだった。
この旅行のために、陸は夏休みに入ると同時にコンビニでバイトを始めていた。
はじめそんなこと知らなかったあたしは、
「もうっ! バイトバイトって、全然会えないっ!」
なんて拗ねてたりしたんだけど。
「バイト料が出たら、2人でどっか行かね? オレ、結衣と旅行とかしたい」
って言ってくれて、そんな陸の気持ちがすごく嬉しかった。
あたしも陸と遠出したことなかったから、すっごく楽しみにしていたんだけど…
―――ちょっとマズイことになっちゃって… 今あたし、心から楽しめないでいる…
どうしよう…
「ウソウソ! いいよ? 寝ちゃっても。眠くなったら肩貸すし」
と言っていた陸の方が、離陸と同時に寝息を立て始めた。
俯いた状態で寝入ってしまった陸は、ときどきガクンと頭が傾いても目を覚ます気配がないほど熟睡している。
……きっと夕べも遅くまでバイトしてたんだ。
陸から、
「夏の旅行って言ったら、海でしょ! オレ場所決めていい?」
って言われたとき、九十九里とか御宿とか、絶対県内の海だと思っていたんだけど…
それが、まさか沖縄…しかも、石垣島だなんて思ってもみなかった。
「え? 沖縄って… すごく高くない? あたし、自分の分は自分で出すよ!」
「いいのっ! オレが誘ったんだから! それに、ケッコー稼いだしね」
なんて陸は言ってくれてたけど…
絶対無理してる。…あたしのために…
起こさないように、そっと陸の頭に手をかけて、あたしの肩に寄りかからせるようにした。
あたしは窓の外を眺めながら、そっと溜息をついた。
ホントにどうしよ…
―――実はあたし………ふ、太っちゃったみたいなんだよね…
心から楽しめないでいる理由は、それ。
もしかして、あたし、太った? って気付いたのは昨夜だった。
陸と海に行くことが決まってから、ウキウキしながら夏期講習の合間に水着を見に行ったりしてたんだけど、なかなか決まらなくて、やっと買ったのが昨日。
旅行の準備をしてお風呂に入ってから、買ってきた水着を着てみたんだけど…
―――きつかったんだよね…
やっぱり、試着して買えばよかった… そうすれば、サイズ変えたのに…
自分じゃよく分からなかったけど、太ったんだ… いつものサイズの水着がきついんだから…
あたし、気 抜けちゃってたのかな… 陸の誕生日が終わってから…
その後は、1回も、…エ、エッチしてなかったもんね。―――その直前までって言うのは、しょっちゅうあったけど…(陸はエッチだからっ!!)
どうしよう… お店の人に勧められて、ビキニなんか買っちゃったけど…
太ったのに、そんなの着てたら…
「うわ〜…」
とかって、引かれそう…
夕べ水着を着たあと、焦って腹筋したりしたけど… テスト勉強と違って、一夜漬けじゃどうしようもない。
夕べ眠れなかったのも、楽しみ〜♪ワクワク、じゃなくて、ど、どうしよう…って不安で眠れなかったんだもん…
あ―――っ!! 本当にこんな身体、陸に見せられないよ―――っ!!
そんなことを悶々と考えていたら、夕べよく寝てないせいもあって、いつの間にかあたしも寝ちゃっていたみたいだった。

「―――…ん」
「あ、起きた?」
陸はあたしより先に目が覚めていたみたいで、雑誌を読んでいた。「スゲー熟睡してたね」
「…陸… いつ起きたの?」
「ん? ちょっと前」
と言いながら、陸は読んでいた雑誌に目を落とす。あたしも一緒になってそれに視線を移した。
「―――陸… アヤカのファンなの?」
あまり陸が熱心に雑誌に目を落としているから、どんなページかと思ったら、アヤカのグラビアのページだった。しかも、チョーセクシーな水着姿で、しかもしかも、チョーキワドイポーズ!!
アヤカは最近売り出し中のグラビアアイドルで、あたしと同い年なのに、すっごくメリハリのあるというか…出るトコ出てて、締まるトコ締まってる、子供っぽいあたしから見たら、羨ましい体型をしている。
「イヤ? 別に、ファンってわけじゃ…」
「……なんか、すっごーく、熱心に見てたみたいですけど?」
とあたしが言うと、陸はちょっとだけ慌てたようにして、その雑誌を閉じた。
「そんなことねーよっ! ……っていうか… へっ」
へっ?
陸を見たら、口元を隠してニヤニヤしている。
な、何それっ!?
と怒りかけて、
ま、まぁいいや。―――こんなことで、ヤキモチやいてるなんて思われたくないもんね。しかも、相手アイドルだし。
…それにしても、アヤカって、胸とかおっきいのに痩せてるよね…
あ、また、嫌なコト思い出しちゃった…
どうしよう… 水着になるの、恥ずかしいよ…

「うっわ―――っ!! スゲー透けてる! 底、丸見えっ!!」
お昼前には石垣空港に到着。空港から車で30分ほど走ったところにあるホテルについてから、すぐに着替えてホテルの目の前のビーチに直行した。
ホテルのプライベートビーチらしくて、海水浴客もまばらだった。。
あたしは水着になるのが恥ずかしくて、
「ちょ、ちょっと休んでからにしない?」
なんて言ってみたんだけど、
「えー、なんで? 2泊しかしないんだから、たくさん海行きたいじゃん。行こっ!」
と半ば強引に陸にビーチに連れ出されてしまった。
普段はそんなに気にしたことなかったけど、陸って顔だけじゃなくて、体つきもいいよね… 背高いし…
なんか、バイト始めてから、余計に引き締まったみたい…
あたしが陸の身体に見惚れていたら、
「? それ、脱がないの?」
と陸があたしを指差す。
「う、うん… 日焼けしたくないからっ」
あたしは水着の上にパーカーを着たままだった。
「日焼け止め、塗ってあげるし〜♪」
と陸が手の平をあたしに近づける。
「い、いいっ! っていうか、陸の手つき、なんかヤラシーッ!!」
あたしは自分の体を抱くようにしながら、ちょっと後ずさった。
「ヤラシーって… そんな、今さら…」
陸は笑いながら、「日焼け止めは冗談にしても… とりあえず、水着見せて?」
来た――――ッ!?
「な、なんで?」
「なんで…って。 見たいから。…ってか、海入んないの?」
「は、入るけど…」
「じゃ、脱ご?」
と、陸がパーカーのファスナーに手をかける。
「ッ!! やっ! ダメ――――ッ!!」
あたしは慌てて陸の手を払いのけた。「勝手に触んないでっ!」
「…え?」
陸が眉を寄せる。「……なんだよ?」
あ…やば…
怒っちゃった?
「じ、自分で脱ぐからっ」
「…じゃ、早く脱げよ」
陸があたしを見つめる。「ホラ」
―――ぬ、脱ぎたくなーい…
「り、陸、なんか目つき、ヤラシくないっ?」
はぐらかそうとしてそんなコトを言ったら、
「―――ねぇ? なんなの? さっきから…」
陸の声に不機嫌な色が滲む。「…もしかして、海、やだった?」
「イヤじゃないけどぉ…」
と、あたしがいつまでもうじうじしていたら、陸は溜息をついて、
「イヤじゃないけど…ね」
と視線をそらした。「イヤじゃないけど、嬉しくもないんだ?」
「ちが…っ そんなんじゃ…」
「だって、そーだろ? …じゃ、なんで海入んないの?」
「そ、それは…」
海に入りたくないわけじゃないのッ! 太ったから、水着姿見せられないだけなのっ!
……とは、言えない…
あたしが俯いたら、
「―――ワケわかんねー…」
と陸は踵を返し、1人で海に入っていってしまった。
だって、…だって、恥ずかしかったんだもん。
太っちゃってるのに、水着はビキニだし…
しかも、陸、アヤカみたいなのが好みなんでしょ? さっき、機内で雑誌じーっと見てたし…
グラビアアイドルと比べたってしょうがないけど、あまりに自分と違いすぎて…
きっと、陸がっかりしちゃうもん。
あたしは砂浜の上に座り込んだ。
…どうする? 脱ぐ?
って言うか、陸、一人で泳ぎに行っちゃって、ひどくない? 置いてくなんて…
そりゃ、モジモジしてたあたしも悪かったけど…
女の子がパーカー脱げないっていうのが、水着姿見せるのが恥ずかしいからだって、なんで分かんないのかなぁっ!
「たくさんの子と付き合った割に、女の子のコト、分かってないんじゃないのっ!?」
手近にあった貝殻を海に向かって投げつける。
あたしは、立てた膝の上に顔を埋めた。
…なんか、こんなトコまできて、あたしたち何やってるんだろ?
…ホントは、あたしが悪い。
陸は、あたしと旅行したくて、夜遅くまでバイトして頑張ってくれてたのに…
あんなに楽しみにしてくれてたのに…
ゴメンね。 あたし、ホントは太っちゃって、水着になるのが恥ずかしかっただけなの。
陸と海に来れたのはすっごく嬉しかったんだよ?
―――あやまろ。
あたしが顔を上げたら、ちょうど陸がビーチに上がってきたところだった。
「り…」
陸、と呼びかけようとして、陸の側に誰か人がいることに気が付いた。
誰だろ?
ビーチだって言うのに、Tシャツにジーンズで、足元はスニーカー…
年齢的には30前後くらい?の男の人だけど…
「…陸?」
不審に思いながらも、陸に近づく。
「あ、結衣…」
陸は、ちょっと困った顔をしていた。「あの、彼女もいるんで…」
「そこを何とかっ! お願い! ちゃんとギャラも払うし…」
と男の人が陸に手を合わせている。
…? どうしたんだろ…?

「ええっ!? モデルっ!?」
「そーなんだ。予定してた男の子が急に体調崩してダメになっちゃって、その代わりに… ダメかなぁ?」
と言いながら、男の人はあたしに名刺を渡してくれた。風間和明って書いてある。
「キミだって、カレシが雑誌とかに出たら嬉しいでしょ?」
「え? はぁ… まぁ…」
あたしが渡された名刺を眺めながら曖昧に相槌を打ったら、
「ホラっ! 彼女はいいって言ってるよ?」
と、風間さんはさっさと陸の方を向いて、「いいでしょ?」
「…あの〜、他にはいないんですか? 別にオレじゃなくても…」
「ダメっ! いない! キミくらい身長あって、それなりの顔した男の子は!」
風間さんは陸の肩に手をかけて、「それに、相手はあのアヤカだよ? これ断る男なんていないよ〜?」
ええっ!?
あ、アヤカって、あの…?
モデルって、アヤカと一緒にやるの―――っ!?
「いや… でも…」
と陸が躊躇うようにあたしの方を見る。「やっぱり、オレ…」
そうだよねっ! 当然、断るよねっ!!
だって、彼女ほっぽって、他の女の子とモデルなんて…
いくら、相手があのアヤカだって…
あたし、拗ねちゃうよ? 怒っちゃうかもよ?
「―――やれば?」
あたしは陸に向かって笑いかけた。「あたしなら、気にしなくていいよ?」
「結衣?」
―――なんていうか… 本当は、すっごくイヤだけど…
陸、アヤカのファンだもんね。
さっきはつまんないコトで、陸のこと怒らせちゃったし…
せっかく沖縄まできたのに、あたしのせいでつまんないスタートになっちゃったけど。
でも、ここで、アヤカと一緒にモデルができれば、陸だって嬉しいよね?
あたしは風間さんに向かって、
「時間かかるんですか?」
「いや? そんなには。チャチャッと撮っちゃうし」
「だったら――― …陸、やりなよ?」
陸はちょっとだけあたしを見つめて、
「―――ホントにいいワケ?」
「なんで?」
「…いや」
と陸は呟いて、「…じゃ、やります」
と風間さんの方を向いた。
「良かった―――ッ!! じゃ、早速だけど、水着とか、こっちで用意したものに着替えてもらうから、一緒に来てくれる? …あ、キミはここで待ってて」
あたしも一緒についていこうとしたら、風間さんに止められた。

「あ、視線はそのままで、顔だけこっち向けて… あ、向きすぎ。ちょっと戻して」
あのあと間もなく、何人かのスタッフと、ちょっと遅れてグラビアアイドルのアヤカが現れて、撮影が始まった。
陸は、カメラマンに色々指示されながら、ポーズをとっている。
はぁ… こうして改めて見てみても… やっぱり、陸カッコいいな…
「じゃ、陸くん。次はアヤカの腰に手を回して〜、ちょっと自分の方に引き寄せて〜、…そう、そんな感じ。で、顔は30センチくらい離して、見つめ合ってくれる?」
また陸が、言われたとおりのポーズをとる。
なんか、ケッコーくっついたの、多いよね…
っていうか、アヤカと似合いすぎっ!!
あまりの自分との違いに、落ち込むしかない…

「ねぇ、キミ、あの子の彼女?」
という声に顔を上げると、Tシャツに短パン姿の男の子が立っていた。
「え? あの…?」
誰だろう?
「あ、ゴメンね。オレ、アヤカのヘアメイクやってる人の助手なの」
と言って、男の子がアヤカと陸の方を指差す。そばに、やっぱりビーチにはあまり似合わない格好をした男の人が立っていて、ポーズを変えるたびにアヤカの髪やメイクを直している。
あの人のコトかな?
男の子があたしの隣に腰をおろす。
「退屈でしょ? ただ待ってるの」
「はぁ」
なんて答えていいのか分からなくて、テキトーに相槌を打ったら、
「オレも」
と男の子があたしに笑顔を向ける。「助手って言っても、まだまだメイクとかさせてもらえなくてさ。ようはパシリ? そんなことばっかさせられてんの。そのくせ本番になったら、邪魔だからあっち行ってろ言われるし・・・」
「そーなんですか…」
相槌を打ちながら、陸の方に目を向ける。
あっ! またくっついたポーズとってる!
もうっ! 陸、あたしと来たこと忘れてない?
ちゃんと見てますからねっ!?
あたしが、自分で陸にモデルを引き受けるように勧めたことなんか忘れてプリプリ怒っていると、
「…さっき、カレシとケンカしてたでしょ?」
と男の子があたしの顔を覗き込んだ。「なんでケンカしてたの?」
驚いて男の子を見返す。
なんで、知ってるの? …見てたのかな…
前髪をかき上げるようにして笑う顔は、とても人なつっこく見えた。
「あ… ちょっと、つまんないことで、ケンカしちゃって… あたしが悪いんですけど…」
男の子のソフトな物腰と、年上でお兄さん的な雰囲気から、あたしはボソボソと陸とのことを話しはじめていた。
男の子の名前はワタルさんっていって、年齢は21歳だった。
「そーなんだ。で、恥ずかしくてパーカー脱げなかったから、カレシ怒っちゃったんだ」
「はい… で、謝ろうと思ったら、モデルの話が入ってきて… なんか、余計に脱げなくなっちゃって…」
「なんで?」
「だって、あのアヤカのあとに、あたしの水着姿なんか、見せられないですよ。 絶対比べられる… 陸、アヤカのファンだし…」
ワタルさんはちょっと笑って、
「そんなこと気にしてたの? モデルと比べたってしょうがないじゃない? それに、結衣ちゃんには結衣ちゃんのいい所、たくさんあるし! カレシだって、分かってると思うけどな」
「そうかも知れないけど…」
でも、来るときの機内で、雑誌を見ながらニヤニヤしていた陸の顔を思い出したら…
「やっぱり、自信ない…」
とあたしが俯いたら、
「…じゃ、ちょっとだけ、自信つけてあげよっか?」
とワタルさんが立ち上がった。
「え?」
「こー見えても、オレだってヘアメイクのタマゴだからね。 結衣ちゃんのこと、もっと可愛く変身させてあげられるかもよ」
ワタルさんは、ちょっと待ってて、と言うと、どこかに走っていった。
5分ほどそのまま待っていたら、ワタルさんが肩からバッグを下げてやってきた。
「これね、オレの宝物!」
と言って、バッグを開けてみせる。「ジャーン!」
中には、たくさんのメイク道具が入っていた。
「すごーい!」
「これで、結衣ちゃんを可愛くメイクしてあげる! カレシが喜ぶような、ね」
「ホント、ですか…」
あたしがバッグの中を覗き込んでいると、
「じゃ、脱いで?」
とワタルさんがいくつかのメイク道具を取り出しながら言う。
「は? …あの、脱ぐって…?」
ワケがわからないのでそう聞くと、
「パーカー」
とあたしのパーカーを指差す。
「えっ!? な、なんでっ?」
メイクって、顔だけでしょっ!? なんで脱ぐ必要あるの??
―――はッ!?
やっぱり、メイクするなんてテキトーな口実で、これ、ナンパとか? だった?
ソフトな口調に騙されるところだった!!
あたしがパーカーの前を握りしめて、ワタルさんを睨みつけると、
「待って、待って? もしかして誤解してない? 別にヤラシーこと考えてないから!」
ワタルさんはメイク用のブラシを慌てて顔の前で振った。「どんな水着なのかと思って。 それに合わせたメイクしたいから」
「えっ… ええっ! …や、やだっ!」
そーだったんだっ!?
なんか、あたしって、かなり自惚れさん? な、勘違いに顔が熱くなる。
恥ずかし―――ッ!
そ、そーだよねっ? こんな子供っぽいあたしの水着姿なんか、誰も興味持たないってっ!!
心の中で、セルフ突っ込みを入れていたら、
「なんか、結衣ちゃんって… かわいいね?」
とワタルさんがクスクスと笑っている。
・・・え? ど、どこが? もしかして、今の恥ずかしい勘違いが?
よく分かんないけど・・・でも・・・
「か、かわいい…ですか? あたし…」
そんなこと、陸以外で言われたの、初めて……
「うん。オレのヘアメイクで、もっとかわいくしちゃおうよ? だから、脱ご?それ」
なんか、ワタルさんって、もしかして女の子の扱い、慣れてる?
女の子の水着なんか、見慣れてるのかも。
「じゃあ、脱ぎますけど… ホントにキレイにしてくださいね?」
あたしは苦笑しながらパーカーのファスナーを下ろした。
「―――ッ!? ゆ、結衣ちゃんッ?」
あたしの水着姿を見たワタルさんは、一瞬驚いたように目を見開いた後、慌てて視線をそらした。
な、なになにっ!? その反応っ!?
やっぱり、ふ、太ってて、変ッ!?
「―――な、なんですかっ!? やっぱり… 太っちゃってて、変ですかっ!?」
あたしは慌ててパーカーの前を合わせた。
ワタルさんはちょっとだけあたしに視線を戻すと、
「…いや、太ったんじゃ、ないんじゃないかな… っていうか、その水着、自分で選んだの?」
「…お店の人に勧めてもらって… あたし、む、胸とか、おっきくないし…そんなコト言ったら、じゃ、これなんかいいんじゃないって…」
コレだったら、胸大きく見えるよ?っていう店員さんに勧められるまま買ってきちゃったんだけど…
変なの―――ッ!?
「ま、まあいいや。…それだけで十分カレシは喜んでくれると思うけど… じゃ、はじめよ? あ、パーカーは着たままでいいから」
着たままでいいと言われ、ホッと胸をなで下ろす。
…でも、最初の反応…… あれ、なんだろう?
ワタルさんが、あたしの顔にファンデーションを塗っていく。
「コンタクトとか、してる?」
「してないです」
「そう。・・・まぶた、軽く閉じて?」
なんか、ヒトに顔いじられるのって、恥ずかしいような、くすぐったい感じ。
あ! 眉とか、形ヘンだったりしてないかな?
急にそんなことが気になって、目元に手をやろうとしたら、
「動かないでっ?」
とワタルさんが鋭い声を上げる。
「ご、ごめんなさいっ」
「…いや、こっちこそ… もう、目開けていいよ?」
目の前に、ワタルさんの顔があった。真剣な眼差しが、あたしの顔とメイク道具の間を行ったり来たりする。
なんていうか…… 真剣にお仕事している人の眼って感じで… ちょっと、カッコいいかも。
…陸も、バイトしてる時は、こんな真剣な眼差ししてるのかな?
なんか、急に陸が働いてるところ、見たくなってきた。
陸は来ちゃダメとか言ってるけど…
こっそり見に行っちゃおうかな…
そんなことを考えていたら、
「…はい。出来たよ?」
とワタルさんが一歩あたしから身体を離して、あたしの顔を見る。「…うん! かわいい!」
「ホントですか?」
早く鏡見たい!
「コレなら、絶対カレシも喜んでくれると思うな〜」
「そ、そっかな…」
早く陸に見てもらいたいな。
でも、メイクしてもらって、ハイさよならって、すぐに別れるのも失礼だよね。
それに、まだ陸、撮影中かも…
ワタルさんが、くすくす笑う。
「なんか、もう、今すぐにでもカレシのところ行きたいって顔してる!」
「えっ? そ、そんなこと、ないですよっ!?」
わ、ワタルさんもエスパー?
陸も麻美も、ときどきあたしの考えてる事とか、当てるけど…
なんで分かるんだろ…?
「いいよ? 行きなよ。 ホラ、撮影も終わったみたいだし」
振り向くと、風間さんが陸の肩に手をかけて何か話しかけていて、周りのスタッフはザワザワと片付けをはじめている。
「あ、あの… でも… そうだっ! お礼とかしてないし…」
「いいってそんなの。オレが勝手にやっただけなんだから」
とワタルさんは笑って、「それに、さっき、いいもの見させてもらったし」
「? いいものって?」
「いや、こっちの話」
ワタルさんはメイク道具が入ったカバンを肩にかけた。
「カレシと上手く行くといいね」
すごい、いい人!
「はい… あの、ありがとうございましたっ! えと、あの… メイクしてるときのワタルさんの真剣な顔、すごくカッコ良かったです」
お礼のつもりで、ちょっとでも気の利いたことを、と思ってワタルさんにそんなことを言っていたら、
「―――誰が、カッコいいって?」
「きゃっ!?」
急に後ろから腕を引っ張られた。驚いて振り向くと、陸が立っていた。
「陸っ!?」
「…だれ、こいつ」
ワタルさんを睨み付ける陸。
―――もしかして… なんか、怒ってる?
「え、と… あの、ワタルさん… メイクしてもらったの。ヘアメイクのタマゴなんだって」
「メイク?」
陸があたしの顔をマジマジと覗き込む。
「ど、どうかな?」
可愛くなってるでしょ?
なんてったって、タマゴとは言え、プロにやってもらったんだから。
あたしがちょっと緊張しながら陸の返事を待っていると、
「…別に。ふつー」
ふ、普通?
…なにそれ?
―――もしかして、アヤカと比べてる?
アヤカと比べたら普通ってこと?
…陸、喜んでくれると思ってたのに…
「あの〜…? ちょっと、カレシ? なんか誤解しないで欲しいんだけど…? オレ、何もしてないからね?」
あたしたちの不穏な雰囲気を察知したワタルさんが心配そうな声を出す。
「うるせーよ。 勝手にヒトの女の顔、触ってんじゃねーよ!」
「陸っ!」
色々話を聞いてもらった上に、メイクまでしてもらって、その上陸からあらぬ疑いまでかけられたらワタルさんがかわいそう!
「ちょっとっ!? ワタルさんはメイクしてくれただけだよ? ヘンな誤解、しないでよっ!」
あたしは慌てて陸の腕を引っ張って、「あの、本当にありがとうございました。ここで、失礼しますっ」
とワタルさんに頭を下げた。ワタルさんは、ちょっと心配そうに振り返りながら撮影スタッフの方にまざって行った。
陸が不機嫌な顔のままあたしを見下ろす。
「…なにやってんの?」
「え?」
「なんで知らない男に、顔とか触らせてんのかって聞いてんの」
「触らせるって… ちょっとメイクしてもらっただけだよ? ワタルさんはヘアメイクのタマゴで…」
「それ、さっき聞いたよ」
―――じゃ、なんで怒ってるの?
ヘアメイクの人に、メイクしてもらっただけじゃない…
…って言うか、他に言うことないわけ?
あたし、可愛くなってない?
そりゃ、アヤカとは比べものにならないかも知れないけど…
ワケわかんないっ!
「―――どうせ、アヤカには、負けますよっ! って言うか、陸だって、アヤカの身体とか?触ってたじゃないっ!」
「は? アヤカがなんだって? …ってか、そっちだろうよっ!? アヤカと一緒にモデルやれって言ったの」
そ、そうだけど・・・
「・・・もういいっ! ―――帰るっ!!」
あたしはホテルに向かって歩き出した。
「・・・おいっ! まだ話終わってねーだろっ!?」
陸が不機嫌なまま後を追ってくる。
なんか、泣きたくなってきた…
せっかくしてもらったメイクはフツーとか言われるし、それどころか、なんか余計陸のこと怒らせちゃったみたいだし・・・
本当は、謝りたかったのに・・・
・・・でも今度は、何で陸が怒ってるのか、よく分かんないんだけど?
ヘアメイクの人にメイクしてもらうのがそんなにいけないの?
陸のために、可愛くしてもらいたかっただけなのに…
部屋まで戻ってきたところで、陸が
「―――それ、落とせよ」
「え?」
「メイク。落とせ」
…なんで?
せっかくやってもらったのに…
「やだ・・・ だってせっかくワタルさんがやってくれたんだから・・・」
あたしがそっぽを向くと、
「いいから、落とせって… ちょっと、こっち来いっ!」
と、陸はあたしの腕を引っ張ってバスルームへ連れて行く。
「な、なにするの…?」
陸はシャワーを勢い良く出すと、備え付けの洗顔フォームを手に取った。
…無理やり、落とす気?
「イヤッ!」
あたしは陸の手を振り払って、「―――信じられないっ! なんで、こんなことまでするのっ?」
カレシと上手く行くといいねって言って、してくれたメイクなのに…
「ね、陸? 勘違いしてるよ? ワタルさんはね・・・」
陸にも分かってもらいたくて、ちゃんと話をしようと思ったら、
「―――ねぇ、それ、わざと言ってんの?」
と目を細めて、あたしを射るように見つめる。
「…え?」
「さっきから、ワタルワタルって…」
陸があたしの腰に手を回して、乱暴にあたしの身体を引き寄せた。「そんなにオレにヤキモチ焼かせて、どうしたいワケ?」
「…やっ…ンンッ」
陸が強く唇を合わせてきた。
妬かせたい…って、―――全然、そんなんじゃ…
「・・・ンッ ちょ、ちょっと…陸っ! ンッ 待っ… 冷たっ!」
水のままのシャワーがかかる。「ね、ねぇッ! 陸っ! つ、冷たいよっ!!」
「知らねーよ…」
陸があたしの首筋に舌を這わせる。「結衣が悪い。オレにヤキモチ焼かせるから」
「そ、そんなつもり… なっ… あ、あんッ」
パーカーの上から、陸が胸を触ってきた。「や、やんっ」
「―――なんで、あいつには水着見せて、オレには見せてくんないの…」
「あ…み、見て…た、の…? あ、んっ」
「…見てたよ…… お陰で、撮影に集中できなくて、何回も撮り直しだよ…」
と言いながら、噛み付くようなキスを繰り返してくる。
「ホ…ホント…?」
「ホントだよ… 気が狂いそうだったよ」
陸があたしの肩を強くつかんだ。オレンジ色の前髪の間から、潤んだ瞳があたしを見つめる。
「や、ヤキモチ…?」
「…そうだよ」
「ワ、ワタルさんに? 陸が…?」
陸はちょっと顔を赤くすると、
「何回も言わせんなよ…」
と視線をそらした。
―――陸が、ヤキモチ…やいてた?
アヤカと一緒の撮影にも集中できないくらいに…? うそ…
いつも、妬いてるのはあたしの方だと思ってたのに…
―――あたしたち、お互いにヤキモチ焼いてたんだ…
「―――何、笑ってんだよ…」
「…え? わ、笑ってないよ?」
「イーヤッ! 笑ってた! …そんな、おかしいかよ」
「え? 違う違うッ! そんなんで、笑ってたんじゃないから」
「じゃ、なんで?」
窺うようにあたしを覗き込む、アーモンド形の瞳。
―――おかしくて笑ってたんじゃないよ?
妬いてる陸なんて、初めてで… かわいかったから…
あたしは陸の頬を両手で包み込んで、
「陸… かわいい」
と背伸びをして陸にキスをした。
「…なんだよ… 男がかわいいなんて言われたって、嬉しくねーよ…」
陸がかすかに睫毛を伏せる。
照れてるッ!! やだ、ますます…
「かわいいっ」
「かわいくねーって」
「だって、かわいいもん」
あたしは陸の胸に抱きついた。
「……結衣… 言っていい?」
「…なに?」
「―――オレ、今、メチャクチャ結衣のこと、抱きたい!」
陸もあたしをギュッと抱きしめてきた。「…ベッド、行こ?」
あたしは黙って肯いた。
陸があたしを抱き上げる。
…この、お姫様抱っこって、何回されても… 嬉しいっていうか、恥ずかしいっていうか…
重くないのかな? 男の人って大変…  
って…―――はっ!!
「やだっ!! ちょ、ちょっと下ろしてっ!!」
「? どーしたの?」
陸があたしを抱き上げたまま、視線だけあたしに落とす。
「いいからっ! 下ろして!!」
わ、忘れてたけど…  あたし、太っちゃってたんだ!!
お姫様抱っこなんかされたら、バレちゃうっ!!
「…下ろしてあげるよ? ベッドに」
「ちがっ…」
今すぐ下ろして欲しいのっ!
あたしが必死にもがいても、陸は平気な顔をしてあたしをバスルームからベッドにスタスタと運んでいく。
「はい。着いた」
あたしを優しくベッドに下ろすと、そのまま陸があたしにのしかかってきた。「結衣―――」
「ちょ、ちょっと、待ってっ!!」
あたしは慌てて陸の口に手をあて、座ったままベッドの端まで後ずさりした。
これから… エ、エッチ、するんだよね? あたしも肯いちゃったし…
ってことは、パーカーも、水着も脱ぐんだよね?
「なに?」
陸がにじり寄ってくる。「逃げんなよ。今さら…」
「だ、だって、あの…」
あたし、太っ…
い、言いたくな―――いッ!
あたしがいつまでもパーカーの前をつかんだまま俯いていたら、かすかに陸の声が尖った。
「……今度はなんだよ?」
あ、また怒っちゃう?
―――もう、ケンカだけはしたくない!
「…っちゃったの…」
「え?」
陸が、聞こえない、というように、ちょっとだけ眉をひそめる。あたしが思い切って、
「ふ、太っちゃったのっ! あたしっ!!」
と怒鳴ると、
「太っ…?」
陸は一瞬あっけに取られたようにあたしの顔を見つめたあと、「どこ?」
とあたしの身体に視線を走らせた。
み、見てる……
「ど、どこって… よく分かんないけど… とにかく、太ったの!」
あたしは自分の体を抱くようにして、「…だから、さっきビーチでパーカー脱げなかったの…」
と俯いた。
「結衣?」
「…さっきは、ゴメンね? あたし、ホントは陸と海に来れて、すっごく嬉しかったんだよ。…でも、太っちゃって…水着姿になるのが恥ずかしかったから…だからあんな態度とっちゃったの…」
あたしと旅行に行きたくてたくさんバイトまでしてくれてたのに、怒らせるようなことしちゃって… ゴメンね、陸。
涙が浮かんできて、視界がぼやけた。
「結衣? ―――太ってなんかないじゃん」
陸が優しくあたしを抱きしめてきた。
「…いいよ。気使ってくれなくても…」
「使ってないって。だって、抱きごこち、変わってないもん」
「でも… 水着、きつかったんだよ? 太った証拠だよ…」
「どれ?」
と言って、陸がパーカーのファスナーを下ろす。
「わっ!? り、陸ッ!」
そんな、急にっ!!
「ほら、太ってないじゃ…… んっ!?」
一瞬目を見開いたあと、慌てたようにその目を伏せる陸。
な、なになにっ!? やっぱり…
「…ほ、ほらぁっ! 太ってたでしょっ!?」
恥ずかしくなって、慌ててパーカーの前を合わせる。
陸はすぐにあたしの顔に目を戻すと、
「いや… 太ってないよ…? って言うか、結衣? 水着のサイズ、間違ってない?」
「間違ってないよ! ちゃんと確認したし… だから、太ったんだってばっ!! あんっ」
陸は無理やりあたしのパーカーを脱がせると、水着の上からあたしの胸を触ってきた。
「やんっ ちょ、ちょっと待ってよ! まだ話終わってな…」
あたしが慌てて陸を押しのけようとしても、陸はそのままあたしの胸を触っている。
下からすくい上げるようにしたり、包み込むようにしたり… まるで確認してるみたいに… そして、
「やっぱり…」
と呟く。
「え?」
「結衣。胸大きくなってない? いや、なってるよ、絶対!」
「胸…大きくって…… う、うそぉっ!?」
「マジだって! さっき、バスルームでパーカーの上から触ったときも、ちょっと思ってたんだけど…」
ほ、ホント… に?
だから、水着きつかったの?
「なのに、こんな小さいビキニなんか着ちゃって…」
―――あ… さっきワタルさんが視線そらしてたのも、このせい…?
は、恥ずかし―――――ッ!
「クソ… コレ、あいつも見たんだよな」
「でもね、陸? ワタルさん、紳士だったよ? すぐに目逸らしてたし…」
「逸らしたってことは、一瞬でも見たってことだろっ!?」
「そ、そんなムキにならないでよ… 大体ワタルさんは…」
「だから、ワタルワタル言うなって!!」
「…ンッ!」
腰を引き寄せて、陸が強く唇を合わせてくる。「…や…んッ ふ…っ」
「他の男の名前なんか出てこないように、身体中にオレのシルシ、つけてやる」
「か、身体中って… あ、あんっ」
陸の唇が顎から首筋に移っていく。肩や鎖骨の辺りに噛みつくようにキスを落とされる。
痛いくらいに強く吸われているのに、それが余計陸の気持ちが伝わってくるようで…
なんか… 身体が熱くなってくる。
「や… はぁっ」
首と背中の紐を解かれ、あっという間にビキニの上を奪われた。
「やっぱり、大きくなってる… 触られると大きくなるって言うけど、ホントなんだ…」
陸がジッとあたしの胸を凝視する。
陸の視線でまた身体が熱くなってきて…
まだ、直接触られてるわけじゃないのに… ―――なんか、あたし…変っ
ちょっと目を細めて、あたしの身体を眺めている陸。
「り…陸?」
じっとあたしを見つめたままの陸に声をかける。
あ、あれ?
触ら…ないの?
って、こんなこと考えてるあたしって… なんか、エ、エッチじゃない―――っ!?
「……なに?」
「なに…って…」
…あの…? エ、エッチするんじゃないの?
あたしさっき、陸に抱きたいって言われて、肯いたよね?
でも、女の子の方から、
「エッチしないの?」
なんて、恥ずかしくて聞けないよ…
陸はちょっと口の端を上げて笑うと、
「…結衣、触って欲しいって顔してる」
「なっ!? そ、そそ、そんなこと、ないもんっ!」
「そう?」
「…う、うん」
って言ったって、どうせ、陸のことだから触ってくるんでしょ?
陸があたしの胸に唇を近づけてきた。
「―――はぁ…」
これからくる感覚を思い出したら、それだけで息が漏れた。
―――やっぱりあたし、エッチになってる気がする…
やだやだっ! なんでっ!?
「まだ、触ってないよ?」
陸の言葉に顔が熱くなる。
「……イジワルッ」
「じゃ、言ってよ? 触ってって…」
「い、言わないっ」
そんな恥ずかしいコト… 言えない!
「っそ! …そーゆーふーに言われると、意地でも言わせたくなるね」
「ひゃっ な、なにっ?」
陸の膝の上に、後ろ向きに座らされた。「なにする気っ?」
「イジワル」
あたしの背後から、陸が肩越しに囁いてくる。「結衣から触ってって言うまで、許さない」
脇の下から陸の両手が入ってきて、あたしの胸をすくうように持ち上げた。
「は…」
な、なによ… やっぱり、触るんじゃない…
でも陸は、胸の輪郭を指でなぞったり、うなじや肩口に唇を這わせるだけで、そこから先には近づいてこなかった。
―――あれ? いつもだったら、もっと… 触ってくるのに…
ホントに、あたしから言わせる気?
い、言わないよ? あたし…
「…う、ん…」
気まぐれに、胸の輪郭を触っていたかと思うと、その先端の方に近づいてくる陸の指。
「あ… ンッ」
でも、近づくだけで、すぐにお臍の辺りに移動する。
「早く、言いなよ?」
「やっん!」
耳に息を吹きかけられた。「あんっ… い、言わないもんっ!」
陸の唇が背中を這う。脇の下に近い所を舐めあげられて、
「やぁ、んっ!」
電気が流れたみたいになって、背中がそってしまった。
「結衣の感じるポイント、ひとつ発見しちゃった♪」
と言って、何度もそこに舌を這わせてくる陸。
「あ、はぁっ や、やめて… いやッ …ンッ」
手は相変わらず、微妙に近づいたり離れたりで…
そんなことを延々と繰り返されてたら、まだそんなに触られてるわけじゃないのに、なんだか…身体が溶けだしそう・・・
思わず膝をこすり合わせようとしたら、陸の足に阻まれた。
「…はぁ… り、陸…?」
「言ったでしょ? 言うまで許さないって」
「そ、そんな… あんっ」
耳たぶを甘噛みされる。手は脇腹やお臍の辺りをなでていて…
―――なんか、すごく… じれったい、よ…
…も、もう……
「ホントは、もう触って欲しいでしょ?」
気持ちとは反対に、俯いたまま首を振る。「結衣の身体、熱いよ…?」
お臍の辺りにあった陸の手が、また這い上がってくる。胸の下の辺りにそれが触れた。
「あ、ああんっ」
たまらなくなって、陸の腕をつかむ。「り、陸… もう… 許して?」
「じゃ、言って」
「ど、どうしても?」
「どうしても。 聞きたい。結衣がオレを求めるとこ…」
「は…あぁ…ンッ」
陸の指が、あたしの胸の間を上下になぞる。肌があわ立つ。
「……き、今日の陸…イジワルだっ」
「言ったじゃん。イジワルしてやるって…」
触れそうで触れないところを動く陸の指。「早く、降参しなさい」
「こ、降参する、から…」
「するから?」
―――最後まで言わないとダメなの?
「……って…?」
「聞こえな〜い」
「―――さ、触って… ―――って、もう、やだぁっ!!」
恥ずかしくて逃げ出したくなる。「もうっ、陸なんかキライっ!」
陸が耳元に唇を寄せて、
「…よく出来ました。」
「もうっ! バカにしてるでしょっ!! あたしの方が年上なんだからねっ!!」
悔しさと恥ずかしさが混ざって、陸を叩こうと振り返ったら、その腕をつかまれた。
「ちゃんと言えたから、ご褒美、あげるね」
「え… やっ はぁっ ああんっ!」
それまでじれったい動きしかしていなかった陸の手が、いきなりあたしの胸をつかんできた。
陸の手の平が、胸の先にあたって…
「や… あ、はぁ… あんっ」
「…あ、乳首立ってきた」
「バッ、バカッ!」
そ、そーゆーコト、言わないで…ッ
「恥ずかしがってる結衣の顔… チョーそそられる…」
陸があたしを軽く抱き上げ、ベッドの上に仰向けに寝かせる。
「な、何いってんの… あんっ」
「結衣が、早く言ってくんないから、オレも気が狂いそうだったよ…」
と言って、陸があたしの胸の先を口に含む。
「―――ンッ あ、ああんっ」
くすぐるように舐め上げられ、痛いくらいに…硬くなる。
身体が正直に反応しちゃってて… あたし、やっぱり、エッチになってるよね…
陸の手が、脇腹から腰をなでて、そのまま太ももの方へ降りてくる。水着の上から下肢の付け根あたりを触られた。
「ッ! あッ、はんっ! り、陸―――…ッ」
陸はあたしと目を合わせて、
「結衣… もう、すごく濡れてるよ…」
「いやんっ」
だ、だから、そーゆーコト、いちいち言わないでよっ!
「この、腰紐って… なんか、ヤラシくね? こーゆー風になること、想定して買ったわけ?」
「ちっ、違うに決まってるで… ああんっ や、はぁ」
なんか、今日の陸のセリフ… いちいち反応しちゃうんだけど… あたしの身体…
腰紐が解かれて、陸が中に指を滑らせてくる。
「ひゃっ! あ、あ、…ああんっ」
「やっぱり、すごく濡れてる…」
陸の指の動きに、頭の中が真っ白に…なっちゃう―――
「あ…… ああんっ」
あたしは思わず陸にしがみついた。


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