Cube!   第6話  Fifth ElementC

一瞬何が起こったのか分からなかった。
ゴンドラは降下を止めたようだが、下側の滑車が外れたのか完全に斜めになっている。
まるで滑り台のようで、何かに掴まっていないとズルズルと滑り落ちてしまいそうな角度だ。
ゴンドラはまだ小刻みに振り子状に揺れていた。
……一体何があったんだ?
美紀は……美紀は大丈夫か?
と、美紀がいた方に視線を走らせて、息が止まった。
前方の窓枠が外れ落ちていて……美紀の姿がない!
まさか、外れた窓から……
と全身の毛が逆立ちかけたとき、その窓枠から榎本の上半身が外に出ているのに気が付いた。
そして、その榎本の腕の先に……美紀がぶら下がっている!
「え……榎本、くん……」
美紀の掠れた声が聞こえる。
「う、動く、な……っ」
榎本は右手で美紀を掴み、左手で窓枠を掴んでいた。
俺も美紀を助けようと動きかけて、腕の中に結城がいることに気付いた。
意識を失っている人間は、思いのほか重量がある。しかも、片手は自分の体を支えるため手すりに掴まっているから、ちょっと体勢を動かしただけでズルズルと結城が滑り落ちそうになる。
―――くそっ!
「―――頼む、榎本! 美紀のこと、離さないでくれ!」
俺は声を振り絞った。「絶対に離さないでくれっ!!」
榎本は振り向きもせず、
「……ッ! い、言われなくたって、誰が、離すかよっ!!」
と震える声で返した。
窓の外を見る。地面まで20メートルはありそうだ。
落ちたら……  慌てて首を振る。
そのとき、
「う、ぁぁあああっ!」
と榎本の叫び声が聞こえ、ガクンとゴンドラが揺れた。
瞬間目を閉じ、呼吸が止まった。
どうしたっ!? まさか―――――っ!!
怖くて、すぐには目を開けられなかった。
どれぐらい経ったのか、ゴンドラは揺れるのをやめ静寂が訪れていた。
荒い息遣いが聞こえた。
恐る恐る目を開ける。
傾いたゴンドラ内の端に、榎本と美紀の姿があった。
榎本は壁にもたれかかるようにして座り込み、肩で大きく息をしていた。その榎本の腕の中で美紀が震えながら浅い呼吸を繰り返していた。
榎本は右腕一本で美紀を引き上げてくれたのだ。
先ほどの叫び声はきっとそのときのものだろう。
俺は大きく息を吐き出した。

ロープウェイは、握索不良で急降下したようだった。
握索不良が起きた原因はまだ分かっていなかったが、急降下したゴンドラはすぐに非常ブレーキにより急停止しようとした。その際、ゴンドラが大きく振り子状に揺れワイヤーにぶつかり、その衝撃で窓枠が外れたらしかった。
俺たちは、20分後にはレスキュー隊員に助け出された。
レスキュー隊員が来る頃に意識を取り戻した結城は、少しだけ額を切り出血していたため病院に搬送されることになった。
俺と美紀、榎本の3人は特に外傷はなかったのだが、麓の事務所で救急隊員に様子を窺われていた。
「榎本、美紀のこと助けてくれてありがとう」
救急隊員が引率の教師に事情説明をするため部屋から出て行き、俺たち3人だけになったとき榎本に礼を言った。
「いや、べつに……」
「本当よ。榎本くんのおかげで助かったわ。ありがとう」
と美紀も頭を下げた。
「だから、べつにいいって言ってんだろ」
俺たちが揃って礼を述べると、榎本はちょっと顔を赤くしてそっぽを向きながら、わざと面倒臭そうに言った。
「なんだよ。照れてんのか」
と俺がからかうと、
「そんなんじゃねーよっ!」
と榎本はムキになった。
なんだよ、意外とかわいいとこあるじゃないか。
俺がニヤニヤしながら榎本を流し見ると、榎本は面白くなさそうな顔をしたまま、
「じゃあ……お礼でもしてもらおうか」
と言った。
「モチロンよ! なんでも言って!」
と美紀が請け負うと、榎本はちょっと考えてから、
「……キス」
とニヤリと笑った。「お礼にキスして欲しいな〜」
なんだとっ!?
「ええっ!?」
美紀が驚いた声をあげ、一歩後ずさる。
「なんだよ、その反応。傷つくなぁ」
榎本は大げさに肩を落として見せてから、「ココでいいよ」
と自分の頬を指差した。
「で、でも……」
と言いながら美紀が俺を見上げる。
内心、かなり面白くなかったが、俺は何も言わずにいた。
というか、榎本がいなかったら美紀はどうなっていたか……と思うと何も言えない。
俺は黙って美紀と榎本に背を向けた。
「ホラ。彼氏もいいって言ってるよ?」
と榎本。
「……じゃ、じゃあ……」
と美紀の遠慮がちな声。
俺は目を瞑り、2人の会話を背中で聞いていた。
「もっと近づかないと出来ないだろ」
「え……う、うん」
あ――ッ、焦れったい!
さっさと終わりにしてくれよっ!!
と思った直後、
「……んっ! ん―――ッ!?」
と微かに呻くような声が聞こえた。続いてバシッと何か叩く音が響き、
「いてっ」
という榎本の声が。
「高弥、お待たせ!」
美紀が手の甲で唇をこすりながら腕を組んできた。
榎本を振り返ると、赤くなった頬を押さえながらニヤニヤしている。
大体何があったか想像はつくが……
―――まあ、今回は大目にみてやる。
俺はまだ唇をこすっている美紀の手をどかすと、
「消毒」
と言って美紀の唇に口付けた。

翌日の昼休みに洋子がA組に駆け込んできた。
「ちょっと高弥、大変よ!」
洋子がこう言いながら俺のクラスへ駆け込んでくるのはいつものことで、
「今度はどうした?」
と聞き返すと、洋子は興奮しながら、
「今ね、結城さんに話があるって呼び出されて屋上に行ったんだけど……なんの話だったと思う?」
「さあ? 知らん」
結城からされる話がいい話であったためしがない。どうせろくな話じゃないだろう。
「それがね……」
と洋子が言いかけたとき、洋子の背後から、
「その続きは私が直接話すわ」
と結城が現れた。「昨日の話の続きもしたいし……屋上に行きましょ」
と結城は意味あり気に微笑む。
「……なによ? 昨日の話って」
洋子が微かに眉を寄せる。それに結城は、
「大した話じゃないのよ。A組のことでちょっと、ね」
と今まで見せたことのないようなそつのない笑顔を洋子に向けた。
正直もう結城とは関わりたくなかったのだが、俺も昨日の決着をつけたいとは思っていたから、大人しく結城のあとをついて行くことにした。
屋上へ出たところで結城が振り返った。
いつもはセルフレームの眼鏡をかけているが、今日はメタルフレームの眼鏡をかけていた。
前髪に隠れているが、昨日の怪我の治療跡だろう、少しだけガーゼが見えた。
怪我のことも多少気にはなったが、俺が気を遣う筋合いもないから黙っていた。
すると、結城の方から口を開いた。
「昨日の事故のとき。私、気を失っていたから全然覚えていないんだけど……加納くんが私のこと助けてくれたんですってね。お礼を言わなきゃならないと思って」
「ああ、べつに……」
「ありがとう」
結城に礼を言われるとか……少し気味が悪い。
そんな話がしたくて俺を連れ出したのか?
榎本の話の続きをしたいんじゃないのか?
それとも、俺が助けたことに感謝でもして、考えを改めたのだろうか……
と俺が訝っていると、
「私、やってあげてもいいわよ。生徒会役員」
「……え?」
驚いて結城を凝視する。
あんなに断り続けていた役員を……引き受ける、だと?
どうして急に……
「昨日助けてくれたお礼と、それから……彼のために」
「彼? ……って、もしかして榎本のことか?」
と聞き返した。
結城は肯きながら、
「彼のためにも、私が生徒会に入って加納くんと仲良くなった方が良さそうだもの」
……は?
俺と仲良くって……どういう意味だ?
大体お前は俺のことを嫌っていたんじゃなかったか?
しかもそれが榎本のためとは一体……
訝しげな顔をする俺に、結城はちょっと首をかしげて笑いながら、
「だって、あなたの彼女かなりヤキモチ焼きみたいじゃない?」
と言った。
「……まさかお前、俺たちの仲をこじらせて、美紀を榎本にやろうってのか?」
「あら。鈍い人だと思ってたけど、意外と頭の回転早いじゃない」
と結城は楽しそうに笑った。
俺は呆れながら、
「……そんなことしたってお前にはなんの得もないだろ? 好きな男が別な女と付き合うの見てたって、ツライだけじゃないのか?」
と言った。
結城はそれについては何も答えなかった。
一体こいつは何を考えているんだ?
結城のすべてが理解出来ない。
俺は少し話を変えることにした。
「……お前んとこの病院に、榎本の母親が入院してるんだったよな」
結城はちょっと眉を動かすと、
「……よく知ってるじゃない。そんなこと」
と意外そうな顔をした。
「偶然見かけたんだよ」
「……彼はね、すごく母親思いなのよ。ほとんど毎日、面会に来ていろいろお母さんのこと気遣ってあげて……すごく尊敬してるの、そういうところ」
と言いながら結城は少し視線を落とした。
いつもは挑発的だったり素っ気なかったり……と感じの悪い結城だが、このときは少し素直に見えた。
もしかしたら、これが結城の素なのかもしれない。
「……じゃあ自分が付き合えばいいだろ。病院のことだって話せばいい」
そう言う俺に、結城はちょっと目を細めて鋭い視線を投げた。
「ウチの病院のことは言うつもりないわ。そんなこと言ったら、恩着せがましくなるじゃない」
そりゃ、そうかも知れないが……
「それに、彼が付き合う相手は私じゃ意味ないのよ。彼が好きなのはあなたの彼女なんだから。好きじゃない人と付き合ったって嬉しくないでしょ」
「それは美紀にも言えることだろ。美紀は榎本のことはなんとも思ってない」
と俺が反論すると結城は、
「あなたの彼女のことなんか知らないわ」
と簡単に言い捨てた。
……こいつに何を言っても無駄だ。歪んでいる。
榎本さえよければ他の誰も……自分すらどうでもいいのだ。
「私は彼が幸せになってくれるのが1番嬉しいの。その相手が私じゃなくてもね。あなたには分からないことかも知れないけれど」
「……分からないな、そんなの。分かりたくもないし」
と俺が言ったとき、昼休み終了の予鈴が鳴った。
俺は溜息をつくと、
「お前さ、美紀の前で眼鏡外すなよ」
と言いながら、教室へ戻ろうと歩き出した。
「え?」
「美紀はお前が視力悪くないってこと知らないから」
結城も俺の後をついてきて、
「騙されてたって知られたくないの?」
と問い掛けてきた。
俺が何も答えずにそのまま階段を下りていると、
「優しいのね、彼女には」
「……そう思うんだったら、俺たちのコトそっとしといてくれよ」
俺がうんざりした声を上げても結城は、ふっと鼻で笑っただけだった。
教室に戻る途中、F組の前で榎本に会った。
「おう」
と榎本は言いながら、俺の隣りにいる結城にチラリと目を向け、「またお前……美紀が機嫌悪くなるぞ?」
と眉をひそめる。
「いや、そんなんじゃねーから」
「ホントかよ。頼むぜ、こっちにまで当たられるからさぁ……って」
と榎本は結城の顔を覗き込んだ。「ねぇ、キミとどっかで会ってるよね? 学校の外で」
「え」
急に話を振られて、結城が少し戸惑う。代わりに俺が、
「ああ、それなら……いっつ!」
と病院の話をしようとしたら、結城に思い切り背中をつねられた。
「加納?」
「……いや、なんでもない」
「変なヤツだな」
と榎本は言ったあと、「ところで、どこで会ったっけ?」
と再び結城に顔を戻した。
「さぁ? 私は覚えてないけど」
「えー、じゃオレの勘違い?」
榎本は首を捻りながら教室に入っていった。
俺が背中の痛みに顔を歪めながらA組に向かって歩き出すと、
「さっきの話、他言無用よ」
と結城が前を向いたまま言った。
俺がわざと返事をしないでいると、
「男のおしゃべりは嫌われるわよ」
と冷笑を向けてきた。
「……でも、俺もう嫌われてるよな? お前に」
「ええ、大嫌いよ」
結城は俺より一歩先に教室に入り、ちょっと振り向くと、「じゃ、これから宜しくね。副会長さん?」
と言い、自席に戻って行った。
おいおい…… 本当に役員やるつもりなのか?
あんな性格でみんなと上手くやっていけるのか……今から心配になってきた。
しかも結城は、俺と美紀の仲を邪魔しようとして役員をやると言っている。
もしかしたら今まで以上に大変なことになるのではないか、と俺は心配でしょうがなかった。


「えーっと、高弥は同じクラスだから知ってるんだよね」
と中谷さんが笑顔になる。俺は曖昧に肯いた。
「正式には来月の生徒総会で承認してもらうことになるんだけど」
と言いながら、隣りに立っている結城に手の平を向け、「新しく会計に入ってもらうことになりました、結城奈緒さんでーす」
と結城を紹介した。
結城が、よろしくお願いします、と頭を下げみんなが拍手をする。俺も形だけはみんなに合わせ手を叩いた。
「活動の詳しいことは高弥に聞いてね」
このときばかりは、副会長なのに生徒会を仕切っているのがなぜ自分なのか、と中谷さんが恨めしくなった……
中谷さんは、
「彼が1年で副会長の安田くんだよ」
と1人1人紹介している。結城も愛想良く頭を下げていた。
頭脳は申し分ないし、こうして愛想良くしているところだけ見れば、生徒会的には結城を歓迎したいところだが……
なるべく、必要なとき以外は接触しない方がいいだろう、と俺は考えていた。
ま、中谷さんに結城をお願いするのは無理だとしても、会計の仕事は洋子も一緒にやっていたから、結城のことは洋子に任せておけばいいか。
そんなことを考えながら頬杖をついていたら、
「加納くん、今日から宜しくね」
結城が俺の横に立った。「いろいろ教えてくれる?」
俺にとっては慇懃ともとれるような笑顔を向けてくる。
「ああ。……会計の仕事は洋子もやってたから……」
洋子の方が詳しいぞ、と言おうとしたら、
「……逃げるの?」
と結城が俺の耳元に囁いた。
「は?」
「彼女とのこと。自信があるんだったら、私のこと避けたりしないわよね?」
「……べつに、そんなことしねーよ」
考えを読まれたような気がして、俺は結城から視線を外した。
「ちょっと、何コソコソやってんのよ?」
洋子が眉間にしわを寄せながらこちらを窺う。
「なんでもない」
「それに私、仕事はちゃんとこなすつもりよ」
と結城は微笑んだ。「進学のとき内申書にも有利だし」
そう言う通り、結城はキッチリ会計の仕事をこなした。
じつは、まだ例の生徒総会用の会計報告書作りが終わっていなかったのだが、それも結城はたった1日で作り上げてしまった。
俺と洋子が3日かかって(それも途中までだが)作ったものは、
「これ、あちこち間違いだらけだったわよ。2人で手当たり次第にやったんでしょうけど……こういうものはね、順序立ててやらないとかえって手間がかかるのよ」
と即座に破棄された。
人間性はともかく、結城が会計をやってくれるおかげで、スムーズに仕事がはかどっていることはたしかだった。


「良かったわね。結城さんに会計やってもらうことが出来て」
放課後の生徒会室には、俺と美紀の2人だけだった。
総会前の準備が思ったよりも順調に進んでいたため、他のみんなは生徒会の仕事はしないで早い時間に下校していた。
俺はいくつかの私物を生徒会室に置いてあり、美紀と一緒にそれを取りに来ていた。
「あー…まあな。正式に承認されるのは今度の生徒総会だから、そこで否認されたら別なヤツにしないと……」
と机の中を探りながらそう言うと、
「大丈夫よ!」
と美紀はなんだか嬉しそうだ。「あたしの援護射撃も少しは役に立ったんじゃない?」
「ああ、かなりな。助かったよ」
「じゃ、お礼してくれるわよね?」
美紀が俺の首に腕を回してくる。
美紀の「お礼」と言えば、キスだ。高いのか安いのか……
俺は苦笑しながら美紀に口付けた。何度か啄むようなキスをしてから唇を離すと、
「今日……もう誰も来ないのよね?」
と美紀が潤んだ瞳を俺に向ける。
「ああ。総会の準備も粗方済んだしな」
と俺が答えると、
「じゃ平気ね」
と言いながら美紀が俺のネクタイを外す。
「……って、おいっ!」
俺は慌てた。
ちょっと待て! いくらなんでも、校内じゃマズイだろ!?
美紀に迫られるような格好になりながらソファに座り込む。その俺の膝に乗ってくる美紀。
「ちょ、待てって! 誰か来たら……」
「見せつけてあげるわよ♪」
……悪いが俺にそんな趣味はない。
しかし、美紀はまだ続けるつもりでいる。……こうなっては止める方が大変だ。
「……じゃ、せめて鍵かけよう」
と俺が折れると、美紀は嬉しそうに顔を輝かせた。
俺は苦笑いしながら立ち上がり、出入り口の戸に鍵をかけようとした。
俺が鍵に指を掛けた瞬間、
「……鍵なんかかけて、何する気?」
と急に戸が開いた。驚きで息が止まる。
開いた戸の外に……結城が立っていた。
結城は俺の頭から足元までサッと一瞥すると、
「……なんて格好してるのよ」
と呆れた顔をした。
言われて気付いたが、俺はいつの間にか美紀にシャツのボタンまで外されていたようだ。
「い、いやっ、コレは、その……っ」
慌ててシャツの前を合わせる。ベルトを外されていなかったのが、不幸中の幸いだ。
結城は何冊かのファイルを棚から取り出した。どうやら会計の資料を取りに来たらしい。
そのまま出て行こうとして、
「積極的な彼女みたいね」
と俺を振り返った。「……もっとも、校内でこんなことしてる加納くんの方が、意外性という点では上回ってるけど」
結城は冷笑を漏らしながら出て行った。
……かなりまずいところを見られてしまった。
俺は結城が出て行った戸を見つめたまま溜息をついた。
まぁ、結城は人間性に問題はあるが、こういったことを面白がって他人に言うような人間じゃなさそうだし大丈夫だろう。元々あまり人とコミュニケーションをとらない人間でもあるし。
それに、結城は俺と美紀の仲を邪魔しようとしていたはずだから、逆にこういったところを見られて良かったのかもしれない。
さっきの美紀のセリフのとおり、オレたちの仲を、「見せつけ」られて、変な気を起こさなくなるかも……
内申のことを気にしていたから、1度引き受けた会計の仕事を、
「邪魔出来ないなら、辞める!」
なんてことも言わないだろうし……
最中を見られたわけではないし、これは不幸中の幸いというか、瓢箪からコマというか……いや、逆にラッキーだったんじゃないか?
なんてことを俺が考えていたら、
「……大丈夫かしら?」
「ん?」
意外にも美紀の方が心配そうな声をあげた。「どうした?」
「結城さん。せっかく会計やってくれることになったのに、気まずくなってやっぱり辞めるなんてことにならないかしら? 結城さん真面目そうだし、 変なトコ見ちゃったとか恥ずかしがって……」
と美紀は口に手を当てて考え込む。
「イヤ、真面目は真面目だけど……」
そういう神経の持ち主ではないだろう。
以前に屋上で、
「口にグロスが付いてるわよ」
と冷笑混じりに言われたこともあるし。
美紀はまだ眉間にしわを寄せてブツブツ言っている。
「追いかけて行って、言い訳する?」
結城に会計を引き受けてもらうようになるまで、俺がかなり気を揉んでいたことを知っているからだろう。美紀は真剣に心配している。
そんなに俺のこと心配してくれてるのか?
そんな美紀の姿に胸の奥がくすぐったくなり、自然と笑いがこぼれた。
「なによ?」
「いや、美紀らしくないなと思って。さっきは見せつけてやるとか豪語してたくせに」
と言いながら美紀の頬に手を添えた。美紀もオレを見上げて、
「……追いかけなくて、いいの?」
「いい」
「……会計いなくなったら困るんじゃないの?」
「困る」
俺は美紀を見つめて、「……でも、今は美紀にキスしたい」
一瞬目を見開いたあと、笑顔になる美紀。
美紀が背伸びをして、オレの首に腕をまわしてきた。
「珍しいわね。高弥からそんなこと言うの」
「そうか?」
と言いながら、俺はゆっくりと美紀と唇を合わせた。

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