パーフェ☆ラ 第6章

E 疫病神?


それから1週間は、あたしも文化祭の準備があったり、ヤジマも試合直前で練習がいつもより多かったりで平日は全く会えなかった。
毎日のようにメールや電話はしていたけど、そんなんで出来る話じゃないし。
そんな日を送っているうちに、総武の文化祭の日になってしまった。
「市川さん。 全然クラスの方行かなくていいの?」
あたしが当番以外の時間も写真部の売り子を買って出たら、津田沼が声をかけてきた。
「ん。 いーのいーの! どうせ裏方だし、手は足りてるから」
それに・・・ クラスの方に行くと、いつメグに会うか分からないし。
「別れよう」
って言われてからは必要最低限のことしか話さなかったけど、この前・・・ヤジマと一緒のところを見られてからは明らかに避けられてる。
あたしのせいなんだけど・・・ あたしが悪いんだけど・・・
でも、やっぱりメグに避けられるのは、ツライ・・・
避けられないために、あたしから避ける・・・ そんな感じだった。
「だったらいーけどさ。 昨日も殆どこっちにいたみたいだし・・・」
と津田沼は呟いたあと、「それにしても、船橋くんと千葉くんの写真はよく売れてるよね」
とパネルを見上げた。
あたしたち写真部は、展示以外にスナップ写真も販売している。
修旅の写真もケッコー売れたけど、涼とメグの写真がやっぱり1番よく売れてる。
「これだったら1枚50円じゃなくて、100円でも行けたんじゃないかな?」
「・・・あんた、意外と商売人だね?」
「いや〜、市川さんのおかげで助かったよ! 千葉くんにお礼言っといてね」
「・・・うん」
なぜかあたしとメグが別れたことをまだみんな知らなかった。
もともと照れくさかったから、教室ではあんまり話とかしてなかったせいかもしれない。
それにみんな文化祭の準備で盛り上がってて、ヒトの事どころじゃなかったみたいだ。
でも、さすがにミドリからは、
「なんか、最近おかしくない?お前ら」
って聞かれた。
多分ミドリはまだあのときのことを気にしていて、それであたしたちのことをよく見ているから何か気付いたのかもしれない。
でも、ミドリにも気を使わせたくなかったから、
「ん〜・・・ 文化祭の準備とかで色々忙しいし、あっちも部活とか忙しいみたいだし・・・」
なんてテキトーに誤魔化したりしていた。
そんなんでミドリを誤魔化せたかどうか分からなかったけど、ミドリは、
「ふ〜ん・・・」
と言っただけで、それ以上深くは突っ込んでこなかった。
一体いつまでこんな風にしてなきゃいけないんだろ・・・
3年になったら進路別にクラスが分かれるから、確実にメグとは別になる。
もしかして、それまで・・・・・?
そんなことを考えて落ち込んでいたら、
「そういえば市川さん、もうMVP投票した?」
と津田沼が文化祭パンフレットを眺めながら言った。
「え? まだだけど・・・」
あたしたちの文化祭では、毎回MVPなるものを決めている。
その年の文化祭で1番輝いていた生徒をみんなの投票で決めることになっている。
文化祭パンフレットに投票用紙が付いていて、それを最終日・・・今日の夕方までに投票して、そのあと行われる後夜祭で発表されることになっている。
他にも、看板部門とか、クラス発表部門とか色々あるけど、やっぱりMVPが1番盛り上がる。
ちなみに去年は涼がとった。
1年なのにバスケ部の招待試合でガンガン点を取りまくって、ものすごい目立ってたから。
それまでは、招待試合って文化祭の中では地味な方で、あんまり見に行く子も多くなかったみたいなんだけど、去年は涼のおかげで相当盛り上がっていた。
それから涼は学内1のモテ男だ。
今年も結構なギャラリーが集まりそうな気がする。
「僕はね、もう昨日のうちに投票しちゃったよ」
「え? 早いじゃん。 誰に?」
「そんなの稲毛さんに決まってるじゃない!」
と急に津田沼は熱くなって、「もうさ、昨日の女子バスケの試合でもカッコ良かったんだよ〜! 僕たくさん写真撮っちゃった!」
「そーなんだ」
あたしはその時間ここの売り子やってたから見に行けなかったんだけど。
「だからさ、今日は市川さん見に行っていいよ! 千葉くんの試合あるでしょ?」
「え・・・?」
急に振られて驚いた。
「昨日も今日もたくさん店番してくれたし。 おかげで僕もたくさんいい写真撮れたし。 あとは僕が店番するからいいよ」
・・・・・って、急にそんなことを言われたら困る!
この文化祭で1番困っていたことはそれだった。
メグが出る試合なんか見に行けない。
でも、ヤジマが来るっていうのに見に行かないわけにもいかない・・・
だから、試合を見に行かなくてもすむように、売り子をやるようなもんなのに!!
「い、いいよっ! ここまで来たら最後までやっちゃうし!」
「え? ここまでやってくれたんだから、最後ぐらい楽しんでおいでよ?」
「いいって!」
「どうして?」
「だ、だからぁっ」
なんて津田沼とやりあっていたら、
「真由!」
と誰かやってきた。
振り返ったら・・・
「ヤ、ヤジマっ!?」
「クラスの方行ったらいないからさ。 探しちゃったよ」
ヤジマが制服姿で立っている。
「え・・・ あの・・・ 試合、1時から・・・でしょ?」
時計はまだ12時を過ぎたばかりだ。
ヤジマはやっぱり笑顔で、
「うん。 でも真由に会いたかったから、早めに来た」
「そー、なんだ・・・」
ど、どうしよう・・・ 急に来るからビックリしちゃったよ・・・
「なんだよ、マジでメイドやんないんだ? ちょっと期待してたのに」
「だから・・・ 似合わないからって言ったじゃん」
あたしがドキドキしながらそう答えたら、横から、
「・・・誰?」
と津田沼が。 少し難しい顔をしている。
津田沼がいたことを忘れていた!
「えっ!? あ、あの・・・ と、友達っ! 小学校時代の! 行こ、ヤジマ!」
「え?」
驚くヤジマの背中をグイグイ押して、校舎を出た。
もともと文化祭中で、他校の生徒がいたって全然目立たないんだけど、やっぱり2人で話しているところを見られたくなくて、校舎裏にヤジマを連れて行った。
看板や大道具作りに使ったらしい資材やダンボールがたくさん積まれているところの裏まで移動する。
次にヤジマに会ったらちゃんと話そうと思っていた。
けど、まさかこんなに急にそのときが来るなんて思ってなくて・・・
―――全然心の準備が出来ていない・・・
けれど、これを逃したらまた言いづらくなる。
またヤジマの優しさに甘えて、ずるずる付き合っちゃいそうな気がする。
だから、今。 今 話さなきゃ!
「あの・・・ね、ヤジマ・・・ 話さなきゃいけないことが、あるんだ・・・」
とあたしが言ったら、
「うん」
とヤジマが少しだけ笑う。
これから話すことを考えると・・・ その笑顔がつらい・・・・・
「あの・・・ あのね・・・」
「うん」
あたしがしどろもどろになっていても、ヤジマは急かすこともしないで、あたしがちゃんと話し出すのを待っていてくれる。
どうしよう・・・
早く、早くちゃんと話さなくちゃ・・・
でも、焦れば焦るほどどう話していいのかわからなくなる・・・
あたしがいつまでも俯いていたら、
「お前さ・・・ 1回もオレのこと下の名前で呼んでくれたことなかったよな」
とヤジマが。
「え?」
驚いてヤジマを見上げる。
「まぁ、まだ3週間くらいだし? 仕方ないのかもしんないけど・・・」
ヤジマは笑っていた。
諦めたような、ちょっと悲しそうな、そんな顔で笑っていた。
「・・・ごめん」
申し訳なさ過ぎて、また俯く。
「いや、こっちこそ悪かったな。 やっぱ無理させてんなって思ったし」
「ホントにごめんなさい・・・」
「顔上げろって」
おでこを突くようにして顔を上げさせられた。
「もう気にすんな。 ・・・試合は、見てくれんだろ?」
一瞬迷ったけど、
「・・・うん」
と肯いた。
「初めて市川に試合見てもらえんだな」
・・・市川に戻ってる・・・・・
やっぱりヤジマは優しい。
あたしが言いにくいことを察して、ハッキリ言わなくてもちゃんと分かってくれる・・・
「そーだね・・・・・」
―――ん・・・?
そのとき、視界の端が不自然に動いた気がした。
「まぁ、それがオレの応援じゃないってのが寂しいけどな」
ヤジマはそんなことには全然気付かないで話し続けている。
――――――危ないッ!!
「・・・? 市川? どうし・・・」
「ヤジマッ!」
「えっ!?」
驚いた顔をするヤジマを突き飛ばした。
と同時に、すごい音を立ててヤジマの後ろに積み重ねてあった資材やダンボールが崩れ落ちてきた。
「〜〜〜〜〜〜・・・ッ!!」
・・・・・幸いあたしたちには当たらずにすんだ。
「ヤ、ヤジマ? 大丈夫だった?」
ヤジマは、あたしが突き飛ばした拍子に尻餅をつくような格好で後ろに倒れた。
あと少し気付くのが遅れていたら、当たっていたかもしれない。
ヤジマはこれから試合だっていうのに・・・ そんなことになったら大変だ。
「怪我してないっ? どうしよう・・・っ」
あたしがこんなところに連れてきて話なんかしたから・・・
慌ててヤジマの身体を確認する。
まさか・・・ 前に折った腕、また折っちゃったりしてないよね?
「・・・ッ!? お前・・・ 血っ!!」
「えっ?」
焦ってヤジマの腕を確認していたあたしの手を、逆にヤジマがつかんだ。
―――血?
「足から血っ!!」
ヤジマの怒鳴るような声であたしも自分の足を見下ろす。
「え? ・・・・・あ・・・」
制服のスカートから出た膝から、出血している。
ヤジマを突き飛ばして、勢いで自分も前のめりに転んでしまって・・・ そのときに膝を派手にすりむいてしまったみたいだ。
転んでこんなに血が出るのは、小学校以来かもしれない。
・・・でも、こんな程度ですんで良かった。 どうやらヤジマも大丈夫そうだし。
あの資材やダンボールがまともに当たってたら、今頃ヤジマもあたしも、下手したら病院行きだったかも。
・・・それにしても、あたしとヤジマが一緒にいると、なんでこんな病院に行きそうなことばっかり起こるんだろう?
前にも一緒に川に落ちて病院に運ばれたよね・・・
しかもそのとき、ヤジマには腕まで折らせたし・・・
・・・・・もしかしてあたしって、ヤジマにとって疫病神なんじゃないかな?
怪我させたり、傷つけたり・・・・・・
そんなことを考えていたら、
「保健室どこっ!?」
とヤジマがあたしの腕を取って立ち上がらせた。
「え?」
驚いてヤジマの顔を見上げる。
――― ヤジマが、笑っていない・・・
ヤジマのこんな顔を見たことがなくて戸惑っているうちに、ヤジマはそのままあたしを連れて行こうとする。
「ちょ・・・ だ、大丈夫だよ! これくらい平気だしっ!」
「平気じゃねぇっ!」
「ホントに大丈夫だって! ヤジマはこれから試合なんだし、早く体育館・・・」
「試合より市川だろっ!?」
ヤジマはあたしの言うことなんか全然聞かないで、あたしを保健室に連れて行こうとする。
試合は1時からだけど、着替えたり、ウォーミングアップとか色々あるだろうし、あたしなんかに付き合ってたら試合に間に合わなくなっちゃう!
「マジで大丈夫だから! ちょ、放してっ!」
あたしを連れて行こうとするヤジマに抵抗していたら、ヤジマは舌打ちをしていきなりあたしを抱き上げた!
「ちょっ!? ちょっと、ヤジマっ!? 下ろしてよっ!!」
けどヤジマはあたしの話なんか全然聞いていない。そのまま校舎に入ると、
「保健室どこッ?」
とそこら辺にいた総武の生徒に保健室の場所を聞いて、スタスタと歩いていこうとする。
あたしを抱きかかえたまま・・・・・
みんなが何事かとこっちを振り返っている。
「ヤ、ヤジマ・・・? あの、あたし自分で保健室行けるから。 だから体育館行っていいよ?」
「お前・・・ ホントちょっともう、黙ってろ」
あの優しいヤジマが・・・・・ 怒ってる・・・
あたしも抵抗するのを止めて、黙って保健室に連れて行ってもらった。
「あららら。 また派手に転んだわね」
保健室の先生があたしの膝を見るなり、救急箱を取り出した。
転んだ瞬間は、ヤジマに怪我がなかったかそればっかり心配で全然感じなかったけど・・・・・
「ちょっと染みるわよ?」
「〜〜〜・・・・ ぁいだだだだだっ!」
消毒液に浸したガーゼで傷口を拭かれたら、激痛が走った。
「なんて声出してるの? 女の子が」
「だ、だって〜〜〜・・・」
女だって痛いときは叫びもするよ・・・
先生は手際よくあたしの膝を処置してくれたあと、
「じゃ、歩けるんだったら戻ってもいいし、痛みがひどかったら休んでいってもいいわよ」
と言いながら、ノートに何か記入し始めた。
「あ〜・・・ はい」
どうしよう・・・
本当は足を理由にして休んでいきたい。
でも、ヤジマの試合・・・ 見に行かないと・・・ 最後なんだし・・・
とあたしが迷っていたら、
「休んでけば?」
とヤジマが。
「え・・・ でも・・・」
とヤジマを見上げたら・・・ やっぱり笑ってない・・・・・
怒ってる・・・・・
あたしが勝手なことばっかり言ったから・・・・・
付き合うのOKしたのに(って、本当はカン違いさせちゃっただけだけど・・・)いつまでもメグのこと考えてて傷つけるし、せっかく訪ねてきてくれたのにいきなり別れ話するし、挙句の果てには怪我したあたしを運んでくれようとしたのに、あたし抵抗ばっかりして煩わせて・・・・・
「迷惑ばっかかけて・・・ 本当にごめんなさい」
とあたしが謝ったらヤジマは、
「・・・なんで? 自分の彼女のことだし、当然だろ?」
「・・・え?」
驚いてまたヤジマを見上げた。
え・・・ 彼女って・・・・・
さっきの話で、あたしたち別れたんじゃなかった・・・?
確かに、ハッキリ、
「別れよう」
とは言ってないけど・・・・・
でも、あのときヤジマ分かってくれたっぽくなかった・・・?
「んじゃ、オレ試合があるから・・・ごめん、行くな? 真由は休んでろよ」
「え? あ、あの・・・ ヤジマ?」
ま、また、真由・・・って・・・
やっぱりさっきの話で通じてなかったのかな・・・
―――ちゃんと話さないとダメなんだ。
言わなくてもヤジマなら優しいから分かってくれる、なんて・・・ あたしの甘えた考えなんだ。
でも、なんか今、こんなタイミングで・・・ 保健室まで連れてきてもらったあとに、そんな話出来ない・・・・・
「試合・・・ 見に行けなくてゴメン・・・」
「おう! ・・・絶対勝つよ」
やっと笑顔に戻ってくれたヤジマ。
「頑張ってね」
保健室を出て行こうとするヤジマに声をかけたら、ヤジマが振り返った。
「真由」
「え?」
「試合に勝ったら・・・」
「? 勝ったら?」
そう聞き返したら、ヤジマは一瞬黙り込んで、
「・・・やっぱ、なんでもね。 ・・・ちゃんと休んでろよ?」
そう言って、今度こそ保健室を出て行った。

――― ヤジマ・・・ 何を言おうとしたんだろ・・・・・


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