席替え

「ま・・・ まだかよ?」
「まだ・・・ つーか、もうちょっと高く出来ねぇ?」
―――これ以上どうやって高くしろっつーんだよっ!?
お前は上に乗ってるだけだからいーけど、担ぐ方の身にもなれよなっ!
そう怒鳴りたいのを我慢して、さらに背伸びをする。 足がブルブルと震える。
「頑張れっ! 矢嶋っ! 窪田っ!」
「頼む! オレらの未来はお前らにかかってんだ!!」
周りにいるヤツらが小声でオレと窪田を応援する。
「もうちょっと・・・なんだけど、なぁ・・・」
頭上で窪田がそう囁く。「あとちょっとで・・・ 見えそう」
その窪田の声を聞いて、さらにみんなが切実な声を上げる。
「矢嶋〜っ!!」
背伸びをしたまま、掴んだ窪田の足を持ち上げるようにしてやる。
「・・・どうだ?」
「もうちょっと・・・」
は、早くしてくれ〜〜〜・・・
もう足も肩も限界だよ・・・・・っ!!
と半泣きになっていたら、
「見えたっ!」
突然窪田が叫んだ。
「マジかっ!?」
オレとみんなも同時に喜びの声を上げた。 ・・・直後、
「やだ―――っ! 男子が覗いてる―――っ!!」
教室から女子の叫び声が聞こえた。
「やべっ」
「うわっ! 急に動くなって!!」
上に乗っていた窪田が急に壁から離れようとしたから、オレまでバランスを崩してしまった。 2人して廊下の床に倒れこんだ。
すぐに数人の女子が教室から飛び出してきた。
「ちょっと! あんたたちなに覗いてんのよっ!?」
「そーだよっ! サイッテー!」
女子が腰に手を当ててオレたちを罵る。
「ば、ばーかっ! 見てねぇよっ!」
周りにいた男共がそれに応戦する。
「嘘つかないでよっ! 窪田がそこの窓から覗いてたの、見てたんだからねっ!」
と女子が教室上方についている窓を指差す。
オレたちの小学校の教室は、廊下側に普通の窓はない。 けれど、上の方にだけ明り取りのためなのか、換気のためなのか・・・よく分からないけど・・・小さい窓があった。
「どうせ矢嶋が下になって肩車でもしてたんでしょっ!」
女子が、まだ床に転がっていたオレと窪田を指差す。
ここまでバレたら嘘をついてもしょうがない。
「・・・見よーとしてた・・・けどぉ」
仕方がないから肯いた。
「ほーら、やっぱり!」
女子が勝ち誇ったような顔になる。 オレはそれに付け足した。
「けどっ! ちゃんと見る前にバランス崩して倒れたから、実際は見てねぇんだよ」
「嘘っ!」
「いや、マジだって! なぁっ!?」
慌てて周りにいるヤツらに同意を求める。
男共が一斉に肯く。 ―――みんな共犯者だ。
「信じらんないんだけど!?」
女子が眉間にしわを寄せる。
「ホントだって! ・・・信じられねぇんだったら、もう一回選び直しゃいいだろ!」
一か八かの賭けに出る。
これで本当に席を選び直されたら、せっかくの苦労が水の泡だ。
「・・・・・本当でしょうね〜?」
半信半疑といった感じの口調のまま、女子がやっと教室に戻っていく。 その扉が閉まるのを見届けてから、一斉にため息をつく。
「・・・ヤバかったな」
「お前らの声がデケーんだよ!」
窪田がみんなを睨みつけた。
「なに言ってんだよ! お前が最初に、見えた!っつって大声出したんだろーが!」
「いや、そのあとのお前らの声が―――・・・」
窪田と他の何人かが揉めそうになったから、オレは慌てて間に入った。
「ちょ、待てって! 今はそんなことで揉めてる場合じゃねーだろ?」
とみんなを諌めてから窪田に確認する。「・・・で? ちゃんと見えたんだよな?」
窪田が肯く。
「・・・よし。 これに書け」
紙と鉛筆を窪田に渡した。 窪田がそれにフリーハンドでマス目を書く。 ・・・5年4組の机の並びどおりに。

―――今日は、席替えだ。

********************

「センセー! そろそろ席替えして欲しいでーす!」
もうすぐ梅雨に入るって頃に誰かがそう言った。
「え? だってまだ2ヶ月しか経ってないでしょ?」
ナベセンが困ったように首をかしげる。
「まだ、じゃなくて、もう、だよ!」
「そーそー! みんなと仲良くするには席替えが一番!」
「中村くんの座高が高くて黒板が見えないから、席替えしてください!」
「座高とか言うなよっ! 背が高いって言えよっ!!」
教室が一体となって席替えを要望する。
「わ、分かったから! みんな静かにして!?」
ナベセンが慌てて両手を上げた。「じゃあ、明後日の学活の時間に席替えをします!」
「やったぁ―――!!」
とみんなが声を張り上げる。
―――マジかよ? マジで席替えすんのかよ!?
みんなが喜ぶ中、オレは1人で焦っていた。
なんで席替えなんかすんだよ・・・ オレ、この席気に入ってんのに・・・・・
チラリと隣・・・通路を挟んで隣に座っている市川の方を盗み見る。 市川は、
「楽しみだね!」
なんて、後ろのヤツと話しながら笑っている。
ッ!? なに喜んでんだよっ!?
それとも、そんなにこの席がヤなのかよっ!?
くそ・・・・・っ

席替えは、全員一致で好きな席を選ぶ、という形になった。
まず女子が教室に残ってそれぞれ好きな席を決める。 そのあとに、今度は男だけが教室に入って好きな席を選ぶって方式だ。
後ろの方がいいとか、窓側がいいとか、席の場所自体も問題だけど、もっと重要なことがある。
「川田の隣とかなったらヤだな〜・・・ あいつなんでもすぐナベセンにチクんだよな〜」
「いや、森下とかもメンドーだぞ? ちょっとォ男子ィ〜!って、うるせーうるせー!」
「遠藤とか・・・ケッコーマシかもしんねー。 宿題忘れたときとか見してくれるし」
席替えで最も重要なこと。
―――それは、隣に座る女子が誰かってことだ。
これはクラスの男全員の切実な問題だ。
女子が・・・誰がどこに座るのか知りたい!!
その結果が、オレと窪田の肩車だったわけだ。


「全員のは覚えてねーよ?」
と言いながら窪田がマス目に名前を書き込む。
みんなが息を飲んでそれを見守る。
みんな早く知りたいんだ。 ・・・・・自分が気になる女子がどこに座るのかを。
でも、誰も、
「○○の席どこだった?」
とは聞かない。 そんなことを聞いたら途端に、
「なんだよお前、○○のこと好きなのかよ―――!?」
と騒がれること確実だからだ。
だからみんな、窪田が書き終えるのを黙って待っているしかない。
「・・・・・こんなもんかな。 あとはよく覚えてねー」
窪田が鉛筆を置く。
「これだけかよっ!?」
紙には女子の半分くらいしか名前が書かれていない。
その中には市川の名前も・・・なかった。
あの肩車は・・・ オレの苦労はどうなったんだよっ!?
「もっと覚えてんだろ? ちゃんと書けよ!」
「だからぁ、これ以上分かんねえって!」
と窪田はオレを見上げて、「つか、誰の席知りてーんだよ?矢嶋は」
と口の端を上げる。
言えるわけねーだろっ!
「〜〜〜もーいーよっ!」
窪田の下手クソな字で書かれた座席表を放り投げる。 それに何人かの男が、
「ちょ、見せろって」
と食いつく。
くそっ・・・
なんのためにあんな苦労したんだよ・・・・・ッ!
「次ぃ〜 男子さっさと決めちゃって〜」
女子が教室からゾロゾロと出てきた。 と同時に、男子が教室に飛び込む。
「オレ、ここ〜♪」
窪田が窓側の前から2番目に陣取る。 あの席の隣は・・・・・確か空欄だったハズだ。
女子の誰が隣に座るか分からない席を窪田は選んだことになる。
いや、隣の女子が誰かということよりも、席の場所が気に入って・・・ってこともあるから別に不思議じゃないけど・・・・・
まあ、いいか。
「矢嶋も早く決めろよ」
他の男共がオレを急かす。
オレと窪田は優先的に席を選べることになっていた。 肩車の代償だ。
「んじゃ〜・・・ オレはここでいいや」
窓際の一番後ろに座る。
ここも女子は誰が座るか書き込まれていなかったけど・・・ どうせ市川じゃないなら誰だって同じだ。
つか、市川はどこにしたんだろう?
オレの席からあんま離れてないといいけど・・・・・ 廊下側の一番前とか、最悪だよな。
「男子決まった〜? 全員座った〜?」
ナベセンは教室を見渡してから、「じゃ、女子入っていいわよ〜?」
と廊下で待機している女子に声をかけた。 女子が教室に入ってくる。
市川も教室に入ってきた。 ドキドキしながらその行く先を見守る。
まっすぐに窓際にやってきた。
え・・・ ま、まさかだろ?
テキトーに選んだ席だったけど、もしかして・・・万が一ってことも・・・有り得るのか!?
心臓がドキドキしてきた。

――――――神様っ!

「なぁんだよ〜! 市川が隣かよ〜!!」
窪田が迷惑そうな声を上げる。
「はぁ!? って、こっちのセリフなんだけどっ!!」
市川も眉間にしわを寄せて窪田を見下ろしていた。
「しょーがねーから我慢するけどよ〜、あんまうるさくすんなよ!?」
「だから、こっちのセリフだってばっ!!」
・・・・・市川の席は窪田の隣だった。
なんだよ・・・・・ 窪田の隣だったのかよ・・・・・
っつーか・・・ 窪田?
・・・テメー本当にその席、誰が座るか分かんなかったんだろーな?
窪田は、
「なんだよ、市川かよ!」
を連呼している。
言い方こそイヤそうだけど、顔は・・・・・笑ってんじゃねーかッ!?
テメーやっぱ、狙ってたろ?
メチャクチャ腹が立ったけど、もう決まったことだから仕方ない。
それに、ここで下手に騒いだりしたら、オレが市川の隣に座りたかったことまでバレるかもしんねーし・・・・・
次の席替えまで待つしかないか・・・・・
席が決まったところで、みんながガタガタと机を動かす。
「山本かー」
「・・・ダメ?」
「や、そーゆー意味じゃねーけど」
オレの隣になった山本は、どっちかと言うと大人しい女子だった。 まあ、別に誰だっていいんだけど。
「じゃ、決まったところで帰りの会始めますね。 はい、日直ー」
ナベセンがそう言ったときだった。
「あの・・・ 先生」
「ん? 山本さん、どうしたの?」
急にオレの隣になった山本が手を上げた。
「あの・・・ この席黒板が良く見えないので、やっぱり変わってもらってもいいですか?」
・・・・・は?
驚いて山本を見上げる。
「さっき席を決めるときはまだ男子が座ってなかったから・・・」
確かにオレたちが座っているあたりは、割りと背が高いやつらばっかりだった。 山本は、女子の中でもどっちかというと小さい方だ。
「いいけど・・・ でも、誰か代わってくれる人、いるかしら・・・?」
みんな好きな席を選んだわけだから、そうそう代わってくれるヤツなんかいないだろう。
そう思っていたら、
「あ、あたし代わってもいいです」
と市川が手を上げた。
「えっ!?」
「えっ!?」
窪田とオレが同時に声を上げる。
「え?市川さん、いいの? 助かるわ〜!」
とナベセンは市川に笑顔を向けてから、「山本さん、この席でもいいかしら?」
と山本に確認する。
「あ、そこからなら大丈夫です。良く見えると思います」
山本が肯く。
「じゃ、市川さんお願いね」
市川と山本がガタガタと机を移動させる。
うそ・・・
マジで?
マジで山本と市川席代わんの!?
市川・・・ オレの隣にくんのっ!?
うわ――――――っ!!
「・・・・・・おう」
叫びだしたい衝動を抑えて、隣に移動してきた市川を見上げる。 心臓がドキドキしていた。
市川は机をオレの隣にくっ付けながら、
「ヘンタイ!」
とオレを睨みつけてきた。
「は・・・はぁ!?」
「さっき女子が席決めてるとき覗いてたんでしょ!? ヘンタイ!」
「っ!!」
た、確かに市川の席が知りたくて覗いたけど、結局分かんなかったわけだし・・・
・・・つーか、たかが席替え覗いたくれーでヘンタイ扱いかよっ!?
「ば、ばーかっ! あれは自己防衛策だっつーのっ!!」
あ・・・ なんか、イヤな予感がする・・・・・
なんかまた・・・ 余計なこと言いそうな気がする・・・・・・
「なによ? 自己防衛策って」
市川が眉間にしわを寄せる。
「変な女の隣座りたくねーから! だから誰がどこ座るのか知りたかったんだよ!」
うわっ、なに言い出すんだよ、オレッ!!
「なにそれっ!」
案の定、市川の形相が変わる。 なのに、オレはまだ悪態をつき続ける。
「なんで市川が隣にくるかな〜・・・ これじゃ自己防衛策とった意味ねーじゃん」
「〜〜〜それはどーもすみませんでしたっ! ・・・っていうか、こっちだって同じだからっ!」
市川は顔を真っ赤にしてそう言うと、プイッとそっぽを向いてしまった。
オレの大バカヤロ―――っ!!
せっかく市川と隣同士になれたっていうのに、なにやってんだよ・・・・・・
ホントはもっと仲良くしてーのに・・・・・・
「さよーならっ」
落ち込んでいる間に、いつのまにか帰りの会は終わっていた。
市川はランドセルを背負うと、チラリとオレを見下ろしてそのまま戸口の方に向かう。
・・・・・挨拶もなしかよ。
まあ、自業自得だけどさ。
スタスタと教室前方の戸口の方に向かっていた市川が、黒板の前で足を止める。
どうやら日付を明日に書き換えているみたいだ。 そしてそのまま、日直欄も書き換える。
「・・・・・明日。 遅刻しないでよね!」
「え・・・?」
チョークを握ったまま市川がちょっとだけ振り返る。
「聞いてなかったの? 明日の日直、あたしたちから始まるんだよ。さっき先生言ってたじゃん!」
「日直・・・・・」
市川はさっさと日直欄を書き直すと、
「早く来た方が日誌取りに行くってことでよろしくねっ! ばいばいっ!」
と言い捨てて、足早に教室を出て行った。
帰りの会を聞いてなかったから分かんなかったけど、どうやら明日の日直はオレと市川らしい。
日直・・・・・・
朝はみんなよりちょっと早めに着て、窓開けたり花瓶の水取り替えたりすんだよな。
休み時間には黒板消したり。
帰りの会は司会して。
そんで放課後は残って学級日誌書いて・・・・・
それ全部、日直の2人でやるんだよな。 オレと市川の2人で・・・
改めて黒板を見上げた。 オレと市川の名前が並んで書かれている。

・・・・・急にテンションが上がってきた。

「ひゃっほ〜〜〜うっ!」
思わず叫び声を上げる。
「な、なんだよ? 矢嶋」
周りのヤツらが何事かとオレを振り返る。
「なんでもねーよっ! じゃあなっ!」
オレは勢い良くランドセルを担いで教室を飛び出した。

―――明日がメチャクチャ楽しみだ。


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