C 冤罪晴れて・・・?


「川北先生! もう見回りなんか無理です!」
3年の風紀委員が川北先生を取り囲んで抗議をしている。
あの始業式後の委員会発足の時から丁度1週間が過ぎた。
ウチの学校は普通科が1学年に5クラスあり、ちょうど風紀委員の見回りが一巡した所だった。
一緒に回るはずの先生は、なぜか竹刀を持って校門に立ち服装やら持ち物のチェックなどをしていたから、結局校内の見回りはあたしたち生徒だけで行われていた。
そこで、おおよその現状を把握する為に、3年の風紀委員だけ昼休みに招集がかけられているところだった。
「あいつら年上だからって言う事聞くような連中じゃないですよ!」
「そうですよ! あたしなんかセクハラもどきまでされて……」
「タバコだって…見てください! これは僕たちが見回りをして集めた吸殻の数です。こんなにあるんですよっ!? 見回りしたってキリがないですよ!」
と言いながら差し出したバケツにはいっぱいの吸殻が入っていた。
うーむ、と先生が唸っていると、
「僕なんかカツアゲされましたから! あいつらまるでヤクザですよ!」
とさらに泣き声が上がった。
そんなにひどいんだ……
あたしは他の委員の話を聞いてビックリしてしまった。
もしかしたら陸たちはまだマシな方だったのかも知れない。
「おい。お前らはどうだった? おかしなのに会わなかったか?」
黙っているあたしと五十嵐くんに川北先生が聞いてきた。
「はぁ。会いましたけど…… 大した連中じゃなかったですよ」
と五十嵐くんが淡々とした口調で言った。「ちょっと脅かしてやったら、すぐに引っ込んでいきました」
「お! どうやったんだ?」
川北先生は身を乗り出した。あたしも思わず、
「先生、五十嵐くんすごいんですよ! セコンドやってて…」
と身を乗り出したんだけど、
「……あのね、テコンドーだから」
五十嵐くんに呆れたような目線を向けられて、すごすごと引っ込む。
「そうか、五十嵐はテコンドーやってるのか。そりゃ頼もしいな。風紀委員にはもってこいだな」
他のクラスの委員たちが冷たく笑いながら、
「それじゃA組にずっとやってもらいましょうよ」
と冗談とも本気ともつかないようなことを言うので焦ってしまった。
先生は、とりあえず今月いっぱいは見回りを続けよう、というとあたし達を解放した。
「それにしても五十嵐くんって凄いよね。あたしもやれば出来るようになるかな? その…セコンド―――じゃなくて、テコンドー…だっけ?」
廊下を歩きながらあたしは五十嵐くんに話し掛けた。
「……ねぇ、村上さんのそれって天然?」
「え?」
「いや、なんでもない。……それより、今日の放課後なんだけど大丈夫? 見回り、先週みたいに朝だけでもいいけど」
「ううん、五十嵐くんいるから安心だよ! 他のクラスはちゃんと女の子も一緒にまわってるみたいだし…… 掃除当番なんだけど終わったらすぐ行くから、昇降口のところで待っててくれる?」
あたしは午後の授業が終わると、急いでほうきを手に教室のごみを集め始めた。そんなあたしに、
「ねぇ、村上さん。風紀委員どう?」
と一緒に掃除当番をしている女の子が聞いてきた。「商業科の方も見回ってるんでしょ?」
「うん」
「荒れてるって聞くけど…、そこんとこどうなの?」
「先週の見回りでタバコ吸ってる子たちに会ったよ」
「やば、校内で? やっぱ荒れてるんだ〜!」
あたしたちがそんな話をしていると、他にも何人かの女子が集まってきた。
「え、なになに?」
「いや、商業科が荒れてるって話」
「そんなところ見回ってて大丈夫なの? なんかされたりしない?」
女子たちが心配そうにあたしを見る。
「うー…ん。大丈夫ではないかも。他のクラスの委員の子が、見回り中にセクハラまがいの事されたとか言ってたし……。でもウチは五十嵐くんが強いから大丈夫だと思う」
「そうなんだ〜。なんかゴメンね、押し付けるように風紀委員にしちゃって」
「いいよ。もうなっちゃったんだし、なんとか慣れるようにするよ」
そう言いながら壁の時計をチラリと見上げた。もう掃除終了予定の時間を過ぎている。
早くしないと五十嵐くんが待ってるよ……
そんなあたしの胸中を知る由もない女の子が、
「あ…ねぇねぇ」
と囁くように聞いてきた。「商業科にさ……ちょっとカッコいい子いるよね?」
「なにあんた―――っ!? そんなんチェックしてるわけ?」
と他の女子たちから非難の声が上がる。
「いや、だって本当にカッコいいのよ! ちょっと普通科にはいないタイプ?」
「いつチェックしたのよ?」
「昨日。特殊教室を使うためだと思うけど、こっちの普通科のほうに来てたのよ。その時…」
「出たよっ! 泉、チェック早いから!」
泉さんは周りの冷やかしを無視して、あたしに向かって、
「ねぇ、それでその子のコト知らないかなと思って」
と聞いてきた。
「うーん、あたしも2〜3人の子しか見てないから……」
あたしはほうきを掃く手を止めずに、曖昧に返事をしていた。
今ごろ五十嵐くんがイライラしながら待っているに違いない。さっさと掃除を終わりにして行かないと……
「あの〜…、実は今日も見回り当番で、五十嵐くんが…」
待ってるから、と言おうとしたら、
「え、そうなの? じゃあ調べてきてくれない? その子のクラスとか」
と逆にお願いされてしまった。「あのね〜背が高くて、茶髪っていうかオレンジ色の髪しててね、多分2年生だと思うんだけど…」
年下なの〜っ!?とまたみんなが騒ぐ。
「いいでしょっ」
「ん――…。でもそれだけじゃ分からないなぁ」
見回りだけしかやってないのに、そんなの分かるわけないよ〜っ。
「一緒にいた友達がその子のこと、リク、って呼んでたんだけど」
「え、陸?」
思わず聞き返してしまった。
「知ってるの?」
あたしの反応に泉さんが顔を輝かせる。あたしは慌てて、
「ううん! 知らない知らないっ!!」
と首を振った。
「なんだ―――。知ってたら紹介してもらおうと思ったのに」
「ごめんね…」
「村上さん気にすることないよ〜! この子いい男チェックがシュミなだけだから!」
なによ〜っ! という抗議の声にみんなが笑った。
あたしは一緒に笑いながら、リクって……多分あの陸…だよね? と考えていた。
たしかに整った顔立ちしてたけど、もうチェックが入るほどだったんだ……
「でもほら、所詮商業科だから!」
と言う声に我に返った。
「そうなんだよね〜…」
と、陸をチェックしていた泉さんも肩を落とした。
「ルックスはイケてるかも知れないけど、きっとロクな男じゃないよ」
「やっぱりそうかな……」
「いくらイケメンでも商業科とは付き合えないよね〜。レベルが違うっていうか、人種違うもん。絶対」
みんながそんな風に商業科の悪口を言うから、
「そ、そんなことないよっ!」
と思わず否定してしまった。
この前、援交を迫ってきたおじさんから陸が助けてくれたことを思い出しながら、
「タバコ吸ったり色々したりするかもしれないけど、根は悪くないって子もいるよ!」
「村上さん…? どうしたの?」
みんなが訝しげな顔であたしを見ている。
……なんかムキになってしまった。
「いや、だから、多分というか…… あたしの勝手な想像? あははっ」
あたしは曖昧に笑って誤魔化した。女の子たちも、なんだ〜、と言って一緒になって笑った。
「ちょっと結衣?」
そのとき教室の入り口から麻美が声をかけてきた。
「あ、麻美。どうしたの?」
「なんか、五十嵐が昇降口で突っ立ってたから。もしかして今日見回り当番なんじゃないかと思ってたんだけど……、違うの?」
「やばっ!」
あたしは慌ててほうきを他の当番の子に渡すと、
「ゴメン! 明日はちゃんとやるからっ!」
と急いで昇降口に向かった。
息を弾ませながら昇降口まで下りていくと、もうそこに五十嵐くんの姿はなかった。
先に行っちゃったのかな…… 20分も遅れちゃったし……
乱れた呼吸を整えながら昇降口の外も見てみる。
……やっぱりいない。
あたしは靴を履き替えて校舎の外に出た。
先週は普通科の方を先に見回ってから商業科の方に行ったから、きっと今日も同じように回ってると思う。
だとしたら今ごろは体育館裏辺りをウロウロしてるハズだから……行けば会えるかも。
あたしは小走りに体育館の方へ向かった。
遅れてごめんね、ちょっと掃除当番が長引いちゃって……
……って実際は途中で当番を押し付けて来ちゃったんだけど、とりあえずそんな言い訳でいいか。
なんてことを考えながら体育館の裏に回ろうとしたとき、
「知らねーよっ!」
と体育館内から大きな声が聞こえてきた。
あれ? この声もしかして……
と思いながら体育館を見上げたとき、
「お前に決まってるだろうっ! ふざけるなっ!!」
また別な声が聞こえた。
え? この声は…、五十嵐くん? だよね?
なに? どうしたの?
あたしは一抹の不安を抱えながら体育館の中に入っていった。
五十嵐くんは体育館のギャラリー部分にいた。
体育館は校舎にして2階分くらいの天井高があるんだけど、ちょうど2階部分に当たる場所にギャラリーが設けられていた。
ギャラリーといっても、体育館内をぐるりと一周出来るような幅1.5メートルほどの通路なんだけど。
そのギャラリーに五十嵐くんと一緒にいたのは……思った通り陸だった。
体育館で部活動をしている子たちが、何事かとギャラリーを見上げている。
「五十嵐くんっ!」
あたしはギャラリー部分に駆け上がった。「どうしたの?」
五十嵐くんと陸が振り返る。
「ああ、村上さん。掃除当番は終わったの?」
「あ…うん。ゴメンね、遅れて。ちょっと長引いちゃって……」
……って、なんで練習してきた言い訳をこの状況で使ってんの、あたし…
「いや、そんなことよりどうしたの?」
あたしは五十嵐くんと陸の顔を交互に見ながら聞いた。
「コレ」
と差し出した五十嵐くんの手の上にはタバコの吸殻が乗っている。「こいつがこのギャラリーの窓から外に投げたんだよ」
五十嵐くんがちょっと顔を陸の方に向ける。
「だからぁ、オレじゃねーって!」
「お前しかいないだろ!」
「あのね、センパイが上がってくる前にここにいたヤツが他にもいるの。オレはバスケ部の練習見てただけ」
「それ誰だよ。そいつの名前言えば信じてやるよ」
「そんなのイチイチ覚えてねーよ」
陸はポケットに手を突っ込みながら面倒くさそうに答える。
「そんな話が通用すると思ってるのか? お前が投げたタバコのせいで下にいた女の子の髪が焦げたんだぞ!?」
「えっ? 本当にっ?」
あたしは驚いた。
「ああ。幸い顔や手なんかは大丈夫だったんだけど……髪の毛がね。ちょっと焦げたんだよ」
そう言うと五十嵐くんは陸を睨みつけた。
陸はふてくされた顔をしてそっぽを向いている。
「……見てたの? り…、この子が投げるところ」
「見てたっていうか…… 体育館の裏を見回っていたら悲鳴が聞こえて、慌てて駆けつけたら、体育館の窓からタバコが落ちてきてそれで髪が焦げたって女子が泣いてるんだよ。で、すぐに上がってきてみたらこいつがいたってワケ」
「……じゃ、投げたところを見たわけじゃないんだよね?」
あたしは確認するように聞いた。
「……まぁ、そう言われりゃそうだけど」
「状況証拠だけじゃ決め付けられないよ。五十嵐くん、そのタバコ見せて!」
あたしは五十嵐くんに手の平を差し出した。
五十嵐くんは一瞬絶句したあと、
「……村上さん、何言ってんの? こいつがやったに決まってるでしょ?」
と信じられないものを見るような目つきであたしを見返した。あたしは構わず、
「だから、それを確認するから見せてよ、タバコ」
とさらに手の平を五十嵐くんに近づけた。
五十嵐くんが黙ってあたしを見下ろしている。
眼鏡の奥の瞳が見る見る間に冷たいものに変わっていって怯みそうだったけど、あたしは手を差し出したまま五十嵐くんを見上げていた。
お互い視線を外せずに睨み合っていると、
「―――いいよ、もう! メンドくせーなぁ」
と陸が言った。「はいはい、オレがここから投〜げ〜ま〜し〜たっ!」
「えッ!?」
あたしは驚いて陸を振り返った。
「で? オレはどこに行けばいいワケ? 職員室? それともケーサツ?」
陸は、降参、といった感じに両手を顔の横に上げている。「ま、どこでもいいよ」
ちょっと! 本当にあんたがやったのっ?
「五十嵐くんっ、それ貸してっ!」
あたしは五十嵐くんの手にあったタバコの吸殻を奪い取った。そして、
「ちょっと! タバコ出しなさいよ」
と陸に向かって言った。
「あ?」
「ポケットに入ってるでしょ? マルコポーロ…の緑だっけ?」
あたしはこの前の話を思い出しながら陸の前に手を出した。
陸は一瞬目を細めてあたしを見たあと、フイッと視線を外し、
「―――知らねーよ。そんなモノ」
としらばっくれた。
「いいからさっさと出しなさいよ! 陸っ!」
あたしが迫ると、はぁ、と大きな溜息をついて、やっと陸は制服のポケットからタバコの箱を取り出した。
「最初から大人しく出せばいいのよっ!」
ひったくるように陸から緑色のタバコの箱を取り上げて中から1本抜く。
五十嵐くんが拾った吸殻はフィルターの部分が白いけど、陸の持っていたタバコはそれが茶色だった!
「ねぇ見てっ! ほらぁ! このタバコ違うよ! やっぱり別な人が投げたんだよ!」
やっぱり、思ったとおり陸じゃなかったんだ!
あたしは嬉しくなって、
「もう! 違うなら違うってもっとハッキリ言わなきゃ! もう少しで陸がやったことになっちゃってたんだよ!」
と陸の背中を叩きながら言った。
疑いが晴れて喜ぶかと思ったら、なぜか陸は困ったような顔をして額に手を当てていた。
それどころか、あたしと目を合わせようともしない。
なによ。疑いが晴れたっていうのになんでそんな顔してるワケ?
陸の態度にちょっと不満を感じながら、今度は五十嵐くんに向かって、
「ね、五十嵐くん。これでこの子がやったんじゃないって証明されたんだから、もう解放してあげてもいいよね?」
と言った。
五十嵐くんはちょっとの間、あっけに取られた顔をしてあたしを見ていた。けれどすぐに、
「……女の子の髪を焼いたのがこいつじゃないっていうことは、認める」
と不本意そうに肯いた。
「だよね! タバコの種類が違うんだもん」
あたしが力強く肯くと、でも…と五十嵐くんは続けた。
「タバコ…、所持してたってことは事実だよね?」
「―――え? あ…っ!」
直後、顔が強張るのが自分でも分かった。
五十嵐くんはあたしの手から緑色の箱を取り上げると、
「ほら、一緒に来い! とりあえず職員室だ」
と陸に向かって顎をしゃくった。そして動けないままのあたしを残して、体育館の出口に向かって歩き出す。
え…… あたしもしかして、余計な事しちゃった…の?
呆然とするあたしの横を陸が通り過ぎようとして、
「バーカ、結衣。どうなっても知らねーぞ?」
とあたしに顔を近づけて囁くように言った。
「そ、そうだよね。どうしよう…。タバコのことバレちゃって……」
あのまま陸が知らないって言ってれば、タバコを持ってるのはバレなかったかもしれないのに……
それをあたしが無理矢理出させたから……
「違うよ。そんなことじゃなくて…」
と陸が言いかけたとき五十嵐くんが振り返った。
「ねぇ、村上さん。そいつと知り合いなの?」
「―――え?」
「さっき陸って呼んでたよね?そいつの事。……ナニ陸? クラスも教えてよ」

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