B 陸のキモチ


正直、かなり驚いていた。
まさかこんなところで結衣と会うなんて。
だってこれ合コンだぞ? なんで結衣が来るんだよっ!?
オレも驚いたけど、結衣も相当驚いているみたいだった。
つか、驚いていたのは最初の方だけで、段々その顔は怒りに変わっていったんだけど……
ヤベーな……

オレの名前は今野陸。桜台高校商業科の2年。
今野って名前はイマイチ好きになれない。
ま、今ココでそんな話しても長くなるだけだから省くことにする。
1ヶ月ちょっと前から、オレは同じ高校で普通科3年の結衣と付き合っている。
結衣は…もう、チョー可愛いっ! いつでもイチャイチャしたいしキスしたい!
結衣は恥ずかしがってなかなかさせてくれないけど、オレは無理やりにでもキスしたりしてる。
マジで今すぐ食べちゃいたいくらい!
―――って、実はまだ食ってないんだよね。結衣の事は……
オレは結衣と付き合う前までかなり遊んでいた。
自分で言うのもなんだけどオレはわりと女ウケするほうで、こっちがわざわざ声かけなくても女に不自由する事はなかった。
女との付き合いでモラルや常識なんか気にしたこともないオレは、相手に男がいようがいまいが誘われれば簡単にセックスだってしていた。
もちろんそこに愛なんかない。お互い快楽を求めるだけの関係だ。
何人か特定の彼女を作ったこともあったけど……持って2ヶ月だった。
男女の付き合いなんてオレにとってはゲームと一緒だった。
腹の内を探り探られ、恋の駆け引きを楽しむ。
だから付き合う前が一番楽しい、と言った方がいいかもしれない。
実際に彼氏彼女の関係になってしまうと、途端に興味をなくしてしまう事が殆どだった。
大抵の女がそうだけど、付き合うようになるとなんで全部脱いじゃうのかな?
いや、服の事だけじゃなくてさ。
なんつーか……見せすぎっつーか? 隠さなさすぎ?
こっちとしてはもうちょっと謎の部分が欲しいわけ。見せないでって。
よく女は、
「付き合う前はイロイロしてくれたのに〜。彼氏になってからはなーんもしてくれない!」
とかって言うけど、オレたち男に言わせりゃ、そりゃお前ら女の方だろうよっ!と言いたい。
ファッションやメイクに気合を入れるのはいいんだけど、それは見えないところでやって欲しいんだよな。
付き合う前はリップ直すだけでも洗面所に行ってたくせに、目の前でメイクすんなよ。
あと、一緒にいるときにずーっと鏡見てたりされると、
「オレの顔よりテメーの顔かよっ!?」
と突っ込みたくもなる。
べつにねいいんだよ。そんな派手なメイクなんかしなくても。ガングロパンダメイクするぐらいなら何もしない方がいい。
シャワー浴びて出てきたときに、
「だ、誰だよ?」
って言いたくなるぐらいのメイクは本当に止めて欲しいし。
あとね、タバコ。
オレも吸うからあんま強く言えないけど、出来れば彼女には吸って欲しくない。
付き合う前は気を使って吸わなかったんだろうけど、彼女になった途端スッパーとやられると……なんか冷めるんだよな。
抱きあった後に、オレのタバコから、
「1本ちょうだい」
なんて言われたときにはドン引きだよ。
あ、隠れて吸ってても分かるからね。
キスしたときなんかバレバレだし、いくらブレスケアとかしても髪や洋服に付いた匂いで分かっちゃう。
まあ、ちょっとつまみ食いするぐらいの相手だったら別にそんな事気にしないんだけどさ。
オレが遊び人に見えるからか(実際遊んでるけど)、オレの周りには得てしてそういう女が寄って来ることが多かった。
そんな感じで、彼女はいないけどセフレだったらたくさんいるって状態のときに結衣と出会った。
結衣はとにかく何もかもが新鮮だった。オレが知ってる女とは全く違うタイプ。
きっと男と女の駆け引きなんてしたことないだろうな。
作ったところが全然なかった。天然だった。
オレたちの出会いは最悪だった。
なんと、オレが体育用具室で別な女とヤッてる現場に結衣がいたんだ。
いや知らなかったんだけどね、終わるまで。
オレ人前でセックスとか、そっちの趣味はないから。
まあ見られちゃったもんはしょうがないと思ってたら、見られたこっち以上に結衣が真っ赤になっちゃって…… まるで完熟トマト状態。
それでからかったら、殴られた。最低とか低俗とか罵られもした。
これが普通科の真面目な女の反応か…とか思ってたら、どうやら結衣はその普通科の中でもさらにお子様だったようだ。
オレより年上のくせに経験値が低いから、簡単にエンコーオヤジに引っかかったりもしていた。
それをオレが助けたせいなのかどうかは知らないけど、今度は結衣がオレを庇ってくれた。
あの時は衝撃的だった。感動したといってもいい。
今までオレは女に庇ってもらった事なんか1回もなかったから。……いや、男にだってないな。
オレは商業科だという理由でテコンドーに無実の罪を着せられそうになっていて、そこに結衣が現れてオレを庇ってくれた。
普段からオレたち商業科は、どうしようもない、ロクでもないと言われ続けていた。教師もオレたちに何かあると、
「これだから商業科は……」
ってぼやくことが多かった。
あのタバコの1件のときだって、ギャラリーにいたのが普通科のヤツだったらテコンドーだって疑っていなかったに違いない。
学科カンケーねーだろうよっ! 決めつけんなよ!! くそムカつく!!!
……でも結衣は違った。ちゃんとオレを個人として見てくれた。
もうね、なんかその時点ですでにオレ舞い上がっちゃってたのかも。
半ば強引にオレの彼女にしちゃった。
で、いつものオレだったら即食いなんだけど、なんか結衣にはなかなか手が出せなかった。
冗談にして襲うフリはした事あるけど、なんだか……抱いたら壊しそうで怖かった。
1回だけマジでヤバかった時があった。ノーブラの結衣と体育用具室で2人きりになったときだ。
なんでノーブラだったのか結衣は必死になって言い訳していたけど、今となってはその理由はよく覚えていない。……つかその時のオレに理由を聞いてる余裕なんてなかった。
ちょうど結衣の元カレの問題なんかが解決した後で、結衣に、
「あたしが好きなのは陸だからっ!」
と言われた直後だったから余計に感情が昂っていた。
湧き上がる欲情を押さえ切れなくて、体育用具室だっていうのに結衣に襲い掛かってしまった(なんか、体育用具室でばっかヤッてるように思われそうだな)
最後までする気はなかった。
ただ、結衣の身体を見てみたかった。少しでも触ってみたかった。
ほんの少しだけ(オレにしてみれば少しだけなんだけど、結衣にしたら大変なことだったみたいだ)結衣の身体に触ったら、驚くほど敏感に反応してオレの脳を揺さぶった。
結衣の吐息を聞いたら理性のタガは簡単に外れてしまった。
怯える結衣をなだめすかして上半身を裸にした。
恥ずかしさと恐怖からか、結衣はほんのりと身体を上気させ身を竦めていた。
オレは言葉を失ってしばらく結衣の身体に見惚れていた。
うっすらと血管を浮き上がらせた日に焼けてない白い肌。
オレの視線から逃れるように顔を背けていたせいで、余計に色っぽく見える首筋から鎖骨のライン。
その下には…… オレの手にすっぽりと収まりそうな小振りだけど形のいい2つの丸い膨らみ。
その膨らみの頂点で桃色に色づき震える固く小さな蕾……
なんなんだよ、こんなの見たコトねーよ……
あの時は本当に頭がイカレてしまいそうだった。
脳ミソは沸騰直前で、もう結衣が泣いても喚いてもこのまま押し倒してしまおうか、という状態にまでオレは昂っていた。
あのとき風紀の川北が来なかったら本当にどうなっていたか。
結衣を抱きたいとは思うけど、やっぱり初めてが体育用具室ってのは……いただけないだろ?
どうやら結衣は、元カレのアキヒコとそこまでの関係じゃなかったみたいだ。
だとしたら全くの初めてなわけで……
オレがあの結衣の身体を開拓するのかと思うと、もう叫び出したいくらいの衝動が襲ってくる。
結衣と付き合い始めてからも女に声をかけられることがあったけど、テキトーに流して相手をしなくなった。
基本的に、モラルや常識なんて…というスタイルに変わりはないけど、とにかく結衣を泣かせるようなコトだけはしたくなかった。
付き合い始めた頃の結衣は、オレが他の女とも遊んでるんじゃないかと疑っていたようだ。
まぁ、カレシ持ちの女と体育用具室でヤッてるところ見られてんだから、そう思われても仕方ないけど……
……と前置きが長くなったけど、そんなわけでオレは身持ちが固くなった。
そんなオレに同じクラスのジュンが、
「陸、今度の土曜日合コンな!」
と声をかけてきた。「年上だからイケるかも知んねーぞ♪」
「マジか!」
と条件反射のように返事をしてから、「あ〜… でも、やっぱ止めとくわ」
「なんで?」
「彼女泣かしたくないから」
オレがそう言うとジュンは一瞬目を見開いたあと笑い出した。
「何それ? 今の陸のセリフ? マジで?」
「なぁ?」
オレも一緒になって笑う。「マジ、ウケるよなぁ?」
「ウケるウケる!」
ジュンは腹を抱えている。「つか、いいから来いよ」
「あー…」
オレが言い淀んでいると、
「お前入れろってご指名だからさ。1次会で帰っていいし。それまでになんとかするから」
なんとかするって…… 1次会の最中でお持ち帰りすんのか。
「んじゃ行くけどさ。ホントに1次会で帰るからな?」
「はー…マジでどうしちゃったわけ? べつに彼女いたっていいじゃん。バレなきゃ」
ジュンは本当に不思議そうな顔をしてオレを見返した。
「……そーだな。じゃ、気に入った子がいたらな」
面倒だったからテキトーにそんなふうに答えておいた。
当然だけど結衣には内緒だった。言えるわけがない。
前日の金曜日にもし、
「明日どこか行かない?」
と誘われたらどうしようと心配していたが、結衣は結衣で用事があったみたいだ。ホッと胸をなで下ろす。
で……合コンに来てみたら結衣がいた、と(結衣は合コンだとは知らずに参加したようだった)
「なんだ、結衣の用事も合コン? 偶然だな〜!」
……なんて笑ってくれないかな。
笑うどころか結衣は案の定、
「やっぱり他の女の子と……?」
と疑ってきたけど、最後にはオレのことを信じてくれた。
このまま二人でバックレちゃっても良かったんだけど、なんか結衣の方の都合で他人のフリをして1次会は出る事になった。
しかし今日の結衣の格好…… マジ可愛くないか?
スカート短けーよ。長さは制服とあんま変わんないから立ってれば全然平気なんだけど、デニム生地だから座ったときがヤバい状態だぞ。
正面のオレの席から見えてるし。他の男は誰も気付いてないからいいけど。
思わずソファに浅く座り直して、背もたれにダラリといった感じに寄りかかる。
……白、か。
あ―――ッ! 結衣〜っ!! 早く開拓させてくれよ―――っ!!
「……サイテーだね、あんた」
隣りの席から尖った声が飛んできた。「自分の彼女に何してんの」
結衣の親友だった。たしか麻美とかいう…… ちょっと苦手なんだよな、この人。
慌てて座り直す。
「どーも」
肯くように挨拶をして、「なんで合コンなんか来てんすか?」
「べつになんだっていいでしょ」
「あー、知らなかったんだもんね」
オレがそう言うと麻美は少しだけ笑って、
「本当に知らなかったのは結衣だけよ。あたしはなんとなく気付いてたし。だから結衣の付き添い兼……」
と言ってグラスの飲み物を一口飲む。「気晴らし、かな?」
「気晴らし? ……ああ、受験勉強の?」
レモンをスクイザーで搾りながら聞く。
「―――違う」
「ん?」
「好きな男に相手にされないから、その気晴らし」
スクイザーをグラスに傾けたまま麻美の顔を見上げる。麻美は黙ってオレを見返してきた。
……なんだ?この人。ケッコー飲んでんのか?
「……なんか歌います?」
と歌本を渡してみる。麻美はそれを無視して、
「聞けば?」
「はい?」
「あたしの好きな男の事」
「はぁ……」
なんだ? なんかメンドくせーことになって来たぞ。
結衣にヘルプしようと目線を走らせたけど、結衣はジュンに何か話しかけられていてこっちに気付いていなかった。
ジュンが結衣の肩に手をかける。
おいっ! それは持ち帰り禁止だぞっ!?
「心配?」
麻美も結衣の方に目線を向ける。
「そりゃ、まぁ……」
曖昧に肯くと、
「あ〜あ。あたしも結衣みたいに小さく可愛く、ボケて生まれて来たかったな〜」
「どうしたんすか?」
とりあえず訊く。
オレは今までの経験から、女が話を聞いて欲しいときの雰囲気を察知することに長けていた。
はいはい。話したいんでしょ? 聞きますよ。
「あー!? 今面倒くさそうに訊いた!」
「ははは。バレちゃった?」
麻美と駆け引きを楽しむつもりはないから早々に話を切り上げる。
「いい性格してんね、あんた」
「センパイもね」
「ちょっとぉ〜っ!陸くんっ!!」
反対隣りに呼ばれる。振り向いたオレの目の前にグレープフルーツとスクイザーが突き出された。
「搾って〜」
「はいはい」
……ってオレはホストかよっ!?
搾っている間中その女はオレに話しかけていた。
「ねぇ、陸くん渡辺さんと知り合いなの?」
「ワタナベ?」
「渡辺さん」
と麻美を指差す。麻美は反対隣りの男と何やら話している。
この人、ワタナベって名字なのか……
「……いや?」
「ふうん。親しそうだったから知り合いかと思っちゃった」
それならいいんだ、とその女は言って、「ちょっとこっち来て?」
とオレを廊下に連れ出した。
なんだ? と思いながらも後をついていったら、自販機が並んでいるエレベーターホールの前で女は立ち止まった。
「陸くん彼女いないよね? こんなのに参加してるんだから」
……なんだ。この女オレに気があるのか。
メンドくさいから、
「いるよ」
と答えた。
「ええっ!? うそぉっ!」
「ホント。チョー可愛い彼女が」
「……ジュンくんが、陸には彼女いないって言ってたのに〜」
あいつテキトー言いやがったな。
「ゴメンね?」
と謝ると女は俯いた。
おいおい、まさか泣く? 
こんな所で泣かれたら面倒だな…と様子を窺っていると、
「……して」
「うん?」
小さくて聞こえなかった。「何?」
「じゃ、キスだけして。それで諦めるから」
「……やっぱりケッコー飲んじゃったみたいだね?」
「飲んでるけど酔っ払ってないよ? 真面目なのにっ」
とオレの服を引っ張る。
なんだよなんだよ〜。勘弁してくれよ……
ケータイの液晶パネルを見る。そろそろお開きにしてもいい時間だった。
「部屋戻ろ? もうすぐ時間だし」
「やだっ! キスしてくれるまで帰らないっ!」
「イズミさ〜ん?」
「もうっ! 女から誘ってるのに! 恥かかさないでよっ!!」
ちょっと前のオレだったら、なんの躊躇いもなくキスしていただろうけど……
よりによって結衣のクラスメイトとなんか出来ねーよ。
わざとみんながいる部屋の方を振り返りながら、
「ホントにごめんね? 彼女もいるから……」
と言うと、
「えっ!?」
と女が鋭い声を上げる。「あの中にっ!?」
顔を近づけて女の唇に人差し指を当てる。
「内緒にしておいてね?マジで。 オレとイズミさんの秘密」
女って秘密とか共有するの好きなんだよな。
なんとなく納得してくれたみたいだったから、女の背中を押すようにしてさっさと部屋に戻った。
部屋に戻ったら一緒に来ていたヒデから声をかけられた。
「陸、席代わって」
「? なんで?」
あれ、とヒデが指差す。結衣が顔を真っ赤にしてなにやらジュンに説教しているところだった。
なんであんなに顔真っ赤なんだよ?もしかしてさっきから飲んでたのって酒か?
ヒデがオレに耳打ちする。
「かなり飲んでて気付いてないみたいなんだけどさ。あの子多分パンツ見えてると思うんだよね」
思わず目を見開いてヒデを見返す。
「だから代わって、席」
「……いや、見えねーよ」
「は? ありゃゼッテー見えてんべ?」
ヒデが肩を組んでくる。オレはそれをゆっくりと解くと、
「いやマジ見えねーって。オレ試したもん」
と冗談のようにしてはぐらかす。「全然見えなかった」
ふうん、とヒデが興味を失ったような返事をしたからホッとしていると、
「でもさ、とりあえず自分でも試してみてーからやっぱ代わって」
とヒデはまだ諦めない。
「しつこいね」
「いいから代われって」
「やだよ」
「……あ〜?」
ヒデが急に良い事を思いついたという目になる。
「……なんだよ」
「やっぱ見えてんだろ?」
と言ってヒデはオレの耳元に口を寄せた。「もしかしてそれで今イッパツ抜いてきた? ズリーよオレにも…」
ヒデは最後まで言うことが出来なかった。
気付いたらオレはヒデの事を思い切り殴っていた。

NEXT