Cube!   第2話  BLIND SOLDIERD

それからの俺は、時間を見つけてはクラブハウスの下に潜って宝石を捜した。……が、なかなか見つからなかった。
鉢合わせしないように、榎本が学園祭の練習中かバイトがある日に潜り込んでいたのだが、誰かがクラブハウスの下に入り込んでいる痕跡は消せるものではない。榎本はすぐにそれに気がついたようだ。
そして多分、それが俺だということも。
だが、それについて榎本からなにかアクションを起こしてくることはなかった。榎本は今までのように……いや、それ以前の知り合う前のような態度に徹底してみせた。
相手より先に宝石を見つける。お互いそう思っていた。
榎本の掘った痕跡を見ると、入り口付近の右側に集中している。それ以外は掘り返されていない。
どういうわけか知らないが、榎本は犯人が宝石を埋めたおおよその場所がわかっているらしい。
榎本より先に宝石を見つけだしたいと思っているが……確実に不利だった。
どうしたらいいのか……
そうこうしているうちに、学園祭前日になってしまった。
「どうするのよ、高弥。とうとう見つけられなかったじゃない」
「まだ明日1日あるだろ」
いよいよ明日は学園祭だ。つまり明後日からクラブハウスの工事が始まってしまう。
今回の増設工事はクラブハウスを2階建てにしようというもので、今までの基礎をもっと頑丈にしてから始めることになっていた。
床下もセメントを流すことになっている。
そんな状態になってしまったら、宝石を見つけることはほとんど不可能だ。
俺は頭を抱えていた。
「高弥、いよいよ明日だね。司会は僕がやるから、フォロー頼むよ!」
俺たちが頭を悩ませいているところへ中谷さんが陽気に入ってきた。
「え? ……ああ、はい」
またクイズのことを忘れていた。
んんっ、と中谷さんは喉をならすと、
「ただ今から、第1回青葉学園高等部ウルトラクイズを開催いたしま〜す!」
と明日のクイズ進行の練習を始めた。
「第1回……ですか」
俺が呆れながら聞くと、
「うん。いいアイディアだからね、これから毎年恒例になると思うんだよ」
と中谷さんは子供のように喜んでいる。
「えーっと、最初に○×クイズで次がばらまきクイズ。その次に借り物競争が入って……」
と中谷さんは資料を見ながらブツブツ言っている。
「クイズで借り物競争?」
美紀が小声で俺に問いかけた。
「俺に聞くな」
俺も小声で返す。
「で〜、最後は間違い探しで決勝戦だ!」
俺はまたまた驚いた。
間違い探し?
どうしてこの人は、こうも奇抜なアイディアが次々と出せるのだろうか。その数にだけは感心してしまう。
「高弥には特別に問題見せてあげるよ」
と中谷さんは2枚の大きなパネルを出して見せた。
今はそんなものを悠長に見ている余裕はなかったのだが、中谷さんの無邪気な顔を見ていると無下に断ることも出来ず、
「へぇ。どんなのです?」
と美紀と一緒にそれを覗き込んだ。
それは学園を上空から写した高空写真であった。
「これはね、現在の学園と5年前の学園の高空写真なんだよ。微妙に違うとこがいくつかあるんだ。難しさによって点数が違うんだけどね。高弥、見つけられるかい?」
「…………あっ!!」
そのパネルを見た瞬間、俺と美紀は同時に声を上げた。そしてお互いに顔を見合わせると急いで生徒会室を出ようとした。
「高弥、美紀君? どうしたんだい? この問題……もしかしてダメかな?」
俺たちが無言で出て行こうとしたのを中谷さんが勘違いした。心配そうに眉を寄せている。
「いいえ、会長。最高ですよ、その問題! 明日の学園祭はそれでバッチリです!」
「本当、さすが会長だわ!」
「え? ホント?」
途端に中谷さんは顔を輝かせた。
「もちろんですよ! クイズに間違い探し! その発想力は会長ならではです!! 本当に感心します!!」
「あ〜♪ 明日が楽しみ〜!!」
俺と美紀は口々に中谷さんを褒め称えた。もちろん本心だ。
「そう言ってもらえると僕も嬉しいよ〜! けっこう頑張ったなって自分でも思ってて……」
「じゃ、失礼しますっ!」
俺たちはさっさと挨拶をすると、テレる中谷さんを残して生徒会室を飛び出した。
「今日、榎本は?」
「例によってバイト!」
「いいのかよ。明後日にはもう工事が始まるっていうのに。……ま、こっちにとっちゃ好都合だけどな」
俺はスコップを持って階段を駆け下りた。途中で、
「あ、ライト忘れちゃった!」
と美紀が声を上げた。外はすでに薄暗くなり始めている。
「いいよ。これぐらいの明るさがありゃ十分さ」
渡り廊下をクラブハウスへ急ぐ。途中、ポケットに入れておいたケータイが鳴った。
「はい」
『あ、加納くーん? ちょっと例の約束どうなっちゃってんのよ』
中谷さんに紹介してもらったプレスの風間だった。てっきり女子高生紹介の催促だと思い、
「風間さんですか。すみません、今ちょっと立てこんでまして……」
と早々に通話を切り上げようとしたら、
『じゃあ、また今度にした方がいいかな。例の宝石店強盗の件なんだけど』
と風間が言い出した。
「え? また何か分かったんですか?」
『うん。それで教えてあげようと思ったんだけどさ』
そういうことなら話は別だ。
「ありがとうございます」
『今度こそ紹介してよ、女子高生! 約束忘れてないよねぇ?』
「それはもちろん。もう何人かには声かけてますから!」
俺はまたデマカセを言った。
風間は、絶対だよ忘れないでよ、と念を押すと話を続けた。
『ちょっと面白い事が分かってさ。加納くんたちが通ってる高校って私立青葉学園だったよね? ―――…』
俺は風間の話を聞いて、その場に立ち尽くしてしまった。


『さあ、いよいよ決勝戦となりました!』
中谷さんの元気な声がスピーカーから流れてきた。
校庭にはかなりの数の生徒が集まっていて盛大な賑わいをみせている。
学園ウルトラクイズは中谷さんの思惑通り笑いと歓声を巻き起こし、次はいよいよ決勝戦、というところまで進んでいた。
校庭の中央にはマイクを握った中谷さん。その前に決勝戦席が設けられ、優勝を争っているらしいふたりの男子生徒が並んで座っている。その決勝戦席には、洋子が連日作っていたペーパーフラワーがぎっしりと付けられていた。
そのふたりの前に、ガラガラとキャスター付きのホワイトボードを押して安田が現れた。
ボードには昨日見せてもらった2枚のパネルが貼ってある。
『ご覧下さい! ここに2枚のパネルがあります。これは上空から学園を写した高空写真です。1枚は今現在のもの。そしてもう1枚は、5年前のものです』
周りを取り囲んでいる生徒がざわめき、決勝戦席のふたりがパネルに目を凝らす。
『この2枚は微妙に違っています。卒業生が残してくれていった記念碑や時計塔の設置などその数は全部で7つあります。間違いを見つけられたら、お手元にあるマグネットをその個所に付けてください。間違いは難易度によって点数が違います。見つけた間違いのトータル点数の高い方を優勝とします!」
中谷さんはここで1度息継ぎをし、『それでは、用意スタート!!』
と拳を振り上げた。その合図で決勝のふたりがマグネットを手に席を立ち上がる。
俺はその様子を2階の放送室から眺めていた。
3時から始まったこの学園ウルトラクイズも終盤を迎えていた。もうすぐ5時になろうとしている。
最初は1000人近い人数をどうやって減らしていくのかと心配していたが、○×クイズを5問もやると、あっという間に50人ほどに激減した。
そこからばらまきクイズや借り物競争、椅子取りゲームなどが行われ、やっと決勝戦までやってきたというわけだ。
安田のように純粋に喜んでいる者もいれば、あまりのばかばかしさ加減にウケている者もいる。
どちらにしても、大成功といって良さそうだ。
俺は6時から始まる後夜祭の準備をするべく、生徒会室に向かった。

学園ウルトラクイズの表彰式が終わり、そのまま後夜祭へと突入した。
中谷さんにとっては学園ウルトラクイズこそが学園祭最大のイベントだったようだが、ほとんどの生徒はこの後夜祭こそを1番の楽しみとしていた。
友達同士や恋人同士で楽しく過ごす者、また意中の相手に気持ちを伝える者にとっては最高のシチュエーションといえた。
俺はキャンプファイヤーの炎にうっとりしている中谷さんのそばに立っていた。おそらく今日のウルトラクイズの大成功に浸っているのだろう。
それを邪魔する気はない。
そこへ、
「正臣!」
と和歌子さんがやって来た。「こんな所に男ふたりで突っ立って何やってんのよ」
「なんか、やりきったなぁって思ってさ。終わっちゃったのが寂しいような気もして……」
中谷さんはちょっと泣きそうな顔で笑うと、うつむき加減にそう言った。
「正臣がんばってたもんね」
そう言って和歌子さんはさり気なく中谷さんの腕に自分の腕を絡めた。和歌子さんは思い出したように、
「あ、加納くん。美紀が探してたわよ」
と俺を振り返った。
俺は、ありがとうございます、と軽く会釈をしてふたりのそばを離れた。

中谷さんはあのとおり鈍感だから、和歌子さんの気持ちにはまったく気付いていないのだろう。
和歌子さんのことを思うと気の毒だが、ふたりには今の関係が1番いいように思う。
俺はゆっくりと後夜祭の輪の中に入って行った。そしてある人物の姿を探す。
やはりいない。
後夜祭の最中で校舎内はもちろん、クラブハウスにも人は残っていないはずだ。
このチャンスをヤツが逃すわけがない。
俺は足早に生徒会室に戻ると、荷物を持ってクラブハウスへと急いだ。

キャンプファイヤーを取り囲むように全校生徒が集まる中、校庭隅にあるクラブハウスの奥で地面を掘り返している姿があった。俺はその影に向かって声を掛けた。
「そんな所で何してる」
俺の声に榎本は顔を上げた。そして俺の手にある荷物を見て小さく溜息をつくと、膝の土を払いながら立ち上がった。
「お前の方が早かったみたいだな」
そう言いながら、榎本は掘り返した土を足で戻した。そんな榎本の様子を見ながら俺は切り出した。
「5年前、隣町の岸田ジュエリーに強盗が入ったの……お前知ってるか」
俺の話に榎本はイエスともノーとも答えず、足元の地面を踏み固めていた。俺は構わず続けた。
「犯人のうちの1人が逃走途中で宝石を隠したが、そいつは仲間割れの挙句に遺体で発見された。結果宝石の隠し場所が分からなくなってしまった。今現在もまだ見つかっていない。……ちょうどその頃このクラブハウスが建設中だった」
榎本は聞いているのかいないのかよく分からない態度でいたが、その場を立ち去らずにいた。
「これで3000万か。すごいよな」
俺は手にしていた土で汚れたザックを持ち上げた。榎本はそれをチラリと一瞥すると、
「オレは偶然その犯人が宝石を埋めるところを見てたからな。いつか掘り出してやろうと思ってたんだ。窃盗の時効は5年……あと2週間だ。時効が切れりゃこっちのもんだぜ」
と悪びれる様子を見せながら、「でも、オレの負けみたいだな。それは警察でもどこでも好きなトコにお前が持っていけよ」
と笑った。
「ああ、こんな盗難品に興味はないからな。警察に持って行くさ」
俺はザックの土を払い落としながら、
「母親が具合悪いんだってな。その費用を稼ぐためにこれを狙ってたのか」
と言うと、
「……だったらなんだ」
と榎本は俺を睨んできた。が、
「父親はどうした?」
と俺が問いかけると、今度は慌てた様子で俺から目をそらした。
「5年前の強盗事件で客の1人が犠牲になった。名前は榎本昭二。……お前の父親だろ?」
「―――ああ」
榎本はそう言うと眉間にしわを寄せて横を向いた。
いつも挑発的な態度を取るかふざけいている姿しか見せなかった榎本が、初めて感情を表した気がした。
「お前の父親は指輪にメッセージを入れていた。それを受け取るために宝石店に行ってたんだ。妻に送るものなんだと店員に話していたそうだ」
「……すげーな、お前。まるで見てたみたいじゃないか」
榎本は、なんでそんなこと知ってるんだ、という顔をして俺の方を見た。
「そこで運悪く強盗事件に巻き込まれた。犯人は銃を持っていたが、抵抗しなければ怪我をするような危険はなさそうだったんだが……」
俺はそこで一旦言葉を切ると、「犯人が店内の宝石を全て……メッセージを入れた指輪まで持ち出そうとした。それを取り返そうとしたお前の父親は、犯人の銃で頭を殴られた。それが原因で」
「もういいっ!」
榎本は俺の話を遮った。俺もそのまま黙った。
榎本はしばらくの間、先程まで掘っていた地面を足でならしたりしていた。が、思い切ったように、
「……あの日オレはあの宝石店にいたんだ」
と自ら続きを話し始めた。「もちろん父さんはそんなこと知らなかった。オレは内緒で後をつけてたからな」
俺は黙って榎本の話を聞いていた。
「その頃の父さんと母さんは毎日のようにケンカばかりしていた。原因は父さんが浮気してるんじゃないかって母さんが疑っていたからだった」
榎本は皮肉な感じに笑いながら、「もちろん父さんは否定していたけど、オレはそれを嘘だと思っていた。だからあの日も、日曜だっていうのにひとりで出掛けて行った父さんの後をつけたんだ。きっと浮気相手に会いに行くんだろうと思って……もしそうなら1発ぶん殴ってやろうとすら思っていた。けど、父さんの行き先は宝石店だった。こんなところに何の用だ? まさか浮気相手に贈るものでも買うのか? そう考えたオレは我慢できなくなって父さんの背後に近付き声をかけようとした。そのとき父さんと店員の話が聞こえてきた。そこでオレは、父さんが母さんのためにメッセージ入りの指輪を送ろうとしているんだと知った。オレは、あとをつけていたのがバレないようにそっと宝石店を出た。その直後……」
榎本はそこまで話すと苦痛に顔をゆがめるような表情を見せた。
「宝石強盗が入ったんだな」
俺の言葉に榎本が、ああ、と肯く。
「オレは、父さんは浮気なんかしてなかったんだと思ったら嬉しくなって、宝石店の外で父さんが出てくるのを待っていたんだ。ところがしばらくすると店内がざわめきだした。そして、目出し帽を被ったふたり組が体当たりするように店のドアを開けて飛び出してきた。店内からは悲鳴が上がっていた。オレはすぐに、これは宝石泥棒だって思って犯人の後をつけた。走るのには自信があったしな。もちろん犯人に気付かれるようなヘマはしちゃいないぜ」
「無茶するなぁ」
俺が呆れて言うと、
「父さんが襲われたのも知らないでいい気なもんだよな。いっぱしの刑事かなにかのつもりでいたんだ。笑えるよ、ハハッ……」
榎本は無理に笑って見せようとしたが、上手く続かなかった。
「そうして後をつけているうちに、犯人達は二手に分かれた。もちろんオレは宝石を持っている方をつけていった。すでに警察に連絡が行ってたんだろうな。あちこちにパトカーがたくさん走っていた」
非常線が張られたのだろう。
「犯人は宝石を持ったままうろうろしていた。なにしろあちこちにパトカーが走ってて身動きが取れない。すると倉庫らしきものを建設中の高校に行き当たった」
「それが俺たちの学校だったんだな」
「犯人は急いで学校に入り込むと、まだ基礎も出来ていない建設地に盗んだ宝石を埋めて立ち去った。オレは宝石を取り出す方が先か犯人を追う方が先か、ちょっとの間迷った末に犯人を追いかけた。犯人を追いかけて大通りの方に戻ると、仲間らしき男が運転して来た車に乗り込んでいってしまうところだった。残念だった。自分の手で犯人を捕まえられるんじゃないかなんて、馬鹿げたことを考えていたからな。そのときになってはじめてオレは、父さんはどうしたろう、と心配になった。慌てて店に戻ったらパトカーと救急車が何台も止まっていて、ちょうど父さんが担架で運ばれていくところだった。犯人に殴られて……頭から血が流れていた。父さんは搬送先の病院で翌日――」
それからはお前も知っている通りさ、と言って榎本は口をつぐんだ。
「……俺ははじめ、お前がただ金のためだけに宝石を横取りしようとしているんだと思っていた。やけに宝石のありかが具体的に分かっているみたいだったから、もしかして偶然宝石を隠す現場を目撃していて、5年後の時効がきたから掘り返しているんだろうと考えていた。あと少しの時効を待たずに行動を起こしたのは、クラブハウスの増設工事を知ったからなんだな」
「ああ。オレは、父さんが死んでから体調を崩した母さんのために、絶対宝石を掘り起こしてラクさせてやろうと思っていた。それが無理なら……せめて父さんが母さんのために用意していた指輪だけでも取り返したかったんだ。クラブハウス増設のことを聞く前にちょっと現場の下見をしていたら幽霊騒ぎにまでなって……焦ったよ。こりゃ、時効を待ってから堂々と……ってのも変だけど、宝石を掘り返そうと考えていた。けど、お前と美紀がクラブハウスが増設されるって話をしているのを聞いちまった。そんなことになったら、時効後に掘り返すことが出来なくなるかもしれない」
「それで慌てて掘り返そうと思ったわけだな。……でも、掘っても掘っても宝石は出てこなかった」
榎本は笑い出した。
「ああ、まいったよ。まさかクラブハウスが移動されてたなんて、今日の今日まで知らなかったからな」
……そうなのだ。
実はこのクラブハウスは出来上がった半年後、3メートルほど横に移動されていたのだ。
俺は昨日、中谷さんから間違い探し用のパネルを見せられてそのことに気付いた。
原因は、古い井戸があったせいらしい。
この学園が創立される前、クラブハウスの辺りに井戸があったのだが、そこを潰す際にただ単純に土を埋めただけだったせいで水脈自体はまだ生きていた。
普通に校庭として使用している分には何も問題なかったから誰も気付かなかったが、その上にクラブハウスを建てて初めて、下に井戸があることに気が付いた。
クラブハウスが建った後、床下がいつもじめじめと濡れているので、おかしいと気づいたらしい。
そこで井戸を避けるようにクラブハウスを移動させたのだった。
だから、実際に宝石が埋められていた場所は、俺や榎本がはじめに探していた場所よりも3メートルずれた……クラブハウスの床下ではなく、クラブハウスのすぐ目の前の地面だったのだ
そのことに気付いた俺と美紀は、昨夜のうちに宝石を掘り返していた。
「井戸…… そんなものがあったのかよ」
榎本は諦めたように肩を落とすと、「やっぱ悪いことして儲けた金じゃ駄目だってことだろうな」
と呟き、そのまま立ち去ろうとした。
「待てよ」
俺は榎本に声をかけた。榎本が振り返る。
「これ」
榎本の胸の辺りに拳を当てた。
「―――なんだよ」
榎本は訝しげに眉を寄せる。
俺は黙って手を開いて見せた。
「これ……クラブハウスの向こう側に落ちてたんだ。多分、強盗にあった店のものとは関係ないと思うから、お前処分しといてくれ」
俺はそう言ってサファイヤが付いた指輪を榎本に押し付けた。。
榎本はしばらく黙ったまま指輪を見ていたが、
「……どう処分してもいいのか?」
と俺の方を向いた。
「ああ、お前の好きにしてくれ」
榎本はまだためらっていたが、やがて指輪を手にした。それを大事そうにポケットにしまいながら、
「カッコつけるな、お前」
とこちらを見ずに言った。
「何がだよ」
「探偵にでもなったつもりか」
「そんなんじゃねえよ」
そう言い返してやると、榎本はふっと笑ってそのまま立ち去った。
榎本が立ち去るのと入れ違いに美紀がやって来た。
榎本は美紀とすれ違いざま美紀に何か耳打ちをして、すぐに後夜祭の中に紛れ込んでいった。
「高弥。あの指輪、榎本くんに渡したの?」
「ああ」
指輪を榎本に渡すことは、美紀と相談して決めた。
美紀も昨日の風間からの電話で榎本の事情を知っていた。
昨日風間からかかってきた電話の内容は、亡くなった被害者の息子がこの青葉学園にいるということだった。
そして、被害者の名前が榎本昭二と聞いたとき、全てのことが繋がった。
風間には宝石が見つかったことを連絡してやるつもりだ。
女子高生を紹介することは出来ないが、いろいろ情報提供はしてもらったし、それくらいのことはしてやろうと思う。
風間はプリペイドケータイの持ち主を宝石店の店主だと当たりをつけていたから、この宝石発見の一報とともにスクープを取れることは間違いないはずだ。
「アイツなんだって?」
「え?」
「今なんか話し掛けられたろ、榎本に」
「ああ……」
美紀は榎本が行った方をちょっと振り返って、「加納に飽きたらいつでも声かけてくれ……だって」
―――あのやろう……
「ね、あたしたちも後夜祭行こっ! なんかみんないい雰囲気なのよ。永井センパイなんか会長と腕組んでたわ」
と美紀は俺の腕を取った。俺は、
「みんなで後夜祭もいいけど」
と言いながら美紀の肩を抱いた。「ここからふたりでキャンプファイヤー、なんてのもいいんじゃないか」
「ここから? 遠くない?」
と美紀が首を傾げる。
「遠いからいいんじゃないか。こういうことが出来る」
と言って美紀にキスを落とす。
「―――この前の続き、するの?」
「お望みとあらば」
俺がそう答えると、今度は美紀が背伸びをして俺にキスしてきた。そして、
「―――でも、また立てなくなっちゃったらどうしよう」
と囁くように言った。
「大丈夫」
俺は美紀をクラブハウスの階段の一番上に座らせた。
「はじめから立ってなきゃいいさ……」
俺はゆっくり美紀の唇に自分の唇を重ねた。


「おわり」クリック! おまけがあるよ★
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