Cube!   第4話  the Deputy@

「え、でも……」
美紀が困ったような顔で俯く。
「何が不安なわけ?」
俺はまさか美紀がこんな反応を見せるとは思わなくて、ちょっと驚きながら言った。
放課後の生徒会室。
接客用に置いてある小さな2人掛けのソファに俺と美紀は座っていた。他には誰もいない。
「いろいろ準備というか……」
「準備なんかいらないよ」
「だから、その、心の準備とか……」
美紀はちょっと頬を赤くすると、「それにあたし、初めてだし……」
と少し恥ずかしそうな顔をした。
俺は小さく笑うと美紀の肩を抱いて、
「大丈夫。俺がリードしてやるから」
と耳元で囁いた。「今どきの高校生はみんなやってるぜ」
「ちょ、ちょっと待って! でもやっぱり怖い!」
「大丈夫だって」
と美紀の肩に回した腕に力を込めたとき、
「高弥――――ッ! やめるんだ!!」
と中谷さんが赤い顔をして飛び込んできた。
「そうよ、美紀! イヤならイヤって言っていいのよ!!」
続いて和歌子さんまで飛び込んできて、「加納くん! 無理やりなんて駄目よっ!!」
「はっ?」
俺はあっけにとられて2人の顔を見た。美紀も突然の2人の登場に驚いている。
「傷付くのは女の子の方なんだから!」
中谷さんと和歌子さんは何やら興奮している。特に和歌子さんは、噛みつかんばかりの勢いで俺を睨んでいた。
一体どうしたというのだろう?
中谷さんが俺の肩に手をかけて、
「高弥。たしかに放課後の校内で……というのはシチュエーション的においしいかもしれないけど、ここは生徒会室だからね。もしあれだったら、ウチのホテルを貸すし…」
と神妙な顔で肯いている。
やっと状況が理解できた!
「ご、誤解ですよ!」
俺は大慌てで手を振った。「そんなことしてませんっ!」
美紀も中谷さんたちの勘違いに気付き、
「そうですよ。それに、そんなコトだったらあたし断りません」
と笑った。
「……え?」
中谷さんと和歌子さんが、まだ赤いままの顔を見合わせた。

「なんだ〜。スキーに誘ってたのかぁ」
中谷さんが大げさに溜息をつく。「僕はてっきり……」
「それはそうと本当にいいんですか? 俺たちまで誘ってもらっちゃって」
俺は中谷さんが余計なことを言い出す前に慌てて話を遮った。
「うん、もちろんだよ。今回はオープン1周年記念のパーティもあるし、みんなで楽しもうと思ってたから」
「ありがとうございます、会長」
と洋子。
「うわー。僕スキーやるの2年振りなんですよ! 楽しみだなぁ」
安田は子供のようにはしゃいでいる。
俺の名前は加納高弥。
この青葉学園高等部の2年で生徒会副会長をやっている。
会長は3年の中谷さんがやっているのだが、老舗高級ホテルオーナーの息子で、どうも世間知らずというか、のんびりしているところがあるというか……まあそんな感じだから、実質的には俺が生徒会を仕切っている状態になっている。
美紀は俺の恋人で、生徒会役員ではないがしょっちゅう生徒会室に入り浸っている。俺の秘書だと言っているが、そんな仕事をしてもらった覚えはない。
ま、それを言ったら和歌子さんだって生徒会役員ではないのだが……
洋子と安田はそれぞれ、2年の広報、1年の副会長だ。
「それにしても、美紀さんがスキー初めてっていうのは意外ですね〜」
と安田が眉を下げる。「なんでも出来そうなのに」
この安田、美紀にほのかな恋心を抱いているのだ。
「なんか、今まで始める機会がなかったのよね。寒そうだし、怖いし」
美紀が唇を尖らせる。「それにあたし、ウェアも板も持ってないから……」
「だから、そんな準備なにもしなくても、向こうで全部貸してくれるから大丈夫だって言ってるだろ」
もうすぐはじまる冬休みを利用して、俺たち6人は中谷さんちが経営するリゾートホテルに誘われていた。
そのホテルは新潟の湯沢にあり、スキー場が目の前という絶好の立地条件にあった。
オープンして1年が経ち、このクリスマスにあわせて盛大にパーティをするというのだ。
その招待客として俺たちも呼ばれたのだが……
美紀はスキーをしたことがないため躊躇しているのだ。
いつまでも首を縦に振らない美紀に、和歌子さんが、
「そうそう。それに、加納くんを1人で行かせちゃってもいいの? あっちでかわいい子に目を付けられちゃうかも知れないわよ?」
と言うと、
「行きます!」
美紀は即答した。
俺は苦笑しながら中谷さんたちに肩をすくめて見せた。
そうか、最初からこう言って誘えばよかったのか。
かくして俺たち6人は、スキーに行くこととなった。


「うわ〜! 一面銀世界って、このことですね〜」
安田が駅に降り立つなり大声で言った。
「ホントね。東京はわりと暖かかったけど、やっぱり雪国は違うわね〜」
と洋子も辺りを眩しそうに見渡した。
「すっごい! あたしこんなに雪が積もってるの見たの初めて!」
美紀が興奮しながら俺の袖を引っ張った。
行く前は不安でいっぱいの顔をしていた美紀だが、子供のようにはしゃいでいるのを見ると、やっぱり連れてきてよかったと思う。
俺と美紀と安田、洋子は新幹線で越後湯沢の駅までやって来た。
中谷さんと和歌子さんは別口で一足先に到着している。
「ホテルの車が迎えに来てくれるはずなんだけど……」
俺は駅のロータリーを見渡した。……が、それらしい車は見当たらない。
多分マイクロバスのようなものだろうと辺りを見回していると、ペッペーッと間の抜けたクラクションが聞こえた。続いて、
「お〜い、高弥ぁ〜!」
と俺を呼ぶ声がした。
え? どこから聞こえるんだ?
と視線を泳がせていると、目の前に真っ赤な外車が止まった。
パワーウィンドウが下がり、
「ゴメン、待たせちゃったかな?」
と運転席から顔を出したのは……なんと中谷さんだった!
「か、会長?」
「会長、免許持ってたんですかっ?」
俺たちが驚きを隠せないでいると、中谷さんは、
「うん。11月で18になったからそのときに取ったんだ。実は東京からも僕が運転してきたんだよ」
と言いながら降りてきた。そしてトランクを開けると、「荷物はここに載せてね」
と言った。
板はレンタルするつもりで持ってきていなかったから、4人分の荷物もらくにトランクに乗せることが出来た。
後ろの席に安田、洋子、美紀が乗って、俺は助手席に乗った。
「この車、会長のですか?」
俺は車内を眺め回しながら聞いた。「これ、アルファロメオですよね」
中谷さんは前を向いたまま、
「そう! アルファロメオ164。ちょっと古いイタリアの車なんだけどね。免許取ったときに父さんが買ってくれたんだ!」
と答えた。
さすがというかなんというか。
雪国でこの車は目立つのだろう。道行く地元の人たちが、みな振り返っている。
それにしても、一体いつ教習所に通っていたのだろう?
11月に取ったのなら、まだ取り立てほやほやのはず。それでこんな雪国を運転できるのだろうか?
しかも左ハンドルだ。
俺は助手席に乗ったことちょっと後悔していた。
俺の心配をよそに、道路もホテルのロータリーもキレイに除雪されていて、事故ることなく目的地の「NAKATANIリゾート湯沢」に到着した。
目の前のスキー場は、1年前まではただの山だったらしい。それを中谷ホテルが町と協同でスキー場としてオープンさせた。
ゲレンデになっているのはほんの一部で、自然が多く残されている山だった。
ホテルはクリスマス仕様にデコレーションされていた。
中に入ると、3階まで吹き抜けになっているロビーの天井から重厚感のあるシャンデリアがぶら下がっていた。ロビーの中央正面にフロントがあり、こちらもポインセチアやミニツリーなどが飾られている。広いロビーの奥の方にはテーブルと椅子が何セットも置いてあり、宿泊客が 新聞や雑誌を読んだりしていた。
そのロビーで和歌子さんがセーターにジーンズ姿で俺たちを出迎えてくれた。
和歌子さんは、
「正臣! 無茶な運転しなかったでしょうねっ」
と中谷さんに詰め寄ったあと、「あ、みんな。寒いところ大変だったわね」
と俺たちに笑顔を向けた。
「いえ」
「それより、会長が運転できるなんて知りませんでしたよ。しかも上手だし」
「ホント? ちゃんと安全運転してきてくれた?」
和歌子さんはホッと溜息をつきながら言った。「東京から正臣の運転で来たんだけど、もう寿命が縮む思いをしたから……」
「寿命が縮むって?」
「免許取ったと同時にA級ライセンスまで取ったらしいんだけど、公道をサーキットと勘違いしてるんじゃないかって運転だったから……」
俺たちは顔を見合わせて震え上がった。
「それはそうと、部屋割りなんだけど……」
と中谷さんが言った。「シーズン中でツインが3部屋しか取れなかったけど、問題ないよね。ちょうど6人だし」
「? ちょ、ちょっと待ってください!」
俺は慌てた。
男女3人ずつの6人で、ツインが3部屋って…… そんな簡単な計算でいいのか?
「あれ? おかしい?」
中谷さんがキョトンとした顔で聞く。
和歌子さんが溜息をつきながら、
「ちなみに、正臣はどういう部屋割りにしようと思ってたのよ」
と聞いた。
「えーと……まず、女の子が2人一緒の部屋でしょ。で、もう1人が1部屋でしょ。で、残った部屋に男3人が……」
「……ツインの部屋なんですよね?」
と俺が確認すると、
「あ、そうだったそうだった」
と中谷さんは手を叩き、「う――ん。……どうしよう?」
と腕を組んだ。
「会長……」
俺たちが途方に暮れていると、
「じゃ、こうしません?」
と美紀が言った。「あたしと高弥が一緒の部屋で、会長と永井センパイが一緒の部屋。で、残りはあなたたち2人!」
と、洋子と安田を指差した。
「ちょっと! 冗談じゃないわよ!」
美紀の提案に洋子が慌てる。「なんで安田くんと? まだ高弥のほうがましよっ」
「ちょっと、それどういう意味? あなたやっぱり高弥のこと―――っ!?」
と美紀が臨戦体勢に入る。
「内沢先輩が加納先輩と一緒の部屋ということになったら、僕は美紀さんと……?」
安田が顔を真っ赤にする。
「そんなわけないだろっ」
俺は安田の額を叩いた。
収拾がつかないので、
「和歌子さんはどう思います?」
と聞くと、和歌子さんはちょっと顔を赤くしながら、
「あ、あたしは……美紀が言ったとおりでもいいけど……」
と言って俯いた。
「じゃ、決まりねっ!」
と美紀が嬉しそうな声を出す。「行きましょ、高弥♪」
「いや、俺はいいけど……」
と洋子と安田を振り返る。2人は、
「言っときますけど、僕は美紀さん一筋ですからっ! 変な気起こさないで下さいね!」
「あんたねぇ! それはこっちのセリフなんだけど!」
とやっている。
どうやらそういう心配はなさそうだ。
中谷さんと和歌子さんは、
「DS持ってきたから一緒にやろうよ。Wiiだったらホテルにも置いてあるし!」
「え、ええ」
と、こちらも色気のない会話をしている。ちょっとだけ和歌子さんが気の毒になった。
「正臣さん」
とフロントマネージャーらしき人物が声をかけてきた。「お荷物お運びしてもよろしいですか?」
「ああ、大石さん。お願いするね」
中谷さんはマネージャーの大石さんに部屋割りを指示すると、「今日はもう暗くなってきたから、滑るのは明日にしようか。夕食は2階のフレンチレストランで取ろう」
とエレベーターの方に向かって歩き出した。
俺たちの部屋は12階にあった。
エレベーターを降りると目の前にマックナイトの大きな版画が飾られてあり、廊下がVの字に左右に伸びていた。
「1205から1207は左だよ」
中谷さんの後に5人がぞろぞろとついて行く。
「じゃ、僕たちは1205にするから」
部屋の前まで来ると、中谷さんはカードキーを俺と洋子に渡した。
俺たちは間の1206だった。
6時にレストランで集合ということにして、それぞれの部屋に入ることにした。
ドアを開けると左手がクローゼットになっていて、右側にトイレとバスルームがあった。
部屋は15畳ほどの広さがあり、中央にシングルのベッドが2つ、窓辺に小さなテーブルと椅子が2つ向かい合わせに置いてあった。テーブルの上には電気ポットと湯のみが用意されていた。
ベッドの足元に俺と美紀の荷物が置いてあった。
「すっごくキレイね! 思ったより広いし」
美紀は部屋の中を見回した。「あ、浴衣まで置いてある!」
ホテルの中は、とても雪国にいるとは思えないくらい快適な温度が保たれていた。
俺もコートを脱ぎ一息つくと椅子に腰掛け、
「お茶でも飲むか?」
と美紀に言いかけて驚いた。「何やってるんだ!?」
美紀が壁に耳を当てている。美紀はちょっと怖い顔をして、
「しっ! 静かにして」
と唇に人差し指を当てた。
美紀の勢いに負けて、俺も足音を忍ばせながら美紀に近づいた。そして、
「何やってるんだよ?」
と小声でもう1度聞く。
美紀は俺の質問には答えず、反対側の壁に移動して再び壁に耳をつけた。
しばらくして、
「よし!」
と美紀が肯く。
「何が、よし、なんだよ」
訳が分からないのでそう聞くと、
「壁の厚さを確認してたの」
と美紀は肯いた。「さすが中谷リゾートのホテルね。防音はバッチリみたい!」
美紀はそう言うなり俺をベッドに押し倒した。
「み、美紀っ?」
俺は驚いて美紀を見上げた。美紀が俺の上にのしかかってくる。
「夕食まで時間あるし♪」
と言いながら指先で俺の髪を梳く。
「……荷物とか整理しなくていいのか?」
と一応聞いてみる。
「そんなのあとでいいわよ」
俺も反対する理由はなかったから、美紀の誘いに乗ることにした。
美紀がキスをしてきた。髪が俺の顔をくすぐる。
いつもは美紀を見下ろす格好でキスすることが多いから、なんだか変な気分だ。
美紀が俺のシャツのボタンに手をかける頃、俺は下でいるのが我慢できなくなり、美紀と体勢を入れ替えようとした。
そのとき―――
ドタンバタンと隣りの部屋から大きな物音が聞こえてきた。
ベッドの頭側の壁……洋子と安田の部屋の方から音がしたみたいだ。
俺と美紀は顔を見合わせた。
物音に続いて部屋のドアを乱暴に開け閉めする音が聞こえた。その直後、廊下から、
「も―――ッ! 信じられないっ」
という洋子の声が聞こえた。そして、「ちょっと高弥!」
と俺たちの部屋のドアをドンドンと叩いてきた。
俺は大きな溜息をつくと、
「なんだよっ!」
と怒鳴った。
邪魔すんなよっ!
洋子は俺の声が聞こえていないらしく、まだドアを叩き続けている。
俺は美紀の顔を見つめた。美紀は肩をすくめている。
仕方なくベッドから起き上がり、不機嫌なまま部屋のドアを開ける。
「……どうしたんだよ」
洋子は俺の仏頂面にまったく気付いていないようで、転がり込むように部屋の中に入ってくると、
「ちょっと聞いてよ! 安田くんたらあたしの目の前で着替えようとしてんのよっ!」
と唾を飛ばさんばかりの勢いでまくし立てた。「もう、目のやり場に困っちゃったわよ! しかも、ヒョウ柄のパンツとか履いてんのよ!? 信じられないっ!!」
目のやり場に困った割りにはよく見てるじゃないか。
「なんでこれから夕食だっていうのに着替えなんかしてるんだ? あいつは」
「やっぱり日本人は浴衣だ、とかなんとか言ってたけど……」
先ほどよりは落ち着いてきたようだが、洋子はまだ眉間にしわを寄せている。
「浴衣でフレンチレストランには入れないだろ。……で、安田はどうしてる?」
「知らないっ! 枕投げつけて出てきちゃったから!」
俺は溜息をつくと、
「じゃ、部屋替えるか。俺が安田と一緒の部屋になるよ」
と言いながらカバンを手にした。「お前は美紀と一緒にこの部屋にしな」
「「えっ?」」
美紀と洋子が同時に声をあげた。そして、一瞬目を合わせたあと、すぐにそれをそらす。
「……あたしは桜井さんがイヤじゃなければ、いいわよ」
「……あたしだって」
……そして沈黙。
どうもこの2人は相性が良くないらしく、いつも友好的とは言い難い雰囲気が漂っている。
美紀は、洋子が俺を好きなんじゃないかと勘違いしているし、洋子は洋子で、美紀に対してなぜか挑発的なところがある。
なんかまずい雰囲気だなぁ、と俺が思案していると急に洋子が、
「や、やっぱりあたし、安田くんと一緒の部屋でいいわっ!」
と慌てて部屋を出て行こうとした。
「は?」
と俺が驚いている間に、
「おじゃまさまっ!」
と洋子はさっさと部屋を出て行ってしまった。
……? 一体、どうしたっていうんだ?
「なんだったんだ洋子のヤツ。あんなに安田のこと嫌がってたくせに、急に態度変えて……」
と俺が首を捻ると、
「コレのせいじゃない?」
と美紀がベッドを指差した。「最中だったってバレバレだもん」
言われて見てみると、シングルベッドの片方だけが乱れていた……

6時近くになり、美紀とフレンチレストランに向かった。
結局あのあとはそういう気分になれず、2人でお茶をして時間を潰していた。
まったく、洋子のやつめ……
レストランに行くと、先ほどフロントであったマネージャーの大石さんが席まで案内してくれた。
普通マネージャーが案内してくれることなど有り得ない。中谷さんがいるからだ。
案内されたテーブルには、先に洋子と安田がついていた。大分前に来ていたらしく、すでにグラスの水がなくなっている。
6人掛けテーブルの1番端に2人は向かい合わせに座っていたのだが、会話らしいものをしている様子がない。
俺と美紀はその隣りに向かい合わせに座った。
席に着くなり、
「……さっきは悪かったわね」
と洋子が顔を赤くしながら謝ってきた。
俺は安田に気付かれないように、
「言っとくけど、お前が想像してるようなことしてないからな」
と小声で言った。
洋子は、別にどっちでもいいわよそんなこと、と呟くとそっぽを向いた。
「安田くん、元気ないわね」
安田の隣りには美紀が座っている。安田はしょぼんと肩を落として、
「はぁ、内沢先輩にいろいろ注意されちゃいまして…… 着替えは風呂場でしろとか、浴衣は禁止だとか、パンツ一丁で歩き回っちゃ駄目だとか……」
パンツ一丁!?
もしかしてこいつはそんな格好で部屋をうろついていたのだろうか?
少しだけ洋子が気の毒になってきた。
「あ、会長。和歌子先輩!」
ちようどそのとき、中谷さんたちがレストランにやって来た。
「ゴメン、待たせたね」
やっと全員がそろった。
「今はクリスマス特別メニューになってるんだけど、そのコースでいいよね」
と中谷さんが仕切る。もちろん異論はない。
注文をすませると、明日はどうしようか、という話になった。
「僕と和歌子は山スキーにも挑戦しようと思ってるんだけど。高弥たちはどうする?」
「俺は美紀と一緒に滑ります。初心者コースを……」
俺がそう答えると、
「ええ〜!? じゃ、また僕と内沢先輩がペアに?」
安田がビクビクしながら洋子の方を窺う。
「安心して! あたし1人で滑るから!」
「おいおい、仲良くやれよ」
俺が間に入っても、
「高弥は黙っててくれる?」
と取り付く島もない。
やれやれと思っていると、大石さんがやって来て頭を下げた。
「正臣さん、お久しぶりです」
「ああ、大石さん。今回はお世話になります」
中谷さんが頭を下げたので、俺たちもそれに倣う。
「今回も山スキーをされるんですか?」
「うん。そのつもりなんだ。ね、和歌子」
和歌子さんが、ええ、と肯く。
「それでしたら、いい場所があるのでぜひ行ってみて下さい」
と大石さんは中谷さんに場所の説明を始めた。
なんでも、今年の冬は特に寒い日が多いらしく、山間にある小さな滝まで凍りついたというのだ。それを見に行ってはどうかという話だった。
俺も興味はあったが、今回は美紀が初心者だから我慢するしかない。
大石さんは料理が出始めると、それではまた、と言って去っていった。
スープ、サラダ、メインのチキンソテーとパンに続き、デザートとコーヒーを飲んでいるときだった。
急にレストラン入り口のあたりが騒がしくなった。
「お、お客様困りますっ」
入り口に立って案内をしていた従業員が、1人の男性と揉めていた。
「オレは客じゃねぇよ! 大石呼べよ、大石をよっ!」
と50代と思われる男が大声で喚いていた。連れがもう1人いたが、喚いている男の後ろでビクビクしている。
どうやら大石さんに用があるらしい。
大石さんは、ちょうどまた俺たちのテーブルに来て中谷さんと談笑しているところだったのだが、騒ぎを聞きつけると、
「失礼します」
と頭を下げて入り口の方へ歩いていった。
「これは三村様、関口様。お話でしたら別室の方でお伺いいたしますので……」
と大石さんが三村という男をレストランから連れ出そうとすると、
「なにが、三村様、だよ! 気取りやがって。お前だってこのホテルにゃ潰されたクチだろーがっ!」
と三村はさらに暴れだした。
……ホテルに潰されたクチ?
一体何のことだろう?
大石さんはなんとか押し止めようとしていたのだが、三村は大石さんよりひと回りは身体が大きいため、四苦八苦しているようだった。
不穏な空気がレストランに広がり始めたとき、体つきの良いガードマンらしき人物が現れて、まだ喚き続けている三村を店外に引っ張り出していった。三村についてきた関口という男もそのあとについていく。こちらは三村に比べると小柄な男だった。
「どうしたのかしら、あの人たち」
和歌子さんが心配そうな顔をする。「なんか、大石マネージャーと知り合いみたいだけど……」
「そうですね……」
あの三村という男は血の気が多そうだった。
大石さんとどういう関係なのだろう?
話だけで済めば良いのだが……
「ホント、大丈夫かな」
中谷さんは3人が消えていった方向を見ながら、不安そうに呟いた。「滝までの地図、まだ書いてもらってないんだよね……」

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