ひとつ屋根の下   第2話  小さな双子の王子様B

「えっ? 徹平いないの?」
「うん。 練習試合だって言って、とっくに出掛けたよ?」
翌朝、一番で徹平の家に行ったら、もう徹平は出かけた後だった。
練習試合って……夕べ伊吹が言ってたヤツかな?
「そーなんだ……」
どうしよう… とりあえずメールでもしとく?
でも、やっぱり直接話したいし…… 帰って来てからにしようかな。
「ありがと、アッくんナオくん。 夕方にでもまた来るね」
対応に出てきてくれた二人にお礼を言って自分ちに帰ろうとしたら、
「ナナ、今日ヒマ?」
と、どっちかに言われて振り返った(二人は声も似ている)。
「ん? ヒマって言うか……」
特に用事はないけど……強いて言うなら、伊吹から出された宿題をやらないとなんだよね。
とりあえず原文は書き写し終わったけど、和訳が……
今日明日で気合入れてやらないと、月曜提出に間に合わない。
っていうか、間に合わなかったらどうするんだろう?
結局先生に怒られるのは伊吹だし、念のため進捗状況を報告しようと思ったら、今日も朝から出掛けてるし。
法子さんに聞いたら、
「友達と遊びに行くって」
とか言ってたけど……
自分より頭の弱いあたし(…って自分で認めちゃうのが悲しいけど…)に宿題を押し付けて、しかも終わるかどうか分からない…下手したら自分が怒られちゃうかもしれないって状況で伊吹は平気なんだろうか?
ホント伊吹って何を考えているのか分からない。
あたしが伊吹の行動に内心で首を捻っていたら、
「ヒマだったらさ、おれたちと遊ぼっ!」
アッくんとナオくんは一本ずつあたしの腕を引っ張って、おねだりをするように繋いだ手をブラブラと揺する。
う〜〜〜… 伊吹の宿題をやらなくちゃなんだけど……
「遊ぶって何して?」
「ぃや〜ったあ!!」
可愛い二人にお願いされるとついつい肯いてしまうあたし。
「えっとねぇ…… ゲーム!」
二人が声をそろえる。
「ゲームね、いいよ! DS? それともWii?」
最近二人がハマッているのはDSのスーパーマリオ。2台で通信し星の取り合いをする対戦ゲームだ。
「こっち来んなよっ! その星おれんだぞっ!?」
「早い者勝ちだもんね〜! …あっ、ファイヤーぶつけてきやがったなっ! ナオてめえっ!!」
「おれの星取った仕返しだよ! バ〜カっ!!」
「てめえっ!」
「いてっ! なんで蹴んだよっ!? クソアツっ! 死ねっ!!」
と白熱しすぎて本気のケンカに発展することもしばしばなゲームだ。
でも、そこにちょっと下手なあたしが対戦相手として入ると、二人はすごく喜ぶ。
「下手っぴぃだなあ、ナナは!」
「アッくんが強いんだよ〜」
「かわいそうだから、そこの星やるよ」
「次おれ! おれとナナねっ!」
なんて感じだ。
てっきり今日もそれをやらされるんだと思っていたら、
「クレーンゲームやりたいっ!」
とアッくんが。
「え、クレーンゲームって…… あのゲームセンターにある?」
「そうっ! この前兄ちゃんがお菓子取ってきてくれたじゃん? おれたちもそれ取りたい!」
とナオくんも顔を輝かせる。
「あれはね、すっごーく難しいんだよ? 徹平だって……3回ぐらい失敗したんだから」
徹平の『お兄ちゃん』としての面目を保つため、実際の回数より少なめに報告しておく。
「じゃあ、おれたちだってそれぐらいで取れるよ? だって兄ちゃんとおれたちゲームの上手さ同じくらいだもん」
「それはDSとかでしょ? クレーンゲームは難しいの! っていうかそのゲーセン、電車に乗っていくところにあるから遠いよ?」
あたしたち高校生にしたらそんなに遠くじゃないけれど、小学3年生が出掛けるにはちょっと遠めだ。
「急だし、おばさんだっていいって言うか分からないよ?」
諦めさせるためにそう言ったのに、
「ちょっと待ってて? 今お母さんに聞いてくるっ!」
と二人は家の中に駆け込んで行ってしまった。
ええっ? マジで? 一昨日行ったばっかなんだけど。
っていうか、あたし二人にゲームさせるようなお金持ってないよ……
と焦っていたら、
「お母さん、いいって―――!」
と二人がはじけそうな笑顔で戻ってきた。
「……ホント?」
とあたしも笑顔で答えながら、頭の中でお財布の中身を確認する。
「ナナちゃんごめんねぇ」
すぐにおばさんも玄関から顔を出してきた。
「もうこの子たち行く行くってきかなくて…… ナナちゃんが一緒なら私も安心だし」
「はあ……」
「これ、お金」
と5千円札を渡された。「実は今日親戚の法事なんだけど、この子たち連れて行くとうるさいでしょ? 徹平は試合でいないし…… 困ってたところだったのよ。 ナナちゃんが連れ出してくれると逆に助かっちゃうんだけど…… いい?」
伊吹の宿題が心配だったけど、お金を渡されてそんな事情まで説明されたら断れない。
……でも、まいっか。
テキトーに遊んだら帰ってくればいいし、ウチに連れてくれば宿題しながら二人のこと見ていられるもんね。
「いいですよ」
とあたしは肯いた。

「あ〜〜〜… またダメだったぁ」
「だから言ったでしょ? 難しいんだって。 これ以上お金使ったら、普通にそのお菓子買える金額になっちゃうよ?」
3人でプリクラを撮ったあと、お目当てのクレーンゲームを始めた二人。
でも、残念ながらというか予想通りというか……なかなかお菓子は取れなかった。
徹平が失敗した回数くらいのところで、テキトーに声をかけた。
「じゃあ、別なゲームにする〜……」
引き際の良さは弟たちの方が上かもしれない。
「何やる?」
「んっとねぇ〜…」
二人がきょろきょろと店内を見回す。「あっ、あれっ!」
ナオくんがゲーセンの入り口の方を指差した。
「……もぐらたたき?」
「うんっ! 最高点出すと景品もらえるんだろ? この前ナナが景品取ったって兄ちゃんが言ってた」
と言うが早いか二人はもぐらたたきのところへ駆けて行く。
「ナオは右担当な!」
「アツ1匹たりとも逃がすなよ! 景品ゲットするぞっ!」
おー!…と二人はこぶしを振り上げる。
いつもケンカばかりしているのに、こういうときは息がぴったり合うのが微笑ましい。
本来1人でやるはずのゲームだけど…… 小学生だし、大目に見てもいいよね?
『さあ、はーじめーるよ〜♪』
いかにも機械っぽい音声アナウンスのあとに、1匹目のもぐらが顔を出し始める。
「おらぁっ!」
「死ね死ね死ね死ね―――っ!!」
「このやろ―――っ!!!」


「ちょ、ちょっと、二人ともっ!」
二人の豹変ぶりに慌てて声をかけた。
突然の怒鳴り声にゲーセンの前を歩いている人たちが何事かと振り返っている。
「アッくん、ナオくんっ! もう少しボリューム落してっ!」
あたしが二人を諌めようとしても、
「おらおらっ! テメーらもぐらの分際で人間様に勝てると思ってんのかっ!?」
「なめんじゃねぇっ!」
とあたしの話なんか全然聞いていない。
―――結局、1分強……あたしたちは周囲の注目を集めつづけた。
「や、やっと終わった……」
と溜息をつくあたしの横で、
「やった! 景品ゲット!」
「半分寄越せよ?」
と二人はご満悦だ。
「……あたしもこの前、徹平に同じ思いさせちゃったのかなぁ」
と呟いたら、
「何が?」
とナオくん。
「いや… この前あたしもね、相当騒いでたみたいなんだ。これやってたとき。 あとで伊吹に言われて気が付いたんだけど」
あたしがそう言ったら二人は難しい顔をした。
「なんであいつが出てくんの? もしかして一緒に来たの?」
「違う違う。 たまたま見られてたみたい。 あいつがバイトしてるカラオケボックスが近いから、多分……」
とそこまで言いかけたとき、アッくんが割り込んできた。
「ナナさあ…… あいつにいじめられてんだって?」
「え?」
「あいつだよ、伊吹! 居候のくせにナナに奴隷になれとか言ってんだろ?」
「居候って…… パパたちが再婚したから、家族になったんだよ?」
本当は一緒になって悪口を言いたいところだけど、小学生を前にそんなこと出来ないから、一応フォローする側にまわる。
「家族に奴隷になれとかおかしいじゃんっ!」
「それはそーなんだけど……」
「なんでヤダって言わないんだよ!?」
「それは、その…っ」
勝負で逃げたペナルティと、食い逃げの現場を目撃されているからです……とは言えない。
しかも二人はあたしを慕ってくれている。 余計に言いたくない。
「なんならおれたちが話つけてやってもいいし!」
二人は鼻息を荒くしながら、徹平と同じことを言ってくれた。
―――本当にあたしは幼なじみに恵まれている。
あたしは二人の肩に手をかけて、
「……ありがとね。 でもホントに大丈夫だから」
「でもっ」
「こんなことでもめてたら時間もったいないよ? それとももうゲーム飽きた? だったら帰ろうか?」
ちょっと脅かすようにそう言ったら、
「飽きてないっ! まだ帰んないっ!!」
と二人は首を振った。
「じゃ、次は何する?」
二人はちょっとだけ黙ったあと、
「……コインゲームやる」
とやっと溜飲を下げてくれたみたいだ。
「コインゲームね。 じゃ、両替してくるからここで待ってて? 二人で一緒にいるんだよ?」
肯く二人を残して両替機を探した。 探しながら軽く溜息をつく。
ダメだな〜… あたし。
小学生に気遣われてどうすんのよ。
伊吹の奴隷の件だって、断れない後ろめたい理由があるからなのに、全面的にあたしの味方になってくれてるし……
小学生とはいえ、男の人にここまで気遣われたことないから、嬉しい気持ちもあるけど……
そういえば、なんかそんなアニメあったよね?
双子の兄弟がいて、二人とも隣りに住んでる幼なじみの女の子のこと好きになっちゃうの。
……って、あのアニメとは歳が違いすぎるか。
アッくんとナオくんが高校生になったとき、あたしはとっくに社会人かぁ……
……なんて、なに真剣に考えてんの、あたしっ!!
生まれた時からいろいろ面倒見たりしてるから、それで慕われてるだけだって!
もっと大人になったら、二人とも別に好きな人が出来るに決まってるって!!
……って、それもなんだか寂しい気がするけど。
そんなことを考えながらメダルに交換して戻ってきたら、
「……あれ?」
さっきの場所に二人がいない。
あれ? あたしここで待ってろって言ったよね?
場所は間違えてないし…… もしかして、二人で別なゲーム機の方に移動しちゃったのかな?
そう思ってゲームセンターの中を一周してみたけど、目ぼしいゲーム機の前に二人の姿はない。
えっ? ど、どこ行っちゃったの?
焦ってもう一度…今度はよーっく探し回ってみたけど、やっぱり二人はどこにもいない。
うそっ、はぐれたっ!??
「あのスミマセンっ、ここに小学生の男の子が二人いたはずなんですけど、見てませんかっ?」
慌てて近くにいた店員にそう聞いてみても、
「は? 小学生の男の子ですか? ……って言っても、たくさんいるからなぁ。どの子のことか分からないし、いちいち覚えてないですよ」
週末のゲームセンターは小中学生の男子でいっぱいだ。
何度も店内を探し回ったけど…… やっぱり見つからない。
え、まさか……外に出てっちゃったっ!?
慌ててゲームセンターの外に飛び出し辺りを見回す。
でも、行き交う人の間にそれらしい姿は全く見えない。
二人がここに遊びに来たのは初めてのはずだ。 この辺の地理に詳しいとは思えない。
「……うそでしょ…?」
二人ともどこ行っちゃったのよ―――!?

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