ひとつ屋根の下   第4話  断てない想い@

「これで終わり?」
あたしはコピー機からリーダーのノートを取り出しながら徹平を振り返った。 徹平はコピーされた用紙を取り出して、
「リーダーはな」
「は、って?」
「あと文法のノートもコピらして」
「文法も? っていうか、今からこんなにって…間に合うの!?」
購買部のコピー機の前で徹平とそんなやり取りをしていたら、
「さっさとしろよ! 後がつかえてんだからよ!」
と後ろに並んでいた子に文句を言われてしまった。 慌ててコピー機を次の子に譲る。
廊下を歩きながら徹平が肩をすくめる。
「あんなに怒鳴ることなくね?」
「仕方ないよ。 テスト前でみんなコピー機使いたいんだからさ。 てゆーか、徹平ノートとらなさすぎ!」
「それこそ仕方ねーんだって。 ちょうどその頃地区予選あって、朝練も放課後練も厳しくてさ〜」
「で、授業中は寝てた、と」
あたしが呆れたようにそう言ったら、当たり、と言って徹平が笑った。


あたしの名前は倉本ナナ。 地元の県立高校に通う平凡な高校2年生。
隣りで必死にあたしのノートを捲っているのは、幼なじみで家も隣同士の槙原徹平。
徹平はあたしの初恋の人で、そして初失恋の相手でもある。
失恋したのは中学のときなんだけど、実はそれは色々なすれ違いや勘違いのせいで……本当は徹平もあたしのことが好きだったんだよね。
最近その誤解が解けて、改めて徹平から、
「好きだ、付き合おう」
って言われたんだけど、今度はあたしの方にもうそういう感情がなくなっちゃっててダメだった。
それで今度は徹平のことを傷つけてしまって……
気持ちが変わるのはどうしようもない事だって分かってるけど、でも、徹平を傷つけたのはあたしだし…って、相当落ち込んだ。
でも、幼なじみとしては徹平のこと大好きだし、17年間も一緒にいた徹平を失うのは絶対イヤだったから、頑張って普通に接しようとした。
「おはよう!」
とか、
「リーダーの課題、やった?」
とか頑張ってあたしから話し掛けた。
でも、はじめのうち徹平はそれに応えてくれなかった。
無視するっていうのとは違うけど、明らかにあたしを避けていた。
挨拶をしても目も合わさず微かに肯くだけだし、何か聞いても、
「……さあ」
とか言って逃げるようにあたしの前からいなくなってしまう。
なんで?
気まずいのは分かるけど、そんなに避けなくたっていいじゃん!
挨拶くらいしてくれたっていいじゃん!
それとも、あたしと口を利くものイヤになるくらい、目を合わせるのもイヤになるくらい、あたしのこと嫌いになっちゃったのかな…
恋人同士になれなかったからって、幼なじみの関係まで壊れちゃうのかな……
―――もう昔みたいには戻れないのかもしれない。
そう思ったらすごく悲しくなって泣きそうになった。
「どうした? ナナ」
「最近ご飯もあんまり食べてないみたいだけど…体調でも悪いの?」
パパや、パパの再婚相手の法子さんにも心配されるくらい落ち込んでしまった。
そんな日々を1週間くらい送っていたら、急に徹平の方から声掛けてくれたんだよね。
「あひるの最新刊買った?」
って。
「……ま、まだ、だけど……」
あひるってのは徹平とあたしが2人とも好きで読んでるマンガ。 それの最新刊が出たらしい。
ここんとこ色々あったし、とても本屋さんをチェックする余裕がなかったから、最新刊が出てたことにも気付かなかった……
っていうか…… え?
徹平?
今まで避けられていた徹平から急に声を掛けられて戸惑っていたら、
「ん」
と本屋さんのカバーがかかった単行本を渡された。「スゲー展開になってるぞ」
「そ、そーなんだ?」
戸惑ったまま本を受け取り……
ソッコーで読み終え、翌日返し、そのときになんとなく本の中身のことを話しているうちに……いつの間にか普通に話せるようになってたんだよね。
あのときの嬉しさっていったらなかった。
前日までのテンションとのあまりの違いに、パパも法子さんも驚いてたっけ。
なんで徹平が急に声を掛けてくれるようになったのかはよく分からなかったけど……
もしかして、1週間で徹平も吹っ切れたのかな?
そうだよ!
徹平ならあたしなんかよりもっとカワイイ彼女が出来るよ!
……こうして徹平とも色々あったけれど、今はまた仲の良い幼なじみの関係が復活している。

購買部を出ると徹平は渋い顔をしながら、
「続きはコンビニでやるしかないか」
とあたしを振り返った。「ノート借りといてい? 夜には返すから」
「いーけどさ〜… 間に合うの? 今頃コピーなんかとって」
「明日からテスト前で部活休みだし、その3日間にかける!」
と徹平はこぶしを握る。
もうすぐあたしたちの高校は1学期の期末テストが始まる。
その前3日間は先生たちもテストの準備があるし、生徒は授業が終わったらすぐに下校しなくてはならないことになっている。
必然的に各部活動も休みということに。
「って、ホントは今すぐでも帰って勉強しなきゃなんだろーけどな〜…」
と徹平は眉を寄せる。
「休めないの?」
「明日からテスト終了まで1週間も部活できねーから、今日はみっちりやるぞとかって堤先輩が張り切ってんだよな…」
「あの人まだ引退してないんだ?」
堤っていうのはバスケ部の3年。
徹平によると、そこそこ上手いんだけどちょっと性格に難あり…な先輩だ。
あたしに言わせたら、ちょっとどころじゃなくかなり難ありな人物だと思うけど。
でも、3年っていったら時期的にもう引退しているはずだよね? バスケ部もインハイの地区予選敗退してるし。
「堤先輩就職すんだって。 だから受験カンケーねーし、とか言って毎日部活来てる」
「うるさそー」
「少しな」
そんな話をしながら廊下を歩いていたら、反対側から伊吹がやってきた。 クラスメイトと一緒に何やら話しながらこっちに向かってくる。
陸上部の伊吹だけど、制服姿でカバンを手にしているところをみると、今日は部活を休むらしい。
本当なら今日までは部活動自体はやってるはずだけど……
テスト前だからかな。
なんたって伊吹は特進クラスだもんね。
伊吹はあたしたちに気付くと、
「よ」
と徹平に軽く手を上げた。 徹平も、
「おー」
とそれに応える。
とくにそのあと何を話すでもなく、そのまますれ違った。
……伊吹、またあたしのこと無視してるよ。
って、学校じゃあたしたち他人のフリだから仕方ないんだけど。 伊吹も友達と一緒だったし。
下手に学校で会話なんか交わして、「学内アイドルの伊吹くん」ファンから睨まれても困るから別にいーんだけどさ。
でも、挨拶くらいしてくれたっていいじゃん?
―――家族なんだからさ、一応……
伊吹はパパが再婚した法子さんの息子。
特進クラスの1組にいるくらい頭が良くて、見た目もアイドル並みに可愛くて、人当たりもいい超が付くほどの優等生。
そんな伊吹はみんなに好かれていて、学校内じゃちょっとしたアイドル並みの人気だ。
でもそれは猫被ってるだけで、実は横暴で、自分勝手で、オレ様な男だということをあたしは知っている。
ていうか、あたしなんか奴隷にまでされていて、
「うるせぇな〜」
「さっさとやれよ!」
「こんなことも分かんねーのか、文系は!」
と馬鹿にされまくりだ。
いつも上から目線でムカつくことばっかりなんだけど、でも、あたしが困ってるときにはアドバイスしてくれたり、時々……本当にときどーきだけど、優しいときがあるんだよね。
まあ、気まぐれだろうけど。
そんな伊吹を見ているといつも猫みたいだなって思う。
気まぐれだし、何を考えているのか分からない。
一緒に暮らし始めてもうすぐ3ヶ月になるっていうのに、あたしは殆ど伊吹のことを知らない。
考えてることや言動もそうだけど、伊吹の過去のこととか…… 失恋した相手のこととか。
アイドル伊吹が失恋する相手って、どんな子だろう。
普通の女子だったら喜んで付き合うよね?
なんでだろう……
すごく気になるし、知りたい……
……って、なんであたしこんなこと考えてんの!?
あんな性格悪いヤツのことなんかどーでもいいじゃん!
伊吹が失恋したことだって、どうせあの性格の悪さが原因に決まってる!!
そーだよ! そーそーっ!!
とあたしが焦っていると、
「……なあ、椎名ってどんなヤツ?」
と徹平は後ろを振り返った。 伊吹の姿が廊下の曲がり角に消えるところだった。
以前はあたしとの仲を疑って伊吹を意識していたこともあった徹平だけど、今はそうでもないのかな? さっきも普通に挨拶してたし。
これも、伊吹を意識してっていうんじゃなく、純粋に伊吹に興味があるって聞き方だ。
「どんなって? 猫被ってる二重人格ってこと?」
「いや、それはナナから聞いてたけどさ。 それだけじゃなくて……」
と徹平はちょっとだけ考え込んで、「あいつ、学校じゃ人当たりいいし愛想もいいけど、実はクールっつうか…スゲー現実的なこと?普通言いづらいようなこと?ズバッと言うときあるよな。 こう…切られるっつーか」
と徹平は自分の胸の辺りを人差し指で切る真似をした。
「それ言ったら、あたしなんかちょっちゅう切り捨てられてるよ? 本当は口が悪いの! だから二重人格なんだって!」
あたしがそう言っても徹平は、
「そーゆーんじゃなくてさ。 見た目ほど甘くない……つか、深いかもなって」
「?」
徹平の言いたいことが良く分からなくて首を傾げる。
「や、あいつの言うことって、言われたときはショックなんだけど…… あとからくんだよな、ここに」
と徹平はまた自分の胸を指差した。
「え……」
「言い方ぶっきらぼうだったりするけど、間違ったこと言ってないんだよな」
「………」
それは…… そうなんだよね。
この前の徹平とのことだって、伊吹の言葉がなかったらもっとずるずるしちゃってたかもしれないし。
徹平はあたしの気を引こうとしてもっと色んなことを犠牲にしちゃって…… きっと最悪な結果になってたはずだ。
だから、今こうやって徹平と普通に話せているのは……
「椎名のおかげなんだよな」
一瞬自分で言ったのかと思うようなタイミングで徹平が呟いた。「こうやってナナと話せるようになったのは」
驚いて徹平を見上げた。
なんで徹平が、伊吹のおかげ、なんて言うの?
「……どうゆうこと?」
「いや……」
徹平は一瞬言いよどんだあと、「実はあのあとさ、椎名に言われたんだオレ」
と首の辺りを掻いた。
「ナナにフラれたあと、ナナはちゃんとオレに話しかけてくれたじゃん? 挨拶とか。 オレ気まずくて避けちゃってたけど……」
「うん……」
「本当はちゃんと挨拶し返した方がいいって頭では分かってたんだけど、気持ちがついていかなくて……逃げてた。 ごめん」
今まであのときのことに触れずに来たから、今さら徹平からそんな話をされるのは意外だったし、驚いた。
なんて反応していいのか分からなくて、とりあえず肯いておく。
「いつまでも逃げてらんねーって思ったけど、ナナと向き合う勇気がなくて……あんときはゴメンな、マジで」
「や……別に、それはもう…… うん」
確かにあのときはショックだったけど、今はこうやって仲の良い幼なじみに戻れたんだし、もうそんなに謝ってくれなくていいっていうか……
そこまで掘り返さなくていいっていうか……
とあたしが焦っていたら、
「そしたら椎名が、ちゃんと向き合ってやれって」
「……え」
「気まずいのはナナの方だって言われてさ。 女の方が勇気出して声かけてんのに逃げるなって」
……伊吹が?
「はじめは、お前に何が分かんだよってムカついたけど、あとから自分でも…やっぱそーだよなって思って」
なにそれ……
あたし、そんなこと知らない……
「椎名は幼なじみとかいないから羨ましいって。 大事にしろって言われたよ」
伊吹がそんなことを徹平に言ってたなんて知らなかった……
じゃあ、あんなにあたしのことを避けてた徹平が急に話しかけてくれるようになったのは、伊吹が徹平に言ってくれたからってこと……?
「可愛い顔してっけど、何気に人生経験豊富なのかもな。 深そうっつーか言葉に重みが…… いてっ!」
話の途中で徹平が顔をしかめた。
「タラタラやってんじゃねーよ! 練習始まるぞ!」
振り返ったら堤が立っていた。 堤は肩からスポーツバックをかけていて、体育館に向かうところらしかった。
「オレよりあとに来たら、最後のモップ掛けお前1人にやらせるからな!」
そう言い捨てると、堤はさっさと体育館の方に向かって行ってしまった。
「やっべ! じゃあナナ、またな! ノートあとで返すから!」
そう言うが早いか、徹平も慌てて体育館の方に向かって駆け出していった。
あたしも手を振って徹平と別れた。

なんか、また伊吹のことが分からなくなってしまった。
まさか伊吹がそんなことを徹平に言ってたなんて……
確かに今までも、あたしが困ったときとかフォローしてくれたことはあったけど。
でもそんな風に、あたしが知らないところでもフォローしてくれてたなんて思わなかった。
別に、徹平との一件のあとも伊吹はいつもと何も変わらない。
あたしが徹平に避けられてるときだって、特に気遣われたって記憶もないし……気遣われたどころか、いつも通り暴言も吐かれたし、面倒な命令もされた。
本当にどういうつもりなんだろう……
伊吹の行動に首を捻りながら家に帰ると、あたしよりも先に学校を出たはずの伊吹はまだ帰って来てなかった。
……またバイトだ、きっと。
伊吹はパパや法子さんには内緒でカラオケ店でバイトをしている。
平日はほぼ毎日帰りが遅いし、週末や休日に出掛けていくことも多い。
「伊吹くんは頑張るなぁ」
って、パパたちはそれを部活のせいだと思っているけど、本当はバイトに行っているせいだとあたしは知っている。
特進クラスのくせに勉強もしないでバイトなんかしてて良いわけ?
そもそもあたしたちの学校、基本バイト禁止でしょ!?
っていうか、そんなにバイトして何にお金使ってるんだろ?
物とか洋服とかだって、そんなに頻繁に新しいの買ってるようには見えないし。
やっぱり遊ぶのに使うのかな?
伊吹だってパパからお小遣いもらってるはずだけど、それだけじゃ足りないのかな〜…
夕飯の時間になっても伊吹は帰ってこなかった。
「……伊吹は?」
テーブルについたのはあたしと法子さんだけで、パパはまだ仕事から帰ってきていない。
「ん? 部活で遅くなるって聞いてるけど」
「ふぅん……」
伊吹が部活を休んであたしより先に学校を出たことは内緒にしておいた。
下手なことを言って、伊吹が法子さんに追及されないとも限らない。
そんなことになったら、絶対、
「てめぇ! 余計なこと言ってんじゃねーよっ!!」
って怒られること間違いない。
当たり障りのない会話をしながら二人きりの夕食が済んだ頃、部活が終わった徹平が貸したノートを返しにやってきた。
「サンキューな。 これでなんとかなるわ」
「ほんとになんとかなるの? あと3日だよ?」
「なんとかする! ……赤点だと部活やらせてもらえねーからさ」
徹平はそう言ってノートと『きのこの山』(ノートを貸したお礼らしい)を置いて、さっさと自宅に帰っていった。
「徹平くんなんだって?」
リビングに戻ると法子さんが食器を片付けているところだった。
「ノート返しに来ただけです」
「ノート?」
「もうすぐ期末があるんで…… それでノート貸してたんです」
「期末? ……って、期末テスト?」
法子さんの手が止まる。「伊吹もそうよね?」
「あ、はい」
「そんなこと全然聞いてなかったけど…… ちゃんと勉強してるのかしら、伊吹は。 今日も部活で遅くなるっていうし……」
法子さんの困ったような顔に、思わず言いよどむ。
「や……さぁ……」
心配している法子さんにウソをつくのが心苦しくて、そそくさと自室に戻った。
その日伊吹が帰ってきたのは10時を回った頃だった。 隣りの伊吹の部屋から物音が聞こえて分かった。
いつも遅い伊吹だけど、今日はさらに遅い。
もしかして、急にバイトの延長とか頼まれたのかな……?
英語の教科書から顔を上げて隣室の様子を窺う。
しばらく耳を澄ませていたら、ボソボソと話し声が聞こえてきた。
伊吹の部屋にテレビは置いてないし……きっとケータイで誰かと話してるんだ。
思わず足音を忍ばせて壁に歩み寄った。 伊吹の部屋側の壁にはベッドが置いてあり、あたしはそっとそれに乗った。 そして壁に耳を当ててみる。
……全然聞こえない。
なんかボソボソ話をしてるらしいことは分かるけど、内容までは全くだ。 諦めて壁から離れる。
ボソボソとした話し声は1時間ほど続いて、そのうち静かになった。
……やっと通話が終わったらしい。
っていうか、ケータイで1時間も話すって通話料かなりかかるよね?
あ! バイト代って、もしかしてケータイ代?
っていうか、こんな時間にケータイで1時間も話す相手って……誰?
……まさか、彼女……とか?
―――……
いやっ、ありえないでしょっ!?
あんな性格悪いヤツに彼女なんか出来るわけないもんっ!
友達だよ、友達っ! そうに決まってる!!
そんなことを悶々と考えていたせいで、その日は全く勉強に身が入らなかった。
もうっ! テストまで日がないっていうのに…… 伊吹のせいだっ!!

「もうすぐ期末テストなんでしょ?」
翌日の朝食の席で、法子さんが伊吹にトーストを渡しながらそう聞いた。
「え?」
牛乳が入ったコップを口に運ぶ途中で、伊吹の動きが止まる。
「ナナちゃんから教えてもらったけど。 そういうことちゃんと教えてくれないとダメじゃない」
「ああ〜… 言ってなかったっけ?」
そう言いながら伊吹がチラリとあたしの方を睨む。 慌てて目を逸らした。
……あたし、聞かれたから言っただけだもん。
「今日も部活なの? 伊吹はいつもちゃんとやってるから余計なお世話かもしれないけど……体調は大丈夫なの? 部活で疲れて帰ってきてそのあとにテスト勉強とか、体壊しそうで心配よ」
そんな法子さんに伊吹は笑顔を見せて、
「大丈夫だよ! 普段から授業ちゃんと聞いてるし……明日からは部活も休みだから、その2日間で集中して仕上げるし」
えっ!? 部活は今日から休みじゃん。
伊吹、またウソついてる……
「だから、今日はちょっと帰り遅いけど、明日からは早く帰ってくるから! ……そんなことより、そろそろ母さんは時間じゃない? 出なくて大丈夫?」
「あらっ! ホント、もうこんな時間!」
法子さんは慌てて支度をすると、家を出て行った。
法子さんが出かけて行った途端に、伊吹の顔が変わる。
「お前、余計なこと母さんに言うなよ」
「よ、余計なことって!? あたし聞かれたから教えただけだし、ホントのことしか言ってないもんっ! ていうか、なんでテスト期間教えちゃダメなわけっ? そっちの方が意味分かんないじゃんっ!」
さっき睨まれたから、法子さんが出て行ったあと何か言われるだろうと予想はしていた。 用意していたセリフで反撃する。
「聞かれても濁せよ」
「はあ?」
伊吹はメチャクチャなことを言ってくる。
濁せって…… テスト期間はいつだか分かりませんって言うの?
ワケ分かんない!
伊吹は鬱陶しそうに前髪をかきあげながら、
「……テスト期間だって知れたら、早く帰ってこなきゃなんねーだろーが」
と呻くように呟いた。
「え? ……だって、実際早く学校終わるじゃん」
あたしがそう言ったら、伊吹はジロリとあたしを睨んで、
「……皿、洗っとけよ」
と言ってカバンを担ぎ、さっさと家を出て行ってしまった。
「なにが、皿洗っとけよ、よ! 相変わらず自分勝手なんだからっ!!」
腹を立てながらガシガシとお皿を洗った。
テスト期間に早く帰ってくるのは当たり前じゃん! みんなそうやってテストに備えてんの!
今日だって本当は部活ないのにあるなんてウソついて……どうせまたバイトでしょっ!
ちょっと頭がいいからってそんな余裕かましてて平気なわけ!?
っていうか、特進クラスだったら何よりもテスト勉強優先させるんじゃないの!?
特進クラスで落ちこぼれとか聞いたことないしっ!
そんなことになって恥かくのは自分だよっ!?
……ていうか。
―――特進クラスで成績落ちたらどうなるんだろう?
特進クラスは、入りたいからって入れるわけじゃない。
成績上位の子たちがいい大学に入れるように、特別カリキュラムが組まれているクラスだ。
今は成績がパッとしなくても、再来年の受験に向けて特進クラスに入りたいって子は山ほどいる。
学校側だって、どうせならより可能性のある生徒を特進クラスに入れたいに決まってるし……
成績の悪い特進クラスの子と、普通クラスで成績のいい子が入れ替わるなんてこともあり得るんじゃない?
ううん、絶対あるよ!
それにバイトッ!
成績が落ちた上にこっそりバイトまでしてたなんてことがバレたら…… 即普通クラス行きだよ!!
……よし。 ちょっと注意してやろ。
や、いーんだよ!? 別に伊吹がどうなったって!
成績が落ちるのも、内緒でやってるバイトがバレるのも全部自分が悪いんだし!
……で、でもさ?
今までずっと優等生でやってきたみんなの期待もあるだろうし?
パパや…なにより法子さんなんかショック受けちゃうだろうし?
そんなことになったら家の中も暗くなるだろうし……
だから伊吹のためじゃなくて、家族のためだから! これは!!
そう決意をして放課後を迎えた。
里香に一緒に帰ろうと誘われたけど、伊吹のバイト先に直行するつもりだったから、テキトーに誤魔化して1人で学校を出た。
帰り際、さり気に特進クラスの1組を覗いてみたら、もう伊吹の姿はなかった。 っていうか、全員下校していた。
特進クラスの子がテスト前にムダに学校に残っているはずがない。
あたしは急ぎ足で伊吹のバイト先に向かった。

ところが、あたしの予想とは裏腹に、例のカラオケ店に伊吹の姿はなかった。
ちょっと離れた場所からしばらく様子を伺ってたんだけど、なかなか伊吹が受付カウンターに姿を見せない。
もしかしたら今日はカウンター業務じゃないのかもしれない。 ……って、あたしもカラオケ店の内情に詳しいわけじゃないから、他にどんな仕事があるのか知らないんだけど。
でも、今日も遅くなるって言ってたし、絶対ここに来てるに決まってる!
いつまでもこんなところで張り込みもしてられないし、思い切って他の店員に聞くことにした。
「伊吹? 今日は入ってないよ」
「え?」
捕まえた小太りの店員はチラリとあたしを見下ろして、
「つか、元々そんなにシフト入ってないし、あいつ。 なに? キミも伊吹のファンなわけ?」
「やっ! 全然違いますっ!!」
慌てて首を振った。 小太りの店員は、あっそ、と言いながら、
「こっちとしちゃ、伊吹は客受けいいし手際もいいから、もっと入って欲しいんだけどさぁ。 良くて週3くらいかなぁ」
週3?
……って、1週間に3日ってこと?
しかも、良くて、って言ったよね?
ウソ……
だってあいつ、毎日帰るの遅いじゃん。 昨日だって……
パパや法子さんには部活だってウソついて、本当はここにバイトしに来てるんだと思ってたのに……
あたしだけが本当の行き先を知ってるんだと思ってたのに……

―――それもウソだったんだ……

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