真昼の月  #3  爪痕


それからも、何も変わりない日常。
父親は相変わらずいつ帰ってきてるんだか分からない生活を送り、詩織は毎日家の中を片付けてメシを作り、俺は勉強の合間にタクヤと遊んだり、ときどき美和とヤッたり・・・そんな毎日を繰り返していた。
一体、アレはなんだったんだ?
数日前、薄暗い玄関で交わしたキスのことを思い出す。
確かにあの日の俺はおかしかった。
なんか・・・・・ 焦ってた。
焦ってイライラして・・・
自分で自分のコントロールが出来ないなんてこと初めてだ。
詩織を相手に、復讐という名のゲームを始めたとき、色々シュミレーションしていたのに。
今までしたことないような、蕩けるようなキスをしてやろう、とか。
甘い言葉を囁いてやろう、とか。
・・・なのにあんな突然、押し付けるように・・・・・
技巧も何もあったもんじゃなかった。
きっと詩織も驚く・・・と同時に、呆れたに違いない。
でも、絶対避けられるだろうと思っていたのに、あのあとも詩織は今までと何も変わらなかった。
「今日はカレーだよ」
とか、
「ごめん! 遅刻しそうだから、ハルくん先行って?」
とか。
まるで、あのキスなんかなかったみたいな態度だ。
・・・・・もしかして、ホントに何もなかったのか?
あの日俺、調子悪かったし・・・ 
体調不良のせいと、ゲームクリアを急ぐ気持ちが見せた幻だったとか・・・
あの日の行動だけじゃなく、自分の記憶力さえも疑い始めたとき、やっぱりアレが夢や幻覚じゃないことが分かった。
それはやっぱり詩織の行動に出ていた。
詩織はあの日を境に、ノーブラで起きてくるのをやめた。
今まで2ヶ月近く、何の警戒心も持たずにリビングに下りてきた詩織が、ノーブラどころか、制服で下りてくる事もあるくらいだ。
あのキス以来、あまり態度には出ていないけど、俺に警戒心を持っていることは確かだろう。
でも・・・・・ 考えようによってはこれはいい傾向かもしれない。
今まで俺のことを、義弟やイトコにしか思っていなかっただろうから、これで男として意識させることが出来る。
そうすれば詩織を落とす作戦だって立てやすいってもんだ・・・・

そんな事を考えていたある日の放課後。
掃除当番だった俺が、ホウキで床を掃いていたら、
「ちょ、ハル! お前知ってたっ?」
とタクヤが教室に飛び込んできた。
「何をだよ。 つか、そこゴミ!」
あの花高とのカラオケは結局すっぽかすような形になり、当然だけどタクヤはもの凄い勢いで俺を責めた。
けど、根っからの能天気な性格(この辺は詩織に似ているかもしれない)と、その数日後にまたタクヤがセッティングしてきた合コンに強制参加させられることで、俺たちの仲はいつもと変わりないものになっていた。
いつも色んな情報や話のネタを持ってくるタクヤ。
それを聞いて笑うか、突っ込むか、スルーする俺。
今日は一体なんだっていうんだ?
「や、詩織さんと生徒会長だよ! 付き合ってんだってっ!?」
「・・・・・え?」
「さっき3組の東に聞いた。あいつ会計やってんだろ?」
一瞬で思考回路が停止する。 頭が真っ白になる。
そのあともタクヤが何か言っているのに、口が動いているのが見えるだけで、何を言っているのか全然分からなかった。
必死にシナプスを繋ぎ合わせる。 繋ぎ合わせてやっと動き出した脳に浮かんできたのは・・・
―――東って、あの馬面の・・・・・?
・・・なんてどうでもいいことだった。
「まぁ、詩織さんはオレには高望み過ぎだって分かってたから、会長と付き合いだしてもいいんだけどさ」
詩織と・・・・・ 長坂が・・・・・?
「つか、あの会長相手じゃ太刀打ち出来ねーけどな」
付き合ってる・・・・・?
「ハルなら一応義姉弟だし、知ってんのかな〜と思ったんだけど、やっぱ知んなか・・・・・って、おい? ハルッ!?」
俺が持っていたホウキが乾いた音を立てて床に倒れた。 その音が耳に届いたときには、すでに俺は廊下を走り出していた。
なんで・・・・・ なんでだよっ!?
なんで長坂なんかと付き合ってんだよっ!?
階段を3段飛ばしで駆け上がる。 途中誰かにぶつかったような気がしたけど、いちいち謝ってなんかいられなかった。
朝が苦手なお前に、朝食用意してやってんのは誰だよ!?
夕食だって、こっちは別に食わなくたっていいものを、お前が勝手に作るから食ってやってたのに!
4階は3年の教室しかない階だ。 その4階に2年の俺が駆け上がって行ったら、そこら辺にいた3年が眉間にしわを寄せて俺を振り返った。
構わず目指す教室に向かう。
なんで、長坂なんだよ・・・・・・
頭いいからか? 優しいからか? 運動できるから? 人望あるから・・・
俺だってお前に優しくしてやったろっ!? 頭だっていいだろーよっ!!
「・・・・・・工藤詩織は?」
息を切らせて3年5組に入り、入り口付近にたむろっていた男に聞いた。 男は眉間にしわを寄せながら、
「はぁ? 工藤さんなら帰ったけど・・・ つか、お前誰?」
「んじゃ、長坂は」
「・・・お前2年だろ? 3年呼び捨てにしてんじゃねーぞ」
・・・話にならない。
教室の中に二人の姿がないことを確認して、俺は踵を返した。 背後から怒鳴り声が聞こえたけど、無視した。
なんで・・・
俺と長坂のどこが違う?
どこが―――・・・・
って、どこもかしこも違うか・・・
長坂は、頭もいいが愛想もいい。その上スポーツも出来て人望もあるときてる。
・・・・・それは作られたものじゃなく、天然のものだということは俺にも分かっていた。
―――だから俺は、長坂が嫌いだった。
計算や打算ばかりで身を固めている俺に対して、イヤミなぐらい自然体の長坂が苦手だった。
比べるまでもない。
長坂が自ら光を発している太陽なのに比べて、俺はちっぽけな月ぐらいの存在だ。
太陽が出ていない夜だったら注目してもらえるけど、太陽が出ている昼には見向きもされない。
その存在にすら気付いてもらえない。
―――詩織にとって、俺は真昼の月に過ぎなかった・・・・

「あら? どうしたの?」
小テストらしいプリントの採点をしていた美和が、驚いた顔をして俺を見上げた。
「別に・・・」
「最近全然来なかったのに・・・ 珍しいじゃない」
美和はそう言って、またプリントに視線を落とした。「もうちょっとで終わるから、いつものトコで待っ・・・ッ!?」
背後から美和を抱きしめた。 美和がまた驚いて俺を見上げる。
「ちょ・・・ どーしたの?」
「抱きたい。 今すぐ」
そう言って、ブラウスの襟元から手を滑り込ませた。
「えっ!? 何言ってるの? 駄目よ、こんなところで・・・ んっ!」
きれいにカラーリングされた髪に顔を埋める。 背後から回した手で美和の胸を乱暴につかんだ。
「あんっ」
いつもだったら、こんないつ誰が来るか分からない教科室でなんかヤッたりしない。
いい感じのところまで持っていってから、絶対誰も使わないような旧教室に移動したりホテルに行ったりする。
今までは、それだけ気持ちにも身体にも余裕があった。
今日みたいに切羽詰っていなかった。
ブラウスのボタンを外すのももどかしい。ブラジャーごと捲り上げ、飛び出した美和の胸に吸い付いた。
「や、あぁんっ!」
すぐに固く立ち上がってくる美和の胸の先。 ・・・少し色が濃い目の美和の乳首。
「や、ハルっ! ハルぅ・・・あんっ!」
そこに吸い付きながら・・・ 俺は詩織の桃色のそれを思い出していた。


「ハル・・・ 暑くねぇの?」
梅雨入りしても雨の日は少なく、真夏のような太陽が照りつける日が続いていた。
「ん。 平気」
マジで?とタクヤが呆れた顔をする。
―――あれから毎日のように美和とヤリまくっていた。
「ど、どーしたの?」
美和が俺の身体の下で息を弾ませる。「なんか・・・ あったの?」
「何が」
「だって・・・」
色々詮索されるのは嫌いだ。
「美和を抱きたい。 そんだけじゃ駄目なの?」
「そーじゃないけど・・・ あ、ああんっ!」
誰もいない教科室で。 旧教室で。 ホテルで。 美和の部屋で。
馬鹿みたいに、それしか頭にないみたいに、狂ったように抱き合った。
ときには、ホテルにあったゴムだけじゃ足りなくて、近くのコンビニまで買いに行ったこともあった。
美和は今まで我慢していたのか、堰を切ったように俺の身体に痕を残した。
無数の爪痕や赤い斑を。
それは半袖じゃ隠し切れないところにまで広がっていたから、俺は必然的に長袖のシャツを着るしかなかった。
「見てる方が暑いわ」
「んじゃ、見るな」
俺の服装に不信感を持ったのはタクヤだけじゃなかった。
「ハルくん・・・ 半袖のシャツ、出してあったよね?」
詩織も俺の格好を見て、眉間にしわを寄せた。
詩織が長坂と付き合いだしてから、また俺は帰りが遅くなった。
それでも詩織は夕食を作ってくれていたけど、それを一緒に食べることは少なくなっていた。
詩織と、長坂の話はしていない。 する必要もない。
けれど、あからさまに詩織を避けたりもしなかった。
一応、曲がりなりにも家族だし。 ウチの中で緊張しているのはヤだし。
ただ必要以上にコンタクトを取らなくなった・・・・・・ そう、それだけ。
「え? ・・・何?」
「だってこんなに暑いのに、制服もウチの中でも長袖着てるから・・・」
たまたま早く帰った俺に、詩織はそう言った。
「先月衣替えしといたんだけど・・・ もしかして、半袖シャツ見当たらなかった?」
「いや? そんなんじゃないよ」
「じゃ、なんで・・・」
「・・・日に焼けたくないから。 今時 男だってエステ通う時代だよ?」
「そー・・・なんだ」
「そーだよ。 そっちこそ日焼け止めとか?今のうちからしておかないと、30過ぎてから泣く事になるよ?」
「えっ!? そーなのっ!?」
知ったようなことを言って、その場を繕った。
しかし・・・ 美和には参る。
見えるところには付けるなと言っているのに、手(腕じゃない)と顔以外の至るところに痕を付けてくる。
おかげでこっちは汗だくで長袖だ。 体育の着替えのときですら気を使う。
だったら美和を抱くのを止めればいいのに、それも出来ない。
抱いたあと虚しくなるのは前から変わっていないけど、少なくとも腰を振っている間だけはつまらない事を考えなくて済む。

・・・・・・詩織のことを考えなくて済む。


そんな毎日を送っていたある日。
ウチに帰ったら電気が点いていなくて真っ暗だった。
以前のようにメールでお互いの行動を(遅くなるとか)報告することは少なくなっていたから、どうして詩織がまだ帰ってきていないのか分からない。
前は必ず俺より先に帰ってきていた詩織が、最近ではこうやって遅くなる日があったりする。
・・・・・・大方、長坂とデートでもしてんだろーけど・・・
またつまらない事を考えそうになり、慌てて風呂場へ向かった。
長袖の制服のシャツを脱ぎ捨て裸になり、シャワーを浴びる。
設定温度を最低にしても生温くて気持ちが悪い。 結局、水のままのシャワーを浴びた。
「・・・・・・っつ!」
洗面所に出て制汗ローションを身体につけていたら、今日美和に付けられた爪痕に痛みが走った。
身体を捻って二の腕の裏辺りを鏡に映して確認してみる。 ―――ミミズ腫れが3本・・・
「・・・ったく、マジで止めてくれよなぁ・・・」
鏡に向かって愚痴ったとき、いきなり洗面所のドアが勢い良く開いた。
「え・・・ き、きゃ〜〜〜っ!!!」
「うわっ!」
突然、詩織が洗面所に入ってきた。 慌ててタオルで下半身を隠す。
詩織は悲鳴を上げながら後ろを向いた。
「なっ、なんで裸なのっ!!」
「風呂入ってたんだよっ!! つか、そっちこそノックぐらいしろよっ!!」
「だってぇ〜〜〜・・・」
後ろを向いたまま両手で顔を覆っていた詩織が、そのまま固まる。
「・・・?」
な、なんだ・・・?
「・・・ごめんなさい」
一瞬の間を置いたあと詩織はそう呟き、逃げるように洗面所を出て行った。
・・・なんだ、今の間は・・・?
まさか、俺の裸見て、欲情した・・・とか? まさかな。
と鏡で自分の裸を確認して、詩織が固まった理由が分かった。
・・・・・・無数の痣に爪痕・・・
詩織はこれを見て固まったに違いない。
「ゆ、夕食どうする?」
Tシャツ姿でリビングに入っていったら、今までダイニングテーブルに座っていた詩織が慌てて立ち上がった。
―――俺と視線を合わせずに。
「別に。 コンビニ行ってもいいし」
「パスタとかだったら、すぐ作れるけど」
「や。 そんなん食える食欲ない」
「じゃ、どうしようか〜〜・・・ 素麺とか?」
と言いながら詩織がキッチンの扉を開ける。
「気にしないで? たまたま早く帰ってきた俺が悪いんだから。 つか、そっちも食べてきたんでしょ?」
久しぶりに着た半袖に心地よさを感じながら、時計を見上げる。8時を指していた。
「え・・・」
「・・・座れば?」
と言ってダイニングの椅子に座った。 一瞬躊躇ったあと、詩織も俺の向かい側に座った。
けど、俺とは視線を合わせずに俯いている。 そしてそのまましばらく沈黙。
「・・・・・聞かないの?」
「えっ!?」
俺がそう切り出したら、詩織が驚いて顔を上げた。 やっと視線が合う。
「さっき風呂場で見たでしょ? 俺の身体」
そう言ったら、詩織はちょっと顔を赤くしてまた俯いた。
「このクソあちーのに長袖着てる理由は、アレ」
俺は半袖から出た腕をさすりながら、「止めろって言ってんのになぁ」
と爪痕を確認した。
「・・・・・・ハルくん、彼女・・・いたんだ?」
詩織が俯いたまま、小さくそう言った。
「いるよ? 1年のときから付き合ってる女が」
「1年のときから・・・?」
詩織が顔を上げる。
「うん」
「ッ! じゃ、なんで・・・ッ!」
詩織はそこまで言って口をつぐんだ。 けど、その先 何を言おうとしたのかはすぐに分かった。
あえて無視するけど。
そのまままた2人とも黙っていた。
なんか・・・・・ どうでも良くなってきた。
どうせ詩織にもバレたことだし、コソコソ隠すのも疲れたし。 暑いし。
そうだ。
どうせなら、学校にも半袖で行ってやるかな・・・・・
とそんなことを考えていたら、
「・・・ちょっと、まだ17なんだし・・・ 学校にバレたら・・・」
と詩織が呟いた。
「は? 何?」
詩織が顔を険しくして俺を見上げる。
「そ、そーゆーのっ! 見えるところに付けるのって、どうかと思うっ!!」
「はぁ?」
「ハルくん、ちゃんと彼女に言ってるのっ!?」
「・・・言ってるよ」
「言ってないから付けられてるんじゃないっ! ちょっと甘いんじゃないっ!?」
「・・・いーよ、もう。 そっちにカンケーないだろ?」
「カンケーあるよっ! あたしはハルくんのお姉さんなんだからっ!!」
〜〜〜姉とか言うなよっ! ムカツクっ!!
「どうせそっちだって同じ事してんだろ? 生徒カイチョーとっ!」
まさか俺が長坂との事に気付いているとは思っていなかったのか、詩織が驚いた顔になる。
「し、してないよ!」
俺を睨むように見上げる詩織。
「別に隠さなくたっていいよ」
「ホントにしてないもんっ!!」
ちょっと潤んだ瞳が俺に向けられている。
その瞳に吸い込まれそうになり・・・慌てて顔を背けた。
何をムキになってんだ・・・ 俺は・・・
「ホントにしてないんだからねっ!」
「・・・そんなん・・・ 別にどっちだっていいよ。俺にはカンケーないことだし」
そう言って席を立つ。
ケータイと財布をポケットに突っ込んで玄関に向かったら、
「どこ行くのっ?」
と詩織が追いかけてきた。
「どこだっていーだろ?」
靴を履いて詩織を振り返り、「ネーサンにはカンケーない所だよ」
とこれ以上ないくらいの笑顔を作った。
「ハルくんっ!!」
詩織の声を背中に受けて家を飛び出した。
・・・・・・クソッ
ふざけるなっ! 勝手に長坂と付き合いやがってっ!!
そのくせ、俺のことばっか責めやがって・・・・・っ!!
優しいのがいーのか? 頭いいのがいーのかよっ!?
頭なら俺だっていいだろうよっ! 優しくもしてやったろっ!?
なのに、裏切りやがって・・・
裏切っていいのはお前じゃない。 俺だっ!
お前は俺に墜とされるハズだったんだよっ!!
持っていた金でありったけのアルコールを買い、浴びるように飲んだ。
けれど、普段そんなに飲まないせいで、すぐに気持ち悪くなり何度も吐いた。
それでも気は治まらなかった。
「どーしたの? ・・・って、臭っ!」
突然部屋に押しかけて行ったら、美和が顔をしかめた。
「ハル・・・お酒飲んでるの?」
「・・・ヤリたい。 ヤラせて?」
俺は玄関口で美和に抱きついた。
「ちょ・・・ ハル?」
そのまま玄関の上がり口に美和を押し倒した。 すぐに着ていた服を全部脱がせ・・・いや、乱暴に引き剥がした。
「あっ、やだ・・・ ハ、ハル・・・ あんっ!」
前戯もそこそこに、熱く張りつめたモノを美和の中に押し入れる。
ぶつけるように腰を振ったら、俺の下にいる美和まで激しく揺さぶられた。
「や・・・あぁん! すご、く・・・ 気持ち、い・・・ あぁっ!」
俺の下で狂ったように喘ぐ美和の顔が、いつの間にか詩織のそれに変わる。
それだけで止めとけばいいのに、自分まで長坂に変わっていた。
「あん! いや、いや・・・ あ、はんっ!」
長坂に突かれて髪を振り乱す詩織。
「や、やだ・・・ ハル・・・ッ! そ、そんなことしたら・・・ あぁんっ!」
長坂に敏感な芽を擦り上げられて、自らの腰を揺らす詩織。
クソ・・・ クソ・・・・・・ッ!!
「アンアン言ってんじゃねーよっ!」
俺の下にいる詩織の頬を叩いた。
「痛っ!」
「そんなに長坂がいーのかっ!? あぁっ?」
「や、やだ・・・ ハル・・・ あ、あんっ!」
「ヤッてんのかっ!? 長坂とヤッてんのかよっ!?」
「ハルッ・・・ やめて・・・ あぁっ!」
俺の動きに合わせて揺れる胸を鷲掴みにする。
「見ろっ! ヤり過ぎて乳首真っ黒じゃねーかっ!」
「あっ、あっ、いや・・・ あんっ! いいっ!!」
詩織が俺にしがみついてきた。
「何がいいんだよっ! このっ・・・」
「好き・・・ ハル・・・ッ! あ、あぁんっ!」

好き、ハル・・・・・・

そのセリフを聞いて、―――入っていた力が急に抜けた。

「ハル・・・ 好き、す、きぃ・・・っ! ああんっ!」
「・・・・・ホント、に?」
・・・・・長坂じゃなくて・・・?
「ん・・・ 大好き、よっ!・・・あぁ!」
たまらなくなって、繋がったまま目の前の身体を抱きしめた。
「・・・俺も、好き、だ・・・・・・ しお、り・・・」


気が付いたら、美和の部屋のベッドで寝ていた。
「・・・起きた?」
「ん・・・」
カーテンの隙間から眩しい光が俺の顔に落ちてきて、思わず顔をしかめた。
「・・・・・今、何時?」
「9時」
「マジでっ!? 〜〜〜ッ!!」
遅刻だ、と思って慌てて飛び起きたら、激しい頭痛に襲われた。
小さなテーブルの前に座ってメイクをしていた美和が、笑いながら振り返った。
「今日、土曜よ。 もう少し寝てれば?」
「え・・・」
そう言われて、カレンダーを頭に思い浮かべる。・・・・頭痛のせいで、それも一瞬で消えたけど。
そのまま またベッドに寝転がった。
「オレ・・・ 夕べ、美和になんかした?」
「・・・・・・覚えてないの?」
「やっぱ・・・ なんかしたの?」
夕べは相当アルコールが入っていたせいで、何がなんだか分からない状態で美和の部屋にやってきた。
セックスをしたことだけは覚えているけど、細かいことまでは全然覚えていなかった。
「凄かったんだから、夕べのハル! あたしありえない体位まで取らされて・・・・・」
「・・・・・マジで?」
「あんなアクロバティックなことしたの、初めてよ」
「・・・・・ごめん」
アクロバティックという単語にちょっと恥ずかしくなる。
何やってんだ、俺・・・・・
「でも、可愛かったから、許してあげる」
「え?」
「好き、好き、って。 何回も抱きしめてくれた」
―――俺が? 美和に好きだって?
いや、これまでだってセックスのたびに美和には、好きだよ、とか、愛してる、なんてセリフは腐るほど言ってきた。
でもそれは、ちゃんと意識して言った言葉で・・・・・ 美和のプライドに甘えてる代償として言ってきた言葉に過ぎなかった。
だから夕べみたいに、自分が分からなくなるぐらい酔った状態で・・・ 無意識の状態で、美和に好きだなんて言った自分が信じられなかった。
起きてすぐに帰るのもヤリ逃げって感じであれだったから、美和と一緒に昼飯を食って、夕方になってから家に帰った。
・・・・・詩織はどうしているだろう・・・
夕べ、気まずいまま家を飛び出したことを思い出す。 しかも、そのまま外泊・・・
憂鬱だった。
詩織がいる家に帰りたくない・・・
頭ではそう思っているのに、足は勝手に俺を運んでいく。
しかも家に近づくにつれ、段々体温が上がっていく。
・・・まるで、遠足の朝、みんなが待っている学校に向かう小学生のように・・・
なんなんだ? 俺の身体は。 ワケ分かんねぇ・・・・・・
頭と身体のアンバランスさに戸惑いながら家まで帰ってきた。
―――詩織に、帰ってきたことを知られないように・・・
と一瞬コソコソ入ろうとしかけて、
―――なんで俺がコソコソしなきゃならないんだ!? ここは俺んちだぞ!?
と思い直し、勢い良く玄関ドアを開けた。
「ただい―――・・・ッ!!」
ただいま、と言いかけて、目の前の光景に身体が固まった。
―――重なる二つの影。
「うわっ!」
「きゃっ!」
二つの影が慌てて離れ、大きい方が振り向いた。「・・・なんだ、弟くんか」
人望ある生徒会長・・・
なんでこいつが俺んちに・・・ って、詩織に会いに来たに決まってるか・・・・・
「・・・いらっしゃい」
辛うじてそれだけ言えた。 でも、視線は合わせられなかった。
軽く頭を下げてさっさと家の中に入ろうとしたら、
「ハ、ハルくん、お帰りっ」
と玄関の上がり口に立っていた詩織が声を掛けてきた。
今日はどこにも出掛けていなかったのか、Tシャツにショート丈のスウェットパンツとかなりラフな格好だ。
髪も心なしか乱れている・・・・・・
ちょっとだけ長坂を振り返る。
「ん?」
そつのない笑顔・・・・・ 吐き気がする。
「え〜と、じゃあ詩織ちゃん。 また明後日学校で」
「あ、うん。 ありがと」
ぶん殴ってやりたくなるぐらいの笑顔を詩織に向けて、長坂は家を出て行った。
詩織は玄関のカギを掛けながら、
「え、と・・・ 誤解しないで欲しいんだけど、あれは・・・」
・・・誤解も何もあるかよ。 見たまんまだろうよっ!?
「・・・・・・ウチに男引っ張り込むなよな」
「・・・え? なに?」
俺の声が小さかったせいで、詩織が聞き返してきた。
なに? ・・・じゃ、ねーだろっ!!
「つーかさぁ! あーゆーコトは外でやってきてくんない?」
「や、だからね、違うの! あれは・・・」
「ホテル代払えるくらいの小遣いはもらってるでしょ? 親父から」
「違うって言ってるでしょっ!」
「つか、ホテル代も出してくんないわけ? 長坂さんは!?」
「ハルくんっ! あたしの話聞いてよっ!!」
・・・何言ってんだ、俺は・・・・・・
詩織と長坂が何したっていーじゃねーか。
―――頭ではそう思うのに、口が勝手に動いてしまう。
「ホテル代も出してくんないんじゃ、ゴムだって買ってくんないんじゃないの?」
「ハルくんっ!!」
―――思ってもいないことを吐き出して、詩織を傷付けてしまう。
そう分かっているのに、止めることが出来ない。
「心配だからさ、俺のヤツ分けてあげるよ!」
ポケットに入っていた財布から、いつも入れて置くゴムを取り出した。
「はい!」
「いらないよっ! そんなのっ!!」
「遠慮すんなって!」
詩織の手に無理矢理それを握らせた。
「その年で子供なんか出来ちゃって、万が一シングルマザーなんかになったら子供が可哀想だよ? そんなの親のエゴ以外の何物でもないよ!」
俺は詩織に顔を近づけて、「・・・あんたの母親がそうだったように・・・・・ッつ!!」
いきなり詩織に頬を叩かれた。
「・・・バカにしないで」
詩織の声が震える。
怒りの色を瞳に滲ませながら俺を睨み付けている。
「・・・・・・あたしのことは何言ったっていい。 けど・・・ お母さんのこと悪く言ったら、ハルくんだって許さない!」
その詩織の瞳に涙が溜まってきた。
「・・・別に、あんたに許してもらわなくたっていーし」
それが零れるのを見たくなくて、逃げるように2階に駆け上がった。 そのまま自室のベッドに寝転がる。
詩織に叩かれた左の頬が痺れていた。
なんなんだ、俺は・・・・・ 何をそんなにムキになっている?
―――最近の俺、ホントにおかしい・・・
確かに俺は、詩織のことを憎んでいた。 復讐してやると思った気持ちもウソじゃない。
けど、詩織は俺の意に反して、全然作戦に乗ってこなくて・・・
それどころか、勝手に長坂なんかと付き合い始めて・・・
その時点で何もかもどうでもよくなった。
復讐も、それをゲーム感覚で楽しんでいたことも・・・ 全てがどうでも良くなった。

また、前と同じ生活に戻ればいい。

テキトーに父親から小遣いをもらって。
テキトーにタクヤたちと遊んで。
要領よく勉強もやって。
で、テキトーに美和とヤッて・・・・・

そんな生活に戻るのは簡単なことなのに・・・・・
なのに、なんで俺はこんなにイライラしてるんだ?

ホント、詩織が来てからの俺は・・・・・いや、詩織の前に長坂が現れてからの俺は、おかしい。
長坂さえいなければ、俺はこんなにイライラしたりしない・・・
長坂さえいなければ・・・・・ 俺は・・・・・

―――――認めたくない。 絶対認めたくないけど・・・


多分 俺は、長坂に嫉妬している―――・・・

真昼の月Top ■ Next