パーフェ☆ラ番外編 親指注意報


『駅着いたけど。おまえ今どこ?』


日曜日の昼下がり。
改札前の人ごみに視線をさまよわせながらメールを送信する。
今日は午前練だけで部活も終わり、久しぶりに真由と出かけようということになっていた。
待ち合わせ場所にまだ真由の姿はない。……といっても、待ち合わせ時間までまだ20分近くもある。
いつも時間ギリギリの真由だけど、今日は成田んちから来るって言ってたし……ギリギリどころか遅れて来るかもな。
まあ、時間に追われる予定を入れてるわけじゃないから、別にいいんだけど。

『今ウチを出たところ』

間もなく真由から返信が来た。
今……ってことは、あと30分はかかるか。
それまでここでただ突っ立ってんのも暇だし、その辺ブラブラしてくるか。
オレは駅ビルの中にある靴専門店に向かった。
バッシュのコーナーを覗き、ニューモデルを手に取る。
この赤……いい色だな。
でも、総武のユニフォームの色とは合わないか。
それに2ヶ月前に買ったばっかだしな……
「サイズありますよー」
「あ、どうも」
何気なく見ていただけなのに、すぐに店員が飛んできた。
「こちらはソールにカーボンが入ってまして、ねじれ防止加工がされております」
「はぁ……あ、すみません」
買う気のないバッシュの説明を受けていたら、ポケットのケータイが震えた。
真由からのメールだ。
軽く店員に頭を下げてケータイを開く。

『今日はどこに連れてってくれるの?(ハート)』

文末にチカチカと光るハートマークが付いている。真由のメールはいつも派手だ。
オレが苦笑しながら返信を打ち始めたら、店員は一瞬迷ったあとそのまま店の奥に引っ込んでいった。

『別に決めてないけど。行きたいとこある?』

いつもはどっちかの部屋で過ごすことがほとんどで、こうやって出かけること自体が新鮮だ。
だからオレは、真由と一緒なら場所なんかどこだって構わない。

『メグと一緒ならどこでもいいよ! メグが決めて(ハート)』

すぐに返事が返ってきた。
オレと一緒ならって……
お互い同じことを考えていたことに嬉しくなる。
……よし!
真由が喜ぶところに連れてってやろう!
どこがいいかな。
オレも普段は部活ばっかで出かけたりしないから、真由が喜びそうなところといってもパッと浮かんでこない。
真由が来るまでまだ時間もあるし、本屋に行って情報誌でも見てくるか……
そう思って本屋に向かいかけたら、

『どこにするか決まった?』

と真由から催促のメールが来た。
え? 会ってから話すじゃダメなのか?
まさか、本屋で情報仕入れてくるから、なんてカッコ悪いこと言えないし……
まだ考え中って返すか。
いやそれとも、会ってからのお楽しみ、のほうがいいか……
オレがケータイを手にして一瞬考え込んでいる間に、

『まだ決めてないなら、あたしが決めちゃうよ?』

とまた真由からメールが。
なんだ。どこか行きたいところがあったのか。
だったら最初からそう言えばいいのに。
どこ? と聞く前にまた真由からメールが届いた。真由はメールを打つのが早い。

『今日はメグの部屋に行きたいな(ハート)』

……は?
いつも会うのはどっちかの部屋ばっかりだから、たまには外で会いたいって言い出したのは真由のほうなのに。

『なんで? 昨日も来ただろ』

首を捻りながら送信ボタンを押す。
ちょっと間を空けて、また真由からの返信。

『昨日行ったっけ? っていうか、昨日メグの部屋で何したっけ?』

昨日はオレの両親が出かけて留守だったから、真由が宿題を持ってウチにやってきた。
宿題自体はたいした量じゃなかったからすぐに終わった。
あとはふたりでレンタルしてきたDVDを見たり、話をしたり……
あとは……まあ、イロイロだ。
つーか、昨日のことも忘れたのかお前はっ!?
腹の中でつっこんでいると、またケータイが震えた。

『ゴメンゴメン冗談だよ、覚えてるって! アレだよね、アレ!』

……もしかして、オレのことからかってんのか?
電車に乗っている間、暇だからって……
だったらわざわざ返信しなくてもいいか。
本屋行こう、本屋。
と本屋の目の前まで移動した途端、またまたケータイが震えた。

『ねえ? 今日もしたいな(ハート)』

「えぇっ!?」
思わず声が漏れてしまった。店先で雑誌を読んでいた客がチラリと振り返る。
慌てて店の端のほうに移動し、もう一度今のメールを読み返した。
――今日もしたいな(ハート)
って……昨日したことを、って意味だよな。
まさか真由が勉強のことを言ってくるわけないし、一度見た映画をまた見たいと言っているとも思えない。
それに映画だったら、『したい』じゃなくて、『見たい』になるはずだし……
となると……やっぱアレのことか。
昨日は家に誰もいないのをいいことに(いや、それを狙ったんだけど)真由を抱いた。
それをまた『したい』と……?
思わず唾を飲み込んだら予想外に大きな音がした。慌てて咳払いをする。
え……ちょっと、待て。
なんて返信する?
そりゃ、オレのほうは全然構わないけど(つか、逆に大歓迎だけど)、変なレス打ってがっついてるとか思われたくないし。

『出かけるんじゃなかったっけ? オレはどっちでもいいけど』

だから、真由に任せる、というスタンスにしておく。
オレのほうは特別したいってわけじゃないんだぞ……と。
すぐに返信がきた。

『じゃ、しよ!(ハート・ハート・ハート)』

しよ! ……って随分ダイレクトだな、おい!
しかもハートいっぱい付いてるし。

『昨日はヤダって言ってたくせに。まあいいけど』

まあいいけど……なんて、ホントはスゲー嬉しいし楽しみなくせに、オレ。
つーか……なんか腹の奥が疼いてきた。
早く真由に会いたい!
あ、また来た。

『イヤだイヤだも好きのうちって言うでしょ! 女心を理解してよ!』

オレは改札に向かって歩き出した。本屋なんか、もうどうでもいい。
歩きながらもメール。

『まあな。お前はヤダって言ってるときのほうが感じてるんだもんな』

送信ボタンを押してから、感じてる……は書きすぎたか、と思っていたら、

『んもう、メグのエッチ! あ〜ん、早くメグに会いたい!!』

と心配無用のメールが来た。
なんだか今日の真由は大胆だ。
……それじゃあオレも大胆に。

『オレも早く会いたい。つか、抱きたい!』
『もうっ! そんなこと書かれたらあたしその気になっちゃうよ?』
『ウチまでもつ?(笑)』
『ダメ! もたないかも! っていうか、もう濡れてきちゃった!』

「ぬ……っ!?」
思わずケータイを凝視する。
……おいおいおいおいっ!
慌てて背後を見回した。
別に誰が覗き見てるってわけじゃない。
けれど、なんとなく後ろが気になって(メールの内容のせいだ)、改札前にある大きな柱にもたれかかるようにしてもう一度メールを読み直した。
濡れてきた……って、セックスんときだってお前そんなこと言わないだろ?
それがなんでメールだとそんな大胆なんだよ!
……いや?
逆にメールだから大胆になれるのか?
真由が喜ぶから、と最近になって持ち始めたケータイだけど……こんな楽しみがあったのか。
最高だ、ケータイ。

『我慢しろって』
『ダメ! そうやってメグに命令されると余計に感じちゃう!』
『馬鹿。どんだけエロいんだよ、お前の体は』
『メグがこんな体にしたんじゃない。どうしてくれるの?』
『責任とって鎮めてやるよ』
『そのときイロイロ命令して』
『してやる』
『いじめて』
『泣かせてやる』
『あたし今日は1回や2回じゃすまないかも。ねえ、何回くらい抱いてくれる?』

何回って……マジで?
いや、ホントに今日のお前どーしちゃったの?
いやいや、全然いーんだけどさ。
つーか……過激なメールのやり取りで、オレも本格的にヤバい状態になってきた。
オレのほうが家までもつかな?
ああそうだ、回数回数。
「な、ん、か、い、で、も、お、ま、え、が……」
焦るあまり、途中何度も打ち間違えながら返信しようとしていたら、
「誰にメール打ってんの?」
「うおっ!」
急に声をかけられて思わず飛び上がった。
「え……」
「メールでしょ? 誰? 涼とか?」
驚いて振り返ったら真由が立っていた。
「え? な、んで……」
思わず自分のケータイと真由の顔を交互に見つめる。真由は顔の前で両手を合わせた。
「ごめんね? ちょっと遅れちゃった。連絡したかったんだけど、ケータイをミドリんちに忘れてきちゃってさ」
「……成田んちに?」
心臓がイヤな鼓動を打ち始める。
「うん。すれ違っちゃったらどうしようと思ってたんだけど……良かった、会えて!」
と真由は笑顔になり……逆に、オレの顔からは血の気が引いていった。
え? ケータイを忘れてきたって……じゃ、今までのメールは真由じゃなかったのか?
それじゃ、あのメールは……
激しい後悔。押し寄せる絶望感。
「ごめん、メグのケータイ貸してくれる? ちょっと自分のケータイに電話する」
真由がオレに手を差し出してきた。その上に力なくケータイを乗せる。
「……あ、ミドリ? うん、あたし真由……うん」
うあ〜〜〜っ!!!
やっぱりさっきのメールは成田だったのかよっ!!
あー、くそっ!
大胆すぎるとは思ったんだよ。
真由が、濡れるとか、抱いてとか……
いくらメールとはいえ、そんなこと書いてくるわけねーじゃねーかっ!
気づけよ、オレっ!!!
そんなオレの胸中を知らない真由は、オレのケータイでのん気に成田と話をしている。
「やっぱあたしミドリんとこにケータイ忘れてきたよね〜。駅で気づいたんだけど、時間なかったからそのまま電車乗っちゃったの。悪いんだけど明日学校まで持ってきてくれない? ……うん? そーだけど……ちょっと待ってて」
はい、と言って真由がケータイをオレに差し出してきた。
「え……」
「ミドリがメグに代わってって」
――代わりたくない。
けど、今ここで断ったところで、明日学校で冷やかされることは必至だ。
だったら今、この電話で済ませてしまったほうがまだマシだ。
仕方なくケータイを受け取る。
「……なんだよ」
『なんだよじゃねーよっ! このエロ男がっ! 真由のこと壊すんじゃねーぞッ!』
代わった途端にそう怒鳴られ、笑いながら一方的に切られた。
「ミドリなんだって?」
「いや……なんでもねーよ」
「そ? でも今日はホント遅れてごめんね? せっかくメグがケータイ持ってくれたのに、こういうときに連絡取れないんじゃダメだよね。あー、ケータイがないってホント困る!」
「…………」
いや、ケータイがなければ、こんな困ったことにならなかったんだよ、オレはっ!
「ところでどこ行く?」
「……どこでもいいよ。もうお前に任せる」
真由っ! なんでお前はよりによって成田んとこなんかにケータイ忘れてくるんだよっ!?
お前のせいでオレは……っ!
しかも、この昂ぶった体をどうしてくれるっ!!
「じゃあ、映画! 見たいのがあるんだー! ……って、あれ? なんかメグ元気なくない?」
「……んなことねーよ」
「ホントー?」
と言いながら真由がオレの顔を覗き込んできた。
その上目遣いな視線に、また体が反応する……。


「……お前、あとでお仕置きな」
「えっ!? な、なに急にっ!? あたしなんかしたっ!?」


===親指注意報 終わり===

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