E ジェラシー


「は?」
え〜と・・・ どちら様?
「お前、ぜんっぜん変わってねーな? 小6のまま?」
え? え? 小6のとき一緒だったってコト・・・?
―――・・・誰?
思わずマジマジと8番の顔を眺める。
もしかして・・・
「・・・え? まさかだけど・・・ ヤジマっ?」
「お〜! 思い出したか!」
ニッと白い歯を見せる・・・ヤジマ? ホントに?
ヤジマは小学5、6年のときのクラスメイト。 ガキ大将タイプで、クラスのバカ男子たちのリーダー的存在だった。
当時 まだ小さくてかわいかった、あたしの弟みたいだったメグをコイツがイジメていたコトもあって、あたしは毎日このヤジマとケンカをしていた。
小学校卒業以来だから・・・ 4年ぶり?
「・・・なんで、こんなとこにいんの?」
「なんでって・・・ この格好見りゃ分かんだろ? 練習試合だよ」
とヤジマは羽織っていたジャージを広げて、「ってか、お前ら高校まで一緒だったのかよ?」
と笑った。
「ああ・・・ メグと?」
ホントは別々の学校行こうとしてたんだけどね。
「んじゃ、付き合ってんだ?」
ヤジマが当然のことのように聞く。 あたしはちょっとだけ視線を落として、
「・・・付き合ってないよ」
「え?」
「メグとは・・・そんなんじゃないの。 あんたも知ってるでしょ? ただの幼なじみだよ・・・」
あたしはメグのコト好きだけど・・・ メグはハッキリ言ってくんないし・・・
って、あたしもハッキリとは言ってないけど・・・
ホントに何やってんだろ? あたしたち・・・
そのくせ、3回もキスされた・・・
もしかして・・・ あたしって都合のいい女?
あたしが溜息をついていると、ヤジマが、
「なんだよ、マジかよ〜!? んじゃ、ちょっとオレと付き合わね?」
やっぱり笑いながら、立てた親指で自分の胸の辺りを指す。
「え〜?」
「なんだよ・・・ そのイヤそうな反応は」
「イヤ・・・ 今日は別にヒマだからいいけどさぁ。 昔ケンカした相手とよく出かけられんなぁと思ってさ」
ま、今日はこの後なんにもないし、試合時間間違えたり、メグのファンが増えたりでオチてたから、気分転換に出かけてもいいけど・・・
「え?」
ヤジマが眉間にしわを寄せる。
「ま、いっか。 ところでどこ行くの? あたし制服だから、あんまヘンなとこ行けないよ?」
って、ヤジマだって制服に着替えるんだろーし、大丈夫か。
そう言えばヤジマってどこの高校行ってんだろ? もしかして私服の学校とか?
ボサッとそんなことを考えていたら、ヤジマが急に笑い出した。
「相変わらずな?お前。 小学生のまま!」
「はぁっ?」
・・・もしかして、子供って言いたいの・・・っ!?
「・・・悪かったね。 なによっ! またやる気っ!?」
久しぶりに会ってやけにフレンドリーだと思ったら、やっぱりバカにしたっ!!
やるんだったらやってもいいよっ! この前お姉さま方とやって、十分肩慣らしは済んでるからね!
とあたしがファイティングポーズをとったら、ヤジマは余計に笑い出した。
「決めたっ! お前オレと付き合え。 な?」
あたしの肩に両手をつき、伸びた身長をかがめるようにしてあたしの顔を覗きこむヤジマ。
・・・・・・え?
もしかして・・・ 付き合うって・・・
今からどっか行くとか、そんなことじゃなくて・・・・・・?
「えー・・・と。 あの、もしかして付き合うって・・・?」
と目で問いかけたら、
「うん」
とヤジマが肯く。
・・・え? ええっ??
ぎゃ―――っ!!
な、なな、なんで? あたし?
だって、ケンカばっかしてたじゃん!あたしたち・・・
ワケ分かんないっ!
―――・・・はっ!
そういえば・・・
「ヤジマ、真由のことスキなんだよ?」
って、5年の頃クラスの女子に言われたことあったけど・・・
でもさ? あんなの6年も前のことだし、やっぱ・・・ からかわれてんのかも・・・
「相変わらずニブいのな? お前」
「な、なによ・・・」
小学生のままだとか、ニブいだとか、言われ放題でムカつく反面、・・・なんだかテレくさい。
だって、あのヤジマが・・・そんなコト言うなんて・・・
そんなのイキナリすぎて・・・反則だよっ!!
「じゃ、行くか!」
「えっ!?」
肩に腕を回される。「ちょ、ちょっとっ!」
あたしが慌てていたら、
「真由ッ!!」
と誰かが体育館内から出てきた。 驚いて振り返ると、メグだった。
「あ・・・メグ」
・・・ヤバイ・・・
絶対来るなって言われてたのに、こっそり来てるのバレちゃったよ・・・
「イヤッ あたしは来るつもりなかったんだけどねッ! ・・・そだっ!恭子っ! 恭子に誘われてッ?」
顔の前で手を振りながら、大慌てで言い訳をしたけど・・・ なんだかメグはものすごく不機嫌そうな顔をしている。
ヤジマがメグに笑顔を見せる。
「お、千葉ぁ! 今日はやられたけど、次は勝つからな〜?」
そう言えば・・・ ヤジマってバスケやってたんだ?
小学校の頃は、ミニバスケとかやってなかったよね? 中学から始めたのかな・・・
なんとなくメグとも久しぶりって感じじゃないから、試合とかで会ってんのかも・・・
メグは不機嫌そうな顔のまま、ヤジマに向かって、
「・・・終わったら、さっさと帰れよ」
と言い放った。
メ、メグッ!?
・・・そりゃ確かに小学校の頃イジメられたとか色々あるだろうけど、もう何年もたってるんだから・・・
ヤジマは一瞬だけ眉を寄せたあと、
「・・・帰るよ。 行くべ、市川」
とそのままあたしを連れて行こうとする。
「ちょ、ちょっと! ヤジマ!?」
焦るあたしの腕をメグが引っ張った。
「え・・・? メグ?」
ヤジマも振り返る。
「・・・なんだよ? お前ら付き合ってないんだろ? だったら、オレが市川連れてったってモンダイないよな?」
そっ、そーだよっ! メグっ!! どーなのっ!?
あたしのコト少しでもスキだったら、止めるよね? こーゆー場合。
あたしメグの気持ちハッキリ知りたいんだよっ!?
メグが一言、
「行くな」
って言ったら、あたし行かないよ?
・・・いや、もともと「付き合う」のイミが勘違いだったって分かったときから、ついて行く気はなかったけどさ。
メグはあたしの顔を見つめたあとヤジマの方を見て、もう一度あたしの顔を見てから・・・ 黙ったままあたしをつかんでいた手を放した。
え? メグっ!?
メグはちょっとだけ目を伏せて、その場に立っている。
・・・なんで、あたしの手放したの?
い、いいのっ? あたしがヤジマと行っちゃってもっ!?
「・・・よし。 じゃ、行くべ!」
ヤジマが満足気に肯く。
ちょっ!? メグ?
戸惑うあたしをヤジマが体育館から連れ出した。
「どこ行く?」
とヤジマは言ったあと、「あ、ちょっと待ってて?」
とケータイを取り出してどこかにかけ始めた。
あたしは体育館の方を振り返った。
・・・メグ・・・追いかけても来ない・・・
あたし心のどっかで、メグもあたしのことスキなんだって思ってたのに・・・
違ったのかな・・・
通話が終わったヤジマがあたしを振り返る。
「ホントはこのあとガッコ戻ってミーティングがあったんだけどさ、抜けさしてもらった。どこ行く?」
「・・・って、あんたジャージじゃん」
「お前も制服だしな・・・ んじゃ、バッティングセンターでも行くか?」
あたしは落ち込んだまま、それでも一応、
「・・・それ、女子を連れてくトコなの?」
と突っ込んでやった。
「いや? 女子は連れてかねーけど、市川だったら連れてける」
・・・女として見てないってことかいっ!!
「・・・悪いんだけどさ、付き合えない。 あたし、帰るね」
「え? なんで?」
メグの気持ちは分からないけど、あたしはメグが好きなの。
でも、そんなことヤジマに話す義理もないから、
「イロイロ・・・ とにかく、付き合えない」
と断ったら、ヤジマはちょっとだけ考え込んだあと、
「・・・小学校の頃みたいにケンカふっかけたりしねーよ?」
と叱られた子供のような顔をした。 あたしがちょっとだけ笑って、
「違う違う。そんなんじゃないから」
と首を振ったら、さすがにそれ以上は誘ってこなかった。
「・・・んじゃ、今日は帰る」
ヤジマはスポーツバッグを肩にかけなおして、「帰るから、ケー番教えて」
と自分のケータイを持ち上げて見せた。
「・・・いーけどさぁ。 イタ電とか、絶対やめてよ?」
またヤジマが楽しそうに笑う。
ヤジマに番号を教えたら、すぐその場であたしにかけ直してきた。
「何ッ? お前の着信音! すっげウケるな?」
「ああ、これ? この前ミドリ・・・クラスメイトに変えられちゃってそのままなんだ」
ヤジマはあたしの着信音にウケながら、
「オレのケー番、登録しときな?」
「なんで? ・・・多分かけることないよ?」
あたしがそう言ったら、ヤジマは眉間にしわを寄せて、
「お前・・・ そういうコト本人の前で言うか?普通」
と呆れた顔であたしを見た。「今度クラス会やろーとか言ってたんだよ。クボタやアオシマたちと」
クボタもアオシマもみんな5、6年のときのクラスメイト。 あたしは毎日このヤジマやクボタやアオシマたちバカ男子とケンカをしていた。
「あんたたち、まだツルんでんだ? もしかして学校も一緒なの?」
「まさかだろ? 中学まで一緒だっただけだよ」
あたしたちが通っていた小学校は私立中に行く子以外は、地元の第一中学か第五中学に進学する。
あたしは一中でヤジマは五中。
「決まったら連絡するから、お前女子に連絡回してくれな?」
「え―――ッ!?」
・・・さては、最初から幹事やらせようとしてケー番聞いたな?
「メンドくさ〜」
「そーゆーこと言うなよ! ケッコー楽しみにしてるヤツとかいるんだから」
「誰?」
「オレ」
あんたかいっ!?
とにかく連絡するから、と言ってヤジマは帰っていった。
・・・なんか、ヤジマ話しやすくなったな〜。
小学校の頃は、顔見合わせればケンカ!って感じだったのに・・・
やっぱ5、6年もたつと少しは大人になるのかな?
背も伸びてたし、生意気にもカラーリングなんかしてたよ。
―――それにしても・・・
あたしは再び体育館の方を振り返った。
メグ・・・ どういうつもりなんだろ?
なんか、ホントにメグの気持ちが分かんないよ・・・
あたしは落ち込んだまま駅に向かって歩き出した。

「何やってたの?」
帰ったらお母さんが大量の買い物を仕分けしているところだった。「日曜日に制服なんか着てこんな時間まで・・・」
あたしはなんだかまっすぐウチに帰る気になれなくて、本屋で立ち読みをしたり、マックに寄ったりして帰ってきた。
時計を見上げたら6時過ぎ。夏に向かって日が延びてるから外はまだ全然明るいんだけど。
「・・・恭子のバスケの応援」
テキトーに流して部屋に入り、カバンをベッドの上に放り投げた。
ホントに・・・ お母さんじゃないけど、何やってたの?だよね・・・
こっそり見に行くつもりの試合は、時間間違えてて見れなかったし、メグには見つかるし・・・
しかも、メグの気持ちまで良くわかんなくなってきちゃって・・・
行かなきゃ良かった・・・
「・・・おいっ!」
急に声が聞こえてきて驚いて飛び上がる。
・・・またメグだ。 なんでこう、いつも驚かせるような声のかけ方するんだろ?
ちょっと文句言ってやろう! 今日のことだって・・・
ベランダのガラス戸に向かおうとして、また驚いて飛び上がった。
メグがあたしんちのベランダに立ってる!!
「なッ!?」
驚きすぎて、すぐには声が出てこなかった。
メグはガラス戸をコツコツと指先で叩いている。
ものすごい驚いて心臓バクバクだけど、顔には出さないようにしてガラス戸のカギを開ける。
「・・・何やってんの? 不法侵入じゃん。 仕切りが壊れてんのいいことに・・・」
「遅い。 何やってた?」
文句を言ってやろうとしたら、逆にメグがちょっと怒ったような口調であたしに問いただしてきた。
「何って・・・ 本屋寄ったり、マック行ったりしてたんだけど・・・・・・」
と説明しかけて、「って、なんでメグにそんなこと聞かれなきゃなんないわけ?」
ムッとして言い返す。
「・・・来んなっつったろ?」
・・・それを言われたら・・・ 返す言葉がない。
「り、涼の応援だよ・・・」
それでも一応言い訳をしてみる。 ・・・けれど、自分でも驚くくらい声が小さくなる。
メグは小さく溜息をつくと、
「もーいい」
と言って自分の部屋に戻ろうとする。
「ちょ、ちょっと待って!」
メグが振り返る。あたしは慌ててベランダに出て、
「・・・メグ? あたし、メグの気持ち知りたい」
・・・今まで、どうやって聞き出そう・・・とか悩んでたのがウソみたいに、1番言いたいセリフが口から出てきた。
「あたし・・・メグといるとイライラしたり、ムカついたりする。・・・けど、それ以上にドキドキするんだ・・・」
あたしはメグを見上げた。「・・・なんでドキドキするか・・・ 分かるよね?」
メグはあたしを見つめて、
「・・・分かんない」
とちょっとだけ笑った。
「うっ、ウソでしょっ! ホントは分かるくせにっ!」
ムカついたのと、自分が言ったセリフが恥ずかしかったのとで、思わず怒ったような口調になってしまった。
でもメグは全然気にしてないみたいで、逆に楽しそうに笑っている。
「ほらっ! あ、あたしはちゃんと言ったよ? 今度はメグの番だからねっ!」
メグはちょっとだけ視線を浮かせたあと、
「―――オレはお前といると・・・・・・パーフェクトになれない」
とあたしに視線を戻した。「だから、困る」
「困る・・・って・・・」
もしかして、5年のときあたしが言ったこと、まだ気にしてるの?
あたしが、パーフェクトな人としか付き合わないとか言った・・・
今思うと、ずいぶん分不相応なセリフだよね・・・ 6年前の自分に突っ込み入れたい。
「メグ? あたしこの前も言ったと思うけど・・・ あれ、バカ男子たちにからかわれて言っただけで、本気じゃなかったんだよ?」
あたしがそう言っても、メグは全然聞いてないみたいで、
「だから・・・ 今日もカッコ悪いことしそうで、焦った」
カッコ悪いこと?
「? ・・・あ、だから試合見に来るなって言ったの?」
プレーで失敗とか見られたくないから? かな?
あたしがそう言ったら、メグは、
「違うけど・・・」
とちょっとだけ笑って、「・・・ウソ。やっぱ、そう」
と言ってあたしの頬に手を添えた。
・・・どっち? よく分かんないけど・・・
とにかく、確認するとこしとかなきゃ!
「え・・・と。 そ、それは、メグもあたしのコト・・・って思っていいの?」
「・・・全部言わないと、分かんないワケ?」
と言いながら、メグが顔を近づけてきた。
「分かんない・・・」
さっきのお返しにそう言ってやる。 ・・・言いながら目を閉じる。
・・・あ。
もしかしてこれが、告白になっちゃうのかな?
メグもあたしのことスキって思ってくれてるみたいだし、それは嬉しいんだけど・・・
なんか中途半端だな〜
メグと唇が触れる直前、あたしのブレザーに入っていたケータイが鳴り出した。
「・・・何? この音・・・」
メグが顔をしかめる。
「着ボイス・・・」
よりによって、なんで波田陽区・・・ ミドリめ〜〜〜ッ!!
「残念!」
を連呼しているケータイをポケットから取り出し、表示を確認する。
ヤジマだった。
ヤジマ―――ッ!! 邪魔しないでよッ!!
「・・・ゴメン、ちょっと待って?」
とりあえず出てやるか。
クラス会がどーのこーの言ってたし・・・ その連絡かも。
メグは呆れたように笑いながら、
「誰?」
とベランダの手すりにもたれかかった。
あたしは通話ボタンを押しながら、
「ヤジマ。 多分クラス会の―――・・・ えっ!?」
ケータイを耳に当てる前に、それをメグに取り上げられた。そして、メグはそのままの勢いで、あたしのケータイをベランダから放り投げてしまった。
ガサッという音を立てて、社宅の目の前にある公園の植え込みに落ちる。
慌ててベランダの手すりに駆け寄り、公園を見下ろした。
「―――・・・なにすんのよ」
あのケータイは、あたしがおこづかい貯めてやっと買ったものなのに・・・
お父さんもお母さんもあたしがケータイ持つの反対だったから、全然協力してもらえなくて、通話料だって毎月必死の思いで払ってんのに・・・ッ!!
しかも、あのシルキーピンクはなかなか入荷されないものだったのに・・・ッ!!!
「ちょっとッ!! 何っ!? 全然ワケ分かんないんだけどッ!! なんで投げんのっ?」
メグを睨みつけたら、メグもあたしを睨み返して、
「・・・ムカついたから」
「はぁっ? 何それッ!?」
それはこっちのセリフなんですけどッ!!
「ってか、壊れてたらどーすんのよッ!! あたし明日からどーすればいいのよっ! もうっっっ!!」
慌てて取りに行こうとしたら、
「ケータイなんかなくたって、生活できんだろ」
メグのセリフに一気に体温が上がる。 あたしはメグに、
「メグはケータイ持ってないから分かんないんだよッ!! バカッ!! メグなんか大ッキライッ!!!」
と言い捨てて、「・・・そうだ! もうさ、勝手にヒトんちに入ってこないでよねッ!! 仕切りもさっさと直しといてよッ!!」
と怒鳴りながら部屋に上がった。

半泣きになりながらケータイを探す。
―――メグといると、確かにドキドキする・・・ ドキドキするけど・・・
それ以上に、やっぱりムカつく――――――ッ!!
もしあたしのシルキーピンクが傷ついてたり、壊れてたりしたら・・・ッ!!
絶対メグのこと許さないからねッ!!
今度はこっちから絶交してやるッッ!!
30分ほどガサゴソとやっていたら、
「・・・あっ!」
あった―――・・・ って・・・
〜〜〜な、なんでこんなとこに、犬のフンが落ちてんのよ―――ッ!!
拾っとけよッ! 飼い主ッ!!
あたしのシルキーピンクちゃんがっっ・・・

「もうっ! メグなんか絶交だよ―――ッ!!」

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