@ 今日から3年生
| 「はあ〜……」 と、あたしが今日何回目かの溜息をついたら、 「まーた溜息ついた。 もういい加減諦めろよ」 と隣りを歩いていたメグから呆れた声が降ってきた。「つか、前から分かってたことじゃん」 メグがなんでもないことみたいに言うのが悔しくて、 「それはそうなんだけど…… でも、分かっててもショックなの!」 と言い返す。「メグと別れるとか…… ありえないよっ!」 あたしがそう言ったら、 「仕方ないだろ?」 とメグは少し言いづらそうにして、「……お前がオレに合わせられないんだから」 と視線を逸らした。 そ、それを言われるとツライ…… パーフェクトなメグにつり合うようにあたしなりに努力してきたつもりだった。 つもりだったけど…… やっぱり全然つり合うところまで行けなかった。 だから、こんな結果になっても我慢するしかないんだ。 ……そう分かっているけれど。 「……メグがあたしに合わせてくれればいいじゃん」 やっぱり我慢できなくて未練がましくそんなことを口走ってしまった。 途端にメグが、 「オレに学力落とせってかっ!?」 と突っ込んできた。「お前がちゃんと勉強しなかったのが悪いんだろーがっ!!」 「うっ!」 「3年からは進路別にクラス替えするんだってことはお前だって分かってたろ? ちゃんと勉強しとかなかったらオレとクラスが分かれるの当たり前じゃねーか!!」 「ごめんなさい……」 反論出来なくて思わず首をすくめる。 |
―――ちゃんと勉強していなかったあたしの名前は市川真由。 県立総武高校の……今日から3年生。 隣りを歩くメグ……千葉恵は、あたしんちの隣りに住んでる幼なじみで、あたしの彼氏。 小学5年のときからずっと絶交状態だったあたしたちが仲直りして、さらに彼氏彼女の関係になれたのは去年、高校2年になって久しぶりに同じクラスになったのがきっかけだった。 初めは、絶交していたメグと同じクラスとかめちゃくちゃ気まずかったんだけど、今ではそんな風に思っていた1年前に戻りたいとすら思っている。 もうっ! なんでクラス替えなんかあんのよ―――っ!! 「7組って涼と成田もそうだよな。 あと……津田沼もだっけ? ケッコー知ってるヤツ多いな。 良かったじゃん」 「そうだけど…… でも、肝心なメグと離れちゃったらヤダよ」 総武高校は1、2年のうちは選択授業でクラス分けがされるんだけど、3年に上がるときはそれが進路別になる。 1組が国公立・有名私立大学進学コース。 2、3組が理系進学コース。 残りの4〜8組が私立文系(もしくは就職)コースに分かれている。 希望したからって必ずそのクラスに入れるわけじゃない。 特に1組は、希望者が多かった場合 成績順でしか入れないようになっている。 そんなクラスに余裕で入れちゃうメグ…… ホントあたしとは大違い。 メグは高校に入った当初から成績が良かった。(……っていうか、中学の頃から成績良かったんだけど……なんでもっと偏差値の高い学校に行かなかったんだろ?) それでもはじめは学年で10位以内に入るって程度だったんだけど、2年になってからさらに成績が良くなって、2学期の期末からはとうとう学年トップになってしまった。 それでなくてもメグは背も高くてカッコいいし、バスケ部の部長やってるくらい運動神経もいいのに……この上成績まで学年トップなんてパーフェクト過ぎるよっ!! しかも今日の委員決めで、メグは推薦されてクラス代表にまでなってしまった。 それに比べてあたしときたら、容姿はギリギリ十人並みだし、運動神経もホントに普通だし…… 成績も、今でこそ中くらいになったけど、1年前のあたしの成績はホントにひどかった。 あたしのあまりの成績の悪さを見かねたお母さんが、成績優秀な幼なじみのメグに家庭教師をお願いして、そのメグのスパルタ指導でやっと人並みになれたけど…… そんなあたしがパーフェクトなメグと付き合えてるっていうのがホントに不思議でしょうがない。 「クラスぐらい分かれたっていいだろ。 どうせ隣りに住んでるんだし、会いたいときにはいつでも会えんじゃん」 「そうなんだけど〜… でもさ?学校行事とか一緒のクラスじゃないって大きいじゃん? 文化祭も別だし、今度の球技大会だってクラス違ったら一緒に盛り上がれないしさ」 うちの高校には体育祭がない。 その代わりに球技大会がある。 屋内でバレーボールとバスケ、屋外ではテニスと男子はサッカー、女子はソフトボールをクラス対抗で競い合う。 「そういえばお前なにに出んの? 球技大会。 今日決めたろ?」 「え?」 「オレたちのクラスではバレーとか人気あったけど。 お前なに?」 球技大会は5月の連休明けに行われる。 一応、現役部員はその種目に出ちゃダメっていう決まり以外、好きな種目に出ていいことになっている。 テニスはミドリとか中学のときの経験者がいたからそれで埋まった(なんとミドリは中学のときテニス部だった!) ソフトボールは仲のいい子たちが固まって入ったから、それもすぐに決まった。 残るはバレーとバスケなんだけど…… やっぱり人気があったのは圧倒的にバレーだった。 「バレーは授業で何回もやったことあるし」 「現役の球じゃなければ? レシーブくらい出来そう」 「あんま走んなくて済むし、みんなでワイワイ楽しく出来そうだよね」 っていうバレーに対して、バスケは、 「シュート入んないし、ドリブル出来ないし!」 「結構接触多いよね…… なんか怖い」 「っていうか走れないっ!」 ってみんな敬遠しがちだ。 特に、 「バスケ=走りっ放し」 っていうイメージが強いらしくて(実際そうなんだけど)、運動してない子たちにしたら恐ろしいスポーツみたいだ。 あたしだって全然走れないし、だからバレーに出たかったのに〜…… なのになんで…… 「え〜と……… バスケ」 あたしが小さくそう言ったら、 「マジかよ!? お前が?」 とメグが驚く。 「しょっ、しょうがないじゃんっ! ジャンケンで負けちゃったんだからっ!」 一応中学のときの経験者が二人いるけど、その二人に任せっ放しってわけにもいかないし…… あたしも授業で…しかもちょっとしかやったことないけど、せめて足引っ張らない程度にはやりたいよね。 「メグに教えてもらおうかな…… シュートとか」 メグは勉強だって学年250位だったあたしを150位にまで上げてくれた。 きっとバスケだってメグに教われば多少は上手くなるはず! あたしがそう言ったら、メグは一瞬黙って、 「……お前にシュート決めさせる自信がない」 って…… あたしってそんなレベル? 確かに特別運動神経いいって方じゃないけど、あのパーフェクトなメグに、 「自信がない」 なんて言わせるレベルなんだ、あたし…… 落ち込む…… ……当日は経験者の邪魔にならないように、コートの端っこにいよう。 「そういうメグは何に出るの? バスケはダメなんでしょ?」 「オレはバレー」 「だよね。 背高いもんね」 っていうか、メグだったら運動神経いいから、何に出てもそれなりにこなせるだろうけど。 「なんかさ、そう考えると運動部の子は活躍の場が多くていいよね。 球技大会もそうだけど、普通に体育のときだって重宝がられるじゃん?」 「そうか?」 「そうだよっ! ……写真部が活躍する場なんてないもん」 あたしは一応写真部に所属している。 特に写真やカメラが好きってわけじゃなかったんだけど、1年のときにうっかり入ってしまい辞めるタイミングも逃しちゃって……やりたくないけど一応副部長ということになっている。 ……って、同じ学年に2人しかいないから、副がイヤだったら部長をやるしかないんだけど。 ちなみに部長は津田沼っていう男子がやっている。 「っていうか、写真部なんか存続自体が危ういし! 今年新入部員が入らなかったら同好会に格下げだって言われてるんだよ?」 「お前ら3年が引退したあと、何人残んの?」 「……3人」 総武高校の部活動は、最低5人からってことになっている。 4人以下になったら同好会扱いだ。 部でも同好会でもどっちでも同じじゃん……なんて思ってたんだけど、津田沼に言わせると、 「何言ってんの!? 全然違うよっ! まず部費の桁が違うしっ!!」 ってことらしい。 だからかな。 津田沼がいつになく熱くなっちゃって、 「目標は5人だけど……最低3人は入れるよ、新入部員! そのためにはオリエンテーリングもいいものにしないと! 市川さんも気合入れてよねっ!!」 と息巻いている。 明後日の入学式のあと、新入生には各部活動や同好会を紹介するオリエンテーリングが行われることになっている。 大体、運動部はユニフォームを着て活動内容や過去の戦績をアピールしたり、吹奏楽部や軽音楽部はそのまま実演したりする。 写真部は例年、部員が撮った写真をパネルにしてそれを見せたりしていたみたいなんだけど、運動部や音楽系部活動に比べたら地味な感じは拭えない。 それは津田沼も感じていたみたいだ。 「今までのアピール方法じゃダメなんだよ! 聞いてもらう、見てもらうってだけじゃ!」 「でもさ、他の部だって見てもらう、聞いてもらうって方法じゃん? 他に何があるの?」 不思議に思ってそう聞いたら、津田沼は、 「参加してもらうんだよ」 と自信ありげに肯く。 「……参加?」 ……どういう意味だろう? まさか、一緒に写真でも撮ろうってのかな? あたしが首を捻っていたら、津田沼は笑いながら、 「準備は僕と新2年生でやるからさ、市川さんは当日一緒に立っててくれるだけでいいよ。 女の子だし、一応花になるでしょ。 だから気合入れて可愛くしてきて?」 ……って、津田沼―――っ!! 一応って何よっ!? 一応ってっ!! 悪気はないのかもしんないけど、ちょっと失礼でしょっ!? それっ!! 手伝わなくていいって言うし、「一応」発言でムカついたから、準備は津田沼と下級生に任せっきりにしている。 「まぁ津田沼になんか部員集める策があるみたいだけど…… バスケ部は? やっぱりユニフォーム着てアピール?」 「そうだな。 まあ、オリエンテーリングしなくても中学からの経験者が入ってくるだろうけど」 「いいよね、花形部活は部員数の心配とかなくて。 っていうか、涼とメグとで実際すごい花になるし、最高のアピールになるじゃん!」 あたしが羨ましげにそう言ったら、メグがちょっと難しい顔になる。 「いや、オレはともかく…… 涼がオリエンテーリングに出るとちょっと心配なんだよな」 「え? なんで?」 「涼目当ての女子マネ候補が殺到しそうで。 だから涼には出なくていいって言ってんだけど…… あいつ意外と目立つの好きなんだよな」 メグと同じバスケ部の船橋涼は背も高いしプレイも派手だし、でノリもいいから学校で一番のモテ男だ。 恭子っていう彼女がいてもその人気は変わらない。 そんな涼がいるバスケ部のマネージャーになりたいって子は、そりゃたくさんいるにちがいない。 「今までは早坂が、自分一人で大丈夫だって言うから他にマネージャーやりたいって子が来ても断ってたんだけど、その早坂もオレたちと同時に引退するしな。 今度やりたいって子が来たらそれはそれで入ってもらいたいんだけど……」 とメグは難しい顔をする。 そうだよね。 やりたいって言ってきた子を全部受け入れてたら、下手したら選手よりマネージャーの方が多いってことにもなりかねないよね。 ……っていうか。 その中にメグ目当ての子が入って来ないとも限らないんじゃない? 確かに涼は学校一モテるけど、メグだって涼に負けないくらいカッコいいし、はじめは涼目当てだった子がメグに乗り換えるってことだって…… 「きゃー! 船橋先パーイ!!」 マネージャーの仕事もそっちのけで騒ぐ新入生たち。 それを、 「こらこら! キミたちは部員全員のマネージャーでしょ? 涼ばっかり見てないでちゃんと仕事しなくちゃダメだよ」 なんてメグが注意する。 「ご、ごめんなさい!」 注意された新入生が慌てるのを見て、今度はソフトに笑い、 「ほら、手伝ってあげるからこっちおいで。 そこはボールや選手が突っ込んでくるから危ないよ」 「やだー! 船橋先パイもいいけど千葉先パイも優しくてカッコいいっ!!」 なんて―――… めちゃくちゃリアルに想像出来るんですけど…… ……なんか色々考えてたら、新学期早々不安になってきた。 メグとクラスは別れちゃうし、球技大会では出来もしないバスケになっちゃうし、写真部は存続の危機だし、メグは新入生に目を付けられそうだし…… あ〜…… やっぱり1年前に戻りたいっ!! 『以上、バスケ部でした。 みんなよろしくね〜♪』 という涼の締めの挨拶を合図に、ユニフォーム姿のメグたちがステージから下りてくる。 メグからは出るなって言われていたはずなのに、意外と目立ちたがりの涼はやっぱりステージに上がってきた。 そして案の定というか、予想通りというか、 「ね、ね、今の5番の人カッコよくなかったぁ?」 と新入生女子の視線を集めてしまった。(5番っていうのは涼の背番号だ) まったく涼ってば、恭子が優しいのをいいことに好き勝手やって…… 調子に乗りすぎてあたしの親友を泣かしたら許さないんだからねっ!! オリエンテーリングは運動部⇒文化部の順で行われていて、まだこれから発表の順番を待つ写真部の横をバスケ部の子たちがゾロゾロと通り過ぎていく。 涼を睨みつけてやろうと思ったけど、涼はあたしの視線になんか全然気が付いてなかった。 |
メグ、カッコいい…… 制服や私服でももちろんカッコいいんだけど、ユニフォーム姿ってホントにドキドキする。 適度に筋肉のついたしなやかな腕とか。 襟元から見える鎖骨とか。 ユニフォームの肩口からチラリと見える素肌とか、めちゃくちゃフェロモン感じる…… なんか、ユニフォームの下とか想像しちゃうよね…… ……って、あたし何考えてんのっ!? 女子のくせにエロ過ぎるよっ!! 自分のエロさ加減に慌てていたら、 「5番もいいけど、4番の人もちょっといいよね」 と目の前に座っていた1年女子がメグを振り返る。 「あ〜、確かにカッコいいかも。 なんか優しそう」 「だよね? 彼女とかいるのかな?」 ……ほら、やっぱり目付けられた。 いっそ言ってやろうかな? 「4番の人彼女いますから! それあたしですからっ!!」 って…… そんなことを考えていたら、 「ほら、市川さん! 次僕たちの番だよ!」 と津田沼に背中を押された。 あ〜あ。 部長だから仕方ないとはいえ、メグこそステージに上がって欲しくなかったな…… 「田中くんはそれ持って、鈴木くんはそっちのパネルね」 あたしがメグのモテっぷりに落ち込んでいる間にも、津田沼はテキパキと2年生に指示を出している。 そしてあたしを振り返り、 「ホラ市川さんも! 難しい顔してないで笑顔笑顔! せっかく可愛くしてきたんだから!」 「え?」 津田沼にも言われてたし、一応ステージに上がるからっていつもより気合入れてきたけど…… あたし可愛くなってるっ!? 落ち込んでいた気分が少し盛り上がってきた。 「ね、ねぇ? あたし可愛くなってるかな?」 傍にいた同じ写真部の2年男子佐藤くんに聞いてみる。 佐藤くんは一瞬黙ったあと、 「……そういうこと自分に聞かないで下さい」 と困った顔をした。「自分、ウソつけない性格なんですよ」 「……もうすぐ体験入部期間も終わりますね」 2年生部員が溜息をつく。「これじゃ、先輩たちが引退したら同好会かなぁ…」 「まだ2日あるじゃん」 あたしがそう言って慰めても、 「そうですけど〜……」 と完全に諦めモードだ。 先日のオリエンテーリングから5日が過ぎた今日、いつもは幽霊部員のあたしだけど、やっぱり「その後」が気になって覗きに来てみた。 オリエンテーリングから1週間は興味のある部活に自由に出入りできる体験入部期間ということになっている。 その体験入部で気に入ったら、入部届を出して正式入部という流れだ。 正式入部はまだなくても、体験入部の子くらいはいるんじゃないかな?と思ってきたんだけど…… 部室の中は閑散としていて、2年生3人しかいなかった。 津田沼の姿もない。 何人かは覗きに来た子もいたみたいなんだけど、なぜかどの子もそれっきりで、1枚も入部届は出されていないらしい。 「……やっぱり、あのオリエンテーリングが失敗だったんじゃないですかね」 2年の田中くんがボソリと呟く。 あたしが慌てて、 「そ、そんなことないと思うけどっ!? ケッコー盛り上がってたじゃん!」 とフォローしようとしたら、 「盛り上がってたの先輩たちだけですよねっ!? っていうかあれ、盛り上がってたんじゃなくて笑われてただけですからっ!!」 と逆に切り返された。 「だ、だってあれは津田沼が余計なこと言うから……っ!」 「そんなのテキトーに流してればいいじゃないですかっ! それをムキになって言い返さなくても!」 「そうですよっ! ……あ〜あ。 何のために春休み必死になって準備したんだか!」 「……ごめん」 鈴木くんと佐藤くんにまで責められたあたしは、小さくなるしかなかった…… |
『次は写真部の皆さん、お願いします』 と言われてステージに上がったあたしたち写真部がやったことは、雲の写真を使ったシルエットクイズだった。 さまざまな形の雲の写真を大きくパネルサイズに引き伸ばし、それが何に見えるか当ててもらうという…… 津田沼や2年生の3人が春休みに準備していたのはこれだったのだ。 あたしは一緒にステージに上がるだけでいいって言われてたから、本番までこの内容は知らなかったんだけど…… 正直、ビミョーだな…と思いながら見ていた。 だって、丸っこい雲を見て、何人がそれをドラえもんだって分かってくれるのかな? っていうか、そもそもモコモコした雲を見て、それが何に見えるかっていうのは見た人の主観によるものだし、それに正解を用意するってナンセンスじゃない? 新1年生たちもそう思ったみたいで、はじめの頃こそポツリポツリ答えを言ってくれてたけど、 なんだかよく分からない形の雲を出されて、 「正解は、映画『千と千尋の神隠し』に出てくるオシラさまです!」 なんてマニアックなことを言われたときには…… あれ1年生たち絶対引いてたよ! こっちが問題を出しても誰も答えてくれないから、持ち時間が余っちゃうくらいだった。 でも、つまんない問題を出し続けるより、さっさと切り上げた方がいいに決まってる。 そう思って、もういいんじゃない?と津田沼を突付こうとしたら、 「それから、写真部に入ると素敵な出逢いがあります」 と津田沼が突然話を変えた。 え……? まだ続けるの? っていうか、出逢いって……? 「写真部は撮影の関係で、他の文化系部活動よりも運動部との交流があります!」 いや、そんな言うほどないでしょ? 運動部と交流とか。 と思っていたら、急に津田沼があたしの腕をつかんで、 「この市川さんは、それで彼氏が出来ました!」 なんてことを言い出した! は……はぁ!? 「市川さんはその撮影のときに知り合ったバスケ部の人と……」 ―――って、おいっ!!! 「ちょっと、津田沼ぁ―――っ! あんた何言ってんのよっ!!」 慌てて津田沼からマイクを奪った。 「え? だってホントのことだよね?」 「全然違いますっ! そんなことがなくてもあたしたちはこうなる運命だったの!」 「いやでも、ほら、そういったラッキーもありますよ的な話にしといた方が……ねえ?」 「ラッキーってなによっ! 失礼じゃないっ!? あたしはラッキーでメグと付き合えたんじゃないんだからねっ! 大体この前からちょくちょく失礼だよね、あんたはっ!」 「え? 失礼って何が?」 なんて津田沼と応酬しているうちに、 「ちょ、ちょっと2人とも……」 と2年生に袖を引っ張られてハッと我に返った。 気付いたら、チン、チン、と時間オーバーのベルを何度も鳴らされている。 慌てて頭を下げてステージを下りたけど…… 体育館は笑いに包まれていた…… 「言っときますけど、あの笑いだって暖かいものじゃないですから! 失笑ですよ、失笑っ!!」 と佐藤くんが机を叩く。 「覗きに来てくれた数少ない1年生もただの冷やかしですよ、きっと」 「そ、そんな希望の芽を摘むようなこと言わなくても……」 「はじめに摘んだの先輩ですから!」 ぴしゃりと言われてシュンと引っ込む。 津田沼〜〜〜…… 早く戻ってきてよ…… と思っていたら、 「ここが部室だよ」 と言いながら津田沼がやってきた。 しかも、 「へえ…… 思ったより広いですね」 と後ろに誰か連れてきている。 見たことない顔。 真新しい制服…… え? もしかして? 「新入部員っ!?」 部室にいた全員が驚いて声を上げる。 「あ、市川さん来てたんだ」 津田沼は、まるで先日のオリエンテーリングのことなんか忘れたような笑顔をあたしに向けた。 悪気がないからきっとすぐ忘れちゃうんだ、津田沼は。 ある意味得な性格かも知れないよね、そういうの…… って、今はそんなことどうでもいい!! 津田沼に活動内容の説明を受けている1年生男子を遠巻きに眺めるあたしと2年生部員。 「ちょっと…… かなりのイケメンじゃないですか?」 「ホントだよ。 写真部に相応しくない顔してる。 どっか別なとこと間違えてないかな?」 「市川先輩も結構失礼なこと言いますよね」 「え? あたしなんか失礼なこと言った?」 「言っときますけど、市川先輩だって写真部ですからね」 体験で来たのかな?と思っていたその子は、どうやら正式に入部してくれるみたいだ。 「カメラは持ってる?」 「いえ。 オリエンテーリングのとき部で貸出しもしてくれるって聞いたんですけど……」 「あ、うん、大丈夫だよ。 一応申請書書いてね、面倒くさくて悪いけど」 「はい」 他の部員も言う通り、整った顔をしている。 背だって低くないしスラリとしてスタイルもいい。 受け答えもしっかりしてるし礼儀も正しいし…… 入部してくれるのは嬉しいけど、見れば見るほど、なんで写真部なんかに入ってきたんだろう……とか思っちゃう。 「新入部員入ったじゃん!」 「でも、これでもまだ4人なんですよね」 「最低あと一人は確保しないと」 なんて話を2年生としていたら、 「写真部って言ってたよね?」 「ここだよ、ここ―――!」 と急に部室の外が騒がしくなってきた。 ? なんだろう? と思った直後、 「トキワくんいる―――っ!?」 と女の子が数人流れ込んできた。 な、なに? この子たち…… っていうか、トキワって誰? とあたしたちが戸惑っているうちに女の子たちは、 「いたっ!」 と窓際の席で津田沼に説明を受けていた例のイケメン新入部員のところに駆け寄っていく。 名前聞いてなかったけど、あの子トキワっていうんだ? どうやらこの子たちはトキワくん?のファンらしく、彼を囲んできゃあきゃあ騒いでいる。 「トキワくん写真部入るの?」 「お前らにカンケーないだろ」 「あーん、相変わらず素っ気ないんだからあ! でもそんなとこも好き!」 トキワくんに冷たくあしらわれても、女の子たちはちっともめげることなく、 「トキワくんが入るんならあたしたちも入ろうかなあ、写真部」 なんて言っている。 ほ、ホントにっ!? 入ってくれるのっ!? 女の子たちの発言にトキワくんは、チッと舌打ちをする。 結構可愛い子たちなのに、トキワくんは全然嬉しそうじゃない。 逆に鬱陶しそうにさえ見える。 |
「おー、いいねいいね! みんなで入ろうぜー!」 って来るもの拒まずタイプか、メグだったら、 「ちゃんと、本当に自分が入りたい部活に入った方がいいよ」 なんてソフトに対応するタイプだ。 こんな風に、あからさまに鬱陶しそうな顔をするモテ男子は見たことない。 あんまり女の子に興味ないのかな…… でも、トキワくんに釣られてこの子たちが写真部に入ってくれれば、同好会になる心配はなくなるんだよね。 あんまり写真やカメラに興味なさそうな子たちだけど…… ……って、それ言ったらあたしもそうか。 そんな感じでトキワくんを観察していたら、囲まれている女の子たちの間からトキワくんがうんざりしたような目線をこちらに向けた。 あたしと目が合ったトキワくんは一瞬困ったような顔をしたあと、微かに口の端を上げた。 ……? もしかして今、笑いかけてくれた? 同級生女子には愛想なさそうだけど、一応あたし先輩だしね。 しかも3年だし。 先輩に愛想良くするのは当然だよね、うん。 それにしても、あのオリエンテーリングのせいで一時はどうなることかと心配したけど、これで同好会になる心配もなさそうだし、ホント良かった! |
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