E 告白


「ちょ…っ 冗談でしょっ!? 放してよっ!」
「あんたが千葉先輩と別れるって約束してくれるなら放してやるよ」
「だからっ! それはないって言ってるじゃんっ!!」
どんなことがあってもそれだけはないっ!
あたしのセリフにトキワくん……いや、トキワは歪んだ笑顔を見せて、
「……残念」
「いたっ!」
とその場にあたしを押し倒してきた。 コンクリート敷きの地面に勢いよく背中をぶつけたせいで一瞬息が止まる。
そのすきに体操服の裾からトキワの手が滑り込んできた。


「ちょっ! バカバカっ!! あんたこんなこと犯罪だからねっ!!」
思いっきり押し返したけど全然かなわない。 そのままブラの上から乱暴に胸を揉まれた。
「いたいっ! やめてよっ!!」
「胸がでかい女は頭が悪いって聞いたことあるけど…… 当たってるかもな」
と言うとトキワはさっさとあたしの胸を解放し、今度はあたしのお腹の辺りに後ろ向きで馬乗りになった。 そして……短パンのウエスト部分に手をかけてきた!
一気に恐怖が襲ってくる。
「や…やだ―――っ!!」
思い切り叫びながらトキワの背中を叩く。
「叫んだって無駄だよ。 さっきあいつも言ってたろ? こんなとこ誰も来ないって」
と言いながらトキワはあたしの短パンを下ろしはじめた。
やだ…… やだ……っ
メグ以外の人とこんなこと…… 絶対やだっ!!!
短パンが膝の辺りまで下ろされ、下着だけになった下半身が外気にさらされる。
「なにこのパンツ。 こんなんで千葉先輩誘ってんの?」
「やめてってばっ! 変態っ!!」
思い切り足をばたつかせたけどすぐに押さえつけられ、逆にグイと膝を割られた。 トキワはジッとあたしの足の付け根辺りを覗き込んで、
「……ここに千葉先輩が入ったんだ」
―――ぞっとした。
「ねえ? 千葉先輩とは何回くらいしたの? 答えてよ」
あまりの恐怖に声が出なかった。
なに…… なにこいつ。
「ねえってば」
背中を向ける格好で馬乗りになられているから、トキワの表情は見えない。 それが余計に怖かった。
―――こいつは絶対あたしに愛情なんか感じてない。
「……それとも、答えられないくらいいっぱいしたの?」
「ひ、あっ」
「やっぱり妬けるな」
下着の上からグッとそこを押された。「めちゃくちゃにしていい? あんたのこと」
「や…っ や―――っ! いや―――っ!!!」
狂ったように暴れ、こぶしを握り締めてトキワの背中を殴りつける。
そんなあたしの抵抗なんか無視して、トキワがあたしの下着に指をかける。
………あたしはバカだ。
こいつに好かれてると思って浮かれてたなんて……
メグにだって気を付けろって言われてたのに、こんなところで二人っきりになるなんて……
あたし…… あたし、このままこいつに犯されちゃうのかな……
半ばトキワに犯されてしまうことを覚悟しながらトキワの背中を殴っていたら、そのトキワの様子がおかしいことに気が付いた。
あたしの下着に指をかけた格好のまま固まっている。 そして、
「……やっぱりダメだ」
とトキワが呟く。「あんたじゃ勃たない」
「………え?」
……なにがダメなの?
あたしじゃたたないって……どういう意味?
っていうか…… たたないって、なにが?
状況が飲み込めなくて戸惑っているあたしをトキワが振り返る。
「あんたじゃチンチン勃たないよ……」
「チン……っ!?」
思わず繰り返しそうになって慌てて口に手を当てる。
……今、なんて言った?
もしかして、たたないって…… アレのことっ!?
トキワはノロノロとあたしの体から下りると、その場にペタリと座り込んだ。
な、なにこいつ、急に…… 意味分かんない……
そんなトキワの様子を窺いながら、慌てて下ろされていた短パンを穿き衣服を直した。
トキワは地面にあぐらをかく格好で座り込み、背中を丸めて両手で顔を覆っている。
そしてものすごく小さい声で、
「……きなんだ」
「は?」
あまりに小さすぎて何を言っているのかよく聞こえなかった。 あたしが聞き返すとトキワはもう一度、
「オレ…… 千葉先輩が好きなんだ」
とハッキリと言い直した。
―――…え?
驚いて目の前の整った顔をじっと見つめる。
………今、なんて言ったの? こいつ…
好きって言ったよね?

―――メグのこと……

「ええ――――――ッ!?」
驚いて飛び上がり、「あ、あのさ…… あんた、男……だよね?」
恐る恐る確認した。 トキワは、
「ああ……」
と肯く。
「あのさ、メグ……あの、千葉先輩のことだけど。 えーと…… メグミって名前だけど、あの人……男だよ?」
「そんなの知ってるよっ!」
トキワは泣きそうな声でそう怒鳴ると、「……それでも好きなんだ」
とまた俯いた。
え…… ちょっと待って?
トキワは男で、メグが男だってこともちゃんと分かってて……
―――それでもメグのこと好きって…… そう言ったよね?
ええ―――ッ!!!
「あんた、ゲ……ッ」
思わず口走りそうになって慌てて口を押さえた。 そんなあたしをトキワはチラリと見上げて、
「ゲイだって言いたいの?」
「やっ! ……そんな、あの…」
そうハッキリ言われるとこっちもどういう反応していいのか…… 困ってしまう。
トキワはそんなあたしの胸中を知ってか知らずか、
「一般的な性的嗜好で分けたら、そう言うのかもね」
と自嘲気味に笑った。
やっぱりそうなんだ。
トキワは同性しか好きになれない子なんだ……
ずっとあたしに気があって近づいてきたんだと思ってたけど、実はメグのことが好きで、それでメグと付き合ってるあたしに近づいてきたんだ。
「えーと…… 男の子の方が好きっていうのは……その、小さい頃から?」
あたしがそう聞いたら、
「男が好きっていうか、好きになる相手がいつも男だったってだけ」
とトキワは訂正してきた。
……え? どう違うの?
結局男が好きってことでしょ?
男なのに―――……
そんなあたしの考えが顔に出たのか、トキワは、
「……男が男を好きになっちゃ悪いのかよ」
とあたしを睨んできた。
「や… そんなこと言ってないよ」
「言ってなくても思ってるだろっ!? 気持ち悪いって思ってるだろっ! 分かんだよっ!!」
トキワはあたしの腕を乱暴につかむと、「その目だよ! 汚いものでも見るような目でオレのこと見やがって!」
と息がかかるほどに顔を近づけてきた。
「オレだっておかしいと思うよ! 何度も女を好きになろうと思ったよ!」
「ト、トキワ……」
「……けど、ダメなんだよ。 いつだって好きになるのは男だった」
そう言ってトキワはまた俯いた。
「……一度も女の子好きになったことないの?」
あたしがそう聞いたら、トキワは俯いたまま肯いた。
「自分の性癖に気付いたのは小学校の5年くらいかな。 林間学校でみんなと風呂に入ったとき、1番仲良くていつも一緒にいる友達の裸を見てオレ…… 勃起したんだ」
ダイレクトな表現に驚いたけど、顔には出さずに黙って話を聞く。
「あれ、って。 なんでこんなことになってんだって、はじめはそう思っただけだった。 でもそれからそいつのことなんか意識しちゃって…… 初めて夢精したのがそいつの夢見たときだっていうんだから…… 本物だろ?」
「そー、なんだ……」
「はじめは自分で自分が気持ち悪かった。 変な罪悪感もあったよ。 親にも……誰にも言えなくて苦しかった」
……そうかもしれない。
同じ立場になったことないからトキワの本当の苦しさは分からないし、想像でしかないけど……
誰にも悩みを相談出来ないってことは相当辛くて苦しいことだと思う。
しかも、仮に相談したとしても到底理解してもらえそうにない内容だったら……
「じゃあ、あたしに話したのが初めて?」
そう聞いたらトキワは首を振った。
「中学のとき好きになったヤツに……話した。 頭いいしみんなから信頼もされてたし……こいつなら話してもいいだろって思った。 オレのこと理解してくれると思ったんだ……」
そこまで話してトキワが口をつぐむ。
「……で、どうなったの?」
とあたしが先を促すと、
「……最悪だよ」
とトキワは顔を歪めた。「ウソだろ、冗談はやめろ、キモい、寄るな、見るな」
そう言われたよ、とトキワは視線を落とした。
中学1年のときだったらしい。
すごく大好きで、そして信頼していた子に、思い切ってカミングアウトしたら完全に拒否された。
そのときのトキワのショックを想像すると、さすがにあたしも胸が痛んだ。
しかもその子はトキワのことを他の子にも話してしまったという。
「あっという間だったね。 噂って怖いよ。 他の男にまでキモいとか見るなとか言われてさ」
それからトキワはずっといじめの対象にされていたらしい。
「体育のときなんか最悪。 ペアとか組んで体操したりすんじゃん? だーれもオレと組んでくんねーし、着替えも更衣室入れてもらえねーの」
「ひどい……」
「あいつらにしたら女子の更衣室に男が混じってんのと同じなんだって。 ……アホか、こっちにだって好みがあるんだっつーのっ!」
「そう言ってやればよかったのにっ!」
「言ってなんになんの? 男が好きだってことに変わりはないから、扱いは一緒なんだよ。 そのくせ……」
そこまで言ってトキワは言葉を切った。 そしてそのまま沈黙。
「……どうしたの?」
とあたしが聞いてもトキワは話そうとしない。 苦しそうな顔で唇を噛んでいる。
よっぽど辛いこと思い出したのかな、と思っていたら、
「……オレって顔いーじゃん?」
「……は?」
「どっちかというとカッコいい方でしょ? ……千葉先輩ほどじゃないけど」
とトキワは自分の顔を指差す。
……確かに顔は整ってる。
メグとはタイプが違うけど…… カッコいいっていうか、可愛い? そんな感じ。
トキワが女子にモテるのは、そのルックスが一番の要因だもんね。
でもなんで急に顔のことなんか……
「小学校の頃はよく、男の子にしておくのもったいないわ〜って言われるほど女顔だったんだよ、オレ」
「うん。 分かるよ」
「だからかな。 ………オレ、色んな男の咥えさせられたよ」
「え?」
一瞬何を言ってるのか分からなかった。
咥えるって……?
「オレの性癖を知ってるヤツが先輩とか連れてくんだよ。 いかにも女にモテなさそーなぶっさいくな男をさ。 そんでそいつがゆーんだ……お前、男が好きなんだろ、って。 咥えさせてやるって」
「え……」
も、もしかして…… 咥えるって……ッ!!
「やだって言うじゃん? 当然断るよな。 でもそーすると、今度はスゲー勢いでキレて殴ってくんの。 オレに断られるとか心外だって勢い?」
……吐き気がした。
トキワがさせられた行為を想像してじゃなく、そんなことを強要してきたバカな人間に。
「無理矢理突っ込まれることもあって……はじめは抵抗したんだよ? 歯立ててやったり」
とトキワは楽しそうに笑って、「でも、そのあと顔が変わるほど殴られたけどね」
「……もういいよ」
そんな話、笑いながらしなくていいよ。
「さすがにそれだけやられてると親も気付いてくんじゃん。 いじめにでも遭ってんのかなって。 色々聞かれたけどホントのこと話せないから、普通にいじめられてるってことにしといたけど」
結局トキワが詳しいことを話さないし、いじめも続いているみたいだからってトキワの親は転校を考えたらしい。
「あの地獄から抜け出せると思ったら死ぬほど嬉しかったね。 もう臭いチンチン咥えなくてすむと思ったら涙出たよ」
とトキワはまた笑って、「……でもさ〜、あいつら最後の最後にスゲーこと計画してたんだよな」
……これ以上にひどいことがあったの?
「転校直前にさ、まーたあいつらから呼び出されたんだよ。 ああ、最後の咥え納めかって思って……もう慣れてるしどうせ最後だしって、抵抗しないで咥えてやろうとしたら……あいつらオレのズボン脱がし始めたんだよ」
「え……?」
「口でするだけじゃ物足りなくなったんじゃねーの? 公園のトイレでパンツ脱がされて……壁に手つかされてさ、それで後ろから……」
「もういいってばっ!」
とあたしが話を遮ろうとしても、
「いいから最後まで聞いてよ」
とトキワはまだ続けようとする。「そんときは…4人くらいいたかな? あ〜、オレこいつら全員に輪姦されるんだって思ったよ。 もうね、そのくらいになると諦めるの癖になっちゃったんだ」
そうやってトキワが自分の悲運を受け入れようとしたときだった。
「おい、便所入れねーだろ、どけよって……誰かが来たんだ」
どうやら公園のトイレを使おうとした誰かが来たらしい。 トキワは思い出したように笑って、
「あのときのあいつらの慌てっぷりには笑えたな。 ……お陰でオレの貞操は守られたけどね」
「良かったね……って言うのも変か。 ごめん」
上手く言葉を選べないあたしをトキワは微かに笑うと、
「で、そのときオレの貞操を守ってくれたのが千葉先輩」
「え?」
「多分千葉先輩はあそこで何があったのか……詳しくは知らなかったと思うよ? ただのいじめだと思ってたんじゃねーかな。 あいつらも慌ててズボン穿き直してたけど、オレもそんな情けない格好他の人間に見られたくないからソッコーでパンツとズボン穿いたしね」
トキワが中1でメグが中3のときのことらしい。
「千葉先輩ジャージ姿だったしロードワークかなんかの途中だったのかもな。 大丈夫かって声かけてくれて、これで顔拭けってタオルまで貸してくれたんだ。 ……女みたいな言い方すると、王子様登場って感じだった。 笑われるかも知んないけど」
「それは分かる。 メグは優しいときは本当に王子様だもん」
あたしも力強く肯いた。
「それからすぐに転校することになったんだけど、あのとき公園で助けてくれた人のことが忘れられなかった。 それが原因でいじめられて転校まですることになったっていうのに……懲りねーよな、オレも」
トキワはどうやってか、そのとき助けてくれたのがメグで学校だとか部活だとかを調べ上げ、メグを追いかけてこの総武高校に来たらしい。
「3年近くも思い続けてたってこと? 片思いで?」
「それだけ魅力があんの!」
とトキワは断言して、「でも先輩は絶対ノーマルだろうし、もう二度と同じ目に遭いたくないから、遠くから見てるだけでもいいやって総武に入ったんだ。 それにあれだけパーフェクトな人に彼女いないわけないじゃん? その辺も覚悟してたし。 なのに……」
とトキワはあたしをチラ見する。
「? なによ」
「……なんであんたみたいな平凡な女が千葉先輩の彼女なんだよ」
「はぁっ!?」
「あんなパーフェクトな千葉先輩には、もっとそれ相応な人と付き合って欲しいんだよ! みんなが振り返るような美女とかチョー才女とかさぁ」
「ちょっとっ!!」
それってどういう意味よっ!?
「いや、見た目平凡だけど実はスゲーいい女なのかな?あの千葉先輩が選んだ女だもんなって思いもしたよ? だからあんたに興味持って写真部入ったんだよ、オレ」
そうだよ! 人間中身で勝負でしょ!?
「……で? 実際どうだったのよ?」
「ある意味すごかった! 3年とは思えないほど仕切れないし、写真部なのにカメラのことあんま知んないし、そのカメラもなくすし…… しまいには職員室に忍び込もうとか無謀すぎっ!!」
「!!!!」
ほ、本当のことだけど……っ
「なんでこんな人と付き合ってんだろうってずっと不思議だったよ。 千葉先輩にもそう言ってやったんだ。 相応しくないって」
全部本当のことなんだけど……っ
でも、ちょっとあんた、それは言いすぎなんじゃないの―――ッ!?
「悪かったねっ! 相応しくない彼女でっ!!」
とあたしがプリプリ怒っていたら、
「でもさ、不思議なんだけど、あんたと一緒にいるときの千葉先輩が1番カッコいいんだよね」
「え?」
「パーフェクトさに磨きがかかってるっつーの? 今日のバレーの試合だって、あんたが見に来たときの方がめちゃくちゃ動きよくなってんだよ」
……そーなの?
あたしにとっては、メグっていつでもパーフェクトだけど。
あ、でも前に涼にも、
「2年になって真由と同じクラスになってから、あいつますますカッコつけるようになったんだぞ?」
って言われたことあったっけ……
……って、
「あ――――――っ!!」
急に肝心なことを思い出した。 あたしの叫び声にトキワが目を丸くする。
「な、なんだよ、急に…… ビビったろーがっ!」
「バレーの試合っ!! 今何時? 決勝戦始まっちゃうっ!!」
慌てて立ち上がった。
「時計もケータイもないし時間なんか分かんないよ。 何よりカギがかかってんだから出られないじゃん。 諦めるしかないよ」
「ダメっ! 応援に行くって約束したし…… そのあとにあたしのバスケの試合もあるのっ!!」
あたしはまた出入り口の扉に近づいて、「誰か―――っ!!」
と扉を叩いた。 トキワもあたしの隣りにやってくると、
「今頃みんな体育館か校庭で決勝応援してる頃だよ。 こんな校舎裏の建物から叫んだって声なんか聞こえないって」
と肩をすくめた。「それにここって物置じゃん? 文化祭の看板とかもしまってあるし、きっと球技大会の看板とか垂れ幕もあとでしまいに来るよ。 終了後か……最悪夜には出られるって」
「そんなの待ってらんないもん!」
あたしは扉を叩き続けながら、「メグの応援もそうだけど、あたしまだシュート決めてないの。 せっかくメグが教えてくれたのに……それ無駄にしたくないのっ! だから決勝戦では絶対シュート決めるのっ! それメグに見てもらうんだっ!!!」
スパルタだったけど、ちゃんと教えてくれたメグ。
バスケ部の部長や新しいクラスの代表、それに例の「きたろう」のこととかあって大変だったはずなのに、ちゃんとあたしに付き合ってくれた。
そのメグに練習の成果も見せられないで、しかも大事な決勝をすっぽかすなんて……そんなこと絶対に出来ない!!
「あんただってメグの決勝見たいでしょっ!? ほら、手伝ってよっ!!」
扉を力いっぱい横に引きながらトキワを振り返った。 トキワは、
「そりゃ見たいけど…… でも、無理なもんは無理なんだって」
「無理じゃないっ!!」
トキワを怒鳴りつけた。「あんたさっき諦めるのが癖になってるって言ったけど、それ今からやめなっ!」
「……え」
「あんたにサイテーなことをしたバカなやつらのせいでそんなの癖にすることないっ!! あんたは全然悪くないっ!!」
あたしはそう言いながら建物の中を探り始めた。
「ゴメン、あたしも最初聞いたときは驚いたけど…… でも、好きになった人がたまたま同性だってだけだもんね。 気持ちはあたしたちが誰かを好きになるのと全然変わんないよ。 だからあんたは悪くない!」
あたしがそう言ったらトキワは驚いた顔になった。 あたしはそんなトキワにニッと笑いかけると、
「それにメグみたいなパーフェクトな人、女からだけじゃなく男からもモテるの不思議じゃないしね!!」
と言いながらその辺にあるダンボール箱の中を探り続ける。 そんなあたしを見てトキワが、
「……何やってんだよ。 さっきから」
と近づいてきた。
「なんか扉こじ開けられるもの探してるの! ……あっ、工具箱見つけた!」
中には小さなのこぎりや金槌、ドライバーセットなんかが入っていた。
「あ、ドライバー入ってんじゃん。 それで扉の金具外して……」
「引き戸だもん無理だよ。 どっか他に……」
あたしはもう一度建物の中を見渡し、「……あそこから出よう」
と天井近くにある明り取りの窓を指差した。
「あんなとこからっ? 高すぎて届かないし羽目殺しだし……つか、人通れないだろ? あの幅じゃ!」
あたしは金槌を手にとって、
「割るから肩車して」
とトキワを振り返った。
「割んのかよ!? つか、幅が足んねーだろっつーの! 人が通れるような幅じゃねーよ!」
確かに窓は、横には長いけど縦幅がない。 20センチあるかないか。
でも……
「ここしか出るとこないし、やるしかないの! ほら、さっさとしゃがみなさいよっ!!」
グダグダ言うトキワの腕を引っ張り無理矢理しゃがませた。 その肩に慌てて跨る。
「……軽くないね」
「どうせならハッキリ言ったらっ!? はい、これ被って!」
トキワの遠慮がちな突っ込みに逆に突っ込み返しながら、ポケットに入れてあったハンドタオルをトキワの頭に被せた。
「え?」
「ガラス。 割った拍子に破片で切ったら危ないから」
「そんなのあんただって…っ」
「割るよっ!」
掛け声をかけて思い切り金槌を振り下ろした。 ……派手な音を立ててガラスが割れる。
「大丈夫かよっ!?」
あたしを担いだままトキワが上を向こうとする。 あたしはそれを制して、
「もう1回割る。 いいって言うまで上向かないで、危ない!」
割れるには割れたけど、まだ縁のところに割り切れてないガラスがたくさん残っている。
そうじゃなくても幅が狭いのに、こんなにガラスが残ってたら危なくてくぐれない。
あたしは縁に残ったガラスも丁寧に割っていった。
「……こんなもんかな」
ガラスが割り終わってから、壁に手をつきトキワの肩の上に立ち上がった。
「おいおい…大丈夫かよ……」
「揺らさないでよっ!?」
慎重に窓枠に頭をくぐらす。
多分、頭が通れば身体もいけると思うんだけど……
「……通ったよっ!!」
胸から上が窓枠から出た。 縁をつかみながらいったん窓枠に腰掛ける。
あたしが窓枠に腰掛けたことで身体が自由になったトキワが、ようやく上を向く。
「そんなとこから飛び降りれんの?」
「や、すぐそこに……雨樋?だっけ?があるから、それ伝って下りれそう」
と雨樋に手を伸ばしたところで気が付いた。
―――これじゃトキワが出られない。
幅的にはあたしの頭が通ったんだから、あたしより顔小さそうなトキワは余裕で通れると思う。
……けど、窓枠までが高いから、1人じゃ上れない。
足がかりになりそうなものもなかったし……
どうしよう……
「……いいよ。 あんた1人で先行ってよ」
あたしの考えてることが分かったのか、トキワはそう言ってきた。
「でも……」
「いーから! 早くしないと千葉先輩の試合に間に合わなくなる!」
トキワはあたしを見上げて、「オレの分も応援してきてよ」
と笑った。
ゴメン、トキワ。
すぐに誰かに来てもらうようにするから!
だからそれまでちょっと待ってて!!
あたしは雨樋に手を伸ばした。
「気をつけろよ」
そのまま倉庫の外に出ようとしたら、トキワが下から声をかけてきた。
「あんた運動神経良くなさそうだし、おっちょこちょいだし…… ケガなんかしたら千葉先輩に心配かけるだろ」
驚いてトキワを見下ろす。 トキワは笑っていた。
「……余計なお世話!」
トキワに舌を出してみせる。
……スペアキーがあればすぐに開けてもらえる。
体育館にも先生がいるはずだから、その先生に声かけて……
そうすればこんなところからはすぐに出られる。
上手くいけばトキワだってメグの試合を見れるかもしれない。
あたしは再び雨樋に手を伸ばした。
……でも、上手くいかなかったら?
先生がなかなか見つからなかったり…… スペアキーだってあるかどうか分からない。
そうしたら、結局は屋根の上に投げられたカギを取らなきゃトキワは出られないってことに……
もう一度トキワを見下ろす。
トキワはまだ笑っていた。
その諦めたような笑顔を見届けてあたしは雨樋をしっかりとつかんだ。
そのまま…… 雨樋を使って屋根の上に上がった。
「ッ!? 何やってんだよッ!?」
下からトキワの慌てた声が聞こえた。
「カギ取ってくる」
「いーよ! 危ねーよ!」
「ここまで出来たんだよ。 カギ取るくらい平気」
「でもっ」
「うるさい! 気が散る!」
頼りになるのは古びた雨樋だけだし、慎重に上らないといけない。
トキワに怒鳴りつけ、でも震えながら、なんとか屋根の上に上がることが出来た。 そのままフラットな屋根の上を見渡したら、
「…… あっ、あった!」
カギはすぐに見つかった。
「マジでっ!?」
大丈夫だろうとは思うけど、万が一あたしの体重で屋根が抜けたら嫌だから、慎重に這うように屋根の上を移動した。
途中何度か屋根がきしんで、その度に心臓が飛び上がったけど、なんとかカギを手に取り同じように戻ってくる。
それから雨樋を使って慎重に地面に下りた。 慌てて扉側に回りカギを開ける。
トキワも扉の前で待ってたみたいで、扉を開けると同時に外に飛び出してきた。
「行こっ!」
と体育館に向かおうとしたら、
「あの…… さっきはすみませんでした」
とトキワが頭を下げて謝ってきた。「オレ職員室…いや、警察でもどこでも行く覚悟出来てるから」
トキワは頭を下げた姿勢のまま固まっていた。
……確かに、あたしのこと押し倒して胸を触ったことは許せない。
短パン下ろして下着を見た挙句、一瞬だけどそこに触れてもきた。
トキワが言うとおり、警察沙汰になったっておかしくないことだ。
けど…… 本当にいいの?
あたし、あんたに襲われそうになったことだけじゃなくて、あんたの性癖まで話しちゃうかもしれないよ?
謝るより先に、それ口止めしとかなくちゃダメじゃないの?
さっきのことは絶対に許せないんだけど。
許せないはずなんだけど……
あ〜〜〜ッ! もうッ!!
「そんなのもういいからっ! 許してあげるっ!」
あたしはそう叫んでいた。
「でも……」
あたしがそう言ったら、トキワは驚いたような戸惑ったような顔であたしを見返した。
「あんたのしたことは犯罪だよ!? でも未遂だったし……もういいっ! それに、そのまえにあのきたろうをやっつけてやらなくちゃ!」
「キタロウ?」
「そんときはあんたも協力してよねっ!」
あたしが口早にまくし立てたら、トキワはよく分からない、というような顔をしながら、
「……ホントごめん。 ありがとう」
ともう一度頭を下げてきた。
「ほらっ! そんなことより、さっさとしないと本当にメグの試合見損ねちゃうよっ! 早く行こっ!!」
あたしがそう促したらトキワも力強く肯いた。
2人同時に体育館に向かって駆け出す。 体育館に向かいながらトキワは、
「千葉先輩があんた選んだの、なんとなく分かった気がするよ」
とニッと笑った。
「でしょっ!」
あたしも笑顔を返した。

近づく体育館から歓声が聞こえてきた。

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