チェリッシュxxx 第3章

D 恐怖の騎馬戦


『・・・お知らせします。騎馬戦に出場する選手の皆さんは、入場門の前に集合してください』
ちょっとだけハウリングした後、スピーカーからアナウンスが流れた。
校庭には、普通科商業科の全校生徒が集まっていた。BGMは、「トランペット吹きの休日」。
体育祭よりも梅雨入りの方が早かったら・・・と心配されていたけれど、今日の天気は曇りにとどまってくれていた。
「ほら、村上さん? 騎馬戦だよ?」
と五十嵐くんに肩を叩かれた。
「村上〜! 落ちるんじゃねーぞ!?」
「頑張ってね〜」
と赤いハチマキをしたクラスメイトが声をかけてくる。
あたしは緊張に顔をこわばらせながら、肯くしか出来なかった。
俯き加減に歩きながら入場門に向かっていると、
「・・・大丈夫?」
と五十嵐くんが声をかけてきた。
「だいじょばない・・・」
あたしが呟くようにそう答えると、
「村上さんって、面白い日本語使うよね?」
と五十嵐くんが呆れたように笑いながら言った。「でも、面接のときにそれ使ったら、落とされるよ?」
「え? 大丈夫の反対語って、だいじょばない、で通じるでしょ?」
「僕たちには通じるけど、大人には・・・少なくとも面接官には通用しないよ」
「そ、そーなんだ・・・」
初めて知った・・・
って言うか―――
「ねぇ? 絶対に落とさないでね? ねっ!?」
あたしは五十嵐くんの体操服の裾を引っ張った。
「努力するけど・・・。僕前衛だから、後方の二人に言った方がいいかもよ?」
「ちょ、ちょっと! そんな・・・っ」
無責任な、と言おうとしたら、青いハチマキをつけた集団が入場門の前に集まっているのが目に入った。
すぐに見つけられる、オレンジ色の頭。
陸もあたしに気が付くと、唇をちょっとだけ突き出して、チュッといった感じにキスを投げてきた。
そして、自分のハチマキを指差した後、あたしを指差して、
『ネ・ラ・ウ!』
と笑いながら口をパクパクさせている。
やめて―――っ!?
あたしは慌てて自分のハチマキを押さえた。
「結衣!」
肩を叩かれて振り向くと、麻美が立っていた。「ヨロシクね〜? 今は赤がリードしてるみたいだけど、これで一気に青が追い抜く予定だから♪」
「あ、麻美も騎馬戦出るの?」
「そ! 結衣のコト、狙っちゃおーかな〜?」
「な、なんでなんで? 騎手って小さい子がやるんじゃないの?」
「体重が重くなければ、背が高いほうが有利なんだって!」
麻美は楽しそうに笑いながら青組の集団の方に入って行った。
麻美も陸もB組だから同じ青組。
麻美が陸を見つけて、シャツを引っ張る。陸が振り返ると、麻美は眉間にちょっとだけしわを寄せて、何か話しかけていた。陸も同じく眉をひそめて、顎を突き出すような格好で肯いたりしている。
―――な、なに話してるんだろ?
「・・・気になる?」
隣にいた五十嵐くんがあたしに声をかけた。
「―――うん。だって、麻美、陸のコト・・・? なんだよね?」
あたしが二人から視線を外せないまま五十嵐くんにそう言うと、
「・・・なんか、この前僕が言ったこと気にしてる?」
「・・・気にしてる」
五十嵐くんは、やっぱり、と呟くと、
「なんか、困るんだけど? 村上さんを落ち込ませたのが僕のせいみたいになるじゃない。もう、忘れてよ。あれ、テキトーに言っただけなんだからさ」
「・・・忘れられないよ〜。っていうか、もっと色々膨らんじゃってるし・・・」
あたしに言えないのは、やっぱり陸が好きだから?
でも、陸には言ったんだよね?
・・・それって、陸に気付いて欲しいから?
気付いてもらったら・・・・ その後は?
どうなっちゃうの?
・・・・・付き合っちゃうの、かな?
いや、麻美がそんなコトするわけないよっ!陸だって!!
っていうか、あの2人、仲悪いもん。ありえないってっ!!
・・・でも、嫌いな人に、好きな人がいるんだ、なんて教えたりするかな?
やっぱり、五十嵐くんが言うとおり、陸のこと・・・?
「ホラ、やっぱり〜! 渡辺さんと陸くん付き合ってるんだよ!」
急に耳元で囁かれてあたしは飛び上がった。驚いて振り返ると、泉さんが立っていた。
騎馬戦は各クラス、2騎馬ずつ出すことになっていて、3−Aのもう一人の騎手は泉さんだった。
「この前聞いたんだけど、陸くんって身長181あるんだって! で、なんかの本で読んだんだけど、男女の理想的な身長差って15センチなんだって。それ考えたらますますお似合いだよね? あの二人!」
麻美は167だから・・・ 14センチ差?
・・・あたしは153だから・・・
―――計算する前に落ち込んだ。
「・・・くだらない事言ってないで、並ぼうよ? ほら、泉さんはもっと前でしょ?」
「うるさいなぁ、五十嵐は!」
泉さんは列の前の方に移動しながら、五十嵐くんに舌を出した。
あたしがいつまでも俯いていたら、
「行くよ?」
と五十嵐くんがあたしの肩に手をかけた。そのままグイグイ押されるようにして、あたしは入場門をくぐった。
各クラスから2騎馬ずつ出された、赤12、青12、白12、黄色12、緑12の計60騎馬を、前半戦30騎馬、後半戦30騎馬の2回戦に分けて対戦する形になっている。対戦時間は5分間。
あたしたちは後半戦だった。
前半戦に出る子たちが騎馬を組み終えると、ピストルの合図が鳴った。
あとは・・・もの凄い喚声と砂埃。その向こうに見える、闘牛かと見間違うような騎馬・・・
開始から1分もたっていないのに、もう半数近くが崩れてる・・・
後半戦に出るあたしたちは、しゃがんでそれを見ていたんだけど、もうその時点であたしは眩暈を起こしそうだった。
む、無理無理無理―――っ!
あたしは顔を伏せて首を振った。―――絶対、怪我する・・・ あたしドン臭いもん・・・
「おおっ! あの青、強くね?」
一緒に騎馬を組む男子の声に顔を上げると、陸が前衛をやっている騎馬が、どんどん他の組の騎馬を崩しているところだった。
陸、前半だったんだ。
良かった、一緒じゃなくて。 狙われたら、瞬殺されてたよ・・・
「さすが、っつーか、やっぱ商業科には勝てねーよな?」
「ってか、上に乗ってる子、チョースタイル良くない?」
騎馬の後方担当の2人の男子があたしを見る。
「・・・この時点で、負けてるよな。すでに」
「う、うるさいなぁっ!」
「・・・あ、赤全滅した」
五十嵐くんが呟いたとき、終了の合図が鳴った。
残っているのは青と白だけで、しかも全部商業科の騎馬だった。
陸が騎馬を組んだまま、嬉しそうに片手でガッツポーズをしている。
その上にいる騎手の女の子も手を叩いて喜んでいた。そして、いきなり陸の頭を両手で掴んだと思ったら、女の子が前かがみになって陸にキスをした!
「ヒュ〜! あんなのがあったら、オレたちだって頑張れるよなぁ?」
と二人の男子があたしを見る。
「―――・・・」
あたしは俯くしかなかった。
「・・・お前ら、いい加減にしろよ?」
五十嵐くんが二人を振り返った。「そんな事言ってて早々に潰れたりしたら、踵落とし食らわせるからな?」
二人は、怖え〜、と笑いながら、やっとあたしをからかうのを止めてくれた。
前半戦だった子たちが戻ってくる。 泉さんが、
「無理! 絶対商業科には勝てないよ!」
と言いながら手を振っている。
いよいよあたしたちの番が来てしまった。
笛の合図がなり、組まれた騎馬の上に乗る。・・・・・・高い。
何回か練習したけど、やっぱり、怖いよ〜っ!?
「お、落とさないでね? 落とさないでね? って言うか、逃げて?」
騎馬になっている男子たちにそう言うと、
「今は赤が総合トップだけど、僅差で青が追い付いてきてんだよな〜」
「やっぱ、潰しに行くか? 青?」
なんて、恐ろしい事を言っている!
「ちょ、ちょっとっ!?」
とあたしが焦っている間に、試合開始のピストルが鳴った。
後方の男の子が、
「・・・と言っても、商業科は怖いから、普通科の青狙いでな、五十嵐!」
と前衛の五十嵐くんに声をかけた。
「ダメ! 逃げて逃げて?」
「行っていい?」
五十嵐くんがちょっとだけあたしを振り返った。「どうせ、最後まで対戦しないで逃げ切るなんて、無理だから」
「で、でも―――」
なんて話をしていたら、
「ゆーい?」
とあたしたちの目の前に、麻美の騎馬が立っていた。「ハチマキちょーだい?」
「・・・やっ、ダメ―――!」
あたしは慌てて頭を押さえた。
「って言っても、もらっちゃうもんね〜」
「ミッフィーちゃーん! 頑張れ―――!」
え?
驚いて振り向くと、陸がこっちに向かって手を振っていた。
「コラ―――ッ! 敵を応援してんじゃないわよっ!?」
「今だ!」
麻美が陸を振り返って文句を言った瞬間、五十嵐くんが麻美の騎馬に踏み込んだ。
「え、えっ?」
「早く! ハチマキ奪って!」
五十嵐くんが叫ぶ。
「させるかよっ!」
それに気付いた青組の騎馬の男の子が、五十嵐くんに蹴りをいれようとした。
麻美もあたしたちの動きに気が付いて、慌ててあたしの頭に手を伸ばす。
五十嵐くんは、青組の蹴りをラクにかわすと、逆に素早い足裁きで相手の足元をすくった。
一気に麻美の騎馬はバランスを崩した。
う、うそ!? 勝っちゃうの?
と一瞬喜びかけたとき、相手の前衛の男の子が、五十嵐くんの肩に置いていたあたしの腕を掴んだ。
「きゃあっ!」
それでバランスを崩したあたしは、そのままその男の子に引っ張られるようにして、麻美の騎馬と一緒に崩れ落ちてしまった。
2つの騎馬の8人が、団子状に倒れている。
「―――・・・いったぁ」
「村上さんっ!? 大丈夫っ!?」
五十嵐くんが心配そうに顔を覗きこんでくる。「怪我してない?」
「うん、大丈夫みたい・・・」
「結衣っ!」
陸が駆け寄ってきた。五十嵐くんをグイッと押しのけて、「大丈夫かっ?」
「う、うん。・・・平気だよ」
「渡辺っ? 大丈夫、お前っ!?」
すぐそばにいた青組の男子が叫んでいる。
え? 麻美、どうかしたの?
その場に転がっていたみんなが麻美に注目する。
「あ、麻美っ!」
麻美の左足の裏から、血が流れている。あたしたち騎手は裸足で騎馬に乗っていた。
「立てるかっ? 保健室行こう!」
と青組の騎馬だった子が肩を貸そうとすると、
「い、いいっ! 自分で立てるからっ!」
と麻美は一人で立とうとした。けれど、「―――いった・・・」
と再び尻餅をついた。
立てるわけないよ、そんな傷でっ!
「いいから、つかまれよ」
もう一度男の子がそう言って、麻美の腕をつかみ無理矢理肩に担ごうとすると、
「やだやだっ! やめてよっ!」
と首を振る。身体全体で拒否しているような・・・
「あ、麻美? 肩貸してもらいなよ? そんな足じゃ歩けないよ!?」
「やだっ」
いつも、どちらかと言うとクールな麻美が、子供のように駄々をこねているから、ビックリしてしまった。
麻美? どうしちゃったの?
他にもたくさんの騎馬がそこら中に転がっていて、あたしたち以外誰も麻美の怪我に気付いていなかった。
「ど、どうしよう・・・。先生呼んで来ようか?」
とあたしが立ち上がりかけたとき、
「・・・ったく、子供かよ。あんたは!?」
と言って、陸が麻美の背中と膝を抱えて抱き上げた。
「!? お、下ろしてよっ!」
陸は麻美の抗議を無視して、中央テントまでスタスタと歩いて行く。麻美が陸を怒鳴りつける声がここまで聞こえてくる。
あたしが呆然とそれを見送っていると、泉さんが走り寄って来た。
「どうしたの?」
「あ・・・。麻美が怪我しちゃって、それで・・・」
「いや〜ん。お姫様抱っこぉ! いいな〜、渡辺さん!」
泉さんは胸の前で手を組んで、中央テントの方を見ている。陸と先生が何か話しているところだった。そして、麻美を抱いたまま校舎入って行く。
「―――あ、あたし、見てくるっ!」
走り始めたあたしに、泉さんが声をかけてきた。
「村上さんっ! 二人の邪魔しちゃダメだよっ!?」
もう騎馬戦は終わっていて、残った騎馬が整列しているところだったから、校庭を横切れなくて、あたしはグルリと遠回りをして校舎へ向かった。
昇降口まで行って上靴に履きかえるのももどかしく、保健室から一番近い入り口の所で靴を脱いだ。
校舎の2階にある保健室へ急ぐ。
走っているせいなのか、それとも別な理由からなのか、ものすごく心臓がドキドキしている。
階段を上りきったとき、保健室のドアを開けて陸が出てくるところだった。
「・・・あ、結衣」
「―――り、陸・・・ あ、麻美の、様子は・・・?」
走ってきたせいで、息が上がっていた。
陸はちょっと肩をすくめて、
「なんか、オレ、よっぽど嫌われてるみたい?」
「え?」
「もう、ずーっと抵抗してんの、あの人。保健室着いたら、気分悪いって言って、治療もそこそこにベッド入っちゃうし」
ワケ分かんない、と言って陸は階段を下り始めた。「チョー機嫌悪そうだったよ。アノ日かな?」
な、何言ってんの!?
麻美は陸のことが好きなんだよっ!? 分かんないのっ?
「―――陸は、無神経だよっ!」
「は?」
階段の途中で陸が振り返る。「無神経って? オレが?」
「そうだよっ! みんなの前で、あんな、お、お姫様抱っこなんかしちゃって!」
「あの場合、仕方ないでしょ? ・・・って、妬いてんの?」
陸があたしの顎に手をかける。あたしはそれを払い落とすと、
「や、妬いてなんか、ないっ! 自惚れないでよっ!?」
と陸から一歩離れた。
「結衣?」
「り、陸、ちょっと女の子に人気あるからって、調子に乗ってんじゃないっ?」
「―――オレがいつ調子に乗ったよ?」
陸が不機嫌そうになる。
「いつも! いつもだよっ! ・・・騎馬戦のときだって、騎手の子にキスされて喜んでたじゃない!?」
「―――み、見てたのかっ!? ってか、見てたら分かるだろっ? 不可抗力だろうよっ!」
不機嫌さから一転、陸が慌てる。
最近の不安が一気に噴き出してしまった。
「合コンのときだってそうっ! あたし見てたんだから! 泉さんのグレープフルーツなんか搾ってあげちゃって、気を持たせるようなことしてた!」
「いや、だってあれは、イズミさんが搾ってくれって言うから・・・」
「その上、麻美の隣の席をめぐってケンカなんかして・・・」
「はっ?」
「泉さんが聞いてんたんだからっ! 陸と誰かが席を代わる代わらないでケンカ始めたって!」
「違っ、あれはぁ〜・・・」
「みんなが、お似合いだって! 二人は! 身長だって14センチ差で! そうそうっ、マリちゃんも陸狙いだったんだって、あの合コンで! いいね、モテモテでっ!?」
陸があっけにとられた顔をして、あたしを見つめていた。
「な、何よっ!?またくだらないことで騒いでるって、思ってるんでしょ!?」
あたしは少しずつ後ずさりながら、「くだらなくなんかないもんっ!」
「ゆ、結衣?」
「あの騎手の子でも、泉さんでも、マリちゃんのでもないんだからっ! あ、麻美のだって・・・」
「おい、結衣?」
「・・・り、陸は、あたしのカレシなんだからね―――ッ!?」
あたしはそう言い捨てると、振り向きもしないで一気に階段を下りて、校庭へ飛び出した。
保健室へ向かうときと同じように、心臓がドキドキしていた。
いくら深呼吸しても動悸が治まってくれないから、やっぱり走ったせいじゃないみたいだった。
―――あたし、何言っちゃったんだろう・・・
激しい後悔と自己嫌悪の念が襲ってきた。
も、やだ・・・
あたし、陸と付き合うようになってから、焦ったり、怒ったり、嫉妬したり・・・負の感情ばっかり増えてる気がする。
こんなに、独占欲強かったっけ・・・
杉田先輩と付き合っていたときは、もっと穏やかに付き合っていられたのに、なんで?
落ち込んだまま赤組の応援席に戻ると、
「どうだった?」
と五十嵐くんが声をかけてきた。
「・・・もう、最悪・・・」
そう言いながら椅子に座ると、
「そんなにヒドイ怪我だったの? 渡辺さん」
と五十嵐くんが眉をひそめた。
「え? あ!? 違う違うっ! 今のは麻美のコトじゃないからっ!」
「え? ―――じゃ、渡辺さんは大丈夫なの?」
「あ・・・」
麻美の怪我の様子、見てくるの忘れちゃった・・・
何しに行ったの? あたし・・・
親友の怪我の具合もそっちのけで、彼氏の方が、大事なの?
しかも、内容はくだらないヤキモチ・・・
さらに落ち込んだ。
「村上さん! 次、応援合戦だから、コレ着て準備して!」
と同じクラスの女子に学ランを渡される。「村上さん小さいから、前列ね。・・・って、顔色悪いけど、大丈夫?」
・・・落ち込んでる暇もない。
あたしは数名のクラスメイトと一緒に、学ランを着て入場門へ移動した。
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