チェリッシュxxx 第3章

E マグロ漁師の女難


オレは、予想外の結衣のセリフに、驚きと嬉しさを隠せなかった。
いつも、
「もうっ、そんなにくっつかないで!」
とか、
「そんなにしょっちゅうメールくれても、全部に返信できないよ?」
とか、牽制するコトばっかり言う結衣が・・・
「陸は、あたしのカレシなんだからね―――ッ!?」
って、言ってたよな、今。
マジかよ・・・
ここんとこ、結衣の様子がおかしかったんで、どうしたんだろうとは思っていた。
合コンの後くらいから、
「あ、麻美とお似合いだって! あたしと違ってスラッとしてるし美人だもんね?」
とか、
「麻美って、あんなに綺麗でモテるのに、なんで彼氏作らないんだろうね?」
なんて事を言ってたから、またいつもの、
「他の子と比べて、あたしは魅力ない」
って話なのかと思ってたんだけど・・・
もしかして、オレとあの人のコト、なんか勘違いして妬いてたのか?
まさか?―――いや、でも、なんで?
オレとあの人、明らかに犬猿だろ? 会話なんかいつもケンカ腰だし。
さっきも騎馬戦が始まるとき、
「ちょっと! 今、僅差で青が負けてんだから、この騎馬戦では絶対勝つのよ?」
とオレを睨みつけてきた。「赤には絶対負けないでよ?」
オレたち青組は、僅かの点差で赤組を追いかけている状態だった。
・・・スゲー負けず嫌いだな、この人。
と思いながら曖昧に肯いて結衣の方を見ると、結衣はテコンドーに肩を抱かれながら入場門に向かって歩いていくところだった。
なんだよっ!? またあいつと一緒かよっ!?
オレが眉間にしわを寄せて赤組の入場を見ていると、
「―――たとえ相手が結衣でも、手、抜かないでよね?」
と麻美も入場門の方を睨んでいた。
赤組が入場し終わり、続いてオレたち青組が入場する。
「ふうん。結衣たちは、後半戦か。じゃ、あたしと一緒ね」
並んでいる順番を見て、麻美がそう呟く。「狙っちゃお」
「・・・何? なんかケンカでもしてんの?」
「別に。してないわよ?」
・・・って、かなり気にしてないか? 結衣のコト。
オレは前半戦に出る騎馬だった。笛の合図で騎馬を組む。
「陸〜! 絶対落とさないでね?」
騎手になっている同じクラスの女が、オレの両肩に手を着きちょっと前かがみになって、「最後まで残ってたら、今夜付き合ってあげる♪」
と囁いた。別にそんな気はないけど、一応ノリで、
「マジかよ? じゃ、もし崩れたら?」
と返すと、
「そのときは、明日の夜、付き合ってあげる♪」
と俺の耳のあたりに、軽く胸を押し付けてきた。
結局、ヤリてーだけかよっ!?
結衣じゃ、絶対考えられないコトだな・・・ ってか、結衣はいつヤラせてくれんだろ?
そんなことを考えていたら、
「チャラチャラしてて、もし負けたらただじゃおかないわよ?」
と斜め後ろから声が飛んできた。振り向くと、後半戦に出る麻美が、しゃがんだままこっちを睨んでいた。「絶対赤には負けないでよ?」
「わーってるよ」
と返すと同時に、開始のピストルが鳴った。
普通科の騎馬は弱かった。
オレはあっという間に5つの騎馬を蹴り倒した。騎手になっている女は、1本もハチマキは奪っていない。
「すごくないっ? あたしたち!」
終了の合図が鳴ったとき、残っていたのは4つの騎馬だけだった。
あたしたちって・・・ お前、何もしてねーじゃん!? と突っ込んでやろーと思っていたら、女がいきなりオレの頭を鷲掴みにして、無理矢理オレの顔を上に向かせた。強く唇を合わせてきて、オレの唇を割って舌を入れようとする。
―――やっぱり、結衣とは全然違うな
結衣はキスしたとき、恥ずかしいのか、それとも苦しいのか、すぐに離れようとする。それが急なもののときはなおさら、苦しそうに眉を寄せて必死に抵抗したりする。
それが余計にオレを煽るコトになるとは知らないみたいだ。
オレがいつまでも唇から先を受け入れないから、女が身体を起こしてオレから離れた。ちょっと怒った顔をして、
「・・・ヤラせてあげないっ」
とそっぽを向いた。
あげない、って・・・ お前がヤリたかっただけだろっ?
と腹の中で突っ込みを入れた直後、
ヤベっ! 今の、見られてたよなっ!?
恐る恐る結衣の方を振り返る。
結衣は下を向いていた。テコンドーや同じクラスの男共に何か言われているみたいだった。
とりあえず見られていないようだったから、ホッと胸をなでおろす。
後半戦に出た結衣の騎馬は、始まってまもなく麻美の騎馬とやりあって崩れ落ちた。
大丈夫か? あいつ、運痴だしトロくせーから落馬したとき怪我とか・・・
気付いたら、オレは結衣の方に向かって走り出していた。
2つの騎馬が重なり合うように崩れたせいで、8人が団子状にもつれ合っている。
その中から結衣が身体を起こした。
―――怪我はなさそうだな。
ひとまず安心していると、テコンドーが結衣の顔を覗きこんだ!
足を速めて結衣に近づき、テコンドーを押しのける。
ったく、男女混合の騎馬戦なんて、やるんじゃねーよな!?
喜んでんのは、男共だけだぞ?
「麻美っ!? 大丈夫?」
結衣の緊迫した声に振り向くと、麻美がまだ地面に座りこんでいた。左足から血が流れている。
騎手は裸足で参加していて、足の裏を切ったみたいだった。
それじゃ立てないだろ?
麻美と同じクラスの男が肩を貸そうとしたら、なぜだか麻美はそれを頑なに拒んでいる。
・・・なんだ?
何が気に入らないのか、麻美は子供のように駄々をこねていた。
「あ、麻美? どうしたの?」
と結衣もウロたえている。「あたし、先生呼んでくる!」
あ〜あ〜、何メンドくせーことやってんだよ、この人は!?
オレは麻美の背中と膝を抱え上げた。麻美は驚きに目を見開き、一瞬だけ、オレの背後に視線を走らせた。
オレも振り向くと、そこには結衣とテコンドーが心配そうな顔をして立っていた。
「ちょっ!? 何やってんのよ! 下ろしなさいよっ!!」
オレが中央テントの方に歩き出すと、もの凄い勢いで麻美が暴れだした。
いくら女とはいえ、麻美はタッパがある。本気で暴れられると、落としそうになる。
一瞬、
マグロ漁師ってのは、こんな感じか・・・?
と、先日見たテレビの映像が脳裏を掠める。
「うるせぇっ! 運んでやってんだから、大人しくしてろっ!」
とマグロを怒鳴りつけと、
「頼んでないわよっ!」
と、今度は手負いの熊に変身してくる。・・・お手上げだった。
教師に言われ、うんざりしながらそのまま熊を保健室に運び込む。
保健士に処置されている間、麻美は俯いて何やらブツブツ言っていた。
「―――誤解されたら、どーすんのよっ!?」
「はっ?」
「余計な事しないでって言ってるのっ!」
とオレを見上げた顔がちょっと泣きそうだったから、オレは焦ってしまった。
なんだよ・・・ そんな、泣きそうになるくらいイヤだったのか?
ワケわかんね。
普段から気ぃ合わねーけど、今日は特に気が立ってるみたいだ。
もしかして、・・・アノ日、とか?
それで騎手なんかやってて、大丈夫だったのか?
いらん心配をして、「セクハラよっ!」と怒鳴られたくないから黙っていると、
「・・・気分、悪い」
と麻美はさっさとベッドに入ってしまった。もちろん、礼の一言もない。
オレが眉間にしわを寄せてそれを見ていると、保健士が、
「・・・気にしないで。色々あるのよ、女の子は」
とオレに耳打ちして来た。
・・・なんだよ、やっぱ、アノ日か。
オレが保健室から出ていくと、ちょうど結衣が階段を上ってきたところだった。
結衣は息を切らせながら、麻美の様子を窺ってきた。
オレが見たままの事を話したら、急に結衣が怒り出した。
オレを無神経だと責めている。
一瞬、オレが麻美の機嫌が悪い理由を、
「アノ日かな?」
と発言したせいだと思ったら、どうやらそれだけじゃなかったみたいだ。
なんだか結衣はかなり興奮していて、話があっち行ったりこっち行ったりしている。
見られていないと思ったのに、オレが騎馬戦のあと騎手だった女にキスされていたのも実は見ていて、それも責められた。
かと思ったら、今度は合コンのときに遡って、オレをホスト扱いしていた女に、オレがグレープフルーツを搾ってやったとか何とか・・・、そんな こっちが忘れているような事までほじくり返して怒っている。
さらには、
「14センチの差で、いいねっ!?」
って・・・? 何? どういう意味?
ホント、ワケ分かんない!
オレ、今日、女難の相とか出てんのかな? マジでそんな占い出てたら、信じちゃうよ、今のオレ。
とにかく、詳しく話を聞こうにも、結衣はオレの問いかけもろくに聞こえていないようだった。
でも、なんとなく、結衣の支離滅裂な話を聞いているうちに、まさかとは思いながらも、どうやら結衣がヤキモチを妬いているらしいことが分かってきた。
しかも、最後には、
「陸は、誰でもない、あたしのカレシなんだからねっ!?」
と赤い顔をして叫び、転がるように階段を駆け下りて行った。
結衣から、オレに対する気持ちを聞いたのは、元カレのアキヒコとフリースロー勝負をした直後に、
「あたしが好きなのは、陸だから」
と慌てたように言った、それ1回だけだった。
元々、オレから強引に付き合い始めたようなものだったし、結衣の性格から考えても、スキとか愛してるとか?そんなセリフが出てくるとは思っていなかったけど。
でも、
「陸はあたしのカレシなんだからねっ!」
ってセリフは・・・ チョー嬉しくないか? ってか、チョー嬉しいよな!?
結衣にしたら、怒りながら出てきたセリフなんだろうけど・・・
オレがニヤニヤしながら青組席に戻ると、ちょうど応援合戦が始まるところだった。
この応援合戦は、カラーごとに趣向を凝らした、服装やパフォーマンスを審査員たちにアピールすると言うもので、意外と他の競技よりも盛り上がったりする。
オレたち青組は、商業科の方にケッコー踊れるヤツがいるってコトで、B系ダンスを取り入れたモノになっていた。
普段、ベンキョー面ではパッとしないオレたち商業科でも、体育祭や文化祭なんかのお祭りごとになったら話は別だった。
グラウンドの中央ではグリーンをベースにしたハッピを着た奴らが、酔っ払いのソーラン節のようなものを踊っていた。緑組の応援席からは歓声が、他のカラーの席からは笑い声が上がっていた。
続いて青組のB系ダンス。どこから仕入れてきたのか、ラメ入りのダボダボなタンクトップを着崩して踊っている。
―――ビミョーだな・・・
こういうのは、思いっきり笑えるか、それか、ため息出るくらいカッコいい物を出さないと高得点取れないんだよな。
そう言えば、結衣も応援合戦に出るとか言ってたけど・・・どんなのやるんだ?
と思っていたら、おお―――っと男共のどよめきが上がった。
赤組の応援団が入ってきたところだった。なんと、赤組は全員女だけで構成してきた。
赤いハチマキをして、白い手袋。そして学ランを着ている。しかも―――、
「あれ、下、穿いてるよな? ってか、穿いてんだろーけど、チョーキワドくね?」
学ランの下からは生足・・・
おいっ! おいしすぎるだろっ!?
・・・そうか、高得点取る秘訣は、「笑い」、「技」、の他に、「色気」もあったのか・・・
って、分析してるどころじゃねーよっ!
これ、結衣も出てんだよなっ!?
慌てて結衣を探す。 ―――いた。
最前列で、よほど気になるのか、しきりに学ランのすそを引っ張ったりしている。
オレが結衣から目を離せずに凝視していると、結衣もオレに気が付いたみたいだ。
結衣はみるみる顔を赤くすると、慌てて顔を背けた。
今の格好が恥ずかしいからなのか、それともさっきの保健室前でのやり取りが恥ずかしかったからなのかは分からない。
ってか、そんなことはどーでも良かった。
さっきの結衣の発言に今の学ラン姿も相まって―――・・・ ああ、オレもう、狂いそう・・・
もう、体育祭なんかどーでもいいから、このまま(もちろん学ラン姿のまま!)結衣を連れ去りたかった。
「ちょっ、あれ、よくね〜? 学ランのストイックさと生足がミョーにそそるよっ!」
ジュンが騒ぐ。「あ! ヒカルちゃん、みっけ!」
なぜかジュンは、結衣のことを ヒカル と呼んでいた。
「この前の、リベンジしちゃおうかな」
「あ? なんだ、リベンジって?」
「あんときさ、お前とヒデがケンカ始めてなかったら、絶対お持ち帰り出来てたんだよ。ヒカルちゃん」
と、ジュンは今にも席を立って、応援団が退場してくる門の方に歩いていこうとする勢いだ。
「おい、よせ。あいつ、オレの女だから」
オレはジュンの肩をつかんだ。
「・・・え? 何それ? マジで?」
「マジで」
ジュンはしばらくオレの顔をまじまじと見つめた後、
「意外なタイプだな〜。・・・って言うか、ヒカルちゃん、絶対処女だと思ってたよ」
―――それは、当たってるけどな。
ジュンは、まさかオレがまだ結衣に手を出していないとは思っていないようだった。
「・・・シェアさせてくんないよね?」
「・・・ふざけんな」
ジュンは笑いながら、悪い悪い、と謝った。
背後から拍手と歓声が聞こえた。振り向くと赤組の応援合戦が終わったところだった。門の方に退場していく。
―――ジュンとくだらない話をしていたせいで、結衣の学ラン姿を堪能できなかった・・・
ま、いいか。
・・・今度、オレの中学のときの学ランを着てもらおう・・・
とヨコシマな妄想を膨らませていたら、
「陸さ、ヒカルちゃんのことマジなら、早めにヒデに言っとけよ?」
とジュンが言った。
「なんで?」
「あいつもリベンジ企んでるクチだから」
後方席に座っているはずのヒデを振り返る。ヒデの姿がない。
慌てて席を立ち上がろうとしたとき、結衣が青組席の方に歩いてくるのが見えた。
しかも学ラン姿のままだ!
オレが結衣に歩み寄るより早く、どこからかヒデが現れて結衣の前に立ちはだかった。
ヒデは、自分の顔を指差して、笑いながら何やら結衣に話しかけている。結衣は困惑の色を残したまま、曖昧に笑ったりしている。
オレは足早に二人に近づいた。
「結衣っ!」
結衣はオレに気が付くと、ホッとしたような、でもちょっと恥ずかしそうな顔をした。
ヒデがオレを振り返る。
「なんだよ、陸?」
オレたちは、先日の合コンで殴り合いのケンカをしていた。ケンカ自体はよくあることで、翌日には何事もなかったかのように忘れてしまうオレたちなんだけど、そのときのケンカの原因が目の前にいるせいで、ヒデが険しい目線を投げかけてくる。
ヒデの目が、なんだよ、またやんのか?と言っている。
やってもよかったんだけど、結衣の前で商業科のケンカを見せたくなかったから、
「ヒデ。悪いんだけど、こいつ、オレの女だから」
と顔の前で右手を切ってみせる。ヒデも、先ほどのジュンと同じように驚いた顔でオレを見つめた後、
「なんだよ。もう手ぇ付けてたのかよ」
と興味を失ったように踵を返した。
ヒデはジュンと違って、自分が知っている男とカンケーした女には興味がないタイプだった。と言うか、
「ヤッてる最中、ここにあいつが入ってたのかと思うと・・・、萎えちゃってダメ」
ということらしい。今日ばかりは、ヒデの性癖に感謝する。
ホッと安堵のため息を付いていると、
「ヒカルちゃ〜ん!」
と青組席からジュンが手を振っている。
「? ・・・ああ、さわやかクン?」
結衣がのん気に手を振り返している。
ジュンのどこがさわやかなんだよっ!?
クラスの他の男共もチラチラと結衣の方を振り返っている。
「―――ちょっと、こっち来いっ!」
オレは結衣を体育館裏に連れて行った。
結衣はちょっと顔を赤くしたまま、モジモジと話し始めた。
「あ、あの・・・さっきは・・・」
しかし、オレはそれを遮って、
「なんでこっち来んの?」
「え? だって・・・」
「あんま来んなよ、商業科の方」
しかも、学ラン着たままで・・・ 誘ってんのかと思われんだろっ!?
「・・・な、なんで?」
「なんで、って・・・」
食われるからって、言うか?
でもそんなこと言ったら、怯えるか、引くかだよな・・・
結衣はオレのセリフを待っている間、やっぱり俯きながらしきりに学ランのすそをいじっている。
伏せられたまつ毛。
何か考え込んでいるのか、軽く噛んでいる唇。
襟のフックまできっちり止められた学ラン。
そしてそこから出ている、結衣の生足・・・
・・・ああ、もう、マジで気が狂いそう。
っていうか、狂っていい? ねぇ、狂っていいよね?
ガマン出来なくなって、結衣の唇に自分のそれを近づけると、
「―――ッ!? な、何するのっ?」
と結衣が慌てたように後ずさる。
「何って・・・キスだよ」
説明するのももどかしく、性急に結衣に口付ける。
「・・・んっ、や・・・っ」
やっぱり結衣は切なげに眉を寄せて、必死に抵抗しようとしている。
だから、それが余計に煽られるんだって・・・
遠く校庭から、クシコスポストが流れているのが聞こえる。
それから生徒のざわめきと、ときどき入るアナウンス。
賑やかな校庭とは対照的に静かな体育館裏。
「・・・う・・・んっ! ちょっ・・・ 息、出来な・・・っ ンッ ふっ・・・」
オレたちのキスが起こす水音の合間に、結衣の吐息が混じる。
甘美な世界がオレを手招いている。
どうする? このまま・・・行っちゃうか?
―――学ランの一番下のボタンを外す。
でも、結衣は初めてだぞ?
―――その一つ上も外す。
・・・あ、やっぱ、下に短パン穿いてるよな?
いや、そうだろうとは思ってたけど、実際確認すると、ちょっと残念と言うか、寂しいと言うか・・・
一瞬オレがそっちに気を取られているすきに、結衣がオレを突き飛ばすようにして離れた。
真っ赤な顔をして、肩で息をしている。
「・・・も、もうっ! ちゃんと、話したいのに・・・っ! 真面目、な、話なのにっ!!」
「・・・ゴメンゴメン。―――で、なんだっけ?」
仕方ないから、この先は諦める。
結衣は息を整えた後、
「さっきの・・・あの・・・保健室の前で話してたことなんだけど・・・」
「ああ・・・」
結衣は、学ランの襟元のあたりを握り締めて、顔を背けながら続ける。
ああ、そのしぐさもそそられる・・・
「ちょっと、動揺してたって言うか? あたし何言ってたか良く覚えてないんだけど・・・ とにかくワケの分からないこと言って、陸のこと混乱させちゃったと思って。謝らなきゃって思ってそっち行ったの・・・」
「うん」
別に謝んなくていいよ。
ってか、うれしかったし? ヤキモチ焼いててくれたんでしょ?
「だ、だから、あの・・・ 陸が迷惑に思うって考えてなくて・・・ つい、行っちゃって・・・ゴメンね?」
・・・ん? 何の話だ?
「そりゃ、そうだよね!? あたしみたいなのと付き合ってるって、商業科の子達に知られたら、は、恥ずかしいよね?」
んん? ちょっと待て?
「こ、これからは、行かないようにするからっ! し、心配しないでね!?」
「結衣? 何の話?」
なんか、結衣が激しく誤解してそーだったから、よく確認しようと思ったら、
「お―――い! 陸―――っ!?」
とオレを呼ぶ声が聞こえてきた。「次、借り物競争だぞ―――? 早く戻って来いよ―――!」
「あ、あ、じゃ、あたし、行くね?」
「え? ちょっと、結衣?」
オレが呼び止めるのも聞かずに、結衣は赤組席の方に走って行ってしまった。
一瞬あっけに取られてから、オレも青組席の方に戻りかける。
なんて言ってた? 結衣のやつ・・・
あたしみたいなのと付き合ってるって商業科の子に知られたら恥ずかしいよね?
って、そう言ってたか? 今。
―――何言ってんだ? オレがいつそんなこと言ったよ?
眉間にしわを寄せながら青組席に戻ると、
「ああ、陸〜! やっと来た。 今から借り物競争の説明するからこっち集まって」
と、みんなに押し付けられるように学級委員にされたスネ男(もちろんだけど、あだ名だ)がオレを手招きした。
「説明ったって、指示されたもの持って来りゃいいだけの話だろ?」
「そうなんだけど、若干のルールとかあるから」
と言ってスネ男は借り物競走に出る他の奴らにも説明を始めた。
オレはふと思い付き、
「おい、スネ男! お前、ボールペン持ってる?」
「ボールペン? 持ってるけど・・・」
と言って、シルバーのボールペンを寄こす。クロスのボールペンだった。
「スネ男? お前、高校生のくせに、クロスなんか使ってんのかよ? ・・・くれっ」
「や、やだよ〜っ! 返してよ!?」
スネ男は慌ててオレの手からボールペンを奪い返そうとした。
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