チェリッシュxxx 第5章

G 10月の花火


『・・・? なんですか? それは・・・?』
とスネ男クンがあたしの紙袋の中身を覗きこむ。『・・・え? 花火?』
あたしは小さな花火セットを持って来ていた。
『それだけ・・・ ですか?』
スネ男クンが戸惑っている。周りのみんなも、それで成瀬先生に勝てるの?という顔をしている。
・・・勝てるかどうか、あたしにも分からない。
もう、こんなことしたって無駄なのかもしれない。
けれど、あたしにはもうこれしか・・・

「・・・え? 店外デート?」
当番を代わってもらって、あたしが慌てて陸のクラスに行くと、陸の姿はなかった。
「はい。指名料10分100円で、校内どこでもホストがご案内させていただいてます」
結婚式でお父さんが着るようなベストに蝶ネクタイをしたスネ男クンが笑顔で答える。
スネ男クンは陸のクラスの学級委員で、あたしたちは夏休みに一度会ってるんだけど、そのときは夜だったし、あたしはスネ男クンのことを覚えていたけど、スネ男クンはあたしが陸の彼女だって気付いていないみたいだった。
「そーなんだ・・・」
教室の中をチラリと覗いたら、さわやかクンや他の男の子が女の子たちとしゃべっているのが見えた。
―――成瀬先生、いない・・・
ちょっとだけ安心した。
きっと陸がいなかったから、先生も帰ったんだ・・・ それか、他の出し物見てるのかも・・・
廊下に貼り出された写真を眺める。
陸の写真の下に、
「No1ホスト 陸」
って札が貼ってある。
―――陸・・・ カッコいい・・・
思わず見とれる。
「あの・・・ 陸じゃないとダメですか? No2とNo3なら、ちょうど今戻ってきたところなんですけど・・・」
「あ・・・ いいです。 また来ますから」
「ん〜・・・ でも、あと3時間近く戻って来ませんよ?」
「え?」
「この前のお客さんが、指名料2000円払ってるんですよね〜。 3時間20分?」
そ、そんなに・・・? 一体誰が・・・?
と思いかけて、
「ね、ねえっ、それって成瀬先生っ?」
とスネ男クンに聞くと、
「ナルセ? ちょっとお名前は伺ってないんですけど・・・」
あたしのことを覚えていないスネ男クンは、自分の学校に来ていた教育実習生のことも覚えていなかった。
「確か・・・カワイイ、ミニのワンピース着た、きれいなお姉さんでしたよ?」
・・・やっぱり、成瀬先生だ!
あたしが踵を返しかけると、
「あ! 3時にオークションがあるんで、良かったらそれに参加しません?」
とスネ男クンが声をかけてきた。「ホストのアフターを賭けて」
スネ男クンの話を詳しく聞いてみたら、どうやら陸たちホストが文化祭終了後、個人的に付き合ってくれるみたいで、その権利を競り落とすオークションが開かれるらしかった。
「って言っても、校内で金銭賭けること出来ませんから、ホストが喜ぶようなアフターをお客様に提案してもらって、その中から1番気に入ったものをホストが選ぶ、というスタイルになっております」
あたしはスネ男クンにお礼を言うと、普通科校舎に戻った。
アフター? 文化祭終了後もデートって・・・
今日はどうしても陸と話がしたかったのに・・・ 陸、そんなのに行っちゃうの?
―――そんなの、やだっ!
・・・でも、クラスの出し物じゃ、陸1人だけやめさせるってコト、出来ないよね?
どうしよう・・・
―――――・・・
あたしはちょっとだけ迷った後、オークションに参加することに決めた。
陸が気に入るアフターってどんなことだろ?
きっと成瀬先生も参加するよね・・・
「あたしの部屋にお泊り♪」
とか、入札しそう・・・
しかも、陸エッチだから、それ喜んでついて行きそう・・・
やだ――――――っ!!
もうっ! ・・・先生、陸のこと諦めてくれたんじゃなかったの?
あのときの話、そんな感じだったよね? 違ったの?
それとも、あたしが都合よく解釈しただけで、先生はまだ陸のこと諦めてなかったのかも・・・
どうする? どうする?
と考えていたら、今日の自分の格好が浴衣なのを思い出した。
・・・・・・これしかないかも。
あたしは慌てて教室に戻った。
いつもはお財布とケータイくらいなら制服のポケットに入れてるんだけど、今日は浴衣でどこにも入れる場所がなかった。他の女の子もみんなそうだったから、今日は当番の子が貴重品を預かってくれている。
お財布を出してもらい近所のコンビニに走った。
「え〜? 今10月ですよ? もうそんなの置いてないですよ」
あたしの欲しい物を聞いた店員さんは、困った顔をした。
「・・・ですよね。 すみませんでした」
肩を落として店を出る。
・・・やっぱり置いてないよね・・・ 花火なんて・・・
でも、花火がないと・・・ 恥ずかしくて、誘えないよ・・・
落ち込んだまま学校に戻ったら、五十嵐くんが校庭に出ているお店でパンを買っているところだった。
「五十嵐くんっ!」
「ん? ああ・・・ 村上さん。 もうお昼食べた?」
「まだだけど・・・ それより、五十嵐くん! この辺で花火売ってるお店知らないっ?」
「花火?」
五十嵐くんが眉をひそめる。「もうすぐ11月だよ?」
「そうなんだけど・・・」
どうしても必要なのっ!!
五十嵐くんはあたしから視線を外して、
「―――何? また商業科がらみ?」
と面倒くさそうに言った。
黙って肯く。
「じゃ、協力したくない」
「―――わかった。 じゃ、いい」
とあたしが再び学校の外に走っていこうとしたら、
「待って!」
と五十嵐くんが声をかけてきた。五十嵐くんは小さく溜息をついたあと、「・・・蔵前に、1年中花火売ってる店、あるよ」
「五十嵐くん!!」
驚いて振り返る。「〜〜〜ありがとっ!!」
あたしは急いで駅に向かって走り出し・・・・・・
「・・・・・・ねぇ? 蔵前って、どこ?」
―――結局、五十嵐くんに蔵前まで連れて行ってもらった。
帰りの地下鉄の中で五十嵐くんが、
「仲直りしたんだ?」
「え?」
「それ、一緒にやるんでしょ?」
と買ってきた花火を指差す。
「・・・分かんない・・・」
だって、まだ陸と仲直りしてないもん・・・
一緒にやりたいけど、やってくれるかどうか・・・
―――ううんっ! 絶対やりたいっ!!
あたしは花火が入った紙袋を抱きしめた。
学校に着いたら、もう3時を5分ほど過ぎていた。
五十嵐くんにお礼を言い、慌てて商業科校舎に飛び込む。3階の陸の教室に上がって行ったら、廊下にものすごい人が溢れている!
人ごみの先から大きな歓声も聞こえた。
な、何・・・これ・・・
人ごみをかき分けて陸のクラスへ向かう。騒ぎの大元は陸のクラスだった。
背伸びをして中を窺ったら、もうオークションは始まっているみたいだった。数人の女の子と成瀬先生が何か叫んでいて、それをステージの上から陸が偉そうに足を組んで見下ろしているのが見える。
な・・・なにあの態度?
ちょっと、偉そうじゃないっ?
あたしがこんなに必死になってるっていうのに・・・
ホストだかなんだか知らないけど、自分は女の子にちやほやされて・・・
と、あたしが1人プリプリ怒っていたら、
「じゃ、あたしは・・・ 陸が知らない、大人の世界を教えてあげる♪」
と成瀬先生の声が聞こえてきた。
お、大人の世界って―――ッ!?
直後、空気を振るわせるほどの大歓声が教室を満たした。
ま、待って待って!
あたしは慌てて人ごみをかき分けた。
「じゃ〜、キミッ!」
と陸の指名する声が聞こえる。
だ、誰に決めてるのっ!? 待って!?
あたしにも入札させてっ!?
あたしは人ごみをかき分けて、教室に転がり込んだ。

「・・・い、一緒に、花火、やらない?」
突然のあたしの登場に、成瀬先生も他の女の子たちも、陸さえも驚いた顔をしていた。
『花火・・・ ですか?』
スネ男クンがあたしにマイクを向ける。
「はい・・・ あの、あたし、江戸川の花火大会のとき・・・」
みんながあたしに注目している。
『花火大会のとき・・・なんですか?』
「あ、あの・・・っ」
ど、どうしよう・・・
みんないるから、言いにくいよ・・・
実は、夏休みに江戸川で行われた花火大会の日、
「花火終わったら、オレんち来てよ?」
と陸から誘われていた。
もちろん、エッチな陸のことだから・・・ ソレが目的なんだけどっ!
「浴衣姿の結衣と♪」
って、何日も前から陸ははしゃいでいて、あたしも、
「なんで、そうエッチなのっ!? 絶対イヤっ!!」
なんて言いつつ、
「す、するのか、な?」
なんて心のどこかで思ってて・・・
ところがその前日、あたしは急に・・・ 「オンナのコの日」になってしまった。
陸は、
「・・・残念だけど・・・ じゃ、しょーがないよ、ね・・・」
ってものすごく残念がっていた。
この前も、そんなこと言ってたし。
だから、今のあたしに陸を競り落とせる材料があるとしたら、この浴衣だけだと思って・・・
でも、
「今日、浴衣着てるから、エッチしよ?」
なんて恥ずかしくて言えないから、花火買ってきて誘ったんだけど・・・
・・・・・・みんながあたしに注目してる。
そんなんで、成瀬先生に勝てるの?って顔してる・・・
―――急に恥ずかしさが襲ってきた。
な、なんか勢いでこんなところに出て来ちゃったけど・・・
でも、もう後戻り出来ないっ!
「だ、だから・・・ その、花火大会を、やり直したいって言うか・・・」
『て言うか?』
「リベンジって言うか・・・」
『リベンジ? ですか?』
スネ男クンがますます眉をひそめる。
陸っ! これだけじゃ分かんないのっ!?
は、早く気付いてよ―――ッ!!
チラリと陸の方を窺ったら、陸は口元に手をあてて視線をそらしていた。
え・・・? こ、これじゃ、分かんない?
それとも、こんなんじゃ、成瀬先生には負けちゃう?
―――――何やってんだろ・・・ あたし・・・
よく考えたら、浴衣のあたしに陸が興味を持っていたのは成瀬先生が現れる前の話で、今の陸にはなんの効果もないかも知れないのに・・・
それに、よく見たら オークションに参加してる子たちって、みんなキレイ系の子ばっかりだよ・・・
あたしみたいなのがこんなのに参加してること自体、すごく恥ずかしいコトじゃない?
・・・バカみたい。
と、滲んできた涙で視界がぼやけてきたとき、陸があたしの方を見た。
り、陸―――――・・・!?
「ちょっと待って!」
成瀬先生が声をあげる。「・・・この子、陸の彼女でしょ? ちょっと不公平じゃない?」
『え?』
「どんなつまんない条件でも、彼女の方が有利じゃない! そんなの不公平よ!」
『はぁ・・・』
スネ男クンがちょっと困惑する。
「だから、ここにいる男の子みんなに決めてもらうってのはどう?」
「え、え〜と・・・」
とスネ男クンが戸惑っていると、
「いーよ? それでも」
とさわやかクンが現れた。
「おいっ!ジュンッ!!」
陸が怒鳴る。さわやかクンは陸の言葉を無視して、
「じゃ、自分だったらこっちって方に拍手お願いしまーす!」
イエーイと盛り上がる教室内。
「じゃ、まず・・・ 今カノと花火―――ッ!!」
そこにいる女の子たちがパラパラと拍手してくれる。 ・・・その拍手で余計に恥ずかしくなり、俯いた。
「じゃ、次・・・ センセーがしてくれる、夜の個人レッスン―――ッ!! しかも、大人の世界―――――ッ!!」
うぉ―――――ッ!と地響きにも似た歓声と、割れんばかりの拍手。
―――負けた・・・
半分は予想していたことだけど・・・ でも、やっぱり、本当に・・・ 負けちゃったんだ・・・
「―――ッ!?」
陸がさわやかクンに向かって何か言っている。 けれど、周りの歓声がすごすぎて、何を言っているのか全然聞こえなかった。
そのうち成瀬先生が陸に近づき、何か耳打ちしたみたいだった。 陸はちょっとだけ眉を寄せてそれを聞いたあと、さわやかクンを睨んだ。
そしてそのまま、成瀬先生に引きずられるようにして教室を出て行ってしまった。
教室では次のオークションが始まっている。 スネ男クンがマイクを持ち、さわやかクンが椅子に座る。
あたしはトボトボと自分の教室に戻った。
「あれ? 結衣? どこ行ってたの? 一緒に回ろうと・・・」
キャンディすくいの前に麻美がいた。「って、結衣? どーしたの?」
麻美が慌ててあたしの肩に手をかける。
なんとか頑張ってここまで戻ってきたけど、麻美の顔を見たら 急に喉の奥が痛くなってきた。
「陸・・・ 大人の世界に、行っちゃった」
「はぁ?」
「花火、一緒に出来なかったよぉ〜・・・」
「な、なにっ? ちょっと、結衣? どうしたのよっ!?」
あたしは麻美の胸に抱き付いて泣いてしまった・・・

「い、いいのかな? こんなトコで花火なんかやって・・・」
「ホントはダメだろうけど・・・ 打ち上げ花火やるわけじゃないし、こっそりやれば大丈夫でしょ」
麻美と二人で屋上にやってきた。
花火の袋から、比較的派手じゃないものを取り出し、火をつける。
「・・・江戸川の花火大会行った頃は・・・ まさか、こんなことになるなんて思わなかったよ」
「先のことなんて、誰にも分かんないわよ。 明日だってどうなるのか・・・」
「・・・だよね」
小さな花火の明かりを見つめていたら、また涙がこみ上げてきた。麻美が頭をなでてくれる。
「結衣は、偉かったよ! あのトロい結衣が、みんなの前に出てってオークションなんかに参加して・・・11月になるっていうのに、花火まで探してきて・・・」
麻美は花火の袋を見て、「・・・あたしなんかより、全然 勇気も行動力もあるわよ」
「・・・だけど、ダメだった」
あたしが俯いたら、麻美もそのまま黙っていた。
と思ったら、急に麻美が立ち上がって、フェンスの方に歩み寄った。
「バ―――――カ! バ―――――カッ!! 商業科のアホ―――――ッ!!」
「あ、麻美?」
麻美が振り返る。
「結衣もやってみ? スッキリするから」
「でも・・・」
あたしがためらっていたら、麻美はまた前を向いて、
「色気に騙されてんじゃないわよ―――ッ! エロ―――――ッ!!」
と叫んで、ホラ、といった感じに またあたしを振り返る。あたしもフェンスに近寄った。
「り・・・ 陸のバカ―――――っ!!」
麻美の方を見たら、麻美は嬉しそうに肯いている。あたしも肯き返した。そして再びフェンスに張り付いて、
「男のくせに、初めての人なんかにこだわらないでよ―――――っ!!」
「そーよっ! 女と畳は新しい方がいいってコトワザ知らないのっ? バ―――ッカ!」
麻美を振り返る。
「それ、コトワザなの?」
「・・・知らない。この前見た昼ドラで、そう言ってたの聞いただけ」
「え〜?」
麻美と顔を見合わせて笑う。
なんか、ちょっとスッキリしてきたかも。 ―――ありがと。麻美。
しばらく二人で陸の悪口を言っていたら、辺りがすっかり暗くなっていた。
10月も終わり頃になると、日が落ちるのがものすごく早くなってくる。
「今何時?」
「あ、あたし、ケータイ持って来てない・・・」
ケータイは朝から預けっぱなしだった。
「そろそろ、戻ろっか?」
散らかした花火を片付ける。
「まだ、残ってるわね」
「来年まで取っとく?」
あたしが残った花火を袋にしまいながらそう言ったとき、
「・・・来年まで取っといたら、湿気ちゃって、火ぃつかないよ?」
と背後から声がした。
聞き覚えのある声に、驚いて振り向く。
「・・・え? ―――な、なんで・・・・・・?」
「だって、フツーそうじゃん?」
陸が笑いながら、「だから、今やっちゃおうよ」
とあたしの横にしゃがみ込む。
「・・・ちがうよ。そんなことじゃ、なくて・・・」
・・・え? だって、成瀬先生とさっき・・・
―――大人の世界に行ったんじゃなかったの?
あたしが戸惑っていたら、麻美が、
「じゃあたし、先行くね?」
と小さく言って、校舎の中に戻って行った。
「え? 麻美っ!?」
「なにこれ? ちっせー花火ばっかだな」
あたしが袋にしまった花火を、陸が取り出す。「ま、学校の屋上でこっそりやるには十分か」
陸が胸ポケットからライターを取り出して花火に火をつける。
「・・・成瀬・・・先生は?」
「ん? 帰ったよ? 結衣にヨロシクって」
え・・・? ・・・なに?
―――全然、ワケ分かんない・・・
「・・・先生を、選んだんじゃないの?」
陸はちょっとだけ目を伏せて、
「結衣・・・ あんとき、スゲー顔してたね?」
「・・・え?」
「あの入札んとき。 スゲー顔して亜矢のコト睨んでたよ?」
「えぇっ?」
そ、んな、・・・すごい顔してたの? あたし・・・
「でも、嬉しかった。 結衣がオレに入札してくれて」
「え?」
「遅くなっちゃったけどさ。 アフター付き合ってよ」
陸がはにかんだように笑って、花火の残りを持ち上げて見せた。
「ん。 ヤケド気ぃ付けて?」
「ありがと・・・」
火をつけた花火を陸が渡してくれる。
しばらくそうして、赤や緑に変わる花火を二人で眺めていたら、
「・・・ウチの親がさ、離婚してることは、言ったよね?」
陸が花火を見つめたまま話し始めた。
「・・・うん」
「中3ときなんだけどさ。ケッコー揉めてたんだよね。異母兄弟が出来ちゃったりとか?して・・・」
「そーなの?」
うん、と陸が肯く。
「で、その頃ウチにカテキョに来てたのが亜矢・・・ ゴメン、そう呼んでもいい?」
あたしも肯いた。
「亜矢なんだけど。 しょっちゅう親が揉めてて、オレ家に居場所なくて・・・で、亜矢んち行っちゃったんだよね」
あたしは黙って陸の話を聞いていた。
陸はチラリとあたしを見たあと、
「で・・・ 流れで、ヤッちゃいました」
小さな声でそう言って、あたしから視線を外した。
「え? ・・・ちょっと・・・?」
話 省略しすぎてない?
「だって、そうなんだもん」
陸はちょっと唇を尖らして、「それとも、ちゃんと説明したほうがいい? どうやってパンツ脱いだとか?」
「いっ!? いいっ!!」
あたしは慌てて首を振った。 そんなあたしを見て、陸がちょっと笑う。
「―――家のコトでムシャクシャしてたし、女に興味ある年頃だったし・・・ それに、オレ、亜矢には男がいると思ってたからさ。遊びだと思ってたんだよね」
「・・・でも、先生、本気だったよ?」
とあたしが言うと、そーなんだよなぁ・・・と陸は呟いて、
「今さらそんなこと言われたって、困るよ」
「なんで?」
陸があたしを見る。 ちょっと眉間にしわが寄ってる・・・
え・・・? なんか、怒ってる?
と思った瞬間、
「ンッ!? あいたっ! り、陸ッ!?」
陸に鼻をつままれた。「何するのっ!?」
「・・・もう、オレには結衣がいるだろ?」
陸はちょっとだけ顔を伏せて、「・・・それとも、もう、テコンドーと付き合うことにしちゃったの?」
い、五十嵐くんとっ!?
「しっ、してないよっ!?」
慌てて首を振った。
「・・・マジで?」
「うん」
陸はまじまじとあたしの顔を見つめたあと、
「・・・なんだよ、焦らせんなよ〜〜〜!!」
と大きく溜息をついた。「もし付き合うことにしてたら、どうやって奪い返そうかって考えてたよ」
「・・・そーなの?」
「だってテコンドーだよ? ホンキでやったら、オレ殺されちゃうよ」
良かった良かったと言いながら、新しい花火に火をつける陸。
なんか、そんな陸を見ていたら、涙が浮かんできた。
「〜〜〜もうっ! 心配してたのは、こっちだよ〜ッ! 先生にお持ち帰りなんかされちゃって〜ッ!!」
「・・・あれね、からかってただけだって。 あんまり結衣が一生懸命だから、イジメてやりたくなったんだって」
「・・・ひどい」
あたし、本気でもうダメだと思ってたんだからねっ!!
「ジュンがさ、この後のオークションに響くから、ちゃんと落札者と帰れとか言って・・・ 亜矢も、コレで最後だし恥かかせるなとか言うしさ・・・」
と陸は言い訳しかけて、「いや、でも、ゴメン。 全部オレのせいだよな・・・」
と肩を落とした。 そんな陸を眺めながら、
「・・・あたし、諦めた」
と呟くと、陸が顔を上げた。
「え?」
「ずっとね、・・・あたしも成瀬先生みたいになれば、陸がこっち向いてくれると思ってたの。 ・・・同じタバコ吸おうとしたり・・・」
「タバコ?」
陸が眉をひそめる。 あたしが首を振りながら、
「吸ってないよ? 五十嵐くんに見つかって、取り上げられちゃったから」
と言うと、陸はさらに眉を寄せたけれど、何も言わなかった。
「・・・でも、どう頑張ったって、成瀬先生みたいにはなれなかった」
と俯いたら、陸が顔を覗きこんできた。
「・・・結衣?」
「だから、陸がこうして戻って来てくれるなんて思わなくて・・・ でも、すごく嬉しい」
顔を上げて陸を見つめる。「・・・ホントにあたしでいいんだよね?」
「うん」
陸もあたしを見つめる。
「あとで、先生の方が良かったとか言っても、もう聞かないからねっ!?」
と言い終わらないうちに、陸があたしをギュッと抱きしめてきた。
「・・・そんなことあるわけねーだろ」
あたしも陸の背中に腕をまわした。
陸の大きい背中。 あったかい胸。 あたしを優しく包んでくれる長い腕。
―――良かった・・・ また、ここにいていいんだよね?
「・・・あたし、決めた!」
ん?といった感じに、陸があたしを見る。
「陸の初めてには、もうなれないけど・・・ 最後の人にはなれるかもって・・・ ううん!なるって!!」
陸はちょっとビックリしたように目を見開いたあと、ゆっくりと顔をほころばせた。
「・・・じゃ、オレも決めた」
「え?」
「結衣の、最初で最後の男になるって!」
「―――陸・・・」
陸があたしの顎に手をかけて、唇を近づけてきた。 あたしもそっと目を閉じる。
「・・・ん」
しばらく啄ばむようなキスをしたあと、唇を離して、
「・・・キスするの、久しぶりだね」
「・・・だね」
ちょっと目を合わせて、また唇を合わせた。
「・・・・・・ンッ」
だんだん息苦しくなってきて、唇を離したら、
「花火・・・ 終わっちゃたね」
と陸が呟くように言った。
小さな花火セットは、陸と話をしている間に全部やり終わってしまった。
「・・・そーだね。ちゃんと後片付けしなくっちゃね」
こんなところで花火やってたなんて先生たちに知られたら、怒られちゃう・・・
あたしが立ち上がろうとしたら、陸があたしの腰にまわしていた腕に力を込めて、またあたしを抱き寄せた。
「・・・浴衣、かわいいね?」
「え? う・・・うん?」
あたしが終わった花火を拾い集めようとしたら、その手を陸がつかんだ。
「花火大会のリベンジ・・・ させてくれるんだったよね?」
「・・・え? ええっ!?」
驚いて陸を見つめる。
「入札んとき、そう言ってたじゃん」
―――や、やっぱり、あのときちゃんと分かってたんじゃないっ!!
知らんぷりなんかして、ひどいっ!!
「ひど・・・ ンッ!」
抗議をしようとしたら、その前に陸にキスされた。
さっきの、啄ばむような優しいキスじゃなくて・・・
「・・・やっ、ちょ・・・ り、陸っ! ンンッ!」
―――ね、ねぇっ! 苦しいよっ!!
陸の胸を押しのけようとしたら、逆にフェンスに押し付けられた。
ま、まさか・・・ こんなところでっ??
「ちょっと・・・っ 陸っ! 待っ・・・ やん!」
陸が浴衣の上から、胸を触ってきた。「や、ッだ・・・ 待って!」
陸はあたしの耳元に唇を寄せて、
「待てないよ・・・ それに、オークション終了後の入札取り消しは、マイナス評価になるよ?」
な、なに? 言ってる意味、全然分かんないっ!?
「だ、だって、ここ、屋上・・・っ! 誰か、来るっ・・・ あっ!」
浴衣の袖の隙間から手を入れて、陸があたしのブラのホックを外す。「や、やだっ!」
あたしが慌てているうちに、陸は、
「誰も来ないよ」
と言いながら、あたしの腕からブラを抜いてしまった。
な、なんで、そんな器用なこと、出来るのっ!?
陸はそのままあたしのブラを、制服のポケットに入れてしまった!
「か、返してっ! ダメだよっ! こんなとこで・・・っ!!」
「―――もう・・・ ダメじゃないじゃん」
陸が胸の合わせをちょっとずらして、あたしの胸元を覗きこむ。「ホラ、もう立ってる♪」
カッと頭が熱くなった。
「―――なッ!? へ、変なこと言わないでっ!! さ、寒いからっ!! それだけっ!!!」
「じゃ、あっため合お?」
やだ―――――っ!!
陸があたしの胸に顔を埋めてくる。
「・・・あ、ん・・・ もうっ・・・ や・・・」
はだけた胸元から、陸が肌に唇を落とす。鎖骨の辺りを強く吸い上げられて、思わず震える。
「あ・・・ はぁ・・・」
そのまま陸の唇が下がってきて、「やっ! ・・・だ、ダメっ あんっ」
胸の先にキスを落とされる。
「・・・あっん!!・・・ホ、ホントに、やめ・・・いやんっ」
「もう。 まだそんなコト言ってんの?」
いい加減あきらめな、と言って、陸が歯を立ててきて・・・
「やっ! あ、んっ! んん〜・・・」
腰の辺りに置かれていた手が、ちょっと下がってきて、裾の合わせから差し入れられる。
ひんやりとした陸の手が足に触れ、また身体が震える。
「ね・・・り、陸・・・ ホントに・・・ あっ さ、寒い・・・からっ」
膝の辺りにあった陸の手が、ゆっくりと這い上がってくる。 慌てて押しのけようとしたら、陸はわざと音を立てて舌先で胸をくすぐってきた。・・・陸を押しのけたいのに、力が入らなくなる。
「あ・・・ んんっ!」
目を瞑って陸の舌の動きに耐えていたら、
「・・・結衣?」
と陸が胸から唇を離して、あたしの名前を呼んだ。
「・・・え・・・?」
思わず目を開けたら、陸があたしと目を合わせて、唇の端を少し上げるようにして笑った。
え・・・ な、なに・・・?
陸はあたしと目を合わせたまま、再びゆっくりと唇を胸の先に落とそうとする。
「・・・あっ・・・ や・・・ り、陸・・・?」
陸から目をそらすことが出来ない。
や、やだ・・・ そんなふうに・・・み、見ないでよっ!!
「・・・恥ずかしい?」
「―――やッ!」
そ、そんなこと、聞かないで・・・・・・余計に恥ずかしくなる・・・
陸はまだあたしを見つめている。唇を肌に落とす直前で止めたまま。
「・・・はぁっ はっ あ、はぁ」
呼吸が浅く速いものに変わる。 いつ陸の唇があたしに触れるかと思ったら、それだけで肌があわ立つ。
な、なんか・・・ 直接触れられてるのと同じくらい・・・ 身体が熱くなってくる。
陸がする呼吸の、ちょっとした息使いにも肌が反応しちゃって・・・
「り、陸・・・?」
「・・・結衣の恥ずかしがってる顔・・・ チョーそそられるんだよね」
アーモンド形の目が細められる。
―――も、もうっ!!
あたしは慌てて両腕を交差させるようにして胸を隠した。
「イ、イジワルなこと言うから、もう、触らせてあげな・・・・・・ やっ、あ、ああんっ!」
急に、下着の上から下肢の付け根に陸が指を滑らせてきた。 陸はあたしの耳元に唇を寄せて、
「結衣・・・ 胸の方にばっかり気ぃ取られてて、こっち忘れてたでしょ?」
「い、いや・・・・・・あんっ!」
思わず陸にしがみつく。
「・・・すごく熱くなってる・・・」
「や・・・ あ・・・ はぁっ」
下着越しに伝わる陸の指の動きに、気が遠くなる・・・
も、ダメ・・・
「・・・したくなってきたでしょ?」
「ん・・・」
と思わず肯きかけて、「ち、違っ!! そ、そんなんじゃっっ!!」
と慌てて首を振る。
「ウソつきだなぁ」
陸はちょっと目を細めて、「・・・ウソつきにはお仕置きしなきゃ、ね?」
とあたしの下着に手をかけた。
「やっ!? ちょ、ちょっと・・・」
とあたしが抵抗しかけたとき、屋上に出る階段室の方からドタドタと誰かの足音が聞こえて来た。
そして、勢いよくドアが開けられる。
「コラ―――――ッ!! 誰だっ!? 屋上でタバコなんか吸ってるヤツはっ!!」
川北先生が竹刀を持って飛び込んできた。「・・・誰だ? そこにいるのはっ!!」
あたしたちはすぐに川北先生だって分かったけど、明るい所から急に暗い所に飛び込んできた先生は、あたしたちがよく見えなかったみたいだった。
陸が背中にあたしを隠す。あたしも慌てて胸の合わせを直した。
徐々に目が慣れてきた先生は、
「ッ!? 今野ォ―――!! またお前かっ!!」
「・・・オレ、吸ってませんよ?」
途中で邪魔をされた陸が、不機嫌そうな声を出す。
「ウソつけ―――っ!! 下から見てたんだからなっ? 屋上から煙が上がってたところをっ!!」
川北先生が怒鳴る。 ・・・なんか今日はいつにも増して、怒鳴り声が大きいような気が・・・
「それって、これじゃないスか?」
陸が足元に散らかったままの花火を指差す。
「花火・・・か?」
川北先生が足元を見下ろす。
「ったく・・・ よく確認してから言って欲しいなぁ! 人の顔見りゃ、ケンカだタバコだって・・・ 名誉棄損ッスよ!」
と陸が肩をすくめると、
「・・・・・・何が、名誉棄損だっ! バカモンが―――っ!!」
と川北先生が竹刀を床に叩きつけた。「校内で花火なんかやっていいと思ってんのか―――ッ!! 火事にでもなったら、どうする気だっ!!」
「あ、先生? それは、あたしが・・・」
あたしが陸の後ろから口を挟みかけると、
「ん? なんだ? ・・・お前、村上じゃないか?」
先生はやっとあたしに気が付いて、「今野っ! お前は・・・っ! 嫌がる村上を無理矢理―――ッ!?」
と見る見る間に顔を赤くした。
「いや? 嫌がってませんでしたよ? むしろ悦んでた・・・」
「陸っ!!」
陸が余計なことを言う前に慌てて遮る。
「喜ぶわけないだろ―――っ!? 校内で花火なんかっ! 真面目な風紀委員の村上がっ!!」
また先生が竹刀を床に叩きつけた。
「なんだ・・・ そっちか」
「なんだとはなんだ―――! いいから、ちょっと来い!」
川北先生が陸の腕を取る。
「は? なんスか?」
「生徒指導室だ! じっくり話す必要があるからな! まずはそのオレンジの頭からだっ!」
「ちょっ!? 冗談じゃないッスよ! オレはこれから花火大会のリベンジを―――っ!!」
「何がリベンジだっ! ワケの分からんことを言って誤魔化してもムダだぞっ!? ・・・あ、村上。そこ片付けといてくれな?」
川北先生はそう言うと、陸を引きずって行ってしまった・・・

やっぱり、あたしたちと川北先生って、なんか因縁めいたものでもあるのかな?
―――なんか、絶対学校じゃ出来ない気がしてきた・・・
・・・って、しなくていいんだけどっ!!!

「結衣っ! 待ってろよっ!? 絶対リベンジするからなっ!!」
階段室の方から、陸の声が聞こえてきた―――――

おわり




オマケと言い訳のコーナー
いつも「チェリッシュxxx」をご愛読いただき、ありがとうございます。
この第5章は、前半こそハイスピード更新だったのですが、後半は管理人の都合で更新の間隔が空いてしまいました。
お詫びと言ってはなんですが、オマケを3つつけることにしました。
イロイロ注意付きのオマケですが、良かったらどうぞ・・・
@その後の話・・・
ある意味、閲覧注意マンガ。
BLが苦手な方は要注意です。
Aそんな事情が・・・
川北の怒鳴り声がいつにも増して
大きかった理由が分かります。
Bリベンジ
完全R指定テキストです。
15歳未満、性的描写に嫌悪感を抱く方は閲覧を避けてください。


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